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第八章《昭平と母国の画策》
【七】
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薄暗い部屋の中、風もないのに蝋燭の火がゆらりと揺れる。
「今回の会合は酒井の家が主催だったな」
「ああ、娘が大御所に気に入られたんだろ?祝杯を挙げたくもなる」
「あそこは親子揃ってべっぴんだからなぁ」
自由に話していた口が、「酒井殿、参られました」と幹事の一言で閉ざされた。
「遅れて申し訳ない。ご存知のように、太陽家の縁あるものと我が娘の結納が決定した。この喜びを分かち合いたい。盃を持ってくれ」
のっそりと足を組み、酒井越後は自身の盃をかざした。
「──乾杯」
音頭に合わせて、その場に居た男たちも各々盃をかざす。
一介の商人からしたら随分豪華な酒とつまみ。
それらを「日常」に組み込むには相当な苦労があった。
すっかり白が板についた髪と多くなった顔の皺が、盃の水面に映る。
「浮かない顔ですな」
下卑た声に越後は眉を寄せる。
「そう思うなら話しかけないで頂きたい」
酒をちびりと口に含みつつもまったく横を振り返ろうとしない越後に、男は「相変わらずつれないですね」と彼の盃に徳利を傾けた。
「そんなに子が可愛いですか」
これだから、と越後は苦い顔を隠すように盃を一気に呷る。
「いやいや、気を悪くせんでください。俺だって自分の子どもはかぁいいと思ってるさ。なんせあいつは俺が見初めた女なんだから、その間にできた子が可愛くないわけがない」
てめぇと一緒にするんじゃねぇよ、と内心言い返す。だがすぐに、どうこの男を嫌おうが同族嫌悪でしかないと思い直す。
「だからその子のために俺らができるのなんて、良い婿を探すくらいでしょう。大丈夫、あんたんとこの娘は聡明だ。ちゃあんと親心をわかってくれるさ」
「それはどうでしょうね。……それより一体なんの話です。折角の酒を不味くするものじゃないでしょうね」
娘の話題を終わらせた越後に、
「ああ、結納では護衛を私が手配すると言ったでしょう。その者たちを紹介したくてね」
おい、と男が手を振ると、切れ長の目が印象的な美女が近寄ってきた。ただその美女には女らしい、しとしととした雰囲気はない。まるで男のような堂々たる態度だ。この時世じゃ異端扱いされるような風体だが、静かで迫力のある整った顔がそれを黙らせる。
「この護衛には手を出さんでくださいよ。約束事を交わして得た貴重な戦力なんだ」
ほら、と手で女を近くへ招く。だが女はしらっと無視すると、
「好きなように呼んでくれ。あと私は使える主を決めているんだ。敬語でないことは見逃してくれ」
敬語以前に、物言いが上からなことを詫びた方が良いのでは。
随分横柄な態度の女に眉を顰めると、
「私はあくまで護衛だ。あんたに酒を注いだりして機嫌を取るのは仕事ではないのでね」
「……では、私が君に酒を勧めるのは君の意に反するかい?」
徳利を掲げると、女は細い目を僅かに見開き、
「ふむ」と顎に手をやる。
「いや、有難く頂戴する」
と越後の目の前に腰を落とした。
「あともう一人は婿の弟だ。参列者としても参加するが、なにかあったときの護衛も兼ねている」
「……随分、あの者を買っているんだな」
「あんたもあいつの実力は知ってるだろ?それにあいつは家の犬だ。買ってるんじゃなく、都合がいいってだけだよ」
苦い顔で酒を煽った男は、「失敬」と席を立って斜めに座っていた商人のとこへふらふら寄って行った。
「ああやってあの男はのし上がってきたんだろうなぁ。典型的なゴマすりタイプだ」
女はくつくつと肩を揺らして酒をちびりと口に含む。潤った唇と期限の良さそうな眉尻が垂れた目に、この場の男どもの視線が向かう。
「……君は、この土地のものじゃなさそうだな。なぜあの男──松衛の主人に手を貸した?」
「うん?都合が良かったんだ。酒井の家なら知ってるだろ?この国から戦争をけしかけようとしてること」
極秘の情報をさらりと口に出す女には恐れがない。怖いもの知らず、というよりは好戦的な目。
まともな人間じゃない。
「それが一体なんの得となる」
「あんたには関係の無い話だよ。だけどそうさな……惚れてしまった相手がいなくなれば、お姫様も諦めてくれるかなってね」
そう呟いた彼女は、笑みを浮かべていなかった。楽しそうに酒を飲んでいた女は、いつの間にか能面のような顔をしていた。
