ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

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第六章《三つ目の伝説とサクラ》

【四】

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 朝を報せる白い光に、細い指が動いた。いつもと異なる枕の感触に顔をしかめた紅子はそっと目を開く。
 その眼前には昨夜想いを自覚した相手が寝息を立てているではないか。
 事態が呑み込めない紅子は飛び起き、じりじりと彼から距離をとる。おそるおそる触れた頬が熱く、現実だとまざまざ実感した。
「う……」
 紅子が退いたことで光がちょうど彼の顔に降った。光を浴びた弥生は唸り声を上げながら寝返りをうつ。紅子が枕にしていた細い腕が顔とともに布団の中に隠れる。どうやら寝起きはよろしくないようだ。

 コンコンというノック音とともに、
「若奥様、そちらに弥生様はいらっしゃいますでしょうか」
 とクロが呼びかけてきた。
 彼女は「あ、はい」と肯定し、ゆっくり部屋の扉を開いた。
 扉の前にはクロが立っていた。
 そんな彼の姿はどこか、弥生に似ているような気がした。
 寝ぼけているのか、と目をこする紅子の脇をすり抜けたクロは、主のいる寝所へと向かうなり布団を引き剥がした。
「起きてください。もう朝です。本日はまだ宮様がいらっしゃってるんです。シャンとしてください」
 まるで母親だ、と唖然とする紅子を横目で見たクロは、優しく目を細めたかと思うとすぐに主の方を向いてしまった。
「……そうでした。まだ祭神の君が」
 と半身を起こした弥生は、紅子と目を合わせるなり微笑んだ。
「よく眠れましたか?」
 ふにゃ、としたどこか幼い笑みに、紅子の心臓は落ち着きなく音を鳴らす。
 眼鏡をかけた彼はまだ寝ぼけているのか足取りが危うい。
 こんな一面があるなんて、と紅子は胸の前で腕を組む。心臓の音がより一層強く感じられ、耳に熱が集まってしまう。
「それでは、また朝餉のときに」
 と手を振る弥生に、紅子はおずおずと振り返す。 
 扉が閉まる直前、クロが「若奥様」と紅子に声をかけた。
「ありがとうございます」
 お礼の意味がわからず首を傾げるも、その答えを聞く前に扉は閉まった。

「──ああ。それは恐らく、寝起きのことかと」

 後から部屋にやってきたノアは上機嫌な笑みで答えた。
「ご主人様はそもそも寝つきがあまり宜しくなくて、寝起きも……ですのでご起床の際はご機嫌が宜しくないことがほとんどなのです。ですが今日は違いました。そのお礼だと思いますわ」
「けれど私は何もしていないわ」
 眉を下げる紅子に、
「では、ただお傍にいらっしゃるだけで弥生様の緊張を解したのでしょう。それだけ若奥様は弥生様にとってかけがえのない存在ということなのかもしれませんね」
 ノアの微笑みに、紅子は照れた表情で「そうだと嬉しいけれど」と小さく呟いた。
「あ、そうです。お紅ちゃ……いえ、紅子様。サクラがお話したいことがあると」
 帯を飾りながら滋宇は主を見上げる。
 その名にドキリとする。
 昨夜、扉を叩いたのは彼女だった。だけどその呼び掛けには応えなかった。
 申し訳なさと恥ずかしさで紅子は目を伏せる。
「朝餉の後にお呼びして」
 紅子は頬に手を当て、滋宇とノアから顔を背けた。


