18 / 102
第二章《突然の別れと思惑》
【八】
しおりを挟む
世が更け、次々と屋敷の人間が動き始める。
「……えと、本当にこの服を着るの?」
戸惑いがちに尋ねる紅子に、ノアがにこりと無言で笑う。
「私は持ってきた服もあるのだけれど」
と抵抗を見せると、ノアは笑顔で「何を仰ってるんです」とピシャリと言い放った。
「ご主人様の前に出るのですから、少しでも良い格好にしましょ。勿論そちらのお着物も素敵でいらっしゃいますが、こちらのお着物はご主人様がお選びになったものなのですよ。さ、お召し変え下さい」
さぁさぁ、と寝巻きを解かれ、あっという間に着せ替えられてしまう。
明るい赤が基調の、桜を金色で表現した着物は、なんともお祝いの時しか着そうにない代物だ。だが、高そうだったら何でもいい訳では無いだろう。
赤い髪に赤い着物は、色が煩い。
ノアも着付け終えた後、笑顔のまま数秒停止していた。
「……お似合いですが、朝からこの格好では少々煌びやかで皆の注目を浴びてしまうやもしれませんね。あ、お外は少々冷えるようですので、黒の羽織をご用意しますわ」
と早口で言うなり、無地の黒い羽織をさっと着せた。
「よくお似合いです」
顔にははっきりと「よかった。なんとかなった」と書いてある。
「おはよーございま……ブッ!そ、その服……っ合わな!ノア、なんでこの服選んだの」
と、滋宇は部屋に入るなり吹き出した。
「滋宇……?」
昨日と様子が全く違う彼女に、紅子はぽかんとしている。
「あ、今は私お紅ちゃんの従者じゃないからお咎めなしよ」
滋宇はそう言うなり、にっと以前のような悪戯っぽい笑いを浮かべた。
「私は秋桐様と契約したと以前言ったでしょう。私のはただのバイトよ、バイト。私はお紅ちゃんの従者の仕事に就いたけど、それは朝九時から夜九時まで。だから今は従者じゃないのよ」
と、得意げに言ってのける滋宇に、紅子は飛びついた。
慌てて受け止める滋宇に、紅子は震える手で握り拳をつくった。
「何よ、言いなさいよ!私……私あなたが、あなたこそ約束を忘れたんだって……!私の気持ちなんか全然分かってないんだって!馬鹿!慈雨の……馬鹿……っ」
目に涙を浮かべる紅子に、滋宇は「バカはそっちのくせに」と笑いかけた。
「お紅ちゃん、私はあなたの傍から離れないって約束したでしょう。お紅ちゃんが思ってくれてるのと同じくらい、私はお紅ちゃんのこと大好きなのよ。親友の座を、そう簡単に捨てるわけないでしょ」
そう言って笑うと、帯に差してあった簪を手に取り、紅子に手渡した。
「これ、遅くなったけど皆から」
派手な色ではないが、控えめながらも上品なエメラルド色の珠に硝子が埋め込まれていた。付いている金色のチェーンがゆらゆらと揺れている。
壊れ物を扱うように両手で受け取り、きゅっと握りしめた。
「ありがとう」
そう呟いた声は掠れていた。
「コホン」
コホンコホンとわざとらしく咳をするノアは、細い目で滋宇を見ている。
「こちらのお着物は、ご主人様がご用意したものですよ。若奥様のために」
口を慎め、と言いたげに眉を寄せるノアに、
「いや、違うでしょ」
と滋宇は怯むことなく否定した。
「これ、お紅ちゃんのためっていうならこんな色のやつは選ばないわよ。それとも単に秋桐様のご趣味が悪いのかしら」
クスッと笑う滋宇に、ノアはさっと顔を青くした。
「しっ失礼ですよ!なんてこと言うの!」
「じゃあこの着物を選んだご主人様は、吟味してらしたの?まったく……やるって決めたなら徹底的にしろっての」
ぼそっと毒づく滋宇を「こら」と紅子は注意した。
「まぁでも、ノアさん。弥生様からなにか私についてお聞きになりました?」
「え……いえ」
と眉をひそめるノアに、
「そう。ではお話しますわ」
と紅子は溜息を吐いた。
滋宇は紅子を一瞥したが、何も言わずに続きを促した。
「私と弥生様、会って間もないのです」
「へ?はぁ」
