年上イケメン彼女と頼られたい年下彼氏

木風 麦

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彼女の動揺〈彼方語り〉

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 コンビニから家に戻る途中、幼い頃よく遊んだ公園で足を止める。
 少し溶けかけたソーダ味のアイスを齧りながら、大きくはない公園のベンチに腰を下ろす。
 頭に残っているのは、先輩が少し特殊な人で初めて感情を顕にした、ということ。あとは何を言ってたかよく分からない。正直どう反応したかもよく分からない。勝手に体が、口が動いたみたいな感覚だった。
 前世があるなら、きっと俺にもあるのだろう。先輩が嘘をつく人には見えなかった。というか、嘘であそこまで感情的に泣けるなら女優になれる。
「……辛いだろうな」
 胸に重い塊を溜め込んでいくみたいな感覚に、首が垂れる。
 前世で結ばれた相手を片方が覚えていても、その相手は覚えているか分からないのだ。現に、俺は今先輩を好きにはなっていなかった。時を過ごすと、前世心を通わせたように意気投合するのかもしれない。だけど、そんな気配は皆無で。
 ……残酷だ。
 またそんな縁を結ばれても、色恋の縁とは限らない。ただ一回会話をするだけの縁かもしれない。
 年だって相当離れているかもしれない。
 もしかしたら彼女の言うように、俺は彼女に殺されたのかもしれない。正直何があったか問いたい。
 だけどそれは、もはや思い出したくなどない。
 だって、きっとそいつはではないから。
 今の俺を作ったのはこの社会と親で、姉二人が居て、カフェがあってバスケがあって。
 前世で全く同じことをしていたとしたら、ちょっと俺がそのまま生まれ変わったみたいだけど。多分そうはならないと思うから。
 先輩も俺と前世の俺?を比較していたし。
 だけどどうして、こんなに胸が苦しくなる。一人で抱えるにはあまりにも大きな感情が胸を占める。
「……俺は、俺なのに」
 青い空は無言で、そんな俺の言葉を吸い込む。
「あ、いた」
 聞き馴染みのある声が聞こえた。
 ふっと視線を向けると、陽菜さんが姉の服を着てこっちに歩いてきた。
「寄り道ですかぁ?彼女家に一人置いてけぼりで」
 少し拗ねたような口ぶりに、さっきまでの感傷はふっと消えていく。
「ごめん、陽菜さん。もう行くつもりだった」
 食べかけのアイスはもう汗をかいて、手を汚し始めていた。
「あーあ。もったいない」
 そう言って、陽菜さんは俺のアイスに齧りついた。
「えっ」
 ぺろ、と覗く舌がなんていうか……!
 やめてくれ。こっちが照れるからほんとやめてほしい。
「罰として、このアイス没収ね」
 ひょい、と横取りされたアイスは、相変わらず棒を伝って地面へと落ちていく。
「……ねぇ陽菜さん」
「なに?」
 さらっとしている髪を風になびかせながら、彼女は笑顔を向ける。
 自然と繋いでいた手が、じわりと汗をかいていく。
「前世って、信じる?」
 じっと彼女の顔を見た。
 彼女は、
「……あったらいいなぁって思うよ?」
 そう、笑顔で言う。
 だけど気づいた。彼女は一瞬、表情を強ばらせた。泣きそうな顔をした。
 まさか、という思いがよぎる。
 足が、動かなくなってしまう。
「……陽菜さんも、前世の記憶を持ってるんだ……?」
 陽菜さんは「え」と声を漏らした。
 肩を勢いよく捕まれ、後ろに少しよろける。
「まさか、彼方君……」
 期待が滲んだ瞳を目の当たりにした時、点と点を結んだように何か繋がった気がした。
 それと同時に、だらんと腕の力が抜けた。
「……俺じゃ、ない。俺はそんな記憶はないよ」
 そう静かに告げると、彼女は酷く傷ついた表情になった。
 そっと肩から彼女の手を外して、「ごめんね、突然」と謝罪する。
「……学校の先輩が、前世の記憶持ってるって人が居たんだ。……ほんの、興味本位のつもりだったんだけど」
 先輩から告げられた、彼女との因縁のような縁。
 前世なんて、あってほしくなかった。
 だってその記憶を引き継いだ彼女が求めているのは紛れもない……。
「……俺じゃ、なかったんだ」
 呟きが外に零れる。
 陽菜さんは何も言わない。
「なんか……ごめんね、覚えてないんだ、俺……俺は、何も……」
 声は震えている上、怖くて陽菜さんの顔なんか見れない。
 彼女が今、どんな顔をしているか見たくなかった。
「陽菜さんが探していたのは、俺じゃなくて……過去の、俺だろ」
 陽菜さんはやっぱり黙ったままだ。
 握った拳も小刻みに震えた。
 すっと息を吸って、


