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1. 専属騎士の受難
晩餐への招待
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晩餐を終え、ラヴィールとフュリスは同じ馬車に揺られていた。
上官の機嫌は言わずもがなで、
「いやぁ きてよかったなぁ」とうるさい。
ラヴィールはといえば、晩餐でのアランジュ一家を目の当たりにし、すっかり口数が減っていた。
「なんだよ。そんなにショックだったのか?お嬢様が喋らないことが」
「喋れないんですよ。そこは大きく違います。訂正してください」
「おまえ……一日ですっかりオルガ嬢の味方になったな」
寂しげに言う上官に「そんなんじゃないです」とラヴィールは窓の外へ顔を背けた。
オルガ嬢の言った通り、ラヴィールたちは晩餐に呼ばれた。
オルガ嬢の後をついていく形でダイニングルームへ行くと、オルガ嬢の姉で婚約者だとフュリスから紹介された令嬢と、令嬢二人の母親と当主とが既に卓を囲んでいた。
なるほど、フュリスが入れ込むのもわかる。
オルガの姉は相当は美女だった。可愛らしいと言った方が的確かもしれない。花を人間の姿にしたらきっと彼女のようになるのだろう、と思わせるほどに整った顔立ちをしている。
ラヴィールはちらりと上官に視線を向ける。でれっと鼻を伸ばしていそうなものだが、意外なことに高貴な笑みを浮かべて婚約者殿と談笑している。とても住居不法侵入を働いた人物と同一だとは思えない。この男は詐欺師の素質がありそうだ。
一方のオルガ嬢は無言で姉の隣に腰を落ち着けた。
ラヴィールは上官の隣に腰を下ろす。目の前にはオルガ嬢がいる配置だ。普段女性と接する機会のないラヴィールからすれば、落ち着けない位置取りとなった。
「それでは、若騎士たちの未来に──乾杯」
当主の掛け声に、
「乾杯」と各々グラスを掲げる。
グラスを口につけるオルガ嬢は、ベールを少し捲るものの目元は隠したままだ。
真白く透き通るような肌と淡い色の薄い唇だけ見ると相当な美人だ。
「なぜ食事中なのにベールを取らないのですか」
と聞けるような状況でないことは、ラヴィールでもわかった。
──そもそも言えるようなことだったら、三人きりのときに打ち明けているはずだ。
いきなり登場した部外者に立ち入られたくない域なのだろう。そこに関して口を出す気は毛頭なかった。
人には秘密にしておきたいことの二つ、三つくらいあるだろう。
それにしても、とラヴィールは手元の料理を前に生唾を飲み込む。肉のローストだの、ソースが美しくかけられた料理だのは、普段の食事が硬いパンと味の薄いスープの彼からしたらこれ以上ないご馳走だ。
隣の上官のテーブルマナーを見よう見まねで料理を食す。
うまい、と思わず口に出しそうになる。ほろっと崩れるステーキと、後味がさわやかなソースが絶品だ。前菜なども新鮮な野菜はこれほどに美味いのかと驚愕したものだが、このステーキには敵わない。
「おや、若い胃には足りなかったかな?ステーキの追加を持ってきてやりなさい」
笑顔でシェフに言い渡され、ラヴィールは顔を赤くする。
「が、がっついてしまって申し訳ありません」
「ああ、いや。咎めるとかではなくてね、うちはそこまで食欲旺盛の者が一人しかいないものだから、シェフがいつも悲しい思いをしているんだよ。それが今日は美味しそうにすべてたいらげてくれる若者がいたものだから、シェフもうずうずしていたようだ。ごらん」
ツェルンに促されドアの方を見やると、コック帽を被った恰幅のいい男がいそいそと肉を切り分けている。先程より太めにスライスされている肉と、踊るように滑らかな手元が、たしかに浮かれていると言えなくもない。
「それに、幸せそうな表情で食べているのを見ると、こちらもなぜだか食事がいっそう美味くなるというものだ。君さえよければ、また招待させてくれないか」
