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第八章《昭平と母国の画策》
【一】
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扉を出た昭平は何食わぬ顔で、
「あ、後のことは上手く宜しくね」
と外で待機していた警備兵に手を振った。
「「はっ」」
息のあった返事とともに向けられる敵視に、紅子は肩を縮める。味方ではないらしい雰囲気に、紅子は眦を吊り上げて対抗する。
──もしも中の彼女に手を出したりしたら許さない。
寒気を誘うほどの圧力に、警備兵たちは無表情を僅かに崩した。
「さすが紅子さん。怖いなぁ……約束は守るって」
彼は微笑むと、紅子の手を取る。──ものの、紅子はその手を振り払った。意図的というよりは反射のような動きに、紅子自身が戸惑ったように口を微かに開く。
乾いた音の後に広がるジンとした熱さに、昭平は目を瞬いた。
「……別に捕まえておかなくとも、私は逃げたり致しません」
紅子が手を引いた際、袖口が下がり水色基調の組紐がちらりと顔を出した。かつての彼女が選ぶ色味ではない。
「──どこまでも邪魔な男」
低く呟かれた言葉を聞き取れず、紅子は眉を寄せる。
「いえ……なんでもないです。ただ、別に捕まえるために手をとろうとしたわけじゃないよ」
昭平は掴みどころのない笑顔を浮かべると、近くの窓を開けた。
意図を汲めずに困惑を顔に出す紅子に、昭平は再び手を伸ばしかけ──ピタリと動きを止めたかと思うと、その手を引いた。
「ここから上がるから、付いてきて」
言いながら、彼は既に半身を乗り出している。
一体上へ逃げてどうするのか。
下は確かに警備が固く、逃げるのは困難だろう。だが上へ行ったところで逃げ道が用意されているのだろうか。
──能力を使っての移動はもうできない。
体感でわかる。あの便利な能力は、一日に一回使えるか使えないかのものだ。それを知っているのか、彼は「能力を使え」とは言わなかった。
彼の目的は分かっている。だが──……。
──私を連れて行ったところで、私が力を貸すとでも思っているのかしら。
冷ややかな怒りが灯る目の先では、表情を変える様子のない彼がいる。
「そんなに睨まないでよ。ほら、早く来て。そろそろ時間だから」
と窓の格子に足を乗せている彼は、いつぞやの木登りの少年を彷彿とさせる。
「時間?」
問うように繰り返した時、彼女は強引に腕を引かれた。
その勢いのまま彼の肋骨辺りに頬をぶつける。
「急になにを──!」
噛みつかんとする勢いの紅子のすぐ側で衝撃音が走った。
彼女の居た場所は土埃が舞い、天井が抜けて頑丈な板が無惨な姿で転がっている。そのすぐ先で、先程までやり取りをしていた警備兵が倒れていた。
瞳が小さくなる紅子の丸い後頭部を抱えながら、
「派手な登場ですね。あなたは隠密のほうが得意でしょうに」
パラ、と落ちてきた天井の破片を手で払い、昭平は苦い顔で煙の立つ方を眺める。
「まぁね。だが逃げ道をいくつか用意するよりも正面突破した方が虚を衝けそうだったんだ」
口調の割に高い声、切れ長の目、そして薄暗い青の髪。見知った彼女を前にした紅子の脳裏で、村での出来事、そして直近にあった野杏との最後のやり取りを交わした記憶が流れる。
躊躇なく撥ねられた首、なくなっていく温もり。これらが彼女に恐怖を植え付けた。次は自分の番なのではないかという漠然とした不安と恐怖に、彼女の顔から血の気が失われていく。
「お久しぶりだね、姫。悪い虫がようやく離れたんだね」
古い仲の友人にでも声をかけるような澄んだ声に、紅子は唖然とする。
とても人を殺した人間には思えない。どこにでもいる、仕事のできそうな美人にしか見えない。
──警戒しようにも、すぐに解けてしまう。
なぜだか、憎しみの感情で彼女を──レンを見ることができないのだ。
「どうして、あなたが」
紅子は眉を顰めるも、結び付いてしまった「とある可能性」に顎を上げる。
「まさか、昭平さんはこの方々と繋がっているのですか?」
紅子の悲愴な表情を見返した昭平は目を細めると、少年のような笑みで「ちょっと違うな」と軽やかな声で言う。
「俺が繋がってるんじゃない。国のお偉い様方が、この人たちと手を組んだんだ。俺……いや、僕はその伝令役みたいなものだよ」
彼は未だ腕の中にいる彼女を見つめ、彼女の髪に触れる。
「君を奪い返すために、俺はずっとこのときを待ってた。──帰ろう、俺たちの国に」