 ………………吐いた。
 だめだ。勇気が出なくて言葉なんかでてこない。言いたいことだって決まってない。ていうかそれ以前にチキンすぎて声にならない。上手い会話の仕方が分からない。こう、気まずくなった時の会話の切り抜け方が全く浮かばない。
 足をもぞっと動かしたり、定まらない視線が陽菜さんを捉えることはない。
「……今日は、もう帰るね」
 陽菜さんは、静かにそう言った。

 直感だったけど、この瞬間を逃したら彼女は行ってしまう。どこか、手の届かない所へ行ってしまうと思った。
 それで、何か考えるでもなく、手が伸びた。
 ペチッと小さい音が、人通りのない道路ではやけに大きな音に聞こえた。
「俺は陽菜さんが好きだ」
 早口で、そう告げた。
「え?」
 困惑気味に振り返る彼女は、目に涙を溜めていた。
 初めて見る表情に、心が揺さぶられた。
「だから!俺は・・陽菜さんが好きなの!たとえ、陽菜さんがカルタって人?を好きでも……俺は、陽菜さんが好き。……えと、あ、愛してる、から……っそう簡単に、陽菜さんと別れるなんてできない」
 あ、そうだった。
 もともと、一番のライバルって結局自分だったんだよな。
 身長差も、年の差も、全部相手は自分だった。
 ……てことは、今までとなんら変わってないな。だって相手って俺の前世なわけだし、その名残のようなものも俺の中にしかない。何悩んでたんだろ。
「俺は前と変わらない条件でしかないから、俺は俺で頑張るから」
「え、ごめんどゆこと……?」
 混乱している陽菜さんに、ライバル云々うんぬんの話をしたら、彼女は呆けた顔をした。俺は、決意表明が上手く伝えられなかった恥ずかしさで蹲りたい思いでいっぱいだった。
「陽菜さんは、俺の前世が好きなんでしょ?で、その名残が俺にあったから好きになって、付き合ってくれたんでしょ?」
「え……う、ん。まぁ」
 ぎこちなく頷く彼女に、「じゃあさ」と妙に明るいトーンで話しかけてしまった。
 ごほっと一つ咳払いをして、
「じゃあ、陽菜さんと俺との関係って何も変わんないよね」
 と笑顔で言った。
 陽菜さんは、アイスの棒をカランと落とした。
 瞬間、目の前の視界が狭まる。
 暖かな温もりが伝わってきて初めて、陽菜さんに抱きしめられていると気づいた。
「……え、そう、だよね……?」
 少し不安になって彼女の腕に触れる。
 微かに耳に吐息がかかる。
「そういうとこ……」
「あ、前世の俺っぽい?」
 彼女の言葉を遮るようにして、茶化すような口調で言ってしまう。
 やっぱり、正直ちょっと妬ける。前世とはいえ自分にだけど。なんでもそいつと結び付けられるのは、ちょっと、いやかなり妬ける。
「ううん」
 彼女の頭が小さく揺れる。
「そういうとこ、彼方君だなって……好きだなって思う」
 彼女の言葉に、顔の表面温度が急上昇していく。
「や、やったぁ」

 ……いや、雰囲気違うのは重々分かってたんだけど、なんていうか他に言葉がなかったというか。

 耳元で、くすくすと笑う声が聞こえた。
 恥ずかしかったけど、彼女がまた笑顔になってくれたから良かった。
 心から、そう思った。
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