ステーキの皿を置かれたラヴィールは、これは世辞なのか本気なのかわからず、助けを求めるように上官に目をやった。
フュリスはワイングラスを揺らしながら、
「わかります。ラヴィールの隣で食事をしたら、食事がとても幸福な時間だと感じますよね。……というか、オルガ嬢の専属騎士になったんですから食事を共にするよう契約に加えてはいかがです?」と冗談めかして言った。
「そうだな、それがいい」
上官とツェルンが和気あいあいと盛り上がる中、姉妹はメイドを介して静かに交流していた。だが──、
(なんというか、壁が……──)
姉妹というより、客人同士のような。笑顔の仮面を貼り付け、機嫌を損ねないように、というような雰囲気が滲んでいるように見えた。
じっと二人を眺めていると、唐突にオルガ嬢がラヴィールの方に首を巡らせた。
パチリ、と火花が散ったような音が耳の奥で鳴った気がした。
「……えっと、またお呼ばれしてもいいですか?」
オルガ嬢は驚いたように唇を薄く開き、やがて戸惑いを見せつつもうなずいた。
「まさか晩餐に応じるとは思わなかったなぁ」
フュリスは嬉しそうに顎を撫でながら言う。
「貴族嫌いが治りそうな家だろう?最近じゃ貴族の権威を履き違えている輩が多いが、ここの家はそんなことはない。道理は通す家だ」
「……それは、どうでしょうね」
おや、とフュリスは目を見張る。
「すっかり懐柔されたのかと思ったが」
「だからそんなんじゃないですって。……それに、どんな家もなにかはあるものです」
姉妹と、母親とのあのぎこちない雰囲気。見た限りでわかるような態度は示していない。だが流れる空気はたしかに重かった。
「まあそうだろうな」
低く呟いたフュリスに、ラヴィールは「なんです」と問う。
「いや、なんでもない」
それ以上何も喋りそうにない上官を恨めしげに睨み、「そうですか」と不貞腐れた顔を馬車の外の方へと向ける。
その視線の先で、真っ暗な夜道を照らす街灯に一匹の蛾が飛び込み、ジジッと音を立てて燃えた。
上官の機嫌は言わずもがなで、
「いやぁ きてよかったなぁ」とうるさい。
ラヴィールはといえば、晩餐でのアランジュ一家を目の当たりにし、すっかり口数が減っていた。
「なんだよ。そんなにショックだったのか?お嬢様が喋らないことが」
「喋れないんですよ。そこは大きく違います。訂正してください」
「おまえ……一日ですっかりオルガ嬢の味方になったな」
寂しげに言う上官に「そんなんじゃないです」とラヴィールは窓の外へ顔を背けた。
オルガ嬢の言った通り、ラヴィールたちは晩餐に呼ばれた。
オルガ嬢の後をついていく形でダイニングルームへ行くと、オルガ嬢の姉で婚約者だとフュリスから紹介された令嬢と、令嬢二人の母親と当主とが既に卓を囲んでいた。
なるほど、フュリスが入れ込むのもわかる。
オルガの姉は相当は美女だった。可愛らしいと言った方が的確かもしれない。花を人間の姿にしたらきっと彼女のようになるのだろう、と思わせるほどに整った顔立ちをしている。
ラヴィールはちらりと上官に視線を向ける。でれっと鼻を伸ばしていそうなものだが、意外なことに高貴な笑みを浮かべて婚約者殿と談笑している。とても住居不法侵入を働いた人物と同一だとは思えない。この男は詐欺師の素質がありそうだ。
一方のオルガ嬢は無言で姉の隣に腰を落ち着けた。
ラヴィールは上官の隣に腰を下ろす。目の前にはオルガ嬢がいる配置だ。普段女性と接する機会のないラヴィールからすれば、落ち着けない位置取りとなった。
「それでは、若騎士たちの未来に──乾杯」
当主の掛け声に、
「乾杯」と各々グラスを掲げる。
グラスを口につけるオルガ嬢は、ベールを少し捲るものの目元は隠したままだ。
真白く透き通るような肌と淡い色の薄い唇だけ見ると相当な美人だ。
「なぜ食事中なのにベールを取らないのですか」
