ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

文字の大きさ
上 下
17 / 102
第二章《突然の別れと思惑》

【七】

しおりを挟む
 笑みを浮かべたクロが一歩、紅子に近づく。後ろでは変わらず光が消えてはすぐ現れ、荒れた天気が変わることはなさそうだった。
「一体どういうことでしょうか」
 柔らかい笑みに、紅子の背筋を冷や汗が伝う。
 眉間に皺を寄せ、紅子は「どうもこうも」と、形の良い唇を震わせながらもクロを瞳に映す。
「あなたから、生気を感じないんです」
 人間は生まれ落ちた瞬間から死ぬまで、独特の「暖かさ」をもつ。体温とは別の、周りに漂う暖かな気が誰にでもあるはずなのだが、目の前にいる人物にはそれがない。
「生気、ですか」
 クロはふむ、と口元に手を当てて考え込むような仕草をした。だがすぐにぱっと顔を上げ、
「そういうことでしたか。あなたはやはり、分かってしまうのですね」
 と自分の中では納得した様子だ。
「分かる?」
 怪訝そうに見上げてくる紅子に、クロは優しく微笑んだ。
「私、もうとっくの昔に死んでいるんです」
 紅子はきゅっと唇を引き結んだ。
 そんな紅子の様子に、クロはくしゃっと笑った。
「恐ろしいというより、びっくりって顔ですね。自分から聞いたのに」
 屈託のない笑みに、紅子の胸がきゅうと締めつけられた。
「だって、死人とは少し……いいえ全然違うので」
 戸惑った様子の彼女に、クロは元の仮面を被ったような笑顔になった。
「そりゃ、造り・・が違いますからね。……申し訳ないですけど、これ以上は私の口からは話せませんので」
 と、線引きを明確に口にした。
 紅子は「はい」としか応えられなかった。
 疎外感にも似た感情が胸に一瞬広まったが、それもまたすぐに掻き消した。
「……先程は」
 紅子は小さく声を漏らした。
 クロは話題を切り出されると思っていなかったようで、若干の戸惑いを見せた。
「先程は、得体の知れないなんて言って失礼致しました」
 真っ直ぐクロと目を合わせ、紅子は頭を下げた。
「いや別に……気にしてませんよ。実際得体の知れないというのは事実ですからね」
 ニコニコと笑いながら「では」と背を向けるクロに、紅子は「いいえ」と返した。
 クロはまた戸惑ったように紅子のほうに向き直った。
「クロ様は、秋桐様の従者で信頼を置かれている人物ということですよね。得体なんて充分すぎるほど知れているじゃありませんか」
 と、ふわっと口元が綻んだ微笑を浮かべた。
 クロはぽかんと口を半開きにしたが、すぐに「……はい」と微笑んだ。
 仮面でない笑みに、紅子もつられて笑顔になる。
「それでは、お願いしますね」
「お任せ下さい。我が主の姫君」
 ふかふかの布団に潜り込み、数分経たないうちに寝息が聞こえはじめた。


 しんと静まった深夜、カタンとどこかの窓が開いた。
 ひたひたと足音を忍ばせ、ゆっくりと寝室に近づいていく。
 寝室前の扉のドアノブに手を触れようとした瞬間──その人物の首元には鈍く銀色に光る鋭利な物が突きつけられていた。
「やはりお出ましですか?ここになんの御用でしょうか。……ここは、貴殿が踏み入っていい場所ではありませんよ?」
 言葉遣いは丁寧だが、その瞳は冷気をも漂わせていた。
 忍び込んだ人物は唇をカタカタと震わせ、ゆっくりと後ろを振り向き──失神した。


 クロが手元の時計を見ると、もう明け方になる頃合だった。
 これで刺客は五人目。一体どこからの差し金なのかは、今後尋問して決める。
「……まああの方は、暗殺者如きに心が折られるような芯の弱い方ではないでしょうけど」
 そう呟いたクロの、サラリとした髪質の茶髪が、月明かりに照らされ色を変えていく。
 色素の薄い顔立ちとプラチナブロンドが月明かりに照らされ、その一角が別世界のように煌めく。
「気に食わなければ、主との婚約なんて破棄してやろうとも思いましたが」
 優しい笑みを思い出すと、自然と口角が上がる。
「まさか、ここまで主と似たお方だとは……これは守らないわけにいきませんね」

 ある日突然屋敷の主の従者として雇われることになったクロは、当然のことながら皆から様々な視線を受けてきた。
 得体の知れないクロは、ずっと屋敷の者からも陰口をよく叩かれていた。
 クロは別に構わなかった。
 弥生は気にしていたようだが。
 いつだったか、従者の一人がクロについて問い詰めたことがあった。
「なんであんな得体の知れない奴をいきなり直々の従者にしたのですか」
 すぐ側に控えるクロにも当然この会話は聞こえている。承知の上で、彼は切り出したのだ。
 彼の怒りももっともだった。だが弥生は微笑して、
クロは、私の従者です。得体の知れないなんてことありませんよ」
 と、言ったのだ。
 従者は他にもなにか言おうと意気込んでいたが、弥生の不思議な雰囲気に喉元まで出かかっていた言葉を全て失ってしまったかのように落ち着いた表情に戻り、
「……はぁ、もう。わかりました」
 と溜息を吐いて部屋を出ていった。
 その時の光景が、クロの記憶に鮮明に残っているのだ。
 その時の弥生の表情も、声も、胸の熱さも全て。


 主と似たもの同士に思える婚約者の笑顔を思い出すたびに、クロの胸は満たされたように温かくなる。
「さて、まだ気を緩めるには早いですね」
 ぐっと腕の筋を伸ばし、クロはカタンと音のした方へと飛んで行く。
 向かう途中の足取りが、先程よりも軽い気がした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】内緒で死ぬことにした  〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜

たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。 でもわたしは利用価値のない人間。 手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか? 少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。 生きることを諦めた女の子の話です ★異世界のゆるい設定です

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...