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3. 憩いの別荘
コテージ
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緑が多く大きな川もあることから貴族の保養地として人気の「ベイク」。その一等地に館を構えるのはかのアランジュ家だ。騎士団の遠征や鍛錬を積むための施設にもなる。
そう、とてつもなく広いのだ。
別荘と本邸の大きさはほぼ変わらない。
──……と、伝え聞いていたのだが。
きょろ、と辺りを見渡すラヴィールの目に映っているのは、こじんまりとしたコテージだ。こじんまり、といっても民家程の大きさはある。
「ラヴィール殿のお部屋は一階になります。二階は私とお嬢様とビビが使いますので」
と部屋の鍵を渡される。
例の衝突があって以来、メイドはどこか距離をおいて接しているような気がするものの、正直鉄仮面の裏でなにを考えているのかまったく読めない。
「あの……別荘地は、本邸と変わらない広さだと聞いていたのですが」
疑問に感じていたことを口にすると、メイドは「ああ」と切れ長の目をさらに細めた。
「狭いと仰りたいのですね」
歯に衣着せぬ物言いにラヴィールは「そうですがそうじゃないです」と返す。
「民家ほどの家に対して狭いとは思ってませんが、聞いていたよりずっとこじんまりしていたので」
「たしかにここは本邸ではありません。……本邸は近くにありますが、お嬢様がそちらに行くことはまずないでしょう」
背を向けたメイドは早足でコテージに入っていってしまった。おそらく以前言われた、「メイドの口からは話せないこと」なのだろう。なんとなくその事情とやらの見当はつく。しかし、と己の手を見下ろす。
『あまり好きではありませんか?』
「はいっ!?」
唐突に声をかけられたラヴィールは裏返った声とともに振り返る。黒に統一されたファッションの少女がメイドのもつ日傘の下で首をかしげていた。若騎士は慌てて一礼する。
「お久しぶりにございます。着任早々長く職務を放棄してしまい申し訳ありませんでした」
畏まる若騎士に、
『お気になさらず。それよりその後変わりはありませんでしたか?』
令嬢が指しているのは隣国の王子から受けた「狙われている」という助言のことだろう。
「変わりありません。おそらく隣国でどのように対応するのか決めかねているのでしょう」と報告する。
令嬢はほっとしたように肩の力を抜き、
『ひとまず安心ですが、ローズ・ガーデンまで気を弛めることはできませんね……』と残念そうに言う。
『ここは自然に囲まれているのでダンデリオンさんもリラックスできたらと思ったのですが……そもそも騎士としてここにいるなら、リラックスはできませんよね』
しゅん、と目に見えてうなだれるオルガ嬢に、若騎士は慌てて「いいえ!」と首を振る。
「空気が良くて、その……開放感があってとても素敵な場所だと思います」
『そうですか?ソフィがいるので、ひとりでゆっくりできる時間もとれると思います。わたしはその間近くには寄らないようにしますので、くつろいでくださいね』
令嬢は朗らかに言った。しかしラヴィールはオルガ嬢の放った何気ないこの一言が頭に引っかかった。具体的にどこ、と言語化できるわけではない。だが令嬢の明るい声色と言葉がミスマッチに思えた。
普通に考えれば「主がいないところで羽を伸ばして」という意味なのだろうが、オルガ嬢の一言にはそれ以外の意味も含まれているような気がしたのだ。
──それに。
ラヴィールは主の横顔を見る。ベールの下は相変わらず見えない。表情が読めないから感情の機微もわからない。しかし、
(なんとなく、なにも言わずにいるのは後悔する気がする)
根拠などないただの勘だ。そこに潜んでいたなにかに突き動かされるように、気づけば「あの」と声を上げていた。森の静寂に吸い込まれてしまいそうなほどの声量だったのだが、令嬢は振り返った。
続く言葉を促すように、令嬢は振り返った顔を逸らさずにその場から動かない。
「あの、この土地は初めてきたので……ご迷惑でなければ、案内していただきたいな、と」
そこまで言ってしまってからラヴィールは激しく後悔した。主に案内を頼むなど言語道断、阿呆の所業だ。仲睦まじいメイドと令嬢ならば許されるかもしれないが、仲良くすることを拒否したような態度をとったのはラヴィールのほうだ。だというのに一変して態度を軟化するのはおこがましい。
『……案内なら、ソフィにお願いしたほうが』
