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精霊の望み
【18】姉弟
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優雅な仕草でお辞儀をしたアゲハの弟は、
「初めまして皆々様。僕は森の管理者である妖精フエリ一族の第一王子、オルドと申します。そこの妖精は重臣の一人であるランベルト。姉様をまつりあげ、自分が実権を握ろうとしている野心が見え見えの阿呆です」
と姉とは正反対に毒々しい言葉を吐いた。
「な、あほ……っ!?」
言われ慣れていないのか、重臣は酷く狼狽えた。よほどショックだったのか「あほ……アホ?」と何度も呟き、言葉を呑み込もうとしている。
そんな重臣を無視し、オルドと名乗った弟はアゲハを見つめ、
「姉様、人間の子どもは姉様を忘れてなんかいませんよ」
「え……?」
突然放たれた言葉に、アゲハは目を白黒させている。さっきは「記憶が無い」と言われ、今度は「忘れてない」と言われる。どっちの言葉が信用できるかはともかく、全く逆のことを言われれば混乱もする。
「順を追って説明しましょう。まずなぜあの阿呆な重臣が人間の子の記憶がないと勘違いしているかですが、彼の一派が人間の子を拐かしてきたところから始まります」
「かどわ……っ!?なんてことを」
じわっと目元を熱くするアゲハに、
「彼の罪はもう姉様の裁量でいかようにも」
と彼は礼をする。揃えられた指先が胸の前でピシッと止まり、育ちの良さが感じられる。
「まぁその後、潜らせておいた味方から報告を受けてその場にたまたま居合わせたとして僕が人間の処理をするよう計らい、人間を捕らえた輩には不法入国として処理するとお話して人払いをし、僕たちは二人で話をしました。そこで、姉様を尾けてた重臣立ちに捕まってワケわかんないうちに入国したっていうのを知った、というわけです。安心してください。彼の身柄はもうとっくに解放済みですから」
「そうだったの……ありがとう、オルド。でも、ランベルトたちに捕まったのなら」
きゅっと唇を引き結ぶアゲハに、弟は大きくうなずいた。
「あの阿呆が既に、姉様が本当は妖精で、管理者一族の娘だということをペラペラ喋ってしまっていたものですから。本当にそうなのかと尋ねられた時、『もし本当だったら、姉との接し方は変化しますか』と訊きました」
「そんな……そんなこと、勝手に……っ」
聞くのが怖い、と言うように耳を塞ぎ、ぎゅっと目を瞑った姉の左手にそっと触れた妖精は、
「『ホントに妖精だったんだ。村にオカリナを演奏できる女の子なんていなかったし、姿は絶対見せてくれなかったし、もしかしたらって思ってたんだよね』……だそうです。盲点でしたね、姉様」
くすっと笑ったその顔は、姉の笑顔とそっくりだ。
「彼は今、ナバル城下にて装飾品の職人として働いています。時々手紙をくれるんですよ」
「なんですかそれ……ずるい……」
「姉様はロマンをとったのでしょう?ズルくなどないです」
仲睦まじい姉弟の会話に、三人と一匹は完全にアウェイだ。
ほわほわと会話をしていた二人だったが、突然オルドが口を噤み、遠慮がちに切り出した。
「……それで姉様。本当に、家を継ぐ気はないんですか」
「ないです」
「即答ですか」
と弟は笑う。
「はい。あなたは努力家で、優しくて、とても賢い。絶対私より向いています。勝手な姉を許さなくていいです。……だけどどうか、体調には気をつけて」
アゲハは立ち上がり、壁にくっついている棚に向かう。そこから例の薬を取り出し、小さな皿にその雫を垂らした。
「それを飲んだら、もう妖精には戻れないよ」
魔法使いが最後の忠告をする。
妖精──否、人間になろうとする彼女は、意思ある瞳で見つめ返す。
