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温もり〈陽菜語り〉
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待ち合わせ場所は、私の家の最寄り駅だった。
私の家は彼方君の家から駅二つ分離れているのだ。
じゃあなぜカフェで出逢えたか。
最初はただの偶然だった。
職場近くのカフェで、ただ時間を潰していただけだった。だけど彼と出会って、気になり始めてしまい、通ってしまった。
通わなければ、接点なんてできなかったでしょうに。我ながら呆れる。
結局私は、彼のことを諦められなかっただけなのだ。
ネックレスをつけながら、重いため息をなぎ払うように髪を揺らす。
さぁ、今日で終わらせよう。
***
「……あら」
いつも待ち合わせの十分前には来ていた彼方君の姿が見えない。
それにちょっとだけ凹んでいる自分に気がつく。
「あ、いた。シノメ」
と、彼は手を振りながら改札から出てきた。
ザワザワっと、周りがザワついた。
彼がとてもかっこよすぎたから。
……というわけではなく、彼の格好がいかにもなコスプレだったからだ。
いや顔はいい。正直、全然良い方なのだ。だが。
だが、さすがに私も言葉を失った。いつもの服はどうしたと言いたい。
「最近の服はわからないな。どうしてあんなに薄い生地で出歩くんだろうね。恥ずかしくないのかな」
まるで肌着だ、と彼は零す。
彼の言い分が分からない訳では無い。だがあの頃とは時代が違う。そう、時代が違うのだ。
今の時代だと恥ずかしいのはあなたの方です。
どこにあったんだか、真っ白なスーツに淡い緑色のスカーフ。ところどころ金の刺繍が施されたスーツは、明らかに高校生が着るものでは無い。
「やっぱり黒髪だからかな。俺の可憐さがちょっと足りないなぁ。金髪じゃないのは、落ち着かないや」
と、どこかの御曹司かヤンキーのようなことを言う。
そして可憐さが足りないってなんだ。
「……カルタ。彼方君の中に居たのよね?」
「居たよ」
「……視界も共有されてたのよね?」
「してたよ」
ならなぜその格好が浮くと分からないのか。
「じゃあいこうか!」
と元気よく私の手を引こうとする彼の肩を、私は力いっぱい引きとめる。
「その前に、その服なんとかしよう」
メンズの服屋に連れ込み、適当な服を見繕い彼に与えた。
ジーンズにクリーム色のセーターを身にまとい、
「やっぱり、落ち着かないんだよなぁ」
と、彼はブツブツ言っている。
耳の後ろを掻く仕草に、「ああ、カルタだ」と思う。
「我慢してよ。さっきの服どこから見つけてきたのよ」
「ああ、あれ?クローゼットの中にあったよ。たしか……彼方が中学?とかいう教育機関に通っていた時の出し物……みたいなときの服だよ」
「……やっぱりコスプレみたいなものだったのね」
おかしくて、私は思わず笑みを零す。
「ふふ……やっと笑った。シノメ……いや、今は陽菜か……。陽菜は、笑っていた方が素敵だよ」
これだ。
カルタはこういう歯の浮くような言葉をサラリと言うのだ。
服屋の店員が、頬を緩ませながらこちらを見ている。恥ずかしすぎる。
熱くなる頬を押えると、
「じゃあ陽菜……行こ」
と、笑顔で手を伸ばしてくる。
笑い方がちょっと違う。
カルタの笑顔。
「……うん」
そっと、その手をとった。
少しひんやりしていて、「彼方君の手」そのものだ。なのに、どうしてだか。私は今、彼方君のことがカルタとしか思えない。
「……陽菜」
ふと声をかけられ、カルタの方へ振り向く。
「やっと話せた」
カルタの優しい微笑みに、私は息が詰まった。
「陽菜は不器用だから、見ていてとてもハラハラしたよ」
とカルタは笑う。
「……そんなこと言うの、あなたくらいよ」
他の人は、そんなことを言わない。だってボロを出さないようにしているもの。だけどそうやって隙を見せなくなったら、みんな私から離れていく。
「自信をなくす」?「君みたいな完璧な人には、俺じゃ釣り合わない」?「どうせ君にはわからないんだろ」?
