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誰のこと〈彼方語り〉
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姉たちの部屋に運び、陽菜さんにタオルケットをかける。
さっきまでの陽菜さんが、頭から離れてくれない。
酔っていた。うん。それは間違いない。
しかしたとえ酔っていても、カルタのことをあんな風に……。
あんな、大切な人との別れを経験したみたいに言うことはあるのだろうか。
陽菜さんの声はとても切実で、絡んできた手は震え、目には涙さえ浮かべていた。
カルタ、なんて名前は日本大好き外国人が付けたような名前だが、絶対にない名前ではないだろう。キラキラネームは最近の流行りらしいし。
しかし、だとしたら尚更気になってしまう。
カルタといえば、まだ陽菜さんが俺のことを認識する前のこと。
彼女は目に涙を溜め、今にも泣き出しそうな表情だった。そんな表情が何故か、凄く俺の胸を締め付けた。抱きしめたくて、頭を撫でたくて仕方なくなった。まるで俺の意思ではないかのように、足が自然と彼女へと向かった。
ハンカチを差し出すと、彼女はとても可愛らしく笑った。
ハンカチを持っていてよかった、と心から思った。
なんとなく、その場から立ち去るタイミングを逃してポケットを探った。
パコっと箱に指が当たる。それは、いつも暇さえあれば口に入れるキャラメルの箱だった。
そこから一つ取り出して、彼女にあげた。
だけど彼女はブラックコーヒーを飲んでいた。もしかしたら甘いものは好きではなかったのかもしれない。
その日、彼女がそんな切なそうな表情をしていた時も「カルタ」と呟いていたのだ。
これは、元カレの線が濃厚だ。
いや、陽菜さんに元カレがいたことは知っている。何人いたのかまでは知らないけど。
知ってるけど、なんとなく彼女は吹っ切れているように見えた。元カレはあくまで「元」であって、今には関係がない、みたいな。
だけどカルタとかいう人?の場合は違うみたいだ。時々妙に悲しそうな瞳をするし、時々妙に遠い目をする。ここではないどこかを求めるような目。きっと、その人?のことがとても大切で捨てきれないものなんだろう。
きっと、一番は「カルタ」なんだろう。何を引き換えにしてでも、彼女はきっとカルタを求めているんだ。それだけは不思議と確信があった。
そしてそれを認めると同時に、とても胸が痛んだ。カルタに対する嫉妬、というのがないわけではないんだろうけど、本質はそれとは異なる気がした。そう、あの日と同じ、自分の意思とは違う、別の何かによって導かれたみたいな感覚。
陽菜さんが、別の何かを求めているような感覚もこんな感じなのだろうか。
胃の中がざわついて、落ち着かなくて、何か足りないまま今をずっと生きているような。
「陽菜、どう?」
部屋に入ってきた好恵姉さんが、水のコップ片手に陽菜さんを覗き込む。
「どうもこうも……姉さんに飲まされてぐでんぐでんだよ。明日も仕事あるらしいし、大丈夫かな」
「あらあら。私の弟はいつからこんなに鈍い子になったのかしら」
好恵姉さんはくすくすと笑った。
「明日は土曜日。陽菜の仕事はないわよ」
あ、と身体の力が抜ける。
「馬鹿ね。私が何も考えずに陽菜をこんな泥酔させるわけないでしょ」
いやそれはどうだろう。思わず疑いの視線を投げる。
まぁ、仕事がないのならよかった。
「陽菜は、時々とても遠い目をするのよ。私たちとは違う誰かと話しているみたいにね」
姉さんも、そう思ってたのか。
俺はそっと陽菜さんに視線を戻す。
穏やかな寝息をたてて、陽菜さんは眠っている。眠っている時もたまに、眉間に皺を寄せる。夢の中で何か思い悩んでいるのだろうか。
きっと社会人というのは、俺の想像よりも遥かに大変な時期なんだろう。家族になんでもかんでも話せるわけでもなくなるし、まして愚痴を言える相手なんか限られてくる。
そして彼氏のはずだけど、俺は仕事に関して何も分からない。そして陽菜さんは絶対俺に仕事の話をしたりしない。仕事だって、俺が聞かなきゃ何をしてるか知らなかった。
それは大人だから仕方ないのかもしれないけど、やっぱり少し歯痒い。
「……この子は、仲直りした時も思ったけれど、何でも一人で抱えて蓋をするようなところがあるから心配だわ」
どこか独り言のように、好恵姉さんは壁に頭をこつっとつける。
「……ちゃんと、見ていてあげてね。支えてあげてね。この子はとても脆い子なんだから」
俺の目に映る陽菜さんは、いつもとても明るくて、とても芯が強い、頼りになる人。
だけど、姉さんの言うこともとてもよくわかる気がした。
「姉さん」
隣にいる好恵姉さんは瞬きをするだけで何も言わなかった。
「いつか、話してくれるかなぁ」
好恵姉さんは、
「それは、彼方の努力次第でしょうね」
