ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

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第四章《秘められた涙と潜む影》

【八】

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 半年前、一人の娘が斧で胸を裂かれ死んだ。通りすがりの商人に殺されたのだと目撃者が言った。
 その証言を誰もが疑わなかった。たった二人を除いて。
 二人のうち一人は、殺された娘の近所に住むの子。もう一人は、犯人とされている商人の妻。

「その妻が、怪しい動きをしちょる」
 と村長は苦い顔になる。
「目撃者にピッタリ張り付いて、監視のようなことしていてな。それだけならええんじゃが、どうやら殺気をもっているそうなんです」
「……目撃者が犯人だと疑っているというわけですね」
 紅子の指摘に、村長は微かに頷く。
そうです。じゃが証拠もないうえ、その目撃者いうんは村一番の働きもんで、そやつが仕事に集中できん言うんです」
 大きなため息をつく村長に、
「殺されてしまっては遅い。しかしその奥さんが殺そうとしている証拠がなく、あくまでその目撃者だけが感じる殺気だけ、というわけですね」
 と弥生も苦笑する。
「一度声をかけたとき、丸腰だったということもあっての。彼女の動きを制限するのは難しいんです」
 弱りきった村長の様子に、
「あの」
 と紅子が口を挟む。
「あき、弥生様はどうして私が必要だと感じられたのですか?」
 今の話からすれば、紅子が役に立てそうなことなど思いつかない。
「この村にも、芝神社と同じく不思議な言い伝えがあるのです」
 と弥生は村長に目配せする。
「なに、嘘か本当かわかんねぇ話だ。故姫ゆえひめ伝いうて、故姫なる者現れ、なんでも惚れた男を生き返らせたとか。今じゃ、人を蘇らせようとしたら処刑もんだがね」
 村長は鼻で笑っていたが、紅子の隣で弥生は口を固く結んだ。
 紅子は口元に指を当て、
「また、『姫伝ひめづたえ』ですか」
 と呟いた。眉をひそめる紅子に、
「なにか引っかかるのですか?」
「いえ、なんというか……昔母が話してくれたお話と繋がりそうで」
 弥生の問いに頷きながらも、紅子は項垂れる。
「でも幼い頃の話なので」
 もう覚えていないのです、と縮こまる紅子に、
「それでしたら、帰ってから秋桐家うちの書庫を探しましょう。代々の暦書、各地方の伝記、逸話……その類でしたら、おそらく一番情報が揃ってるのは秋桐家だと思いますよ」
 と優しい声色で弥生はいう。
「コホン」
 コホンコホン、と村長は咳払いを繰り返す。
「あー……それじゃ、今日はもうお帰りということでよろしいか」
「はい。長居してしまい申し訳ありません」
 と弥生が腰を上げた時だった。
「村長!女に動きが」
 と中年の男が戸を勢いよく開いた。
「わかった。お客人はこちらで……」
「いえ、私も行きます」
 村長の言葉を遮り、弥生はすっと立ち上がる。
「貴方はこちらでお待ちください。たぶんそう時間はかかりませんから」
 といいながら、弥生は村長宅を飛び出した。
 村長もおぼつかない足取りでそのあとを追う。
 残された紅子は手持ち無沙汰になり、村長宅をぼんやりと眺める。
「ねぇ」
 いつの間に訪れていたのか、少年が紅子の背後に立っていた。
 気配のなかった少年に、紅子は気を引き締めた。
「お姉さん、この村の人じゃないよね。あの商人の知り合い?」
 くりっとした瞳が紅子を捉える。
「もしあの商人さん助けたいなら、僕に協力して」
 突然の要請に、紅子は「えっと、あなたは?」と戸惑いながら尋ねる。
葉月はづき。殺された女の子の近所に住んでるんだけど、僕犯人わかったの!だけど村の人みんな信じてくれそうにないし……早く解放してあげないと、あの商人さんかわいそうだよ」
 だけど、と彼女は弥生たちが出ていった戸口へ視線を巡らせる。
「お願い!おねーさんが証言してくれれば、商人の人も助かるんだ!」
 と腕をつかまれる。
 まだ強くない、少年の腕力に紅子は気を緩めた。
「わかった。でもどこに行くの」
「ついたらわかる。今は、ついてきて」
 お願い、と葉月と名乗った少年は潤む瞳を紅子に向ける。
「書置きだけ、残させて」
「……わかった」
 葉月は少し渋ったが、軽く頷いた。
 紅子は帯から鉛筆と紙を一枚とり、机に置く。
「こっち」
 と葉月は紅子の腕をつかみ走り出した。
「は、走る必要あるの?」
 と困惑する紅子に、
「ある!」
 と少年は叫ぶ。
 ほんの数秒走った先には、洞窟があった。
「ここは?」
 中から漂う不穏な気配に、紅子は身を固くする。
「お墓。ここに用があるんだ」
 葉月は、感情を映さない瞳で紅子を捉えた。