その言葉がどれだけ私の胸に蓄積されているかも、元彼たちは知ろうともしなかったくせに。
「陽菜は完璧に見せようとするけど、その分自分をおざなりにするだろ。その考え方、今でも変わっていないんだね。心配になるよ」
と、カルタは私の指に自身の指を絡ませる。
彼は優しく微笑み、私の手を引いたまま服屋から出た。
繋がれた手から体温がじんわりと伝わり、溢れてしまった涙を見せないように空を仰ぐ。
すん、と鼻をすすると、もうすぐ訪れるだろう、冬の匂いがした。
私の家は彼方君の家から駅二つ分離れているのだ。
じゃあなぜカフェで出逢えたか。
最初はただの偶然だった。
職場近くのカフェで、ただ時間を潰していただけだった。だけど彼と出会って、気になり始めてしまい、通ってしまった。
通わなければ、接点なんてできなかったでしょうに。我ながら呆れる。
結局私は、彼のことを諦められなかっただけなのだ。
ネックレスをつけながら、重いため息をなぎ払うように髪を揺らす。
さぁ、今日で終わらせよう。
***
「……あら」
いつも待ち合わせの十分前には来ていた彼方君の姿が見えない。
それにちょっとだけ凹んでいる自分に気がつく。
「あ、いた。シノメ」
と、彼は手を振りながら改札から出てきた。
ザワザワっと、周りがザワついた。
彼がとてもかっこよすぎたから。
……というわけではなく、彼の格好がいかにもなコスプレだったからだ。
いや顔はいい。正直、全然良い方なのだ。だが。
だが、さすがに私も言葉を失った。いつもの服はどうしたと言いたい。
「最近の服はわからないな。どうしてあんなに薄い生地で出歩くんだろうね。恥ずかしくないのかな」
まるで肌着だ、と彼は零す。
彼の言い分が分からない訳では無い。だがあの頃とは時代が違う。そう、時代が違うのだ。
今の時代だと恥ずかしいのはあなたの方です。
どこにあったんだか、真っ白なスーツに淡い緑色のスカーフ。ところどころ金の刺繍が施されたスーツは、明らかに高校生が着るものでは無い。
「やっぱり黒髪だからかな。俺の可憐さがちょっと足りないなぁ。金髪じゃないのは、落ち着かないや」
と、どこかの御曹司かヤンキーのようなことを言う。
そして可憐さが足りないってなんだ。
「……カルタ。彼方君の中に居たのよね?」
「居たよ」
「……視界も共有されてたのよね?」
「してたよ」
ならなぜその格好が浮くと分からないのか。
「じゃあいこうか!」
と元気よく私の手を引こうとする彼の肩を、私は力いっぱい引きとめる。
「その前に、その服なんとかしよう」
メンズの服屋に連れ込み、適当な服を見繕い彼に与えた。
ジーンズにクリーム色のセーターを身にまとい、
「やっぱり、落ち着かないんだよなぁ」
と、彼はブツブツ言っている。
耳の後ろを掻く仕草に、「ああ、カルタだ」と思う。
「我慢してよ。さっきの服どこから見つけてきたのよ」
「ああ、あれ?クローゼットの中にあったよ。たしか……彼方が中学?とかいう教育機関に通っていた時の出し物……みたいなときの服だよ」
「……やっぱりコスプレみたいなものだったのね」
おかしくて、私は思わず笑みを零す。
「ふふ……やっと笑った。シノメ……いや、今は陽菜か……。陽菜は、笑っていた方が素敵だよ」
これだ。
カルタはこういう歯の浮くような言葉をサラリと言うのだ。
服屋の店員が、頬を緩ませながらこちらを見ている。恥ずかしすぎる。
熱くなる頬を押えると、
「じゃあ陽菜……行こ」
と、笑顔で手を伸ばしてくる。
笑い方がちょっと違う。
カルタの笑顔。
「……うん」
そっと、その手をとった。
少しひんやりしていて、「彼方君の手」そのものだ。なのに、どうしてだか。私は今、彼方君のことがカルタとしか思えない。
「……陽菜」
ふと声をかけられ、カルタの方へ振り向く。
「やっと話せた」
カルタの優しい微笑みに、私は息が詰まった。
「陽菜は不器用だから、見ていてとてもハラハラしたよ」
とカルタは笑う。
「……そんなこと言うの、あなたくらいよ」
他の人は、そんなことを言わない。だってボロを出さないようにしているもの。だけどそうやって隙を見せなくなったら、みんな私から離れていく。
「自信をなくす」?「君みたいな完璧な人には、俺じゃ釣り合わない」?「どうせ君にはわからないんだろ」?
その言葉がどれだけ私の胸に蓄積されているかも、元彼たちは知ろうともしなかったくせに。
「陽菜は完璧に見せようとするけど、その分自分をおざなりにするだろ。その考え方、今でも変わっていないんだね。心配になるよ」
と、カルタは私の指に自身の指を絡ませる。
彼は優しく微笑み、私の手を引いたまま服屋から出た。
繋がれた手から体温がじんわりと伝わり、溢れてしまった涙を見せないように空を仰ぐ。
すん、と鼻をすすると、もうすぐ訪れるだろう、冬の匂いがした。
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