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第六章《三つ目の伝説とサクラ》
【一】
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「……屋敷内が騒がしくなってきましたね」
ノアの呟き通り、 部屋の外から慌ただしい足音が響いていた。
時間が経つにつれ、落ち着くどころかむしろ緊迫感は増していく。何かが起きていることは明白だった。
「少し見てきます」
とノアは部屋を出た。
「今朝方のことといい、心配ですね」
滋宇の呟きに「そうね」と紅子は硬い声を返す。
先に寝ていろと言われても、この緊張感の中で素知らぬ顔して安眠するなんてできない。
──きっと、秋桐様が帰ってきたのでしょうけど。
なんの声掛けもないのが怖い。気を使ってのことなら構わないが、もしなにか重大な怪我や病気に感染したりなんかしていたらと思うと。
もう他人に思えない存在を思い、紅子は眉をきつく寄せた。
「若奥様」
ノアは扉を開けるなり、渋い顔で部屋に入ってきた。
「どうしたの」
との問に、ノアは滋宇に視線を投げ、
「それが……」
明らかに動揺している様子に、紅子はすぐさま部屋を飛び出した。
後ろから聞こえてくる制止の声を振り切り、紅子は階段を駆け下りた。
逸る心臓を落ち着けながら騒ぎの渦中へと向かう。
どうやら弥生の寝室にいるらしい。
無礼は百も承知で扉に手をかける。しかし声が中から聞こえてくるではないか。
そっと耳を扉に寄せると、
「私のことなど、放っておいてくださればよかったのに」
「いいえ。貴方様に何かあれば、私はきっと生きていけません」
「どうしてそんな気を持たせるようなことをおっしゃいますの……?あなたには婚約者様がいらっしゃるというのに……っ」
これは、本当にここで繰り広げられている会話なのだろうか。
紅子は自分の耳を疑った。指先が氷のように冷たい。
聞いたこともない女の声が、弥生の寝室から聞こえてくる。それ即ち──……。
紅子は短く息を吐き、扉をゆっくりと開いた。
そして目に飛び込んできた光景に、紅子は棒立ちになる他なかった。
「紅子さん!?」
最初に声を上げたのは弥生だった。
肩を出した少女を寝所に寝かせ、彼はそのすぐ隣で──本を、手にしていた。
「………………なにを、しておられたのです?」
やっと出た疑問に、
「その……読み聞かせ、です」
と予想外の答えが返ってきた。なんと返せば良いか考えあぐねていると、
「あなたが婚約者の赤髪の君ね。こんな格好で失礼するわ」
少女はゆっくり身を起こし、愛らしい黄金の瞳を柔らかく細めた。
「私は春の宮と呼ばれる巫女。太陽一家の血筋を継ぐ者です」
ほんわりとした声にそぐわない内容に、紅子は「そんな馬鹿な」と言いそうになるのをこらえる。
「どうしてそのように高貴なお方がこちらにいらっしゃるのでしょう」
弥生に視線を向けると、胡散臭い笑顔で「それはですね」と切り出そうとしたのだが、
「私からお話しますわ」
春の宮の笑顔に弥生は「そうですか」とあっさり引き下がる。
こほん、と一つ咳払いをした少女は、
「本当は私が弥生さんの婚約者となるはずだったのです」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください?」
笑顔で言い放った言葉は爆弾以外の何ものでもなく、紅子はカチンとその場に固まり、弥生は少女を止めに入った。
「……というのは半分本当で、半分は冗談です。ごめんなさいね」
くすくすと笑う少女は、美しい容姿ということを除けばそこいらの年の子と変わらなく見える。
「能力をお持ちになっている弥生様は、我々からすれば反旗を翻されたら困る存在なのです。ですので、手っ取り早く私を使って太陽家の一員として地位の安定、そして信望を得たいと考えていたのです」
さらさらと打ち明けられるどす黒い思惑に、紅子は目を落ち着きなく瞬かせる。
「そんなことを考えていたのに、弥生さんたらさっさと婚約者を用意してしまったんですもの。こちらの計画が狂ってしまったため、私が直々に遣わされたのです」
優しく笑む彼女に、弥生は「ですが」と小さく漏らす。
「何の収穫もなく帰ると……あなたの立場がないのではありませんか」
「あら。私をフッたあなたがおっしゃるの?」
春の宮の言葉に、弥生は黙るしかなかった。
「良いのです。いえ、あまり良くはないのですが、婚約者殿がもし強引に婚姻を結ばれているのでしたら裂いてやろうと思っていたのですが、そうではないようですしね」
鮮やかな黄金の髪を耳にかけ、
「それに、収穫ならございましてよ」
と強気に彼女は言った。
「桃の花の髪色をしてらっしゃった料理係を呼んでくださる?」
唐突な命令に、弥生と紅子は二人目を見合せた。
その令を退けられるわけもなく、サクラは部屋に召喚された。
「あの、私が何か……」