「ごめんね、お姉さん」

 そう呟いた少年は、先程の可愛らしい表情を消し、大人びた目に変わっていた。
 一瞬のことだった。
 少年は慣れた動作で、隠し持っていたらしい縄を紅子の足元に滑らせた。
 先に重石がつけられた縄は、彼の器用な指先によって方向転換し、紅子の足に絡んだ。
 その縄を勢いよく引かれ、紅子はしりもちをつく。
 強く打ちつけてしまったようで、立ち上がろうにも力が入らない。
 紅子の前までゆっくり歩み寄った少年は、彼女の腕を後ろで交差させて縛る。
「ね、酷いことは僕もしたくないんだ」
 血の付着している包丁を紅子の首元にあて、葉月は声を落とした。
「だから言うこときいてね」
 紅子は唇を噛み締め、葉月を睨む。
「なにをしろっていうの」
「簡単なことだから安心して」
 葉月はにこりと微笑し、刃物を手首に滑らせる。
「この洞窟にいる子の傷を治してほしいだけ」
 ぐい、と背を押しながら葉月とともに洞窟内に入る。
 暗い内部に入ると、さらに気配が濃くなった。
水無月みなづき。ようやく外に出れるよ」
 さっきとは打って変わって優しい声色の葉月に、紅子は眉をひそめる。
 サクッ、と土を踏む音が奥から聞こえた。
 紅子は顎を引き、じっと目をこらす。
 水無月、と呼ばれた人影は、血まみれの少女だった。
 死んだ目をして、胸から腹にかけてざっくりと切られている。
 紅子は、その少女がおかしいことに気づく。
 たしか事件は半年前だと言っていたはずだ。
 この村は火葬ではなく埋葬のみらしく、遺体は埋められたはず。また時間的に腐っているはずなのだ。
 しかし遺体は腐臭どころか、血が未だに流れ続けている。腹部からの出血が、止まることを知らないように少女の着物を汚しているのだ。
 思わず下に視線をやった紅子は、声にならない悲鳴をあげた。

 地面が、血で真っ赤に塗りつぶされていたのだ。

 彼女はへたりとその場で腰を抜かした。
 そんな紅子を見下ろしながら、
「おねーさん。早く治してって」
 葉月はため息をつき刃をゆらゆらと振る。
「……いやよ」
「は?拒否権ないんだって。それとも死にたいの?」
 葉月の顔から表情が剥がれ落ちていく。
 紅子は葉月を見上げ、
「どちらもお断りするっていったのよ」
 と目を細めた。
 瞬間、葉月が刃物を振りかぶったのと同時に、地についていた血液が一点に集まり強風が吹いた。
 身軽だった葉月は風にあおられ、数メートル吹き飛ばされた。
 宙に浮いた血液の渦は、真っ黒な闇へ繋がる通路と化していた。
 その奥から、やや低い声が聞こえてきた。

「私の妻は、どうも拐かされるのがお好きなようですね」
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