紅子はその一瞬、ノアの目から緊張感が抜け出たように感じた。
「だからお互いの容姿も知らなかったし……趣向も知らないのです。だからこのお着物をお選びになったのかもしれないですわ。赤は多くの女子に好まれますし」
と微笑んだ。
「あ、そう、だったのですね。どうりで……いえ、ではそろそろお時間ですので参りましょう」
ノアは合点がいったように頷き、ドアに手をかけた。
「クロ様」
ノアの呟き通り、扉のすぐ前にはクロが立っていた。
「おはようございます、若奥様。朝食の用意ができましたので参りました」
にこりと笑ったクロに、ノアは動揺したように目を見開いた。
そんなノアの反応に紅子は眉をひそめたが、クロが気にした様子はなかった。
「では参りましょう、若奥様」
貼り付けたような笑顔に、「ええ」と応えるものの、ノアの反応が気になって悶々とした。
「……ああ、その着物にしたのですか。それは貴方には色が明るすぎましたね。改めて後日、贈らせてくださいね」
着物を目にした弥生は苦笑を浮かべてそう言った。
「着物は自分のものが……」
あるので大丈夫です、と言おうとすると、
「まぁ、それが宜しいですわ」
弥生の傍に居た絹峰が、手をパチリと合わせて微笑んだ。
「では明日にでも裁縫師を呼びましょうね。あ、簪はもう贈られたのでしたっけ?」
否、と弥生が首を振ると、「ではそちらも手配しましょう」と絹峰は他の女中と二言三言交わし、女中を外へ向かわせた。
「ああ、楽しみですわ」
と、絹峰は機嫌良さそうに目を細めた。
「……えと、本当にこの服を着るの?」
戸惑いがちに尋ねる紅子に、ノアがにこりと無言で笑う。
「私は持ってきた服もあるのだけれど」
と抵抗を見せると、ノアは笑顔で「何を仰ってるんです」とピシャリと言い放った。
「ご主人様の前に出るのですから、少しでも良い格好にしましょ。勿論そちらのお着物も素敵でいらっしゃいますが、こちらのお着物はご主人様がお選びになったものなのですよ。さ、お召し変え下さい」
さぁさぁ、と寝巻きを解かれ、あっという間に着せ替えられてしまう。
明るい赤が基調の、桜を金色で表現した着物は、なんともお祝いの時しか着そうにない代物だ。だが、高そうだったら何でもいい訳では無いだろう。
赤い髪に赤い着物は、色が煩い。
ノアも着付け終えた後、笑顔のまま数秒停止していた。
「……お似合いですが、朝からこの格好では少々煌びやかで皆の注目を浴びてしまうやもしれませんね。あ、お外は少々冷えるようですので、黒の羽織をご用意しますわ」
と早口で言うなり、無地の黒い羽織をさっと着せた。
「よくお似合いです」
顔にははっきりと「よかった。なんとかなった」と書いてある。
「おはよーございま……ブッ!そ、その服……っ合わな!ノア、なんでこの服選んだの」
と、滋宇は部屋に入るなり吹き出した。
「滋宇……?」
昨日と様子が全く違う彼女に、紅子はぽかんとしている。
「あ、今は私お紅ちゃんの従者じゃないからお咎めなしよ」
滋宇はそう言うなり、にっと以前のような悪戯っぽい笑いを浮かべた。
「私は秋桐様と契約したと以前言ったでしょう。私のはただのバイトよ、バイト。私はお紅ちゃんの従者の仕事に就いたけど、それは朝九時から夜九時まで。だから今は従者じゃないのよ」
と、得意げに言ってのける滋宇に、紅子は飛びついた。
慌てて受け止める滋宇に、紅子は震える手で握り拳をつくった。
「何よ、言いなさいよ!私……私あなたが、あなたこそ約束を忘れたんだって……!私の気持ちなんか全然分かってないんだって!馬鹿!慈雨の……馬鹿……っ」
目に涙を浮かべる紅子に、滋宇は「バカはそっちのくせに」と笑いかけた。
「お紅ちゃん、私はあなたの傍から離れないって約束したでしょう。お紅ちゃんが思ってくれてるのと同じくらい、私はお紅ちゃんのこと大好きなのよ。親友の座を、そう簡単に捨てるわけないでしょ」
