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待ちわびていた瞬間〈陽菜語り〉
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頭痛がする。
久留米君に会ったからだ。絶対そうだ。
できるだけ思い出さないようにしていたのに、まさか本人が訪ねてくるなんて。てかそもそも何で私の家知ってんのよ。ストーカーですか?
低血圧の私はただでさえ朝が弱いのに、昨日の出来事でそれを拗らせていた。
「最悪の日だったわ」
多分今日も、彼方君は目を覚まさないのだろうな。
でも死なないでいてくれたらそれでいい。
貴方がまだ生きていてくれるなら、ずっと眠ってても構わない。
私が死ぬその時まで、今度こそ……。
そんな思いで病室のドアを開けると、
「…………え?」
二人の看護師に見守られながら、彼方君が起き上がっていた。
ドサッと鞄が肩からずり落ちた。
どうしよう、どうしよう。人前なのに泣きそうだ。
彼方君の元に近寄れずに、その場で座り込んでしまう。
「大丈夫ですか!?」
と看護師さんが駆け寄ってくる。
私の目の前で、彼方君は目を開いて、こっちを見てる。
どんなに、待ちわびただろう。
たった、たった四日程の出来事だ。それなのに、もう何月も待っていたような気になっていた。
「……目、覚めたんだ……」
目頭がじわっと熱くなる。
駄目だ。言葉を発したら涙が出てきてしまう。
ゆっくり立ち上がって、彼のもとへ歩み寄る。
「…………おはよう。彼方君」
そう微笑むと、彼方君は微笑を浮かべた。
「おはよう」
神々しい後光がさしているように感じるのは、私の気のせいなのだろうか。
「エミさんとユキさんも、ありがとうございました。お二人のおかけで目が覚めたのかもしれませんね」
ふわっと彼が微笑むと、看護師二人は「はぁっ」と破顔している。
……なんか、違和感。
「……陽菜も、いつも来てくれてありがとう。大好きだよ」
さらりと「好き」だと言われ、益々違和感を感じる。
陽菜呼びもそうだが、なんというか、軽いのだ。
事故の影響なのだろうか。
以前の彼方君なら、絶対そんなサラサラ言葉が出てきたりしない。少し頬を赤らめて伝えてくれる。それがとても嬉しくて、大好きだった。
「じゃあ、私たちは医師に伝えてくるので」
と、二人は出ていく。
戸が閉まると、彼方君はじっと私を見つめてきた。
「…………どうか、したの?」
と首を傾げると、
「ううん。今日も綺麗だなぁって」
と眩しい笑顔を向けてくる。
やっぱり、おかしい。違和感しかないのだ。彼方君が彼方君でなくなってしまったような。
「……君はちっとも変わらないね、シノメ」
一瞬、時間が止まったかと思った。
呼吸を忘れ、ただただ彼方君を見つめた。
「また会えて嬉しいよ」
彼の笑顔に、私は堪えきれずに涙を零した。
「…………カルタ?」
「そうだよ。ふふ……シノメは相変わらず泣き虫だね」
毎日のように会っていたのに。
何年も、何十年もの時間を経たような。
「……カルタ……っ」
ぎゅう、と彼の体を抱きしめる。
暖かな温もりに、涙が止まらない。
生きてる。
彼が、生きている。
「……思い出したんだ」
彼の体を抱きしめながらそう呟くと、カルタはそっと私の体を引き剥がす。
「そういう訳じゃない。俺は、ずっとこの身体の中にいたんだ」
彼の言葉が分からずに眉をひそめる。
「……どういうこと?」
「彼方は確かに俺と同じ容姿で、俺の生まれ変わりになるはずだった」
「……はず、だった?」
と、私の口はゆっくりと言葉を繰り返す。
意味が呑み込めない。頭がズキズキと痛くなっていく。
「だけどね、シノメ。生まれ変わりといっても、魂が一緒なわけじゃないんだ。俺と全く同じ人間ではないんだよ」
そんなの分かってる。
だってあなたとの違いを見つけてはがっかりして、あなたと同じところを見つけては笑顔になったもの。
でも、じゃあ…………。
「……今のあなたは……なに?」
呆けた様な私の声に、カルタは困ったように笑った。
「俺は、彼方という人間の体を乗っ取った悪霊ってことかな」
「カルタは悪霊なんかじゃない!」
必死に叫んだ。
だけどカルタは顔色ひとつ変えない。
「だけど、俺はそういう立ち位置なんだよ。本来魂一つにつき、身体は一つ与えられる。だけど、この体は、一つの体に魂が二つある状況なんだよ」
「……それ、は……」
もしかしなくても、絶対に、あの儀式のせいだろう。
だんだん指に血が通わなくなっていく。
身体が震えて、立っている感覚すら薄れていく。
脳が理解することを拒否している。
だけどカルタは、笑顔で言葉を紡いでいく。
「魂は本来一つじゃなきゃいけない。そして、この身体は本来彼方のものだ。……今、事故の衝撃で彼の意識と俺の意識が入れ替わり、その状態を保ってる。俺がこの身体から出ていかない限り、彼方が目を覚ますことは無い」
そして、臆することなく事実を述べた。
「彼がこのまま目を覚まさないと、俺と彼方の立ち位置は完璧に入れ替わる。魂が持ち主を俺だと認識するようになるからね。そして、彼方の魂はこの身体から追い出される。……つまり彼方の魂は、俺の代わりに消滅する」
私の心の内とは裏腹に、窓の外は清々しいほどの快晴が広がっていた。
久留米君に会ったからだ。絶対そうだ。
できるだけ思い出さないようにしていたのに、まさか本人が訪ねてくるなんて。てかそもそも何で私の家知ってんのよ。ストーカーですか?
