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第六章《三つ目の伝説とサクラ》
【五】
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「いやそれは流石に許可できかねます」
弥生はバッサリ言い放つ。
「太陽家に行かせるとなると身の安全が保証できません。紅子さんだけ行かせることはさせません」
誘拐事件も相まってか、弥生は断固拒否の姿勢を崩さない。
「え、ですが……お国をまとめていらっしゃる方なのですよね?むしろ危険から縁遠いのでは?」
疑問をぶつける紅子に、否と彼は黒髪を揺らす。
「逆です。警備が厳重な分、我々がそこへ忍び込むなど不可能に近いのですよ。仮に連れ出せたとしても、難癖つけて我々の宅調べをされるに決まってます。許可はできません」
その瞳に捕らわれた紅子はただ見返すしかできない。熱情の秘められたその目から自分のことを本気で心配していることが伝わってきて、背中に電流が流れたかのような刺激が走る。
そんな甘い空気の中「こほん」とシンがわざとらしく存在を主張した。
「そんなことを言われては、サクラがどうなってもいいというように聞こえるのだが?」
要人の目が鋭く細められる。
「いいえ、そうではありません。サクラさんに危害を加えることはまず無いでしょう。引き抜きの話はあるかもしれませんが。ただし紅子さんは別です。太陽家の人間が一体何を考えているのか、私も読めません。ですが祭神の君を寄越してきたことからして婚約を諦めたとは考えづらい。そうすると一番手っ取り早いのが──」
「成程。この女の暗殺というわけか」
要人は心底どうでもよさそうに鼻を鳴らした。
「ですがそれこそ、弥生様を敵に回すのではありませんか」
前日夜、彼女はたしかにそう言った。ではそう簡単に手を出さないのではないか。
そんな考えの紅子を見透かすように、弥生は重々しく首を振る。
「そこにサクラさんが揃うのですから話は変わってきます。私の能力では、サクラさんの力も得た祭神の君を相手にするのはかなり不利……なので太陽家の人間が強硬手段をとってきてもおかしくないのです」
弥生の太陽家への警戒はとても強いものらしい。過去に何かあったのだろうか、と気にはなるが、今はそれを聞いても答えてはくれないだろう。
「あら。そんなこと私がさせませんのに」
「いやそうは言いますが……」
言いかけた弥生はすぐさま言葉を切り、パッと顔を上げる。
気配なく背後に近づいていた人物に、紅子はごくりと喉を鳴らした。
いつの間にか背後で聞き耳を立てていた人物──春の宮は、頬に手を当てため息をつく。
「まぁ警戒もするでしょうけど。でも今回紅子さんにも利があると判断したからお声をかけましたのよ」
むぅ、と頬を膨らませる春の宮に対し、弥生は「利とは?」と慎重な姿勢を崩さない。
「彼女たちの求める情報が、太陽家の書庫にならあるかもしれませんよ」
顎に指を滑らせた春の宮は強気に笑う。
「それはたしかにその通りかもしれませんが、春の宮様からご報告をして頂けると解決するのでは?」
春の宮は帯に挿していた扇子を広げ、大きな溜息を零した。
「弥生さん、それは流石に狡くありません?うちの秘蔵の情報をそう簡単に渡すわけにいかないことはわかっておいででしょうに……意地悪な方ですこと」
「ですがそれこそ、サクラさんを行かせれば情報は手に入ってしまうのでは?」と紅子は弱々しく挙手する。
「あら紅子さん。それは詰めが甘いというものですよ」
と春の宮はサクラを見やる。
「私の番様は、文字の読み書きの教育を受けていないのではありません?」
その指摘にサクラはカッと顔を赤くした。
「別にサクラさんを馬鹿にしたわけではありません。今この国には身分差があり、それが教育に影響しているというだけのこと。あなたが恥じる理由などございません」
と春の宮は言うが、サクラは面を上げようとしない。
「つまり、どうあっても私の婚約者を連れていくということですか」
「話が早くて助かりますわ」
二人の間に見えない火花が散る。
だが春の宮の方から視線を逸らし、代わって紅子にその真っ直ぐな眼差しを向けた。
「紅子さん。この件はあなたの意思で決めて頂きたいのです。弥生さんの意見ではなく、あなたのお心は?」
光の粒がいくつも弾ける瞳に魅入られた紅子は、思わずこくんと唾を飲む。同性でもドキリとしたその愛らしく慎ましい姿を前に、彼はよく眉ひとつ動かさずにいられるものだと感心する。