「お飾りの姫がいなくなる。ただそれだけの話です」
呟いた彼女は、くいっと皿を傾けた。
見目の変化は顕著で、緑の髪は色を失い、真っ黒に染まっていく。瞳からも緑色が失せ、紺色へと変色した。
「私は、彼を追います。待ってるだけのお姫様は、もう今日でお別れです。オルド、後を頼みます」
そう言ってアゲハは人差し指を出す。オルドはその指を握り、
「はい」
と短く返した。
さようなら、とはどちらも言わなかった。
──こうして、妖精騒動は幕を下ろしたのだが。
「この編み込み、解くの勿体ないなー」
鏡の前で眉を下げるミシュラは、落ち着きなく髪を弄っている。既にボサボサになりつつあるヘアに、ルドガーは呆れたように視線を投げる。
「解かなかったら寝る時面倒だぞ」
「まぁそうなんだけど」
むぅ、と腕を組んで考え込むミシュラの髪を見つめていたルドガーは、留めていた髪留めを外した。
途端に髪はばらっと落ちて、うねって膨らんだ髪が露になる。
「勝手にとらないでよー!」
慌てふためく彼女の紫陽花色の髪を梳いたルドガーは、
「結わなくたっていいだろ」
と言う。
「暑いし鬱陶しく感じるときもあるの!」
機嫌を損ねた魔法使いは、ぷいっと彼から顔を背ける。
「……首を出すのはやめろ」
「ルドの意見はきーてないですー」
聞く耳を持たない彼女に、
「意見じゃなくて、忠告だ」
「?それどういう──……」
眉をひそめたミシュラの首筋に、ルドガーの骨ばった長い指が這う。
「似合っていたが、それは女子同士の間だけでやってくれ。俺は人間の男だから」
そう告げた彼は、即座にその場を走り出し外へ逃げた。
残されたミシュラの様子を見にフォグが駆け寄ってきたのだが、
「え、どうした」
「え?いや……」
と珍しく歯切れの悪いミシュラの頬はかすかに赤い。
「髪の毛、結局解いちゃったんだ」
笑うフォグから「うん」と視線を逸らし、
「しばらくは……髪の毛いじるのやめとく」
と魔法使いは熱をもった首筋に手を当てた。
「初めまして皆々様。僕は森の管理者である妖精フエリ一族の第一王子、オルドと申します。そこの妖精は重臣の一人であるランベルト。姉様をまつりあげ、自分が実権を握ろうとしている野心が見え見えの阿呆です」
と姉とは正反対に毒々しい言葉を吐いた。
「な、あほ……っ!?」
言われ慣れていないのか、重臣は酷く狼狽えた。よほどショックだったのか「あほ……アホ?」と何度も呟き、言葉を呑み込もうとしている。
そんな重臣を無視し、オルドと名乗った弟はアゲハを見つめ、
「姉様、人間の子どもは姉様を忘れてなんかいませんよ」
「え……?」
突然放たれた言葉に、アゲハは目を白黒させている。さっきは「記憶が無い」と言われ、今度は「忘れてない」と言われる。どっちの言葉が信用できるかはともかく、全く逆のことを言われれば混乱もする。
「順を追って説明しましょう。まずなぜあの阿呆な重臣が人間の子の記憶がないと勘違いしているかですが、彼の一派が人間の子を拐かしてきたところから始まります」
「かどわ……っ!?なんてことを」
じわっと目元を熱くするアゲハに、
「彼の罪はもう姉様の裁量でいかようにも」
と彼は礼をする。揃えられた指先が胸の前でピシッと止まり、育ちの良さが感じられる。
「まぁその後、潜らせておいた味方から報告を受けてその場にたまたま居合わせたとして僕が人間の処理をするよう計らい、人間を捕らえた輩には不法入国として処理するとお話して人払いをし、僕たちは二人で話をしました。そこで、姉様を尾けてた重臣立ちに捕まってワケわかんないうちに入国したっていうのを知った、というわけです。安心してください。彼の身柄はもうとっくに解放済みですから」
「そうだったの……ありがとう、オルド。でも、ランベルトたちに捕まったのなら」
