ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

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第二章《突然の別れと思惑》

【五】

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 馬車から下りた三人は驚愕した。
 さすが領主なだけあって家の敷地も広い。
 検問所と変わらないくらいの大きな門が目の前に聳え、威圧感を生んでいた。
「おかえりなさいませ」
 白い髪を乱れなく結んだ老女が先頭に立ち、その後ろに何十人もの従業員がずらりと並んでのお迎えだ。圧巻の一言に尽きる。
「若奥様。ようこそおいで下さいました。困ったこと等ございましたら、何時でも我々使用人にお申し付けくださいね」
 柔らかく微笑んだ老女は絹峰きぬみねと名乗った。使用人のまとめ役らしい。
「……ありがとうございます。至らない点も多いと思いますが、どうぞよろしくお願いします」
 紅子は腰を折って深く礼をした。
 脳裏には、車内でのやり取りが浮かんでいた。



「仮面夫婦……というのは?」
 コホンと一つ咳払いをし、紅子は弥生に尋ねた。
「文字通りです。縁談の形をとり、夫婦のように振舞ってください。ただ、部屋は別にご用意しますし私の生活に合わせることはしなくて結構です。やって頂くことは……特にないですね。なので、夜の営みもする必要ないですよ」
 陽時厘は顔を真っ赤にしていた。彼にはまだ早い話だったようだ。
「そうですか……では私は、何のために連れてこられたのですか」
「能力の保護です。あなたの能力はもしかしたら、とんでもない力となってしまうやもしれないのです。……保護というより、監視の方が意味が適当ですね。あなたのその能力を悪用されないようにすることが僕らの仕事なんです」



 嘘を言っているようには見えなかった。
 だが、そこまで危険視する能力なのか、とは思う。
「若奥様。こちらがお部屋にございます」
 ノア、と名乗った弥生から付けられた女中が扉を開ける。
 案内された部屋は、宿屋の二人部屋の三倍くらいはありそうな広さだった。
「それでは、お荷物を後ほどお運びしますのでしばしお待ちくださいませ。お待ちいただく間は、こちらでお待ちください」
 こちら、と言って案内されたのは休憩室のような場所だった。ソファが置いてあり、その壁際には本棚がずらりと並んでいる。小さな書店を開けそうだ。
「気になる御書物がございましたら、お気軽に手に取ってくださいませ」
 案内をした娘は「失礼致します」と頭を下げて部屋を出ていった。
 キリッとした目とは裏腹に、とても柔らかな声色の娘だった。丸眼鏡の縁がキラリと光り知的な雰囲気が伝わってきて、紅子の背筋が自然と伸びる。
「お付きの方は私と来てください。屋敷内を案内します」
 滋宇はノアと共に部屋を出ていき、部屋には紅子一人が残された。
 書物は堅苦しいものからロマンス小説まで揃っている。
「……ロマンス小説」
 それを弥生が読んでいるところを想像するのは難しく首を傾げる。
 他にも料理本や雑誌まであった。
 紅子は料理本を手に取り、パラッと捲る。
 見たことの無い料理や食材に、知的好奇心が擽られていとも簡単に本の世界へと誘われた。


「若奥様、ご用意ができました」
 ノアに声をかけられるまで、紅子は夢中になって本を読みふけっていた。
 もうすっかり日が暮れ、鮮やかな朱色の光が窓の外を染めていた。
「まぁ……もうそんなに読んだのですか」
 と、ノアに驚いた顔をされた。
 ソファの上には料理本が三冊ほど広げられていた。
「料理本ですから……簡単に読めるものでしたし」
 困ったように眉を下げる紅子に、ノアは棚から数冊の本を取りだした。
「私はロマンス小説をお勧めしますわ。ぜひ読んでみてくださいな」
 一つに纏めたストレートの黒髪がふわりと揺れ、表情までもが柔らかく見えた。
「ノア、さんは……字が読めるのですか」
 不思議そうに尋ねた滋宇に、ノアは苦笑しながら「ええ」と応えた。
「私は一応、教育はされていますから」
 紅子は慌てて立ち上がって頭を下げる。
「失礼を言ってすみません……!」
「あ、ごめんなさい。違うんですよ。別に気を害した訳じゃなくて……それに、奥様がそんなに簡単に頭を下げてはいけませんよ」
 慌てて手を振るノアは、「誤解されるのも嫌なので」と前置きしてから姿勢を正した。
「私、秋桐家の五女の野杏のあと申します。嫁ぐことが嫌だったので、侍女の仕事をさせてもらっています」
 予想だにしなかったカミングアウトに、紅子は「そう、だったのですか」としか返せなかった。
「……ウチは、色々と事情が複雑だし黒い・・です。その上あの方は、なんでも隠す人です。自分の傷さえもそう人には見せません。……そんな兄が選んだ人に、私は少し期待をしてしまっています。何かと大変だと思いますが……兄上を、どうぞよろしくお願い致します」
 丁寧に頭を下げるノアに、紅子は喉まででかかった言葉を呑み込んだ。
 代わりに、頬笑みを浮かべて「ええ」と首肯した。


「精一杯、務めさせていただきます」
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