ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

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第五章《動く心と呪いの石》

【七】

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 宿に戻るなり、紅子は侍従たちに用意された部屋へと通された。
 そこにはまだ安静にしろと言われていたはずの葉月と、神社の覡である双子がいた。
「お呼び立てしてすみません。それで、情報が掴めたとか」
 弥生の言葉に双子は頷く。
能力チカラが植えられてました」
「たぶんゆえ姫様の仕業しわざです」
 村で一度聞いた名に、紅子は指先を震わせた。
 双子は互いの指を絡め、そっとまぶたを下ろす。繋いでいない手を葉月に向け、
「「これ」」
 と呟く。
 葉月の着物の奥から、なにか怪しい蒼い光が漏れていた。
「今はもう溶けこんでるけど」
「これが石だったもの。この石を介して、姫様のお力の一部を発現できるようになってるみたいです」
「だけどどうして生き返ったのか……故姫様は
 当の葉月も心当たりがないとばかりに首を振る。
 弥生は唸る双子の丸い頭に手を置く。
「充分です。ありがとうございます」
 撫でられた双子は嬉しそうに目を細め、年相応の笑顔を見せた。
「さて……書庫を調べるのも結構ですが、芝神社にもまだ情報はありそうですね」
 弥生の言葉に首肯したユラは、
「これは明らかに均衡を崩している行為です」
「私たちは異能者の番人であり、均衡を保つ役割もある」
「だからこそ他の異能者より記憶が濃く、鮮明なのだけど」
 そう呟いたユラは眉を曇らす。ユリと繋いでいる小さな手が震えていた。
 ユリも同じ表情でその手を握り返す。その様子に弥生は、
「今日はもう夜が深くなってしまっています。それにここはセキュリティがしっかりしているとは言い難いですし……屋敷で話をゆっくり伺うことにしましょう」


***


「──ほんとによかったのですか?」
 布団に寝転がり、首元まで掛け布団を引き上げたユラが遠慮がちに口を開く。
「ええ。むしろ、ちょっと有難かったといいますか……」
 双子に挟まれた格好で紅子は言う。
 弥生は襖で仕切った先で寝ている。本来であれば弥生と紅子が同じ寝室で寝るはずだったのだが、
「二人だって能力者なわけですし、何よりまだ幼い子どもです。守られるべき対象でしょう?」
「「守られる、べき……」」
 紅子の言葉に双子はポッと頬を赤くした。嬉しそうな双子を前に、弥生は残念そうに肩をすくめたものの、
「そうですね。それでは、私は隣の部屋で休みます」
 と、女子三人と主とで別れて寝ることとなった。あくまで二人部屋のため、布団が二組しか敷けなかったためだ。襖で仕切った先の茶の間だったところに布団をもう一組敷き、そこを弥生の寝床とした。
──実は少し気まずかったから丁度よかった。
 都合のいい文句に双子を使ってしまったことに罪悪感はあるが、正直ほっとする気持ちの方が大きかった。
 そんな紅子の隣で、
「嬉しかったです」
 とユリは口角を弛める。
「私は捨てられた。親にとってはだったので」
 困ったように笑うユリを前に、紅子は上体を勢いよく起こす。そんな彼女にユリは眉を下げて笑う。
「仕方ないです。双子だったんですから。でも私、七歳までは生きられたの。ユラとどっちを残すかっていう話だったわけだけど……。七歳まで生かされたのは、神様が私たちのどっちを好きかわからなかったから生かされた。ただそれだけだった」
 その瞳は闇夜で儚く揺れる。
「だけどそんな私に、私たちに、守るって……とっても、嬉しかったの」
 まだ幼い子どもの目に、うっすらと涙の膜が張る。その頭に手を伸ばし、遠慮がちに髪を撫でる。
「……辛かったね」
 紅子は眉間にしわを寄せる。
 幼い子にそんな仕打ちはあんまりだ。そう思うのは、おそらくほんの一部なのだろう。
 紅子は息を短く吐く。
 子どもが間引かれることなんて普通。そんな価値観が蔓延ったこの世に、こうして悲しい境遇の子が生まれてしまう。
 どうしようもない理不尽に、心が焼けるように痛い。
 ぐしっと鼻をすすり、小さな手で目元をこする。
「もう平気です。それより赤の姫様……いえ、紅子様こそ不安を抱えてらっしゃるでしょう」
「え」
 唐突に心当たりのある言葉を突きつけられ、紅子は狼狽した。
 弥生とのこと。突然目の前に現れた想い人のこと。そして能力のこと。あまりに情報が多く、脳で処理しきれない。
「私たちの能力は千里眼」
 ユラは布団を頭まで引き上げ、小さな手で紅子の裾部分をつまむ。
「千里眼は基本なんでも見えます。情景だけじゃなく、頑張れば人の感情、過去、未来……現在進行形の情景なら千里まで見れるけど……」
が厳しいので、私たちは基本能力をあまり使いません」
 と二人は苦笑する。
「「けど」」
 二人の声が重なった。
「声がする、と思って
 ごめんなさい、とユラは視線を逸らす。
「え、なにを」
「「操り人形になりません宣言」」
 紅子の耳が真っ赤に染まる。
 よりによって先程のやり取りを見られていたなんて、と紅子は両手で顔を隠す。
「格好よかったです。今の時代、女子の気が強いと遠ざけられますが、私は悪い事だとは思えませんし」
「紅子様は水神様の主を好きになりかけてるし」
「え」
 ユラの言葉に紅子は絶句する。
 よりによって仮面夫婦に関する会話を聞かれてしまうとは。二の句が継げない紅子を前に、ユリは片割れの横腹を肘で突いた。突かれた彼女は「ふぉ」と短い悲鳴を発し、脇腹に手を当てその場にうずくまる。
「気になさらないでください。今のはその……失言ですから」
 ユリの笑顔に、紅子はますますいたたまれない気持ちになる。だって彼に向けているのは好意ではなく、ただの屈折した意地なのだから。
 いや、でもちょっと待て、と紅子は思考にセーブをかける。
 双子の能力は千里眼で、失言ということはそれすなわち──……。

「──ああ、では……少しは前に進めているのね」
 ぽつりと呟かれた言葉に、双子は顔を見合せて同じ表情かおで微笑んだ。
 夜が明けていくにつれ、星の輝きは弱くなっていく。

 屋敷から緊急の電報が入ったのは、ちょうどその頃合いだった。
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