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第七章《秋桐家と龍の加護》
【二】
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弥生の射るような、それでいてどこか定めるような視線を真っ直ぐ受け止めると、野杏はふっと口元を綻ばせた。
「いつから私だって見当がついていたの?」
嬉しい、とでも言いたげな笑みに、弥生は微かな動揺を見せる。
「……認めるんですね」
「だからその話し方は止めてと言ったじゃないの」
すかさず、野杏は眉を寄せて不快感を露にする。
陽の光が野杏の目に映り込み、茶色の瞳が染められる。
「認めるも何も、そこまで言うということはもう証拠まで揃ってしまっているのでしょう?次男様はとても慎重だから、不確実なことはしないもの」
「よく理解されているような物言いは気に食わない。君が私の何を知っている?」
眼鏡の奥の瞳に苛立ちを灯した弥生に、野杏は着物の袖で口元を隠しながら、満足そうにくすくすと笑いを忍ばせる。
「気に食わない言い方をしたのよ。何を知ってるかだなんて、野暮な問いかけだわ。この二年間、ずぅーーーっと、貴方のことを観察し続けていたのよ?──全ては、貴方を確実に葬るため」
彼女はほどいた髪紐の飾り石を人差し指と親指とでつまむと、いとも容易くそれを割った。
パキン、と石の破片が床に散らばる。
聞こえるか聞こえないかの小さな音のはずだが、なぜだか耳の奥にその音が深く刻まれた。
「さようなら、名前も無い哀れな次男様。欲を出さなければ、殺されることもなかったでしょうに……全てはあなたの自業自得。あの世でしっかり、弥生様に謝ってくださいね」
割れた石から見覚えのある薄黒い霧が出現したかと思うと、一気に屋敷中を包み込んだ。
弥生は冷静に、瞬時に異能を発動させ、渦のような形の水で周りを取り囲もうとする霧から身を守る。
「水神の加護だって、本当は貴方のものじゃないでしょ?我が物顔でその能力を使わないでよ」
冷えきった声に続くように、霧は暗さを増していく。
反撃も迎撃もしない弥生に、野杏は光のない目で彼を見据えながら言う。
「私のこと、『故姫』って言ったわね。なら、能力のことももうバレてしまっているのでしょうね」
「……死者を操る能力だろ?厄介だったよ、物凄く」
すっかり砕けた口調になった弥生に、野杏は「本当?」と心底嬉しいとでも言いたげに手を合わせた。
「ではその三倍もの死者が相手なら……もっともっと厄介よね?」
細められた目に、弥生の首筋をぞわりと何かが這った。
「……っ!」
間一髪、背後からの奇襲を躱す。しかし避けきれなかった黒い髪が何本か床に落ちた。
水の渦にそこまでの威力はない。つまり、人や動物ならばその渦の内部に容易く入る事ができてしまう。
振り向くと、そこには濡れて肉体が腐敗し始めている人間が、鍬を手に弥生を睨んでいた。
そんな人間としての生を終えたはずの者たちが集結し、いつの間にか弥生を取り囲んでいた。
すぐさま渦を解除し、腰に差していた刀に手をかけて間合いを取る。
すっかり笑みを消した弥生に、野杏は右手を頬に添えて眉を下げてみせた。
「ここ周辺は火葬地帯ばかりだったから、これだけの勢力を集めるのに苦労したわ。あそこの村では思いの外潰されちゃったし……伝手がなければこの方法は何年も掛かっていたでしょうね。あの人たちに感謝しなきゃ」
と人差し指を弥生に向け、黒い瞳をカッと見開いた。すると黒い瞳が深い青に色を変え、彼女の周りには薄い紫の霧が漂い、だんだんと上昇して彼女の指先に集まり出した。
黒い霧と違った、どこか魅入ってしまいそうなその霧に、弥生は眉間に皺を刻んだ。
「──故姫の名の由来をご存知?」
ニヤリと唇が弧を描いたかと思うと、死者たちは一斉に紫の霧を見て動きを止めた。
「姫はね、一度死んでしまったのよ。だから故姫なんて呼ばれ方をしているの。ああ、でも死んだと言っても肉体的な死じゃないわ。心の死よ。愛する人を失い、彼女は空っぽになってしまった。そうして、彼女は死者を甦らせる術を得るためにどうしたと思う?」
「……知りたくもないな」
冷えきった目で見つめ返してくる弥生を無視した野杏は、指先でくるりと円を描いた。
「もともとはなんの能力も、素質もなかった彼女はね、村人を一人残らず殺してしまったのよ。子どももお年寄りも関係なく、ね。……なんでって、土地神に生贄として捧げるためよ。それで巫女として選ばれたの。水神様は、彼女の異様な執着がお気に召したようだったわ。本当、神様ってわけがわからないわよね」
指先に集まっていた霧はだんだんと凝縮し、一本の糸のようなものが出来上がった。
「ね、そのあとどうなったか知ってる?」
ふっと野杏の纏う雰囲気が変わる。
それに気を取られ、一瞬隙が生まれた。