***


 その朝餉の時刻、屋敷の主である弥生、紅子、そして春の宮が並ぶ食卓はいつにも増して豪華だ。
 そんな中、春の宮は白飯を茶碗の半分と海苔の佃煮、それと菜の和え物を少量しか取っていない。
 視線を感じたのか、春の宮は花の精のように微笑み、
「紅子さんはとても美味しそうに召し上がりますね。なんだかお食事がさらに美味しくなったように感じられますわ」
 と言った。
「春の宮様は食べられるものが定められておりますゆえ、あまり多く召し上がりません」
 春の宮の付き添い人が睨むように紅子へ視線を投げた。
 その言葉に春の宮の瞳が悲しげに揺れる。だが一瞬で表情を元に戻すと、パチリと手を鳴らした。
「たしかここのお庭はとても手入れが行き届いているとお聞きしましたわ。ぜひ案内を頼みたいのですけど」
「あ、はい。ではクロに案内をさせましょう」
「ありがとうございます」
 と春の宮は席を立つ。
「それでは、また後ほどお会いしましょう」
 彼女は微笑むと、付き添い人と共に食卓の間を出ていった。


 しん、と静寂が落ちた食卓にはサクラが招かれていた。
 長いテーブルの弥生と向かい合う席に
「とつ、突然お呼び立てしてっ」
 緊張しているのか、声が裏返った。
 頬を染めるサクラの両肩に、彼女の護衛として雇われた二人──要人かなめとシンの手が添えられる。
 二人は賊だった雰囲気など微塵も感じさせない雰囲気オーラに満ち満ちている。久々に見た二人の全く違う印象に、紅子は目を見張るばかりだ。
 一方のサクラは深呼吸をし、
「突然お呼び立てして申し訳ありません」
 と頭を下げた。そんな彼女に「大丈夫ですよ」と弥生は続きを促す。
「実はお話したいことというのは、この二人に関することなのです」
 サクラは震える手を胸の前で組み、ちらりと二人を振り返った。
 彼女の意志に応えるように二人は頷くと、同時に一歩踏み出した。
「春の宮様のお話を伺いましたところ、サクラの能力を証明することが我々にできると思われます」
 シンの申し出に弥生は目を細める。
「それは、ようやく能力を打ち明けてくださる気になったと解釈してよろしいのですか?」
 要人は嫌そうに顔を歪めながらも頷いた。
「俺たちは元々能力があったわけじゃない。それぞれサクラを守ろうとしたときに初めて覚醒した……というのを、サクラから話を聞かされて思い出した」
 と彼は自身の手を掲げた。
「あと能力はサクラの許可なく使えないということも理解しておいて貰う必要がある」
 ちら、とサクラと視線を交わす。彼女が無言で頷くと、彼の手から白いモヤがしゅわっと音を立てて出始めた。
「これは霧。あいつを攫った時もこの霧で身を隠せた。この霧は幻を見せることもできる。以上」
 ふっと霧を消した要人は不機嫌顔でそっぽ向く。その隣で「はい、次は俺ね」と手を挙げたシンはへらっと笑った。
「触れたものの重量を軽くすることができる。けどそれはもの一つまで。小さかろうが大きかろうが関係ない。怪我したサクラを抱えて走る時に発動したんだよ」
「ちょっ!?シン!なんでそんなことまで言うのよ!」
 サクラは真っ赤になりながら彼のことをぶった。
「……なるほど。それはたしかに彼女の能力と言ってよさそうですね」
「はい。それで……私に、春の宮様のもとへ行かせてほしいのです」
 サクラの意外な申し出に、その場の全員が固まった。
「先日、春の宮様から短期でも構わないから遊びに来ないかとお誘いを受けました。それで私は、あーちゃ……いえ、紅子様にお役立てできる情報を持ち帰れたらと」
 その目は、紅子が初めて会った時の彼女と全く同じだった。

──固い意思を持つ瞳だ。

「わかりました。楽しんできてくださいね」
 と弥生はあっさり許可を出した。
 サクラは面食らったようではあったが、すぐに「ありがとうございます」と腰を折った。
 おずおずと頭を上げ、彼女は「それで、ですね」と言い難いのか深呼吸を繰り返す。
「旅費ならこちらが持ちますよ。着物も仕立てた方がいいでしょうか」
 気を利かせた弥生は懸念事項を挙げていく。だがサクラは「あの、大変助かります。けど、そうではなく」と指を胸の前で組み、そっと紅子を見上げた。

「──その伴いに、紅子様も是非、と」
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