ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

文字の大きさ
上 下
73 / 102
第八章《昭平と母国の画策》

【二】

しおりを挟む
 ガタガタと落ち着きなく揺れる馬車の中、紅子は言葉を発することなく外を眺めていた。

 レンが登場した後、彼女は紅子を横抱きにして太陽家の屋敷を飛び出した。人間一人を抱えているというのに、彼女の足は警備兵たちよりも速く、誰も追いつくことができなかった。
 警備兵を撒いた昭平とレンは、近くの賑わう街で馬車を拾い、現在に至る。

「おいおい……姫のご機嫌が斜めじゃないか。どうにかしなよ」
 レンの耳打ちも馬車の中だから当然紅子の耳に入ってくる。声を潜めたところで意味が無いだろうに、その状況を楽しむかのように、レンの口元には意地の悪い笑みが浮かんでいる。
「強引に連れてきたからご機嫌になることはないと思うよ」
 と昭平は肩をすくめる。
「だけど──秋桐弥生の話だったら別かな?」
 探りを入れるような物言いに、紅子は軽蔑の眼差しで彼を見据える。
「しばらく会わない間に性格が酷く歪んでしまったようですね。私の知る昭平さんとは似ても似つかない仰りようで驚いております」

──本当に、以前の彼とはまるで別人のよう。

 くしゃりと笑う柔らかな笑みはそのままだと言うのに、佇まいが、醸し出す雰囲気が刺々しい。そして何より、瞳の冷たさに目を逸らしたくなる。
「そうですね。弥生様のお話でしたら……少しは気が紛れるかもしれませんね」
 冗談半分でそう返す。
「ですが昭平さんは、語れるほど弥生様のことをご存知なのですか?」
「もしかしたら君より知ってるかもよ」
 目を細めて挑戦的な色をチラリと見せる昭平に、紅子は負けじと身を乗り出す。
「それはどうでしょうね。ほとんど関わりのない貴方より、一緒に暮らした私の方が詳しいと思いますよ」
「いやいや、別に秋桐弥生について張り合いたいわけではないんだよ……そんなにギラギラせんでよ」
 苦い顔になる昭平をまじまじ見返す。
「……幼い頃は、よくそのようなお顔をしておりましたね」
 学ぶとき、彼はよく眉間に皺を寄せて口を尖らせ、鉛筆を手で弄んでいた。時が経つにつれてその姿は見えなくなっていたが──、
「貴方にとって、今の組織が落ち着く居場所となっているのですね」
 よかった、とは言えない。
 言ってはいけないし、心の底ではその感情の隣で「なぜその組織なのか」と憤りも在る。

「落ち着く場所……では、ないな。むしろ綱渡りの気分だよ」

 不思議そうな目で見返され、紅子は「え」と疑問を短く発する。
 納得できない、と物語る表情の紅子に、昭平はクスリと笑いかける。
「そのように見えるとしたら、それは君がここに居るからだよ」
 昭平の言葉に、彼女は言葉を失った。

──私が自惚れていたのだと思っていた。

 いやきっとそれもある。それもあるが、こんな言葉を日々浴びていれば勘違いもするだろう。

──絶対このひとにも原因があるわ。

 以前宿屋にて、梅夜が簡潔に彼を表したことがあった。

「女ったらしよね」

 そのときの紅子は昭平に気があったために、盲目的に彼を信じ、梅夜の評価を否定した。だが今になって紅子は義姉の評価に同調する。
 桃李に至っては、
「女ったらしの言葉は基本受け流しなさいな。全てが社交辞令だと思っていいわ。それを真正直に受け止めて期待して、その結果傷つくのは自分だもの。いい?お紅ちゃん、その目で、しっかり、男を見極めるのよ」
 と、かつて何かがあったかのような気迫とともに紅子に言い聞かされていた。

「あら、私がいても何も変わらないと思いますが」
 冷たくそう返すと、昭平は目を見開いて彼女を見つめた。
「変わるさ。ようやく君を連れ帰ることができるんだから」
 身を乗り出してくる昭平の目は、真っ直ぐに紅子を見ている。
「連れ帰る?……と仰いました?そういえば先程もと──」
 まるでずっとその気を見計らっていたかのような口ぶりだ。
 まさか、と紅子は小さく零す。
「弥生様を罪に問うたのは、貴方なのですか……?」
 どくん、と耳元で心臓の音が低く鳴る。
 血の流れが加速する気配に、紅子は震える指先を握り込む。なぜ先の発言で気づかなかったのか、と紅子は鈍い己を酷く叱咤する。
 再び重い空気に包まれた馬車に、レンのため息がやけに大きく響く。

「こう言えばわかるかい?『まさかサクラが能力者だったなんて知らなかったな』。知っていればあのとき切り捨てなかったのに……惜しいことをした」

 サクラが能力者だと知っている者は限られる。秋桐弥生とその従者数名、太陽夫妻、そして春の宮。
 昭平を招き入れたのは春の宮だ。普通なら春の宮を疑うところだろうが──。

──春の宮様は、隠し名まで私に教えてくださった。

 あの瞳を前にしたら、彼女を疑う人間などいまい。そうなると一番怪しいのは、太陽夫妻ということになる。加えてあの挑戦的な目──勝ち誇ったような目をしていた太陽妻の線が濃厚だと、紅子の中の何かが叫ぶ。
「……弥生様のことを、貶めた理由は何ですか」
 太陽妻の狙いは明白だ。単に彼の力を削ぎたかったのだろう。だが昭平からすれば他人でしかない。

──まさか「私」の奪還のためだけに隣国に喧嘩を売るわけが……。

 そこまで考え至った紅子は生唾を呑み込んだ。

 春の宮の襲撃、さらには昭平の「俺が皇家を傷つけたことが重要だから」という発言。秋桐弥生という、他国の能力者の無力化。
 一番簡潔な解であり、一番当たって欲しくない予感。

「……………………戦争を仕掛けるため?」

 自分の声がまるで他人の声のようだ、と紅子は掠れた声を隠すように喉に手を当てる。
 酷く喉が乾く。
 目の前の男が、読めない瞳を細めて口角を上げる。

 夢であればいい、と紅子は遠い意識下で呟いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】内緒で死ぬことにした  〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜

たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。 でもわたしは利用価値のない人間。 手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか? 少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。 生きることを諦めた女の子の話です ★異世界のゆるい設定です

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...