戸惑いを滲ませる主に、ラヴィールは腰が垂直になるほど頭を下げる。
「そうですよね!無礼を働き申し訳ありませんでした」
『無礼というか、……貴族のこと、好きではないのでしょう?』
森の木々が風に揺られザッとさざめいた。ベールが舞い上がり、太陽の光を浴びたことなどないような青白い肌が覗く。
刹那、既視感がラヴィールを襲った。細くひょろりとした腕で己の裾を掴む彼女も、令嬢のように血色が悪かった、と記憶の少女と令嬢が重なる。背格好が似ているからだろうか、令嬢を通して少女が見えた気がした。
「オレは、あなたがどんな人か知りません。貴族が嫌いだから、知ろうとも思わなかった。……令嬢は、それでも構わないと、仲良くなることが仕事ではないと言いましたね。でも騎士は、主から信頼されなくてはならないし、騎士は命をかけて主を守りたいと思えないと駄目なんだ」
拳を握るラヴィールに、令嬢は『なぜ?』とつぶやく。目の前の少年からなにかを感じとったのか、オルガ嬢の声は緊張で固くなる。
『騎士は、命をかけなくても務まります。……表彰とか階級を望まなければの話ですが。どうして、嫌いな人間に関わってまで……?』
令嬢の疑問を「いま自分で言ったじゃないですか」と一笑し、
「オレは、騎士団長になるんです──絶対」
欲を帯びた深青の瞳がギラリと光る。口元は微笑んでいるがその目は一切笑っていない。しばし見つめ合った後、口を開いたのはオルガ嬢だった。
『なにがそんなに憎いのですか?』
問うことを躊躇うようなか細い声に、ラヴィールは目を見開き動揺を露にした。
「憎い、なんて言いましたっけ」
『……いいえ 失言でした』
乾いた声を出すラヴィールに、令嬢は首を左右に振ってみせる。
『ダンデリオンさんは、どうか呑まれないでくださいね』
くぐもった、強ばった声色だった。言葉の意味がわからずにラヴィールは眉をひそめる。
それ以上なにも言おうとはせずに歩き出したものの、ラヴィールの横を通り過ぎた辺りで令嬢は足を止めて半身だけ振り返った。
『それと──まだ気が変わってないようでしたら、わたしでよろしければ明日の午前中から付近を案内しますよ。やはり気が引けるとのことでしたら、寝てくださってて構いません』
コテージに令嬢が入った後、扉が閉められる。標高がそこそこある場所のため気温は高くないはずだが、ラヴィールはとめどなく冷や汗という名の汗を流し続けていた。
そう、とてつもなく広いのだ。
別荘と本邸の大きさはほぼ変わらない。
──……と、伝え聞いていたのだが。
きょろ、と辺りを見渡すラヴィールの目に映っているのは、こじんまりとしたコテージだ。こじんまり、といっても民家程の大きさはある。
「ラヴィール殿のお部屋は一階になります。二階は私とお嬢様とビビが使いますので」
と部屋の鍵を渡される。
例の衝突があって以来、メイドはどこか距離をおいて接しているような気がするものの、正直鉄仮面の裏でなにを考えているのかまったく読めない。
「あの……別荘地は、本邸と変わらない広さだと聞いていたのですが」
疑問に感じていたことを口にすると、メイドは「ああ」と切れ長の目をさらに細めた。
「狭いと仰りたいのですね」
歯に衣着せぬ物言いにラヴィールは「そうですがそうじゃないです」と返す。
「民家ほどの家に対して狭いとは思ってませんが、聞いていたよりずっとこじんまりしていたので」
「たしかにここは本邸ではありません。……本邸は近くにありますが、お嬢様がそちらに行くことはまずないでしょう」
背を向けたメイドは早足でコテージに入っていってしまった。おそらく以前言われた、「メイドの口からは話せないこと」なのだろう。なんとなくその事情とやらの見当はつく。しかし、と己の手を見下ろす。
『あまり好きではありませんか?』
「はいっ!?」
唐突に声をかけられたラヴィールは裏返った声とともに振り返る。黒に統一されたファッションの少女がメイドのもつ日傘の下で首をかしげていた。若騎士は慌てて一礼する。
「お久しぶりにございます。着任早々長く職務を放棄してしまい申し訳ありませんでした」
畏まる若騎士に、
『お気になさらず。それよりその後変わりはありませんでしたか?』
令嬢が指しているのは隣国の王子から受けた「狙われている」という助言のことだろう。
「変わりありません。おそらく隣国でどのように対応するのか決めかねているのでしょう」と報告する。
令嬢はほっとしたように肩の力を抜き、
