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6.復讐の相手
不本意な外堀
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会が解散したのは昼を過ぎていた。屋敷のほうで昼を用意していたのだが、
「君は卓につかないんだろ?なら俺は帰るとしようかな」
とイーゼルが不遜な態度をとったものだから、気を利かせた当主と奥方の粋な計らいで二人中庭にて食事を摂ることになった。
(絶対いらない勘違いされてる)
眉間を険しくしながらサンドイッチにかぶりつくソッフィオーニに、イーゼルは苦笑を浮かべる。
「そんな迷惑そうにしないでくれよ。ふつうに傷つく」
「あなたが勝手に外堀を埋めていくからでしょう?私はまったくその気がないのに」
「その気がないから、だよ」
サンドイッチを食もうとしたソッフィオーニの動きが鈍くなる。
「……その設定、いつから足されたんですか?友人だったはずでは?」
「設定とは心外だな。けっこう本気で言ってるんだが」
「………………変わったご趣味ですね」
貶した記憶しかないソッフィオーニからしたら変人以外の感想が浮かばない。
「けれど結婚相手には向いてませんよ、私は。そこはおわかりでしょう?」
迎えるとしたら妾としてだろう。しかしソッフィオーニにその気はさらさらない。交わることがないのだと、この男もわかっているだろうに。
「向いてるかどうかは知らないな。俺は長男ではないし、比較的自由に過ごしている。父も結婚で権力を磐石にしようと考える人間ではないし、とくに問題はないぞ」
「それは言い過ぎというものでしょう。できたら良い家柄のご令嬢と縁を結びたいと、当主であれば思うのでは?そうでなくとも、中隊長殿も貴族なのですから、そういった心をもつべきと思います」
イーゼルは「甘いな」と反論する。
「一つ、騎士ってのはいつ死んでもおかしくない職だ。二つ、騎士はそこいらの貴族より平民と接する機会も侍女と接する機会も多い。ゆえに騎士の伴侶はそういった人間も多いんだ。知らなかったろ?」
まだあるか?と言いたげにイーゼルは首を傾げる。
「……私にその気がなければ、あなたはそれを実行できないですよね」
「だからその気になってくれたらと思ってるよ」
「なりませんよ」
ソッフィオーニはため息混じりに吐き出す。
「会議でも申し上げたとおり、私はお嬢様に生涯お仕えしたいのです。だれかの伴侶になる気はございません」
「お嬢様の壁は頑丈だな。だったら尚更、この状況はあなたにとって結構得なんじゃないか?」
とのイーゼルの返しに、メイドは曇った表情で目を伏せる。
「あることないこと噂されることのどこが得でしょうか」
「他の男からの縁談もこなくなるし、食事に誘われなくなるぞ」
「そんなもの来たことないですよ」
「今後は有り得る話だ。令嬢は社交界に出るようになるんだろ?」
初めてメイドが押し黙った。イーゼルの家系は貴族としても格が高く、後ろ盾としては申し分ない。下手に手を出せば、アランジュ家とリデルト家を敵に回すことになるのだから雑魚の相手をしなくて済むようになる。
「上手く利用すればいい。友人からの気が利かない贈り物と思ってくれ」
イーゼルは話を終わらせるように、サンドイッチを頬張った。むしゃむしゃと食むイーゼルの横で、
「本当、気の利かない贈り物ですね」
とソッフィオーニも昼食を再開させる。微笑を零すソッフィオーニに釣られるように、イーゼルの口元も緩んだ。
中庭に咲く青の紫陽花が、二人を見守るように、美しくも可憐な花弁たちを広げながら佇んでいた。
***
会議から数日経ち、「反逆の疑いがある」名目でテルベ家に立ち入り調査が入った。調査主体はリヨク騎士団とブラク騎士団という、国が誇る三騎士団のうち二団が行うかつてない大規模調査に、貴族界では不穏な空気が漂っていた。
「それで、結果を教えにわざわざ出向いてくださったのですか?お手紙でもよろしかったように思いますが」
とぽぽ、と紅茶を来賓用のティーカップに注ぎ終えるなり、ソッフィオーニはため息をつく。