その隙を逃さず、野杏が「幸せな終わり方にはならなかったのよ」と唇を動かしたかと思うと、彼女の死兵が一斉に弥生を襲った。
弥生の視界に、鍬を振りかざす死兵だけが映った。
「いつから私だって見当がついていたの?」
嬉しい、とでも言いたげな笑みに、弥生は微かな動揺を見せる。
「……認めるんですね」
「だからその話し方は止めてと言ったじゃないの」
すかさず、野杏は眉を寄せて不快感を露にする。
陽の光が野杏の目に映り込み、茶色の瞳が染められる。
「認めるも何も、そこまで言うということはもう証拠まで揃ってしまっているのでしょう?次男様はとても慎重だから、不確実なことはしないもの」
「よく理解されているような物言いは気に食わない。君が私の何を知っている?」
眼鏡の奥の瞳に苛立ちを灯した弥生に、野杏は着物の袖で口元を隠しながら、満足そうにくすくすと笑いを忍ばせる。
「気に食わない言い方をしたのよ。何を知ってるかだなんて、野暮な問いかけだわ。この二年間、ずぅーーーっと、貴方のことを観察し続けていたのよ?──全ては、貴方を確実に葬るため」
彼女はほどいた髪紐の飾り石を人差し指と親指とでつまむと、いとも容易くそれを割った。
パキン、と石の破片が床に散らばる。
聞こえるか聞こえないかの小さな音のはずだが、なぜだか耳の奥にその音が深く刻まれた。
「さようなら、名前も無い哀れな次男様。欲を出さなければ、殺されることもなかったでしょうに……全てはあなたの自業自得。あの世でしっかり、弥生様に謝ってくださいね」
割れた石から見覚えのある薄黒い霧が出現したかと思うと、一気に屋敷中を包み込んだ。
弥生は冷静に、瞬時に異能を発動させ、渦のような形の水で周りを取り囲もうとする霧から身を守る。
「水神の加護だって、本当は貴方のものじゃないでしょ?我が物顔でその能力を使わないでよ」
冷えきった声に続くように、霧は暗さを増していく。
反撃も迎撃もしない弥生に、野杏は光のない目で彼を見据えながら言う。
「私のこと、『故姫』って言ったわね。なら、能力のことももうバレてしまっているのでしょうね」
「……死者を操る能力だろ?厄介だったよ、物凄く」
すっかり砕けた口調になった弥生に、野杏は「本当?」と心底嬉しいとでも言いたげに手を合わせた。
「ではその三倍もの死者が相手なら……もっともっと厄介よね?」
細められた目に、弥生の首筋をぞわりと何かが這った。
「……っ!」
間一髪、背後からの奇襲を躱す。しかし避けきれなかった黒い髪が何本か床に落ちた。
水の渦にそこまでの威力はない。つまり、人や動物ならばその渦の内部に容易く入る事ができてしまう。
振り向くと、そこには濡れて肉体が腐敗し始めている人間が、鍬を手に弥生を睨んでいた。
そんな人間としての生を終えたはずの者たちが集結し、いつの間にか弥生を取り囲んでいた。
すぐさま渦を解除し、腰に差していた刀に手をかけて間合いを取る。
すっかり笑みを消した弥生に、野杏は右手を頬に添えて眉を下げてみせた。
「ここ周辺は火葬地帯ばかりだったから、これだけの勢力を集めるのに苦労したわ。あそこの村では思いの外潰されちゃったし……伝手がなければこの方法は何年も掛かっていたでしょうね。あの人たちに感謝しなきゃ」
と人差し指を弥生に向け、黒い瞳をカッと見開いた。すると黒い瞳が深い青に色を変え、彼女の周りには薄い紫の霧が漂い、だんだんと上昇して彼女の指先に集まり出した。
黒い霧と違った、どこか魅入ってしまいそうなその霧に、弥生は眉間に皺を刻んだ。
「──故姫の名の由来をご存知?」
ニヤリと唇が弧を描いたかと思うと、死者たちは一斉に紫の霧を見て動きを止めた。
「姫はね、一度死んでしまったのよ。だから故姫なんて呼ばれ方をしているの。ああ、でも死んだと言っても肉体的な死じゃないわ。心の死よ。愛する人を失い、彼女は空っぽになってしまった。そうして、彼女は死者を甦らせる術を得るためにどうしたと思う?」
「……知りたくもないな」
冷えきった目で見つめ返してくる弥生を無視した野杏は、指先でくるりと円を描いた。
「もともとはなんの能力も、素質もなかった彼女はね、村人を一人残らず殺してしまったのよ。子どももお年寄りも関係なく、ね。……なんでって、土地神に生贄として捧げるためよ。それで巫女として選ばれたの。水神様は、彼女の異様な執着がお気に召したようだったわ。本当、神様ってわけがわからないわよね」
指先に集まっていた霧はだんだんと凝縮し、一本の糸のようなものが出来上がった。
「ね、そのあとどうなったか知ってる?」
ふっと野杏の纏う雰囲気が変わる。
それに気を取られ、一瞬隙が生まれた。
その隙を逃さず、野杏が「幸せな終わり方にはならなかったのよ」と唇を動かしたかと思うと、彼女の死兵が一斉に弥生を襲った。
弥生の視界に、鍬を振りかざす死兵だけが映った。
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