ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

文字の大きさ
上 下
64 / 102
第七章《秋桐家と龍の加護》

【三】

しおりを挟む
──故姫様は、祭神職の娘だったそうだ。

 彼女には想い人がいたが、その人は「生贄」に選ばれてしまった。
 彼を連れて逃げようと企んだ故姫だったが、神職の者たちにその企みがバレて、捕まってしまう。

 彼が贄としてその命を捧げる日、彼女には大勢の監視が付けられた。逃げ出すことができなかった故姫は、その日最愛の人を喪ってしまった。

 彼女は声が枯れるまで泣き続け、やがて心が空っぽになってしまった。

 そんな彼女のもとに、とある話が舞い込んできた。

 「巫女」に選ばれれば、望む力を得ることができる。そんな都合の良い話が耳に入ってきた。

 故姫はその可能性を信じて、彼を殺した人たちを殺し始めた。

 毒殺、刺殺、絞殺、焼殺、撲殺、愵殺……。様々な手法で、彼女は人々を死に追いやった。
 その中に彼女の肉親もいたが、彼女からすれば「彼を殺した一人」でしかなかった。

 そうして、彼女は死体の山を神に捧げた。すると水の神が彼女のことを気に入り、彼女の望んだ「死者を蘇らせる」能力を授けた。

 けれども、蘇らせた男子は自らその命を絶ってしまった。

 何度も何度も蘇生を試みるも、結果は毎回同じに終わった。
 そうして、彼女は終に「自分が彼の元へ行く」という選択をした。

 そうしたら、涅槃ねはんで、二人は手を取り合っていつまでも幸せに暮らせたそうだ。


「──おしまい」
 と、優しく声で物語を締めくくる。
「どうでした?野杏」
「はい。殺し方の説明をそんなに詳細に話されては、語り物には不向きかと。加えて、このお話はあの世が幸せなものだとされています。自殺推奨を仄めかすようなお話になってしまっております」
「想像以上に分析された解答……」
 うーん、と唸る主は布団の中から出られないでいる。
 後ろで束ねている少しだけ長い髪がそれぞれ違う方へ跳ねていて、いつもそこに目がいく。
 本人いわく、そういう髪質なのだから仕方ないとのことだ。
 何個かある欠点の一つだと彼は漏らしていたが、それは欠点というより愛らしい部分なのに、とはひっそり思う。
「野杏は楽しんでくれましたか?」
「え、はい」
「じゃあ問題ありませんね」
 陽だまりのような笑みに、きゅうっと眉が中央に寄る。
「……長男様の天然人たらし」
「褒めてくれてますか?」
 苦笑する長男様に、「どうでしょう」と熱くなった顔を背けた。

 彼は、足と肺が悪い。

 一人で歩くことがままならないでいるから、誰か介助者が必要になる。加えて病弱なため、彼のことを文字通り足でまといだと思う人間が多い。屋敷ここが主の家だというのに、彼にとって居心地の悪い環境が巣食っている。

──それは長男様だけに限らないけど。

「あら、ようやっと起きたの?お寝坊さんね」
 白飯をよそう長女はにこりと笑みながら見上げてくる。
 姉様方の布団を畳んだりシーツを替えたり、白飯を炊いたり味噌汁を作ったり。それもこれもすべて私がやった事なのに、すました顔でそんなことを言ってくる。
 膳は五つ並んでいる。けれどそこに野杏の分は含まれていない。姉四人分と、次男分だ。
 長女の言葉を無視して自分の膳を用意していると、後ろから足をかけられ転ばされた。
 膳はひっくり返り、茶碗が割れた。その破片でうっかり腕を切ってしまい、赤い線がじわりと浮かび上がってきた。
「あらら、寝ぼけているのね。大丈夫かしら」
 クスクスと忍び笑いが聞こえてくる。

 これが私の日常だった。

 もともと、私は秋桐の家の者ではなかった。
 本当の父親が秋桐家の家臣で、私が七つの歳を回った時に死別した。その後母は実家に帰ることとなり、私もついて行くはずだったのだが、領主に引き取られ養子となった。
 理由は私が哀れだったからではなく、単に優秀な子だと周りから褒めちぎられていた噂を聞きつけたからだ。
 長男の身の回りの世話を命じることにより女中の手間を減らし、養子という立場の私を気のたった年頃の女子たちの近くに置くことで、子どもたちのストレスの捌け口としても利用した。

 容認されてしまった野杏の扱いは悲惨なものだった。時に飯を抜かれ、時に外に放り出され、時に暗い蔵に閉じ込められた。

 けれど、長男だけは彼女を優しく迎え入れた。
 そんな長男に、自然と野杏の心は絆され、やがてその感情は形を緩やかに変えていった。

「──やはりアレは駄目だ。当主には向いていない。予定通り、次男の方を当主にしよう」

 その会話を聞いてしまったのは本当に偶然だった。
 なんだか眠れずに起きてしまい、水を飲もうと台所へと向かおうとしていたその廊下で、うっかり聞いてしまった。
 どう考えても、次期当主の話をしている。
 心臓の音が一際大きくなり、襖越しにいるというのに聞こえてしまいそうだった。

 その後、秋桐家の次期当主が受け継ぐという水神の加護の儀式には次男が「長男として」出席。
 長男様は「居ないもの」として扱われた。

「ん?別になんとも思ってないですよ」

 長男様の言葉に、私は面食らった。
「なんともって……わ、私は悔しいし憤っております」
「え、今更……というか君は君の待遇に対しても憤っていいと思いますけど」
「それはもうとっくに噴火して鎮火ができない程に吹きこぼれております」
「あ、そうなんですね」
 長男様はめをぱちくりとさせて可笑しそうに笑う。
 そうでなく、と話を戻す。
「どうして次男様が……しかも長男様のお名前で受け継ぐだなんて酷すぎます」
 感情が激しく胸の内に渦巻いて、それが涙腺を刺激する。
 溢れ出てしまう涙を隠すように俯き、
「水神の力があれば、もしかしたら病気だって治るかもしれないのに……」
 言うつもりのなかった本音が零れてしまった。
 そんなの、長男様が一番思っていることだろうに。無神経なことを言ってしまった。
 激しく後悔する中、後頭部にそっと手を回され──そのまま、抱きしめられた。
「ちょ、ちょうなんさま……っ!?」
 散らかった思考はさらに絡まって、物事を冷静に捉えられなくなる。
「…………うーん。勘違いだったら恥ずかしいし、そもそも義兄妹だから言う気もなかったんだけど」
 と上から声が降ってくる。
 感じたことのない温もりに、心臓が跳ねる。

「私は、この家のしがらみ全てを投げ出して、君と二人で過ごせたら……って、ずっと思ってたよ」

 初めて知った長男様の心の内に、頑張って堪えていたはずの堤防が決壊して、涙がどっと溢れる。凄いスピードで生成された水は収拾する気配がない。放っておくと身体中の水分がなくなってしまいそうだ。
「存外、君は泣き虫だね」
「長男様の前だからです。いつもはもっと毅然とした態度でいられます」
 ふいっと顔を逸らすと、額に口づけが落とされた。
「あまり可愛いことを言わないで。離すのが惜しくなる」
 くすくすと笑われて、その腕に包まれて。

 たぶんその瞬間が、人生で一番幸せだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】内緒で死ぬことにした  〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜

たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。 でもわたしは利用価値のない人間。 手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか? 少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。 生きることを諦めた女の子の話です ★異世界のゆるい設定です

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...