ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

文字の大きさ
上 下
12 / 102
第二章《突然の別れと思惑》

【二】

しおりを挟む
──縁を、切りたいですか?

 予想外の申し出に、紅子は当惑した。
「縁を……どうやって?」
「単純な話ですよ」
 男はくすりと笑いながら、池にかかった橋の手すりにそっと手を置く。
「私と、結婚してください」
「け……っこん」
 初日でプロポーズされるとは思わなかった紅子は、言葉を失った。

──まぁ、普通のプロポーズとはいささか違う気もするけど。

 そっと視線を下げ、紅子はボソリと呟いた。
「……メリットはあるのですか?貴女方に。何も無いかと思うのですが」
 試すような瞳に、男は微笑を浮かべた。
「メリットなら、お美しい貴方と一緒になれる、ということではないですか?」
「建前は結構でございます」
 ピシャリと言い放つと、男から漂う柔らかい気配が消えた。
 その変化は、紅子の背にゾッと冷たいものを走らせる。彼女は怯えを表に出さずに、小さく息を吐いた。
「貴方様の仰る通り……私は義父との仲は良くありません。私が義父に情報を漏らしても、私に得など一切ございません。……それでも、教えて頂けませんか」
 ピリリとした雰囲気の中、紅子は物怖じせずにはっきりと要望を述べた。
 すると男は、ひんやりとした空気の中で、ふっと笑った。瞬時に張り詰めていた空気が破られる。その様子に、紅子は目を見開いた。
「七兵衛さんに聞かれたくない……というより、君にバレたくない、の方が正しいですかね」
 頭を掻きながら、男は困ったように「えーとですね」と言葉を繋いだ。
「君のその能力チカラを、世間にバラすわけにはいかないんですよ」
 ドクッと、心臓が重い音を鳴らす。
 手に力が自然と込められ、冷や汗が背を伝うのがわかる。顔は蒼白に近かった。
「何故それを」
 か細い声は、池にいた鯉の水音にいとも容易く消えていく。
「こっちには独自の情報ルートがあると言いましたよね。それに、そういう特殊な力は、何も貴方だけが持っているものでは無いのですよ……だから貴方が承諾してくだされば、七兵衛殿も簡単には却下できないかと」
 簡単には却下できない?

 逆だ。

「義父は……私を疎んでおられます。そして私は、この能力をあの方に知られないよう細心の注意を払ってまいりました」
「……では、まさか……」
 だんだんと、男が驚愕の表情になっていく。
「ええ。──義父は私の能力のことなど、存じておられないかと」
 紅子の瞳には、黒い閃光が走っているかのように鈍く光っている。
 今度は男が背に冷たいものが走るのを感じる番だった。
──この娘、底がしれない。
 自分とどこか似たような臭いを感じる。
「では、私の求婚をお受けしてくださるという事でよろしいのですか」
 その一言は、紅子の動きを止めた。
「それは」
 何故。
 何故頷けないの。なぜ肯定できないの。
「それ、は……」
 喉が、自分のものかと問いたいほど乾いて、痛い。
──痛い。ああ、私は、まだ……。
「まぁ、いきなり故郷を離れろというのも無理がありますか」
 男の言葉に、紅子はバッと頭を上げた。
「どういうことですか」
 紅子の表情に、男は「え」と声を漏らした。
「お聞きでないのですか?私は隣国に住まう者です。結婚したら、私の家に来ていただく手筈になってまして」
 聞いてない。
 くらっと紅子は上体が傾くのを感じた。
 慌てて倒れないよう腹部に力を込める。
「聞いて、ないです」
 隣国ならば、そう簡単に宿に立ち寄ることはできないだろう。皆と永遠の別れになってもおかしくはなくなってしまう。それは嫌だ。だが──………。
「……私はとうにこの生を諦めております。今回のお話、私が仮にお断りしたとしたら、私に残るものは何も無いでしょう。むしろ、酷い条件付きのもと、もう一度婚約話を持ってくるでしょうね」
「それでは」
 にこりと口元に微笑みを浮かべる男に、紅子は胸元に右手を添え、恭しく頭を下げた。
「そのお話、謹んでお受けいたします」
 この土地から離れるのは寂しい。
 だけど、あの人を忘れられる良い機会となるだろう。
 この方と幸せに、なれるようにしよう。


「ところで、貴方様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」
 戻ろうと踵を返す男に、紅子は声をかけた。
「……成程。聞かされてはいなかったのですか」
 ぴたりと足を止め、男は柔らかな笑みをたたえながら言う。
秋桐あきぎり家の長男、秋桐弥生やよいと申します。自己紹介が遅くなってしまい、申し訳ありません」
 名を聞くなり紅子の顔色がだんだん青ざめていくのを、弥生は「ダヨネ」という表情になる。
 秋桐家といえば、隣国の領主の名ではないか。
 何故そのような家からの申し出がこちら松江の家にまでくるのだ。いくら松江が民間の中では古く由緒ある家とはいえ、どう考えても釣り合いが全くとれない。
「まぁ、こちらにも色々事情がありまして……簡単に言えば、和平と保護、ですかね」
 和平とは、他国に自国の民を嫁がせることによって、他国への信頼を示し、なおかつ他国はその民の安全を保証することによって相手国にその誠意を見せる。それにより両国の仲が色濃くなるのだ。
 保護というのは、おそらく能力のことだろう。
 紅子の住む国に能力のことは知れ渡っていない。だが、隣国で「保護」というくらいなのだから、おそらく珍しくはあるものの、何人かは存在しているということだ。
「わかりました。どのみち貴方ほどの人がお相手でしたら、こちらからお断りすることはできませんよね。私は、貴方様の決定に従います。どうぞ末永く、よろしくお願い致します」
 と、紅子は再び頭を下げる。
 サァと優しい風が、池の水面に波紋をつくった。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】内緒で死ぬことにした  〜いつかは思い出してくださいわたしがここにいた事を〜

たろ
恋愛
手術をしなければ助からないと言われました。 でもわたしは利用価値のない人間。 手術代など出してもらえるわけもなく……死ぬまで努力し続ければ、いつかわたしのことを、わたしの存在を思い出してくれるでしょうか? 少しでいいから誰かに愛されてみたい、死ぬまでに一度でいいから必要とされてみたい。 生きることを諦めた女の子の話です ★異世界のゆるい設定です

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...