と聞けるような状況でないことは、ラヴィールでもわかった。
──そもそも言えるようなことだったら、三人きりのときに打ち明けているはずだ。
いきなり登場した部外者に立ち入られたくない域なのだろう。そこに関して口を出す気は毛頭なかった。
人には秘密にしておきたいことの二つ、三つくらいあるだろう。
それにしても、とラヴィールは手元の料理を前に生唾を飲み込む。肉のローストだの、ソースが美しくかけられた料理だのは、普段の食事が硬いパンと味の薄いスープの彼からしたらこれ以上ないご馳走だ。
隣の上官のテーブルマナーを見よう見まねで料理を食す。
うまい、と思わず口に出しそうになる。ほろっと崩れるステーキと、後味がさわやかなソースが絶品だ。前菜なども新鮮な野菜はこれほどに美味いのかと驚愕したものだが、このステーキには敵わない。
「おや、若い胃には足りなかったかな?ステーキの追加を持ってきてやりなさい」
笑顔でシェフに言い渡され、ラヴィールは顔を赤くする。
「が、がっついてしまって申し訳ありません」
「ああ、いや。咎めるとかではなくてね、うちはそこまで食欲旺盛の者が一人しかいないものだから、シェフがいつも悲しい思いをしているんだよ。それが今日は美味しそうにすべてたいらげてくれる若者がいたものだから、シェフもうずうずしていたようだ。ごらん」
ツェルンに促されドアの方を見やると、コック帽を被った恰幅のいい男がいそいそと肉を切り分けている。先程より太めにスライスされている肉と、踊るように滑らかな手元が、たしかに浮かれていると言えなくもない。
「それに、幸せそうな表情で食べているのを見ると、こちらもなぜだか食事がいっそう美味くなるというものだ。君さえよければ、また招待させてくれないか」
ステーキの皿を置かれたラヴィールは、これは世辞なのか本気なのかわからず、助けを求めるように上官に目をやった。
フュリスはワイングラスを揺らしながら、
「わかります。ラヴィールの隣で食事をしたら、食事がとても幸福な時間だと感じますよね。……というか、オルガ嬢の専属騎士になったんですから食事を共にするよう契約に加えてはいかがです?」と冗談めかして言った。
「そうだな、それがいい」
上官とツェルンが和気あいあいと盛り上がる中、姉妹はメイドを介して静かに交流していた。だが──、
(なんというか、壁が……──)
姉妹というより、客人同士のような。笑顔の仮面を貼り付け、機嫌を損ねないように、というような雰囲気が滲んでいるように見えた。
じっと二人を眺めていると、唐突にオルガ嬢がラヴィールの方に首を巡らせた。
パチリ、と火花が散ったような音が耳の奥で鳴った気がした。
「……えっと、またお呼ばれしてもいいですか?」
オルガ嬢は驚いたように唇を薄く開き、やがて戸惑いを見せつつもうなずいた。
「まさか晩餐に応じるとは思わなかったなぁ」
フュリスは嬉しそうに顎を撫でながら言う。
「貴族嫌いが治りそうな家だろう?最近じゃ貴族の権威を履き違えている輩が多いが、ここの家はそんなことはない。道理は通す家だ」
「……それは、どうでしょうね」
おや、とフュリスは目を見張る。
「すっかり懐柔されたのかと思ったが」
「だからそんなんじゃないですって。……それに、どんな家もなにかはあるものです」
姉妹と、母親とのあのぎこちない雰囲気。見た限りでわかるような態度は示していない。だが流れる空気はたしかに重かった。
「まあそうだろうな」
低く呟いたフュリスに、ラヴィールは「なんです」と問う。
「いや、なんでもない」
それ以上何も喋りそうにない上官を恨めしげに睨み、「そうですか」と不貞腐れた顔を馬車の外の方へと向ける。
その視線の先で、真っ暗な夜道を照らす街灯に一匹の蛾が飛び込み、ジジッと音を立てて燃えた。
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