ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

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第二章《突然の別れと思惑》

【六】

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 夕飯時、紅子は胸の奥につっかえていた疑問を吐露することにした。
「あの、そろそろご両親にご挨拶を……」
 紅子がそれとなく言うと、弥生は「ああ」と笑みを返した。
「うちの両親はこの家に住んでいません。あと挨拶も必要ないです」
 そう言うと、弥生はさっさと自室へと戻っていった。
 残された紅子は「わかりました」と小声で返すしかなかった。
 見かねたノアが「若奥様」と声をかけた。
「ご主人様はご両親とあまり仲が良くありませんの。どうかお気になさらないでください。ご両親とは御手紙のやり取りも業務上でしか行いません。……こう言ってはなんですが、色々、秋桐の家は考え方も何もかもが古いのです。肩身の狭い思いをするかもしれませんが……その際は、私と滋宇に全て吐き出してくださいませね」
 気遣わしげなノアの態度に、紅子は微笑を浮かべる。
「ありがとうございます」
 ノアに案内された部屋は、宿屋の上客用のものよりも広く綺麗だった。
「それでは、おやすみなさいませ」
 ノアがパタンと戸を閉めると、紅子はため息を一つ吐き、ソファに腰掛けた。
──ご主人様とご両親は……。
 勿論弥生と、まだ会ったことの無い両親の関係も気になった。だがそれ以上に、ノアが「ご主人様、ご両親」と呼んでいることに対し酷く胸が痛んだ。
「大きいお家の方は大変なのね」
 家族が家族として接することの無い状況は、やはり仕方ないことなのだろうか。
──せめて、ノアさんが心を開いてくださる相手になれたら良いのだけど。
 紅子にとっても家族というのはあまり良いものと思えなかった。だが、宿屋の皆が家族のようなものだった。だから寂しいと思うことはあまりなかった。
「……滋宇。いるんでしょ」
 ほんの少し前まで、姉妹のように仲の良かった彼女の名を呼ぶ。
 案の定、戸を開くと彼女が立っていた。
「中、入れば」
「いいえ。女中が主人の部屋へ入るなど……」
「鬱陶しい」
 ピシャリと言い放ち、紅子は滋宇を睨んだ。
「いい加減鬱陶しいわ。私があなたに求めていたのは主従関係じゃない。……どうしてわかってくれないの」
 滋宇は眉を下げ何か言いたげに口を開いたが、何も言葉を発することなく俯いた。
「あなたは、そんなに私に主人として振舞って欲しいの?私は……私は主人になんてなりたくないのに?」
 紅子の震える声に、滋宇ははっと顔を上げた。
「やっぱり滋宇も、私に家の仕事を背負えと言うのでしょう」
「違います!!」
「違わないじゃない!!」
 初めて声を荒らげた紅子に、滋宇は驚きで言葉を失った。
「滋宇は、結局私のためと言っては私を家に縛っているのよ」
 傷ついたような微笑みに、滋宇は「ちが……」と聞こえないくらいの小さな声を洩らした。
「もういい。……もう、戻って」
「く……」
「戻りなさいと言ったのが聞こえないの!?」
 紅子の剣幕に、滋宇はオドオドするばかりだった。
「どうかなさいましたか」
 と、奥から寝巻き姿のノアが駆け寄ってきた。
「なんでもないです。この子・・・を部屋へ連れ帰ってください。夜半に迷惑です」
 そう冷たく告げ、容赦なく目の前の扉を閉ざした。
 外は、今にも雨が降りそうな暗い雲が立ち込めていた。


 滋宇とノアの足音が遠ざかるのを耳のどこかが聞き取って、紅子の意識を嫌でもそちらに向けさせる。
 背後の扉に体重をかけ、ズルズルとその場にへたりこんだ。
 今まで、滋宇と喧嘩は山ほどしてきた。だが今回は、終わらせ方が分からなかった。
「大変ですね」
 閉めていたはずの窓が開いていた。
 紅子は息をひゅっと飲み込んで声のするほうを向いた。
 窓から少し離れた所に佇む男に見覚えがあった。
 夕食の時に弥生が連れ立っていたのが、背格好が彼のような従者だった。
「……従者、さん?」
 か細い声に、茶髪の男はにぱっと笑った。
「ご名答ですよ。私は弥生様の従者のクロウと申します。どうぞ気軽にクロとでも呼んでください。それでですね、今日はもう外へは出ないでくださいね」
 声色と裏腹に、クロの目は笑っていなかった。
「なぜ、と聞いて答えてくださるのかしら」
 苦笑気味に聞く紅子に、
「いいですよ」
 とあっさりクロは首を縦に振った。
「あなたが殺されないためです。今夜は念の為、私が護衛に付きました」
 弥生の側近であろう者を紅子に付ける、という考えに、紅子は何とも微妙な顔をした。
「私ではご不満ですか?」
 カラカラと笑うクロに、紅子は「ええ」と即答した。
 クロはふっと笑い、紅子を見据えた。
「私はこう見えて、暗殺が得意なんですよ」
 温度の無い瞳に紅子が映る。
 紅子はその瞳をしっかり見返し、きゅっと己の拳に力を込めた。
「私は、あなたのような得体の知れない人のそばに居ることの方が恐いです」
 すっと息を吸い、震えてしまう声を振り絞るようにして吐き出す。


「あなた、本当に人間ですか」


 カシャンと音がして、少し離れた地に雷が落ちた。
 その光に照らされた口元には、弧を描いたような笑みが浮かんでいた。
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