おどおどと肩を縮こまらせるサクラに、春の宮は目を細めて告げた。
「やっと逢えたわね。私の番様」
ノアの呟き通り、 部屋の外から慌ただしい足音が響いていた。
時間が経つにつれ、落ち着くどころかむしろ緊迫感は増していく。何かが起きていることは明白だった。
「少し見てきます」
とノアは部屋を出た。
「今朝方のことといい、心配ですね」
滋宇の呟きに「そうね」と紅子は硬い声を返す。
先に寝ていろと言われても、この緊張感の中で素知らぬ顔して安眠するなんてできない。
──きっと、秋桐様が帰ってきたのでしょうけど。
なんの声掛けもないのが怖い。気を使ってのことなら構わないが、もしなにか重大な怪我や病気に感染したりなんかしていたらと思うと。
もう他人に思えない存在を思い、紅子は眉をきつく寄せた。
「若奥様」
ノアは扉を開けるなり、渋い顔で部屋に入ってきた。
「どうしたの」
との問に、ノアは滋宇に視線を投げ、
「それが……」
明らかに動揺している様子に、紅子はすぐさま部屋を飛び出した。
後ろから聞こえてくる制止の声を振り切り、紅子は階段を駆け下りた。
逸る心臓を落ち着けながら騒ぎの渦中へと向かう。
どうやら弥生の寝室にいるらしい。
無礼は百も承知で扉に手をかける。しかし声が中から聞こえてくるではないか。
そっと耳を扉に寄せると、
「私のことなど、放っておいてくださればよかったのに」
「いいえ。貴方様に何かあれば、私はきっと生きていけません」
「どうしてそんな気を持たせるようなことをおっしゃいますの……?あなたには婚約者様がいらっしゃるというのに……っ」
これは、本当にここで繰り広げられている会話なのだろうか。
紅子は自分の耳を疑った。指先が氷のように冷たい。
聞いたこともない女の声が、弥生の寝室から聞こえてくる。それ即ち──……。
紅子は短く息を吐き、扉をゆっくりと開いた。
そして目に飛び込んできた光景に、紅子は棒立ちになる他なかった。
「紅子さん!?」
最初に声を上げたのは弥生だった。
肩を出した少女を寝所に寝かせ、彼はそのすぐ隣で──本を、手にしていた。
「………………なにを、しておられたのです?」
やっと出た疑問に、
「その……読み聞かせ、です」
と予想外の答えが返ってきた。なんと返せば良いか考えあぐねていると、
「あなたが婚約者の赤髪の君ね。こんな格好で失礼するわ」
少女はゆっくり身を起こし、愛らしい黄金の瞳を柔らかく細めた。
「私は春の宮と呼ばれる巫女。太陽一家の血筋を継ぐ者です」
ほんわりとした声にそぐわない内容に、紅子は「そんな馬鹿な」と言いそうになるのをこらえる。
「どうしてそのように高貴なお方がこちらにいらっしゃるのでしょう」
弥生に視線を向けると、胡散臭い笑顔で「それはですね」と切り出そうとしたのだが、
「私からお話しますわ」
春の宮の笑顔に弥生は「そうですか」とあっさり引き下がる。
こほん、と一つ咳払いをした少女は、
「本当は私が弥生さんの婚約者となるはずだったのです」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください?」
笑顔で言い放った言葉は爆弾以外の何ものでもなく、紅子はカチンとその場に固まり、弥生は少女を止めに入った。
「……というのは半分本当で、半分は冗談です。ごめんなさいね」
くすくすと笑う少女は、美しい容姿ということを除けばそこいらの年の子と変わらなく見える。
「能力をお持ちになっている弥生様は、我々からすれば反旗を翻されたら困る存在なのです。ですので、手っ取り早く私を使って太陽家の一員として地位の安定、そして信望を得たいと考えていたのです」
さらさらと打ち明けられるどす黒い思惑に、紅子は目を落ち着きなく瞬かせる。
「そんなことを考えていたのに、弥生さんたらさっさと婚約者を用意してしまったんですもの。こちらの計画が狂ってしまったため、私が直々に遣わされたのです」
優しく笑む彼女に、弥生は「ですが」と小さく漏らす。
「何の収穫もなく帰ると……あなたの立場がないのではありませんか」
「あら。私をフッたあなたがおっしゃるの?」
春の宮の言葉に、弥生は黙るしかなかった。
「良いのです。いえ、あまり良くはないのですが、婚約者殿がもし強引に婚姻を結ばれているのでしたら裂いてやろうと思っていたのですが、そうではないようですしね」
鮮やかな黄金の髪を耳にかけ、
「それに、収穫ならございましてよ」
と強気に彼女は言った。
「桃の花の髪色をしてらっしゃった料理係を呼んでくださる?」
唐突な命令に、弥生と紅子は二人目を見合せた。
その令を退けられるわけもなく、サクラは部屋に召喚された。
「あの、私が何か……」
おどおどと肩を縮こまらせるサクラに、春の宮は目を細めて告げた。
「やっと逢えたわね。私の番様」
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