ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

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第七章《秋桐家と龍の加護》

【五】

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 その日は、秋桐の女たちが他の領主の娘、息子たちと談笑をしていた日だった。
 その場に野杏は招かれておらず、いつもの如く長男と二人で部屋に籠っていた。
「のどかな日ですね。梅雨だというのに、ここ最近は雨が降りませんね」
「そうですね。日差しが心地よいです」
 と長男──弥生は目を細める。
「まるで嵐の前の静けさのようで、少しだけ薄気味悪いですけれど」
 布団の中でそう呟いた弥生の言葉に、野杏の心臓が一際大きく跳ねた。
「……気のせいですよ。怖いことを仰らないでください」

 そう諌める声が震えた。

 もしかしたら、その予感に共鳴していたのかもしれなかった。


 その日の夕刻、弥生が高熱を出してしまった。
 嫌な予感というのはこのことかと、野杏は弥生の額に冷えた手拭いを当てる。
 荒い呼吸の主を部屋に残し、野杏はかかりつけの医師が暇を出していたことを思い出す。
 医師から万が一用に処方されていた解熱剤と咳止め薬を箪笥たんすから取り出す。
 しかし解熱剤を飲んでも一向によくなる様子のない弥生に痺れを切らし、野杏は街まで医師を呼びに行った。

──そうして医師を呼んで帰ってきた時、屋敷は既に業火に包まれていた。

「………………ちょう、なんさま」

 喘ぐように呟き、ふらふらと覚束無い足取りで火に包まれている屋敷に入ろうとする。
 そんな彼女を周りにいた人間たちは取り押さえた。

「はなし、はなして……っだってまだ……中に」

 彼女はその場に崩れ落ちた。
 声にならない叫び声が、胸の内で激しく渦巻いていた。

──屋敷と屋敷にいた人間は半数近くを焼き尽くした炎は、降り始めた雨によって鎮火した。

 その犠牲者の中に、足の悪い彼が含まれていたことは言うまでもない。
 生き残った領主夫妻は、次男を死んだことにして、次男を長男──つまりは将来の領主とした。
 当初の目的と奇しくも合致したこの火事は、誰かの陰謀なのではないかと囁かれた。

「──貴方だったんでしょう?あの火事は」

 拳を握った野杏の殺意に満ち満ちた目を、弥生は静かに見つめ返す。
「仮に僕が違うといえば、君は信じるのか?」
 彼女の眉が歪んだかと思うと、両耳を塞いで上半身を屈め、
「うるさいうるさいうるさい!人を小馬鹿にしたようなその物言い、本当に気に食わないッ!死んで!死んでよ!私に殺されて!そうしたら──」
 ピタリと動きを止めた。

「長男様を生き返らせることができるんだから……」

 狂った女の声ではない。それは心根にあったのだろう、少女の啜り泣くような声だった。

 虚をつかれた弥生は一瞬言葉を失ったものの、その目はすぐに冷静さを取り戻す。
「……生き返らせる?君にそんな能力があったとは驚きだな。試しでもしたのか?」
「いいえ。でも上手くいくわよ。先祖様が教えてくれるもの。私には既に能力があるから、村人を殺して回る必要もない。必要なのは、魂が入るだけ」
 あなたのことよ、と言うように指を弥生に向ける。
 その動きに合わせ、じり、と再び残りの死人が炎に包まれながらも弥生を取り囲んだ。
 大方炎に焼かれていると見積もっていた弥生だったが、死人たちが尽きる気配はない。

 四方八方から鎌や刀、鍬の刃が弥生を狙う。
 それを全て交わし、薙ぎ払う。

 その繰り返しに疲れを見せたその刹那。

 遠くにいたはずの屍たちの主が、弥生の間合いのすぐ間際に居た。
 気づくのが遅れた弥生は咄嗟に防御の構えをするも一足遅かった。
 帯から抜かれた短剣が鈍く光り、弥生の腹を刺す──……。

「させないよ」

 野杏はその声に息を呑む。

 震える手には刀のつかが握られ、たしかに何かを刺している。簡単には刀を動かせないことがその証明だった。
 だが刃を向かわせた相手の衣服ではない。袴でも着物でもない衣服に、見覚えがあった。

 点と点とが結びついた思考は、野杏の顔を真っ青にした。

 よろよろと後ずさり、バランスを保てずに尻を着く。

「ど、して」
 と野杏は歯の根が合わない口を懸命に動かす。

 どうして邪魔をするの。どうして貴方がここにいるの。この男のどこに守る価値があるの。一体どうやって現れたの。今まで何をしてたの。

 言いたいことがわっと出てくるのに、どれも言葉にならない。代わりに滑り落ちたのは、

「──なぜ今、私の前に現れたのですか」

 悲痛な叫びのすべてを言葉にした問いだった。
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