低血圧の私はただでさえ朝が弱いのに、昨日の出来事でそれを拗らせていた。
「最悪の日だったわ」
多分今日も、彼方君は目を覚まさないのだろうな。
でも死なないでいてくれたらそれでいい。
貴方がまだ生きていてくれるなら、ずっと眠ってても構わない。
私が死ぬその時まで、今度こそ……。
そんな思いで病室のドアを開けると、
「…………え?」
二人の看護師に見守られながら、彼方君が起き上がっていた。
ドサッと鞄が肩からずり落ちた。
どうしよう、どうしよう。人前なのに泣きそうだ。
彼方君の元に近寄れずに、その場で座り込んでしまう。
「大丈夫ですか!?」
と看護師さんが駆け寄ってくる。
私の目の前で、彼方君は目を開いて、こっちを見てる。
どんなに、待ちわびただろう。
たった、たった四日程の出来事だ。それなのに、もう何月も待っていたような気になっていた。
「……目、覚めたんだ……」
目頭がじわっと熱くなる。
駄目だ。言葉を発したら涙が出てきてしまう。
ゆっくり立ち上がって、彼のもとへ歩み寄る。
「…………おはよう。彼方君」
そう微笑むと、彼方君は微笑を浮かべた。
「おはよう」
神々しい後光がさしているように感じるのは、私の気のせいなのだろうか。
「エミさんとユキさんも、ありがとうございました。お二人のおかけで目が覚めたのかもしれませんね」
ふわっと彼が微笑むと、看護師二人は「はぁっ」と破顔している。
……なんか、違和感。
「……陽菜も、いつも来てくれてありがとう。大好きだよ」
さらりと「好き」だと言われ、益々違和感を感じる。
陽菜呼びもそうだが、なんというか、軽いのだ。
事故の影響なのだろうか。
以前の彼方君なら、絶対そんなサラサラ言葉が出てきたりしない。少し頬を赤らめて伝えてくれる。それがとても嬉しくて、大好きだった。
「じゃあ、私たちは医師に伝えてくるので」
と、二人は出ていく。
戸が閉まると、彼方君はじっと私を見つめてきた。
「…………どうか、したの?」
と首を傾げると、
「ううん。今日も綺麗だなぁって」
と眩しい笑顔を向けてくる。
やっぱり、おかしい。違和感しかないのだ。彼方君が彼方君でなくなってしまったような。
「……君はちっとも変わらないね、シノメ」
一瞬、時間が止まったかと思った。
呼吸を忘れ、ただただ彼方君を見つめた。
「また会えて嬉しいよ」
彼の笑顔に、私は堪えきれずに涙を零した。
「…………カルタ?」
「そうだよ。ふふ……シノメは相変わらず泣き虫だね」
毎日のように会っていたのに。
何年も、何十年もの時間を経たような。
「……カルタ……っ」
ぎゅう、と彼の体を抱きしめる。
暖かな温もりに、涙が止まらない。
生きてる。
彼が、生きている。
「……思い出したんだ」
彼の体を抱きしめながらそう呟くと、カルタはそっと私の体を引き剥がす。
「そういう訳じゃない。俺は、ずっとこの身体の中にいたんだ」
彼の言葉が分からずに眉をひそめる。
「……どういうこと?」
「彼方は確かに俺と同じ容姿で、俺の生まれ変わりになるはずだった」
「……はず、だった?」
と、私の口はゆっくりと言葉を繰り返す。
意味が呑み込めない。頭がズキズキと痛くなっていく。
「だけどね、シノメ。生まれ変わりといっても、魂が一緒なわけじゃないんだ。俺と全く同じ人間ではないんだよ」
そんなの分かってる。
だってあなたとの違いを見つけてはがっかりして、あなたと同じところを見つけては笑顔になったもの。
でも、じゃあ…………。
「……今のあなたは……なに?」
呆けた様な私の声に、カルタは困ったように笑った。
「俺は、彼方という人間の体を乗っ取った悪霊ってことかな」
「カルタは悪霊なんかじゃない!」
必死に叫んだ。
だけどカルタは顔色ひとつ変えない。
「だけど、俺はそういう立ち位置なんだよ。本来魂一つにつき、身体は一つ与えられる。だけど、この体は、一つの体に魂が二つある状況なんだよ」
「……それ、は……」
もしかしなくても、絶対に、あの儀式のせいだろう。
だんだん指に血が通わなくなっていく。
身体が震えて、立っている感覚すら薄れていく。
脳が理解することを拒否している。
だけどカルタは、笑顔で言葉を紡いでいく。
「魂は本来一つじゃなきゃいけない。そして、この身体は本来彼方のものだ。……今、事故の衝撃で彼の意識と俺の意識が入れ替わり、その状態を保ってる。俺がこの身体から出ていかない限り、彼方が目を覚ますことは無い」
そして、臆することなく事実を述べた。
「彼がこのまま目を覚まさないと、俺と彼方の立ち位置は完璧に入れ替わる。魂が持ち主を俺だと認識するようになるからね。そして、彼方の魂はこの身体から追い出される。……つまり彼方の魂は、俺の代わりに消滅する」
私の心の内とは裏腹に、窓の外は清々しいほどの快晴が広がっていた。
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