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 最後まで、私の思いは伝えたくなかった。
 奇跡が起きて涼が私に恋してくれたとしても、私は涼と結ばれることはない。遠距離恋愛なんて、私も涼も辛くなるに決まってる。何年治療に年月を費やさねばならないかわからないのだ。まだ十一歳の私たちには重いのだ──……何もかもが。

 涼は始終黙っていた。
 何も反応がないから、さすがに気まずい。
「……だったって、なんだよ」
 小さく投げられた呟きに、「え?」と聞き返す。
 涼は、いつの間にかカーテンの手前にいた。
「もう、友だちじゃねえとか言うつもりかよ」
 涼の問いに、

「うん」

 間髪入れずに返事をする。
 涼は虚を突かれたように口を開いて固まった。
「これで涼と会うのは最後。涼と遊ぶの、楽しかったよ」
 バイバイ、と言おうと思った。
 だけど言葉が続かなかった。
 喉が震えて、うまく呼吸ができないのだ。
「……自分から言っといて、泣くなよ」
 視界がぼやけて、うまく彼を捉えられない。
「お前ってホントバカ」
 という呟きが、暗い視界の向こう側から聞こえてきた。
 目に手を当てられているのだと気づいたときには、唇にカサッとした何かが触れていた。
 生暖かい空気が肌を撫でた。
 ふっと彼のぬくもりが遠ざかると、視界もクリアになっていった。
 彼の真っ赤な頬が、先ほどのぬくもりを鮮明に思い出させる。

 キスされたのか、と、その時ようやく理解した。

「お、女の子にいきなりなにすんのよ」
 動揺を隠せず、顔に熱が集まっていく。
「お前、俺のこと好きなくせしてよく言うよ」
「は!?」
 げほっと思い切りむせた。そのついでに血も口から何滴か出てきた。
「うわっダイジョブかよ」
 と涼は目を丸くしてハンカチを取り出した。
「……気づかれてた?」
「おう。わかりやすかった。告白してきたクラスの女子とおんなじ顔してたからな」
 その情報は別に知りたくなかった。
「……吐血する女の子より、その告白してきた子の方がいいんじゃない?」
 嫉妬からついひねくれたことを言ってしまうと、
「なに?嫉妬してんの?俺って愛されてるなー」
 軽く流された。
 むむむ、と眉間にしわが寄っていく。
 わかってない。ほんと、何にもわかってないわコイツ。
「なんで私が友だちっていう縁切ってまで海外行こうとしてるのか、わかんないの?」
 苛立ちと悲しみが、心を占めていく。
「ねえ、私助かる保証なんてないの。気合とか根性論とか……そんなことで治ったりしないの。私今、死んでってるんだよ。じわじわじわじわ……どんどん体が弱くなっていくの。なんで私が海外行くか教えようか?私が助かるためじゃない。私と同じ症状の子を助けるためなんだよ。私の体は実験に使われるの。どんな薬が効果的か、どんな治療が一番適しているのか……この病気にかかった時点で、私の人生はもうほとんど終着点おわりなんだよ」
 私の病気はとても珍しいものらしい。そしてこの病気は治療法が確立されていない上に、薬を作る途中で皆息を引き取ってしまう。極めて致死性が高く、病の進行が早いのだ。
「諦めたら、それこそ終わりだろ」
 と、涼は怒ったように言った。

「諦めずに生き地獄を味わうのと、死ぬの。涼だったらどっちがいい?」

 たぶん私は笑ってた。責めるような口調でもなく、ただ純真に聞いた。
 だから涼は黙ってしまった。
 窓の外から、車のエンジン音が聞こえてきた。母が車に荷を詰め終えたのだろう。
 このまま、お別れかと思った。
「生きてほしいって言ったら、お前は生きてくれるのか?」
 彼は、ガラス玉のような瞳で私を見つめた。
 その瞳は、あのシーグラスを彷彿させた。

「頑張る」

 そう告げた。

「諦めるかもしれない。逃げるかもしれない。だけどその言葉で、私はたぶん、少しだけ頑張れる」
 頬をまた涙が伝う。
「涼は私のこと好きなの?」
 泣き笑いを浮かべながら聞くと、涼は「いや、さっきのでわかるだろ」と口をまごつかせている。
「もし今涼が私を好きなら、好きって言わないでほしい」
 涼は怪訝な顔になる。
「……私が帰ってきたときに、返事聞くから」
 それが精いっぱいの強がりだった。
 涼もそれを察したのか、小さくうなずいただけだった。

 そして私は、彼の住む街を離れたのだ。

 涙と微笑を引き連れて。
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