「私はただ──主を妄執から引き剥がしたいだけ。そのためなら、いくらでも人を殺められる。私はそういう生き物なんだ」
「今回の会合は酒井の家が主催だったな」
「ああ、娘が大御所に気に入られたんだろ?祝杯を挙げたくもなる」
「あそこは親子揃ってべっぴんだからなぁ」
自由に話していた口が、「酒井殿、参られました」と幹事の一言で閉ざされた。
「遅れて申し訳ない。ご存知のように、太陽家の縁あるものと我が娘の結納が決定した。この喜びを分かち合いたい。盃を持ってくれ」
のっそりと足を組み、酒井越後は自身の盃をかざした。
「──乾杯」
音頭に合わせて、その場に居た男たちも各々盃をかざす。
一介の商人からしたら随分豪華な酒とつまみ。
それらを「日常」に組み込むには相当な苦労があった。
すっかり白が板についた髪と多くなった顔の皺が、盃の水面に映る。
「浮かない顔ですな」
下卑た声に越後は眉を寄せる。
「そう思うなら話しかけないで頂きたい」
酒をちびりと口に含みつつもまったく横を振り返ろうとしない越後に、男は「相変わらずつれないですね」と彼の盃に徳利を傾けた。
「そんなに子が可愛いですか」
これだから、と越後は苦い顔を隠すように盃を一気に呷る。
「いやいや、気を悪くせんでください。俺だって自分の子どもはかぁいいと思ってるさ。なんせあいつは俺が見初めた女なんだから、その間にできた子が可愛くないわけがない」
てめぇと一緒にするんじゃねぇよ、と内心言い返す。だがすぐに、どうこの男を嫌おうが同族嫌悪でしかないと思い直す。
「だからその子のために俺らができるのなんて、良い婿を探すくらいでしょう。大丈夫、あんたんとこの娘は聡明だ。ちゃあんと親心をわかってくれるさ」
「それはどうでしょうね。……それより一体なんの話です。折角の酒を不味くするものじゃないでしょうね」
娘の話題を終わらせた越後に、
「ああ、結納では護衛を私が手配すると言ったでしょう。その者たちを紹介したくてね」
おい、と男が手を振ると、切れ長の目が印象的な美女が近寄ってきた。ただその美女には女らしい、しとしととした雰囲気はない。まるで男のような堂々たる態度だ。この時世じゃ異端扱いされるような風体だが、静かで迫力のある整った顔がそれを黙らせる。
「この護衛には手を出さんでくださいよ。約束事を交わして得た貴重な戦力なんだ」
ほら、と手で女を近くへ招く。だが女はしらっと無視すると、
「好きなように呼んでくれ。あと私は使える主を決めているんだ。敬語でないことは見逃してくれ」
敬語以前に、物言いが上からなことを詫びた方が良いのでは。
随分横柄な態度の女に眉を顰めると、
「私はあくまで護衛だ。あんたに酒を注いだりして機嫌を取るのは仕事ではないのでね」
「……では、私が君に酒を勧めるのは君の意に反するかい?」
徳利を掲げると、女は細い目を僅かに見開き、
「ふむ」と顎に手をやる。
「いや、有難く頂戴する」
と越後の目の前に腰を落とした。
「あともう一人は婿の弟だ。参列者としても参加するが、なにかあったときの護衛も兼ねている」
「……随分、あの者を買っているんだな」
「あんたもあいつの実力は知ってるだろ?それにあいつは家の犬だ。買ってるんじゃなく、都合がいいってだけだよ」
苦い顔で酒を煽った男は、「失敬」と席を立って斜めに座っていた商人のとこへふらふら寄って行った。
「ああやってあの男はのし上がってきたんだろうなぁ。典型的なゴマすりタイプだ」
女はくつくつと肩を揺らして酒をちびりと口に含む。潤った唇と期限の良さそうな眉尻が垂れた目に、この場の男どもの視線が向かう。
「……君は、この土地のものじゃなさそうだな。なぜあの男──松衛の主人に手を貸した?」
「うん?都合が良かったんだ。酒井の家なら知ってるだろ?この国から戦争をけしかけようとしてること」
極秘の情報をさらりと口に出す女には恐れがない。怖いもの知らず、というよりは好戦的な目。
まともな人間じゃない。
「それが一体なんの得となる」
「あんたには関係の無い話だよ。だけどそうさな……惚れてしまった相手がいなくなれば、お姫様も諦めてくれるかなってね」
そう呟いた彼女は、笑みを浮かべていなかった。楽しそうに酒を飲んでいた女は、いつの間にか能面のような顔をしていた。
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