調査はイーゼル主体で行われたとソッフィオーニは聞いていた。その本人が調査を始めたばかりのこの時期に他家へ、それも力関係が拮抗している他団側の家へ顔を出すなど異常事態が起きたときにしか行わない。
規模がかなり大きな調査の合間に顔を出すなど、過労まっしぐらである。
「手渡しの書類もあったからそういうわけにもいかなかったんだ」
と答えたイーゼルの顔色はお世辞にも良いと言えない。相当仕事が立て込んでいるのだろう。
「お疲れ様でございます。すこし休まれていかれますか?」
「……いや、帰って溜まっていることをやらないと」
差し出された紅茶を手にしながらイーゼルは力ない声を出す。
「仕事はたくさんおありでしょう。なるべく早く処理しなければならないということも理解できます。しかし疲れているその状態ではパフォーマンスも落ちていると思いますよ」
「それはもっともなんだが」
納得のいかない表情をしながらも目はとろんと微睡んでいく。自覚があるのか、イーゼルは眉をひそめながら視線を上げた。
「睡眠薬盛った?」
「失礼な人ですね。そんなもの入れてません」
「……そうか、すまなかった」
「疑心暗鬼に陥る前にしっかり睡眠をとることをおすすめ致します。他家へ出向いたのなら言い訳も用意できましょう」
「……ん、助かる」
気の抜けた返事とともに、ソファに深く腰をかけ直したイーゼルは目を閉じた。数十秒後、定期的な寝息を立てる男に薄い毛布をかけながらソッフィオーニは小さく息をつく。
「限界まで無理をするところは、兄弟そっくりですね」
黙々とティーセットを片していると、控えめなノックが三回響いた。
「ソフィ姉様」
ひょこっと顔を出したのはビビだ。押してきたらしいワゴンを手に、
「後片付けは私が。ソフィ姉様もすこしお休みください」と言う。
ソッフィオーニは心配そうに見上げてくる後輩に笑みを向け、
「ありがとうございます。お茶も、お気に召されたようです」
「ふふっ よかったです」
ビビが扉を閉めてから、メイドは眠りつづける騎士の対面に腰を落とし時計の秒針に耳を澄ませる。
穏やかな時間はゆったりと、しかし確実に過ぎていった。
「君は卓につかないんだろ?なら俺は帰るとしようかな」
とイーゼルが不遜な態度をとったものだから、気を利かせた当主と奥方の粋な計らいで二人中庭にて食事を摂ることになった。
(絶対いらない勘違いされてる)
眉間を険しくしながらサンドイッチにかぶりつくソッフィオーニに、イーゼルは苦笑を浮かべる。
「そんな迷惑そうにしないでくれよ。ふつうに傷つく」
「あなたが勝手に外堀を埋めていくからでしょう?私はまったくその気がないのに」
「その気がないから、だよ」
サンドイッチを食もうとしたソッフィオーニの動きが鈍くなる。
「……その設定、いつから足されたんですか?友人だったはずでは?」
「設定とは心外だな。けっこう本気で言ってるんだが」
「………………変わったご趣味ですね」
貶した記憶しかないソッフィオーニからしたら変人以外の感想が浮かばない。
「けれど結婚相手には向いてませんよ、私は。そこはおわかりでしょう?」
迎えるとしたら妾としてだろう。しかしソッフィオーニにその気はさらさらない。交わることがないのだと、この男もわかっているだろうに。
「向いてるかどうかは知らないな。俺は長男ではないし、比較的自由に過ごしている。父も結婚で権力を磐石にしようと考える人間ではないし、とくに問題はないぞ」
「それは言い過ぎというものでしょう。できたら良い家柄のご令嬢と縁を結びたいと、当主であれば思うのでは?そうでなくとも、中隊長殿も貴族なのですから、そういった心をもつべきと思います」
イーゼルは「甘いな」と反論する。
「一つ、騎士ってのはいつ死んでもおかしくない職だ。二つ、騎士はそこいらの貴族より平民と接する機会も侍女と接する機会も多い。ゆえに騎士の伴侶はそういった人間も多いんだ。知らなかったろ?」
まだあるか?と言いたげにイーゼルは首を傾げる。
「……私にその気がなければ、あなたはそれを実行できないですよね」