と言って部屋を出ていった。
だけど、姉さんの口元には柔らかい笑みが浮かんでいた。
さっきまでの陽菜さんが、頭から離れてくれない。
酔っていた。うん。それは間違いない。
しかしたとえ酔っていても、カルタのことをあんな風に……。
あんな、大切な人との別れを経験したみたいに言うことはあるのだろうか。
陽菜さんの声はとても切実で、絡んできた手は震え、目には涙さえ浮かべていた。
カルタ、なんて名前は日本大好き外国人が付けたような名前だが、絶対にない名前ではないだろう。キラキラネームは最近の流行りらしいし。
しかし、だとしたら尚更気になってしまう。
カルタといえば、まだ陽菜さんが俺のことを認識する前のこと。
彼女は目に涙を溜め、今にも泣き出しそうな表情だった。そんな表情が何故か、凄く俺の胸を締め付けた。抱きしめたくて、頭を撫でたくて仕方なくなった。まるで俺の意思ではないかのように、足が自然と彼女へと向かった。
ハンカチを差し出すと、彼女はとても可愛らしく笑った。
ハンカチを持っていてよかった、と心から思った。
なんとなく、その場から立ち去るタイミングを逃してポケットを探った。
パコっと箱に指が当たる。それは、いつも暇さえあれば口に入れるキャラメルの箱だった。
そこから一つ取り出して、彼女にあげた。
だけど彼女はブラックコーヒーを飲んでいた。もしかしたら甘いものは好きではなかったのかもしれない。
その日、彼女がそんな切なそうな表情をしていた時も「カルタ」と呟いていたのだ。
これは、元カレの線が濃厚だ。
いや、陽菜さんに元カレがいたことは知っている。何人いたのかまでは知らないけど。
知ってるけど、なんとなく彼女は吹っ切れているように見えた。元カレはあくまで「元」であって、今には関係がない、みたいな。
だけどカルタとかいう人?の場合は違うみたいだ。時々妙に悲しそうな瞳をするし、時々妙に遠い目をする。ここではないどこかを求めるような目。きっと、その人?のことがとても大切で捨てきれないものなんだろう。
きっと、一番は「カルタ」なんだろう。何を引き換えにしてでも、彼女はきっとカルタを求めているんだ。それだけは不思議と確信があった。
そしてそれを認めると同時に、とても胸が痛んだ。カルタに対する嫉妬、というのがないわけではないんだろうけど、本質はそれとは異なる気がした。そう、あの日と同じ、自分の意思とは違う、別の何かによって導かれたみたいな感覚。
陽菜さんが、別の何かを求めているような感覚もこんな感じなのだろうか。
胃の中がざわついて、落ち着かなくて、何か足りないまま今をずっと生きているような。
「陽菜、どう?」
部屋に入ってきた好恵姉さんが、水のコップ片手に陽菜さんを覗き込む。
「どうもこうも……姉さんに飲まされてぐでんぐでんだよ。明日も仕事あるらしいし、大丈夫かな」
「あらあら。私の弟はいつからこんなに鈍い子になったのかしら」
好恵姉さんはくすくすと笑った。
「明日は土曜日。陽菜の仕事はないわよ」
あ、と身体の力が抜ける。
「馬鹿ね。私が何も考えずに陽菜をこんな泥酔させるわけないでしょ」
いやそれはどうだろう。思わず疑いの視線を投げる。
まぁ、仕事がないのならよかった。
「陽菜は、時々とても遠い目をするのよ。私たちとは違う誰かと話しているみたいにね」
姉さんも、そう思ってたのか。
俺はそっと陽菜さんに視線を戻す。
穏やかな寝息をたてて、陽菜さんは眠っている。眠っている時もたまに、眉間に皺を寄せる。夢の中で何か思い悩んでいるのだろうか。
きっと社会人というのは、俺の想像よりも遥かに大変な時期なんだろう。家族になんでもかんでも話せるわけでもなくなるし、まして愚痴を言える相手なんか限られてくる。
そして彼氏のはずだけど、俺は仕事に関して何も分からない。そして陽菜さんは絶対俺に仕事の話をしたりしない。仕事だって、俺が聞かなきゃ何をしてるか知らなかった。
それは大人だから仕方ないのかもしれないけど、やっぱり少し歯痒い。
「……この子は、仲直りした時も思ったけれど、何でも一人で抱えて蓋をするようなところがあるから心配だわ」
どこか独り言のように、好恵姉さんは壁に頭をこつっとつける。
「……ちゃんと、見ていてあげてね。支えてあげてね。この子はとても脆い子なんだから」
俺の目に映る陽菜さんは、いつもとても明るくて、とても芯が強い、頼りになる人。
だけど、姉さんの言うこともとてもよくわかる気がした。
「姉さん」
隣にいる好恵姉さんは瞬きをするだけで何も言わなかった。
「いつか、話してくれるかなぁ」
好恵姉さんは、
「それは、彼方の努力次第でしょうね」
と言って部屋を出ていった。
だけど、姉さんの口元には柔らかい笑みが浮かんでいた。
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