このままでは絶対「ぜひ行きたいです」と言ってしまいかねない。彼女の悲しげな表情など、想像するだけで胸が苦しくなるというのに。
さてどうしたものか、と彼女は悩む。
悩んだ末、挙手をした。
「……考えるお時間を、頂きたく思います」
弥生はバッサリ言い放つ。
「太陽家に行かせるとなると身の安全が保証できません。紅子さんだけ行かせることはさせません」
誘拐事件も相まってか、弥生は断固拒否の姿勢を崩さない。
「え、ですが……お国をまとめていらっしゃる方なのですよね?むしろ危険から縁遠いのでは?」
疑問をぶつける紅子に、否と彼は黒髪を揺らす。
「逆です。警備が厳重な分、我々がそこへ忍び込むなど不可能に近いのですよ。仮に連れ出せたとしても、難癖つけて我々の宅調べをされるに決まってます。許可はできません」
その瞳に捕らわれた紅子はただ見返すしかできない。熱情の秘められたその目から自分のことを本気で心配していることが伝わってきて、背中に電流が流れたかのような刺激が走る。
そんな甘い空気の中「こほん」とシンがわざとらしく存在を主張した。
「そんなことを言われては、サクラがどうなってもいいというように聞こえるのだが?」
要人の目が鋭く細められる。
「いいえ、そうではありません。サクラさんに危害を加えることはまず無いでしょう。引き抜きの話はあるかもしれませんが。ただし紅子さんは別です。太陽家の人間が一体何を考えているのか、私も読めません。ですが祭神の君を寄越してきたことからして婚約を諦めたとは考えづらい。そうすると一番手っ取り早いのが──」
「成程。この女の暗殺というわけか」
要人は心底どうでもよさそうに鼻を鳴らした。
「ですがそれこそ、弥生様を敵に回すのではありませんか」
前日夜、彼女はたしかにそう言った。ではそう簡単に手を出さないのではないか。
そんな考えの紅子を見透かすように、弥生は重々しく首を振る。
「そこにサクラさんが揃うのですから話は変わってきます。私の能力では、サクラさんの力も得た祭神の君を相手にするのはかなり不利……なので太陽家の人間が強硬手段をとってきてもおかしくないのです」
弥生の太陽家への警戒はとても強いものらしい。過去に何かあったのだろうか、と気にはなるが、今はそれを聞いても答えてはくれないだろう。
「あら。そんなこと私がさせませんのに」
「いやそうは言いますが……」
言いかけた弥生はすぐさま言葉を切り、パッと顔を上げる。
気配なく背後に近づいていた人物に、紅子はごくりと喉を鳴らした。
いつの間にか背後で聞き耳を立てていた人物──春の宮は、頬に手を当てため息をつく。
「まぁ警戒もするでしょうけど。でも今回紅子さんにも利があると判断したからお声をかけましたのよ」
むぅ、と頬を膨らませる春の宮に対し、弥生は「利とは?」と慎重な姿勢を崩さない。
「彼女たちの求める情報が、太陽家の書庫にならあるかもしれませんよ」
顎に指を滑らせた春の宮は強気に笑う。
「それはたしかにその通りかもしれませんが、春の宮様からご報告をして頂けると解決するのでは?」
春の宮は帯に挿していた扇子を広げ、大きな溜息を零した。
「弥生さん、それは流石に狡くありません?うちの秘蔵の情報をそう簡単に渡すわけにいかないことはわかっておいででしょうに……意地悪な方ですこと」
「ですがそれこそ、サクラさんを行かせれば情報は手に入ってしまうのでは?」と紅子は弱々しく挙手する。
「あら紅子さん。それは詰めが甘いというものですよ」
と春の宮はサクラを見やる。
「私の番様は、文字の読み書きの教育を受けていないのではありません?」
その指摘にサクラはカッと顔を赤くした。
「別にサクラさんを馬鹿にしたわけではありません。今この国には身分差があり、それが教育に影響しているというだけのこと。あなたが恥じる理由などございません」
と春の宮は言うが、サクラは面を上げようとしない。
「つまり、どうあっても私の婚約者を連れていくということですか」
「話が早くて助かりますわ」
二人の間に見えない火花が散る。
だが春の宮の方から視線を逸らし、代わって紅子にその真っ直ぐな眼差しを向けた。
「紅子さん。この件はあなたの意思で決めて頂きたいのです。弥生さんの意見ではなく、あなたのお心は?」
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このままでは絶対「ぜひ行きたいです」と言ってしまいかねない。彼女の悲しげな表情など、想像するだけで胸が苦しくなるというのに。
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