甘瀬の声は夏を呼ぶ

木風 麦

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運命

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 保健室に先生はいなかったが、彼女は我が物顔でベッドに身を倒した。
「ごめんねーいきなり。ありがとね」
 彼女はからから笑いながら言う。
 顔色の悪さに変化はない。
「いや……あの、本当に大丈夫?」
 整わない呼吸と半目になりつつある目に、冷たい汗が生成されていく。これは救急車のお世話になるべき案件じゃないのか判断がつかず、本人に尋ねることしかできない。
「……うーん、大丈夫ではない、かな。でも救急車とかは呼ばなくていいよ。いつものことなの」
 いつもなら尚更救急車呼ぶべきなのでは、と訝しむと、顔に出ていたのか彼女は「あはっ」と声を出して笑った。
「どうしよっかな、言っちゃおっかな……あのね、私病気なんだわ」
 あまりにも軽く言われたから、事態の深刻さを理解できなかった。
「目眩がしやすい病気とか?」
「ううん、死んじゃうやつだよ。だから少しでも生きる時間を伸ばすために、私は今年の夏に『冬眠』するの」
 いきなりのカミングアウトに声を失う。
 ただのクラスメイトからそんな重大なことを告げられたら反応に困るというものだ。
「……周りは、みんな知ってるのか」
「ううん、知らないよ。死ぬって知られたくなくて……ずっと誰にも言わないでおこうって思ってたんだけど、やっぱり誰かに言いたくて仕方なかったみたい」
 ちょっと心軽くなった、と明るく言う。
「友だちには、絶対言いたくなくて。絶対バレないようにって思ってたの。だけどなんでだろ、君と目が合ったとき、この人にならバラしてもいいやって……たぶん、口が堅いからだろうね」
 ほとんど接点がない君に何がわかる。
 そう思ったものの、信頼されているという点に関して悪い気はしなかった。
「ねむるって、どのくらい」
「さぁ……でも、あんまり長くは無理みたい。私の体はもうボロボロらしくて、今すぐに眠ったとしても、今年の冬に治療法が確立されない限りは死ぬしかない」
 具体的な数字に心臓がどくどく跳ねる。死と隣り合わせの生活なんて、想像もできない。いったいどれほどの恐怖とともに生きているのか。それを微塵も感じさせないこの女は女優の卵かなにかだろうか。
「ま、いつまでっていうふうに決まってたから眠るって決めたんだけどね。仮死状態を保つ機械があるらしいんだけど、あれバカ高いのよ。冬までだと丁度私のお年玉貯金と同じくらいになるから、それまで私は眠らないって決めたの。それに高校生だよ?謳歌しなきゃ損だよね。せっかく生まれてきたんだもん」
 終活、ということだろうか。死に対していささか前向きすぎる気もするが、簡単に口を出せるほど無神経ではないつもりだ。
 幼い少女のように無邪気な顔で「青春」への憧れを口にする甘瀬に対し、「苦労人だ」と感じた理由を、このときはまだ分かっていなかった。
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