『ひとまず安心ですが、ローズ・ガーデンまで気を弛めることはできませんね……』と残念そうに言う。
『ここは自然に囲まれているのでダンデリオンさんもリラックスできたらと思ったのですが……そもそも騎士としてここにいるなら、リラックスはできませんよね』
しゅん、と目に見えてうなだれるオルガ嬢に、若騎士は慌てて「いいえ!」と首を振る。
「空気が良くて、その……開放感があってとても素敵な場所だと思います」
『そうですか?ソフィがいるので、ひとりでゆっくりできる時間もとれると思います。わたしはその間近くには寄らないようにしますので、くつろいでくださいね』
令嬢は朗らかに言った。しかしラヴィールはオルガ嬢の放った何気ないこの一言が頭に引っかかった。具体的にどこ、と言語化できるわけではない。だが令嬢の明るい声色と言葉がミスマッチに思えた。
普通に考えれば「主がいないところで羽を伸ばして」という意味なのだろうが、オルガ嬢の一言にはそれ以外の意味も含まれているような気がしたのだ。
──それに。
ラヴィールは主の横顔を見る。ベールの下は相変わらず見えない。表情が読めないから感情の機微もわからない。しかし、
(なんとなく、なにも言わずにいるのは後悔する気がする)
根拠などないただの勘だ。そこに潜んでいたなにかに突き動かされるように、気づけば「あの」と声を上げていた。森の静寂に吸い込まれてしまいそうなほどの声量だったのだが、令嬢は振り返った。
続く言葉を促すように、令嬢は振り返った顔を逸らさずにその場から動かない。
「あの、この土地は初めてきたので……ご迷惑でなければ、案内していただきたいな、と」
そこまで言ってしまってからラヴィールは激しく後悔した。主に案内を頼むなど言語道断、阿呆の所業だ。仲睦まじいメイドと令嬢ならば許されるかもしれないが、仲良くすることを拒否したような態度をとったのはラヴィールのほうだ。だというのに一変して態度を軟化するのはおこがましい。
『……案内なら、ソフィにお願いしたほうが』
戸惑いを滲ませる主に、ラヴィールは腰が垂直になるほど頭を下げる。
「そうですよね!無礼を働き申し訳ありませんでした」
『無礼というか、……貴族のこと、好きではないのでしょう?』
森の木々が風に揺られザッとさざめいた。ベールが舞い上がり、太陽の光を浴びたことなどないような青白い肌が覗く。
刹那、既視感がラヴィールを襲った。細くひょろりとした腕で己の裾を掴む彼女も、令嬢のように血色が悪かった、と記憶の少女と令嬢が重なる。背格好が似ているからだろうか、令嬢を通して少女が見えた気がした。
「オレは、あなたがどんな人か知りません。貴族が嫌いだから、知ろうとも思わなかった。……令嬢は、それでも構わないと、仲良くなることが仕事ではないと言いましたね。でも騎士は、主から信頼されなくてはならないし、騎士は命をかけて主を守りたいと思えないと駄目なんだ」
拳を握るラヴィールに、令嬢は『なぜ?』とつぶやく。目の前の少年からなにかを感じとったのか、オルガ嬢の声は緊張で固くなる。
『騎士は、命をかけなくても務まります。……表彰とか階級を望まなければの話ですが。どうして、嫌いな人間に関わってまで……?』
令嬢の疑問を「いま自分で言ったじゃないですか」と一笑し、
「オレは、騎士団長になるんです──絶対」
欲を帯びた深青の瞳がギラリと光る。口元は微笑んでいるがその目は一切笑っていない。しばし見つめ合った後、口を開いたのはオルガ嬢だった。
『なにがそんなに憎いのですか?』
問うことを躊躇うようなか細い声に、ラヴィールは目を見開き動揺を露にした。
「憎い、なんて言いましたっけ」
『……いいえ 失言でした』
乾いた声を出すラヴィールに、令嬢は首を左右に振ってみせる。
『ダンデリオンさんは、どうか呑まれないでくださいね』
くぐもった、強ばった声色だった。言葉の意味がわからずにラヴィールは眉をひそめる。
それ以上なにも言おうとはせずに歩き出したものの、ラヴィールの横を通り過ぎた辺りで令嬢は足を止めて半身だけ振り返った。
『それと──まだ気が変わってないようでしたら、わたしでよろしければ明日の午前中から付近を案内しますよ。やはり気が引けるとのことでしたら、寝てくださってて構いません』
コテージに令嬢が入った後、扉が閉められる。標高がそこそこある場所のため気温は高くないはずだが、ラヴィールはとめどなく冷や汗という名の汗を流し続けていた。
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