きゅっと唇を引き結ぶアゲハに、弟は大きくうなずいた。
「あの阿呆が既に、姉様が本当は妖精で、管理者一族の娘だということをペラペラ喋ってしまっていたものですから。本当にそうなのかと尋ねられた時、『もし本当だったら、姉との接し方は変化しますか』と訊きました」
「そんな……そんなこと、勝手に……っ」
聞くのが怖い、と言うように耳を塞ぎ、ぎゅっと目を瞑った姉の左手にそっと触れた妖精は、
「『ホントに妖精だったんだ。村にオカリナを演奏できる女の子なんていなかったし、姿は絶対見せてくれなかったし、もしかしたらって思ってたんだよね』……だそうです。盲点でしたね、姉様」
くすっと笑ったその顔は、姉の笑顔とそっくりだ。
「彼は今、ナバル城下にて装飾品の職人として働いています。時々手紙をくれるんですよ」
「なんですかそれ……ずるい……」
「姉様はロマンをとったのでしょう?ズルくなどないです」
仲睦まじい姉弟の会話に、三人と一匹は完全にアウェイだ。
ほわほわと会話をしていた二人だったが、突然オルドが口を噤み、遠慮がちに切り出した。
「……それで姉様。本当に、家を継ぐ気はないんですか」
「ないです」
「即答ですか」
と弟は笑う。
「はい。あなたは努力家で、優しくて、とても賢い。絶対私より向いています。勝手な姉を許さなくていいです。……だけどどうか、体調には気をつけて」
アゲハは立ち上がり、壁にくっついている棚に向かう。そこから例の薬を取り出し、小さな皿にその雫を垂らした。
「それを飲んだら、もう妖精には戻れないよ」
魔法使いが最後の忠告をする。
妖精──否、人間になろうとする彼女は、意思ある瞳で見つめ返す。
「お飾りの姫がいなくなる。ただそれだけの話です」
呟いた彼女は、くいっと皿を傾けた。
見目の変化は顕著で、緑の髪は色を失い、真っ黒に染まっていく。瞳からも緑色が失せ、紺色へと変色した。
「私は、彼を追います。待ってるだけのお姫様は、もう今日でお別れです。オルド、後を頼みます」
そう言ってアゲハは人差し指を出す。オルドはその指を握り、
「はい」
と短く返した。
さようなら、とはどちらも言わなかった。
──こうして、妖精騒動は幕を下ろしたのだが。
「この編み込み、解くの勿体ないなー」
鏡の前で眉を下げるミシュラは、落ち着きなく髪を弄っている。既にボサボサになりつつあるヘアに、ルドガーは呆れたように視線を投げる。
「解かなかったら寝る時面倒だぞ」
「まぁそうなんだけど」
むぅ、と腕を組んで考え込むミシュラの髪を見つめていたルドガーは、留めていた髪留めを外した。
途端に髪はばらっと落ちて、うねって膨らんだ髪が露になる。
「勝手にとらないでよー!」
慌てふためく彼女の紫陽花色の髪を梳いたルドガーは、
「結わなくたっていいだろ」
と言う。
「暑いし鬱陶しく感じるときもあるの!」
機嫌を損ねた魔法使いは、ぷいっと彼から顔を背ける。
「……首を出すのはやめろ」
「ルドの意見はきーてないですー」
聞く耳を持たない彼女に、
「意見じゃなくて、忠告だ」
「?それどういう──……」
眉をひそめたミシュラの首筋に、ルドガーの骨ばった長い指が這う。
「似合っていたが、それは女子同士の間だけでやってくれ。俺は人間の男だから」
そう告げた彼は、即座にその場を走り出し外へ逃げた。
残されたミシュラの様子を見にフォグが駆け寄ってきたのだが、
「え、どうした」
「え?いや……」
と珍しく歯切れの悪いミシュラの頬はかすかに赤い。
「髪の毛、結局解いちゃったんだ」
笑うフォグから「うん」と視線を逸らし、
「しばらくは……髪の毛いじるのやめとく」
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