ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

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第四章《秘められた涙と潜む影》

【五】

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「「もうお帰りですか」」

 いつの間に退席していたのか、境内の中を箒で掃除していた双子に呼び止められた。
「ええ。お茶、ごちそうさまでした」
 紅子が微笑むと、双子は目を合わせて「あの」と声をかける。
「今日、うちのお祭りなの」
「人多いから、赤の姫様の髪目立っちゃう」
「「これどうぞ」」
 と差し出されたのは、山吹色の布地だ。
「これ被ると、他の人の視線を避けられる」
「なぜなら私たちのおまじないがかけてあるから」
「これからは外出の時、これ被るといいよ」
 思わぬ手土産に、紅子の口元が緩む。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。ねえ、今日のお祭り行くでしょ?」
 お祭り、という単語が、紅子の気分を高揚させる。
 しかし、そんな子どもっぽいところをおもてに晒してよいものか。
「そう、ですね。せっかくの機会ですし……あと、私は紅子という名があるから、そっちで呼んでくれたら嬉しいです」
 紅子が言うと、双子は「わかりました」と素直に頷いた。
「それじゃ、主を呼んで……」
「待ってください」
 箒片手に神主を呼びに行こうとする双子を、弥生が止めた。
「彼女は病み上がりです。人が多いところに連れていくのは避けたい。残念ですが、今回はお暇します」
 それもそうだ、と紅子も頷いた。
「そうですね。今回は残念ですが」
 少し残念ではあったが、弥生の迷惑をかけることになるより良い。
「そうですか」
「また来てくださいね」
 双子に見送られながら、弥生と紅子は神社の社をくぐった。

「……さて」
 裏道を歩く途中、弥生は紅子を振り返った。
「私たちも行きましょうか」
「え。ど、どちらへ?」
 戸惑う紅子の手をとり、弥生は目を細めた。
「もちろん、お祭りです」
「でも、先程……」
 眉を下げる紅子に、
「ああ言わないと、デートじゃなくなってしまうでしょう」
 デート、という単語に、紅子は頭が真っ白になる。
 当の本人は気にしていないのか、いつもと変わらない笑顔だ。
「ですが体調が心配なことは本音なので、手を離さないでくださいね」
 と、弥生は握る手に微かに力を込めた。


 裏通りで開かれている祭りは、近くの村から大勢の人が集まっていた。
 りんご飴屋、たこ焼き屋、メダカ掬い、お面屋と、ずらりと屋台が並んでいる。
「目移りしてしまいますね」
 声が上ずる紅子の様子に、弥生はくすくすと笑う。
「あ……あの、子どもっぽいですよね。すみません。秋桐のお家にふさわしくなかったですね」
 頬をじわっと赤くする紅子に、弥生は「いえ」と優しい笑みを浮かべた。
 余裕で、猫を被ってそうな笑みじゃなく、自然と零れた笑み。
 その瞳に魅入られ、目を逸らせなくなる。
「あなたはどうかそのままでいてください。本来のあなたを隠すのは、勿体ない」
 そう言いながらすぐ近くの屋台で肉まんを買い、紅子に手渡す。
「あなたは笑っている姿が、一番奇麗ですから」
 美形の殺し文句は、いとも簡単に女の心臓を貫く。
 紅子もその例外ではなかった。
 嬉しいやら恥ずかしいやらで、顔の熱はしばらく収まりそうにない。
「……冷たいものが欲しいですね。ラムネでも買いましょうか」
 顔が赤いのを気遣われたのかと思うと、また熱くなっていく。
 ちら、と視線を上げると、弥生の耳は真っ赤だった。

「え」

 思わず声を漏らすと、弥生が振り返り視線が交わった。
 瞬間、弥生は眉を下げながら繋いでいない方の手で口元を覆う。
「……慣れないことは、いうものではありませんね。こっちが恥ずかしくなってしまいます」
 耳だけでなく、頬も赤くなっている。
 見たことのない弥生の姿に、紅子の胸はとくんと静かに鳴った。
「……それじゃ、いきましょう」
 繋がれた手の温もりに、紅子は笑みを浮かべる。


 紅子の着物に刺繍されたオシドリが、屋台の明かりに照らされて煌めいていた。


***


 馬車に乗る頃、紅子の体力は限界を迎えていた。
「少々長居しすぎましたね」
 馬車ではゆっくりしてください、と弥生は微笑むが、彼と一緒にいる間気を休めることなどできない。
 そんな意思はあるのに、睡魔は容赦なく紅子を襲う。
「寝ても大丈夫ですよ」
 目が半目になってしまう紅子に、弥生は笑いながら言う。
「いえ、平気です。それより、今日の屋台での料金……」
「ああ、それは当然、夫である私が出しますよ」
 それが、紅子からしたらあまり嬉しくないことだった。
 自分は家で特に何もしていないのに、どうして金を使ってもいいことになるのだ。
 宿屋で働いていたからわかる。金というのは湧いて出てくるものではない。
「……私は、仮面、ふーふですよ」
 うつらうつら、頭が揺れる。
「私、お仕事……今、してないです。それなのにお小遣いがあるみたいな……わたし、ちいさい、こ、みた……」
 ふっと体から力が抜け、前に倒れこむ。
「っと」
 弥生は紅子を受け止め、自身は紅子の隣に移動した。
 小さい頭を肩に乗せてやると、数分経たないうちに穏やかな寝息が聞こえてきた。
「……そういう、他の領主の娘たちと異なるところが、貴方の魅力ですよ」
 聞こえないとわかっていながら、声をかけずにいられない。
 いや、聞こえない今だからこそ、伝えられるのだ。
 暗い瞳に、紅子の寝顔が映る。彼女の柔らかな髪に口づけを落とし、弥生は呟く。
「愛しています。……気づかないでくださいね」

 そんな出来事も知らない馬車は、屋敷へ向かう速度をわずかに上げた。
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