「だからその気になってくれたらと思ってるよ」
「なりませんよ」
ソッフィオーニはため息混じりに吐き出す。
「会議でも申し上げたとおり、私はお嬢様に生涯お仕えしたいのです。だれかの伴侶になる気はございません」
「お嬢様の壁は頑丈だな。だったら尚更、この状況はあなたにとって結構得なんじゃないか?」
とのイーゼルの返しに、メイドは曇った表情で目を伏せる。
「あることないこと噂されることのどこが得でしょうか」
「他の男からの縁談もこなくなるし、食事に誘われなくなるぞ」
「そんなもの来たことないですよ」
「今後は有り得る話だ。令嬢は社交界に出るようになるんだろ?」
初めてメイドが押し黙った。イーゼルの家系は貴族としても格が高く、後ろ盾としては申し分ない。下手に手を出せば、アランジュ家とリデルト家を敵に回すことになるのだから雑魚の相手をしなくて済むようになる。
「上手く利用すればいい。友人からの気が利かない贈り物と思ってくれ」
イーゼルは話を終わらせるように、サンドイッチを頬張った。むしゃむしゃと食むイーゼルの横で、
「本当、気の利かない贈り物ですね」
とソッフィオーニも昼食を再開させる。微笑を零すソッフィオーニに釣られるように、イーゼルの口元も緩んだ。
中庭に咲く青の紫陽花が、二人を見守るように、美しくも可憐な花弁たちを広げながら佇んでいた。
***
会議から数日経ち、「反逆の疑いがある」名目でテルベ家に立ち入り調査が入った。調査主体はリヨク騎士団とブラク騎士団という、国が誇る三騎士団のうち二団が行うかつてない大規模調査に、貴族界では不穏な空気が漂っていた。
「それで、結果を教えにわざわざ出向いてくださったのですか?お手紙でもよろしかったように思いますが」
とぽぽ、と紅茶を来賓用のティーカップに注ぎ終えるなり、ソッフィオーニはため息をつく。
調査はイーゼル主体で行われたとソッフィオーニは聞いていた。その本人が調査を始めたばかりのこの時期に他家へ、それも力関係が拮抗している他団側の家へ顔を出すなど異常事態が起きたときにしか行わない。
規模がかなり大きな調査の合間に顔を出すなど、過労まっしぐらである。
「手渡しの書類もあったからそういうわけにもいかなかったんだ」
と答えたイーゼルの顔色はお世辞にも良いと言えない。相当仕事が立て込んでいるのだろう。
「お疲れ様でございます。すこし休まれていかれますか?」
「……いや、帰って溜まっていることをやらないと」
差し出された紅茶を手にしながらイーゼルは力ない声を出す。
「仕事はたくさんおありでしょう。なるべく早く処理しなければならないということも理解できます。しかし疲れているその状態ではパフォーマンスも落ちていると思いますよ」
「それはもっともなんだが」
納得のいかない表情をしながらも目はとろんと微睡んでいく。自覚があるのか、イーゼルは眉をひそめながら視線を上げた。
「睡眠薬盛った?」
「失礼な人ですね。そんなもの入れてません」
「……そうか、すまなかった」
「疑心暗鬼に陥る前にしっかり睡眠をとることをおすすめ致します。他家へ出向いたのなら言い訳も用意できましょう」
「……ん、助かる」
気の抜けた返事とともに、ソファに深く腰をかけ直したイーゼルは目を閉じた。数十秒後、定期的な寝息を立てる男に薄い毛布をかけながらソッフィオーニは小さく息をつく。
「限界まで無理をするところは、兄弟そっくりですね」
黙々とティーセットを片していると、控えめなノックが三回響いた。
「ソフィ姉様」
ひょこっと顔を出したのはビビだ。押してきたらしいワゴンを手に、
「後片付けは私が。ソフィ姉様もすこしお休みください」と言う。
ソッフィオーニは心配そうに見上げてくる後輩に笑みを向け、
「ありがとうございます。お茶も、お気に召されたようです」
「ふふっ よかったです」
ビビが扉を閉めてから、メイドは眠りつづける騎士の対面に腰を落とし時計の秒針に耳を澄ませる。
穏やかな時間はゆったりと、しかし確実に過ぎていった。
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