窓の外は既に赤が地を染め上げる時刻は過ぎ、闇が近づかんとする逢魔が時になっていた。
「あ、後のことは上手く宜しくね」
と外で待機していた警備兵に手を振った。
「「はっ」」
息のあった返事とともに向けられる敵視に、紅子は肩を縮める。味方ではないらしい雰囲気に、紅子は眦を吊り上げて対抗する。
──もしも中の彼女に手を出したりしたら許さない。
寒気を誘うほどの圧力に、警備兵たちは無表情を僅かに崩した。
「さすが紅子さん。怖いなぁ……約束は守るって」
彼は微笑むと、紅子の手を取る。──ものの、紅子はその手を振り払った。意図的というよりは反射のような動きに、紅子自身が戸惑ったように口を微かに開く。
乾いた音の後に広がるジンとした熱さに、昭平は目を瞬いた。
「……別に捕まえておかなくとも、私は逃げたり致しません」
紅子が手を引いた際、袖口が下がり水色基調の組紐がちらりと顔を出した。かつての彼女が選ぶ色味ではない。
「──どこまでも邪魔な男」
低く呟かれた言葉を聞き取れず、紅子は眉を寄せる。
「いえ……なんでもないです。ただ、別に捕まえるために手をとろうとしたわけじゃないよ」
昭平は掴みどころのない笑顔を浮かべると、近くの窓を開けた。
意図を汲めずに困惑を顔に出す紅子に、昭平は再び手を伸ばしかけ──ピタリと動きを止めたかと思うと、その手を引いた。
「ここから上がるから、付いてきて」
言いながら、彼は既に半身を乗り出している。
一体上へ逃げてどうするのか。
下は確かに警備が固く、逃げるのは困難だろう。だが上へ行ったところで逃げ道が用意されているのだろうか。
──能力を使っての移動はもうできない。
体感でわかる。あの便利な能力は、一日に一回使えるか使えないかのものだ。それを知っているのか、彼は「能力を使え」とは言わなかった。
彼の目的は分かっている。だが──……。
──私を連れて行ったところで、私が力を貸すとでも思っているのかしら。
冷ややかな怒りが灯る目の先では、表情を変える様子のない彼がいる。
「そんなに睨まないでよ。ほら、早く来て。そろそろ時間だから」
と窓の格子に足を乗せている彼は、いつぞやの木登りの少年を彷彿とさせる。
「時間?」
問うように繰り返した時、彼女は強引に腕を引かれた。
その勢いのまま彼の肋骨辺りに頬をぶつける。
「急になにを──!」
噛みつかんとする勢いの紅子のすぐ側で衝撃音が走った。
彼女の居た場所は土埃が舞い、天井が抜けて頑丈な板が無惨な姿で転がっている。そのすぐ先で、先程までやり取りをしていた警備兵が倒れていた。
瞳が小さくなる紅子の丸い後頭部を抱えながら、
「派手な登場ですね。あなたは隠密のほうが得意でしょうに」
パラ、と落ちてきた天井の破片を手で払い、昭平は苦い顔で煙の立つ方を眺める。
「まぁね。だが逃げ道をいくつか用意するよりも正面突破した方が虚を衝けそうだったんだ」
口調の割に高い声、切れ長の目、そして薄暗い青の髪。見知った彼女を前にした紅子の脳裏で、村での出来事、そして直近にあった野杏との最後のやり取りを交わした記憶が流れる。
躊躇なく撥ねられた首、なくなっていく温もり。これらが彼女に恐怖を植え付けた。次は自分の番なのではないかという漠然とした不安と恐怖に、彼女の顔から血の気が失われていく。
「お久しぶりだね、姫。悪い虫がようやく離れたんだね」
古い仲の友人にでも声をかけるような澄んだ声に、紅子は唖然とする。
とても人を殺した人間には思えない。どこにでもいる、仕事のできそうな美人にしか見えない。
──警戒しようにも、すぐに解けてしまう。
なぜだか、憎しみの感情で彼女を──レンを見ることができないのだ。
「どうして、あなたが」
紅子は眉を顰めるも、結び付いてしまった「とある可能性」に顎を上げる。
「まさか、昭平さんはこの方々と繋がっているのですか?」
紅子の悲愴な表情を見返した昭平は目を細めると、少年のような笑みで「ちょっと違うな」と軽やかな声で言う。
「俺が繋がってるんじゃない。国のお偉い様方が、この人たちと手を組んだんだ。俺……いや、僕はその伝令役みたいなものだよ」
彼は未だ腕の中にいる彼女を見つめ、彼女の髪に触れる。
「君を奪い返すために、俺はずっとこのときを待ってた。──帰ろう、俺たちの国に」
窓の外は既に赤が地を染め上げる時刻は過ぎ、闇が近づかんとする逢魔が時になっていた。
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