そう言って笑うと、帯に差してあった簪を手に取り、紅子に手渡した。
「これ、遅くなったけど皆から」
派手な色ではないが、控えめながらも上品なエメラルド色の珠に硝子が埋め込まれていた。付いている金色のチェーンがゆらゆらと揺れている。
壊れ物を扱うように両手で受け取り、きゅっと握りしめた。
「ありがとう」
そう呟いた声は掠れていた。
「コホン」
コホンコホンとわざとらしく咳をするノアは、細い目で滋宇を見ている。
「こちらのお着物は、ご主人様がご用意したものですよ。若奥様のために」
口を慎め、と言いたげに眉を寄せるノアに、
「いや、違うでしょ」
と滋宇は怯むことなく否定した。
「これ、お紅ちゃんのためっていうならこんな色のやつは選ばないわよ。それとも単に秋桐様のご趣味が悪いのかしら」
クスッと笑う滋宇に、ノアはさっと顔を青くした。
「しっ失礼ですよ!なんてこと言うの!」
「じゃあこの着物を選んだご主人様は、吟味してらしたの?まったく……やるって決めたなら徹底的にしろっての」
ぼそっと毒づく滋宇を「こら」と紅子は注意した。
「まぁでも、ノアさん。弥生様からなにか私についてお聞きになりました?」
「え……いえ」
と眉をひそめるノアに、
「そう。ではお話しますわ」
と紅子は溜息を吐いた。
滋宇は紅子を一瞥したが、何も言わずに続きを促した。
「私と弥生様、会って間もないのです」
「へ?はぁ」
紅子はその一瞬、ノアの目から緊張感が抜け出たように感じた。
「だからお互いの容姿も知らなかったし……趣向も知らないのです。だからこのお着物をお選びになったのかもしれないですわ。赤は多くの女子に好まれますし」
と微笑んだ。
「あ、そう、だったのですね。どうりで……いえ、ではそろそろお時間ですので参りましょう」
ノアは合点がいったように頷き、ドアに手をかけた。
「クロ様」
ノアの呟き通り、扉のすぐ前にはクロが立っていた。
「おはようございます、若奥様。朝食の用意ができましたので参りました」
にこりと笑ったクロに、ノアは動揺したように目を見開いた。
そんなノアの反応に紅子は眉をひそめたが、クロが気にした様子はなかった。
「では参りましょう、若奥様」
貼り付けたような笑顔に、「ええ」と応えるものの、ノアの反応が気になって悶々とした。
「……ああ、その着物にしたのですか。それは貴方には色が明るすぎましたね。改めて後日、贈らせてくださいね」
着物を目にした弥生は苦笑を浮かべてそう言った。
「着物は自分のものが……」
あるので大丈夫です、と言おうとすると、
「まぁ、それが宜しいですわ」
弥生の傍に居た絹峰が、手をパチリと合わせて微笑んだ。
「では明日にでも裁縫師を呼びましょうね。あ、簪はもう贈られたのでしたっけ?」
否、と弥生が首を振ると、「ではそちらも手配しましょう」と絹峰は他の女中と二言三言交わし、女中を外へ向かわせた。
「ああ、楽しみですわ」
と、絹峰は機嫌良さそうに目を細めた。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説

【完結】内緒で死ぬことにした 〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜
たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。
でもわたしは利用価値のない人間。
手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか?
少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。
生きることを諦めた女の子の話です
★異世界のゆるい設定です
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる