3 / 7
運命
しおりを挟む
保健室に先生はいなかったが、彼女は我が物顔でベッドに身を倒した。
「ごめんねーいきなり。ありがとね」
彼女はからから笑いながら言う。
顔色の悪さに変化はない。
「いや……あの、本当に大丈夫?」
整わない呼吸と半目になりつつある目に、冷たい汗が生成されていく。これは救急車のお世話になるべき案件じゃないのか判断がつかず、本人に尋ねることしかできない。
「……うーん、大丈夫ではない、かな。でも救急車とかは呼ばなくていいよ。いつものことなの」
いつもなら尚更救急車呼ぶべきなのでは、と訝しむと、顔に出ていたのか彼女は「あはっ」と声を出して笑った。
「どうしよっかな、言っちゃおっかな……あのね、私病気なんだわ」
あまりにも軽く言われたから、事態の深刻さを理解できなかった。
「目眩がしやすい病気とか?」
「ううん、死んじゃうやつだよ。だから少しでも生きる時間を伸ばすために、私は今年の夏に『冬眠』するの」
いきなりのカミングアウトに声を失う。
ただのクラスメイトからそんな重大なことを告げられたら反応に困るというものだ。
「……周りは、みんな知ってるのか」
「ううん、知らないよ。死ぬって知られたくなくて……ずっと誰にも言わないでおこうって思ってたんだけど、やっぱり誰かに言いたくて仕方なかったみたい」
ちょっと心軽くなった、と明るく言う。
「友だちには、絶対言いたくなくて。絶対バレないようにって思ってたの。だけどなんでだろ、君と目が合ったとき、この人にならバラしてもいいやって……たぶん、口が堅いからだろうね」
ほとんど接点がない君に何がわかる。
そう思ったものの、信頼されているという点に関して悪い気はしなかった。
「ねむるって、どのくらい」
「さぁ……でも、あんまり長くは無理みたい。私の体はもうボロボロらしくて、今すぐに眠ったとしても、今年の冬に治療法が確立されない限りは死ぬしかない」
具体的な数字に心臓がどくどく跳ねる。死と隣り合わせの生活なんて、想像もできない。いったいどれほどの恐怖とともに生きているのか。それを微塵も感じさせないこの女は女優の卵かなにかだろうか。
「ま、いつまでっていうふうに決まってたから眠るって決めたんだけどね。仮死状態を保つ機械があるらしいんだけど、あれバカ高いのよ。冬までだと丁度私のお年玉貯金と同じくらいになるから、それまで私は眠らないって決めたの。それに高校生だよ?謳歌しなきゃ損だよね。せっかく生まれてきたんだもん」
終活、ということだろうか。死に対していささか前向きすぎる気もするが、簡単に口を出せるほど無神経ではないつもりだ。
幼い少女のように無邪気な顔で「青春」への憧れを口にする甘瀬に対し、「苦労人だ」と感じた理由を、このときはまだ分かっていなかった。
「ごめんねーいきなり。ありがとね」
彼女はからから笑いながら言う。
顔色の悪さに変化はない。
「いや……あの、本当に大丈夫?」
整わない呼吸と半目になりつつある目に、冷たい汗が生成されていく。これは救急車のお世話になるべき案件じゃないのか判断がつかず、本人に尋ねることしかできない。
「……うーん、大丈夫ではない、かな。でも救急車とかは呼ばなくていいよ。いつものことなの」
いつもなら尚更救急車呼ぶべきなのでは、と訝しむと、顔に出ていたのか彼女は「あはっ」と声を出して笑った。
「どうしよっかな、言っちゃおっかな……あのね、私病気なんだわ」
あまりにも軽く言われたから、事態の深刻さを理解できなかった。
「目眩がしやすい病気とか?」
「ううん、死んじゃうやつだよ。だから少しでも生きる時間を伸ばすために、私は今年の夏に『冬眠』するの」
いきなりのカミングアウトに声を失う。
ただのクラスメイトからそんな重大なことを告げられたら反応に困るというものだ。
「……周りは、みんな知ってるのか」
「ううん、知らないよ。死ぬって知られたくなくて……ずっと誰にも言わないでおこうって思ってたんだけど、やっぱり誰かに言いたくて仕方なかったみたい」
ちょっと心軽くなった、と明るく言う。
「友だちには、絶対言いたくなくて。絶対バレないようにって思ってたの。だけどなんでだろ、君と目が合ったとき、この人にならバラしてもいいやって……たぶん、口が堅いからだろうね」
ほとんど接点がない君に何がわかる。
そう思ったものの、信頼されているという点に関して悪い気はしなかった。
「ねむるって、どのくらい」
「さぁ……でも、あんまり長くは無理みたい。私の体はもうボロボロらしくて、今すぐに眠ったとしても、今年の冬に治療法が確立されない限りは死ぬしかない」
具体的な数字に心臓がどくどく跳ねる。死と隣り合わせの生活なんて、想像もできない。いったいどれほどの恐怖とともに生きているのか。それを微塵も感じさせないこの女は女優の卵かなにかだろうか。
「ま、いつまでっていうふうに決まってたから眠るって決めたんだけどね。仮死状態を保つ機械があるらしいんだけど、あれバカ高いのよ。冬までだと丁度私のお年玉貯金と同じくらいになるから、それまで私は眠らないって決めたの。それに高校生だよ?謳歌しなきゃ損だよね。せっかく生まれてきたんだもん」
終活、ということだろうか。死に対していささか前向きすぎる気もするが、簡単に口を出せるほど無神経ではないつもりだ。
幼い少女のように無邪気な顔で「青春」への憧れを口にする甘瀬に対し、「苦労人だ」と感じた理由を、このときはまだ分かっていなかった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
深海の星空
柴野日向
青春
「あなたが、少しでも笑っていてくれるなら、ぼくはもう、何もいらないんです」
ひねくれた孤高の少女と、真面目すぎる新聞配達の少年は、深い海の底で出会った。誰にも言えない秘密を抱え、塞がらない傷を見せ合い、ただ求めるのは、歩む深海に差し込む光。
少しずつ縮まる距離の中、明らかになるのは、少女の最も嫌う人間と、望まれなかった少年との残酷な繋がり。
やがて立ち塞がる絶望に、一縷の希望を見出す二人は、再び手を繋ぐことができるのか。
世界の片隅で、小さな幸福へと手を伸ばす、少年少女の物語。
乙男女じぇねれーしょん
ムラハチ
青春
見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。
小説家になろうは現在休止中。
想い出キャンディの作り方
花梨
青春
学校に居場所がない。
夏休みになっても、友達と遊びにいくこともない。
中一の梨緒子は、ひとりで街を散策することにした。ひとりでも、楽しい夏休みにできるもん。
そんな中、今は使われていない高原のホテルで出会った瑠々という少女。
小学六年生と思えぬ雰囲気と、下僕のようにお世話をする淳悟という青年の不思議な関係に、梨緒子は興味を持つ。
ふたりと接していくうちに、瑠々の秘密を知ることとなり……。
はじめから「別れ」が定められた少女たちのひと夏の物語。
ギャルゲーをしていたら、本物のギャルに絡まれた話
チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
赤木斗真は、どこにでもいる平凡な男子高校生。クラスに馴染めず、授業をサボっては図書室でひっそりとギャルゲーを楽しむ日々を送っていた。そんな彼の前に現れたのは、金髪ギャルの星野紗奈。同じく授業をサボって図書室にやってきた彼女は、斗真がギャルゲーをしている現場を目撃し、それをネタに執拗に絡んでくる。
「なにそれウケる! 赤木くんって、女の子攻略とかしてるんだ~?」
彼女の挑発に翻弄されながらも、胸を押し当ててきたり、手を握ってきたり、妙に距離が近い彼女に斗真はドギマギが止まらない。一方で、最初はただ面白がっていた紗奈も、斗真の純粋な性格や優しさに触れ、少しずつ自分の中に芽生える感情に戸惑い始める。
果たして、図書室での奇妙なサボり仲間関係は、どんな結末を迎えるのか?お互いの「素顔」を知った先に待っているのは、恋の始まり——それとも、ただのいたずら?
青春と笑いが交錯する、不器用で純粋な二人。
青春リフレクション
羽月咲羅
青春
16歳までしか生きられない――。
命の期限がある一条蒼月は未来も希望もなく、生きることを諦め、死ぬことを受け入れるしかできずにいた。
そんなある日、一人の少女に出会う。
彼女はいつも当たり前のように側にいて、次第に蒼月の心にも変化が現れる。
でも、その出会いは偶然じゃなく、必然だった…!?
胸きゅんありの切ない恋愛作品、の予定です!
ペア
koikoiSS
青春
中学生の桜庭瞬(さくらばしゅん)は所属する強豪サッカー部でエースとして活躍していた。
しかし中学最後の大会で「負けたら終わり」というプレッシャーに圧し潰され、チャンスをことごとく外してしまいチームも敗北。チームメイトからは「お前のせいで負けた」と言われ、その試合がトラウマとなり高校でサッカーを続けることを断念した。
高校入学式の日の朝、瞬は目覚まし時計の電池切れという災難で寝坊してしまい学校まで全力疾走することになる。すると同じく遅刻をしかけて走ってきた瀬尾春人(せおはると)(ハル)と遭遇し、学校まで競争する羽目に。その出来事がきっかけでハルとはすぐに仲よくなり、ハルの誘いもあって瞬はテニス部へ入部することになる。そんなハルは練習初日に、「なにがなんでも全国大会へ行きます」と監督の前で豪語する。というのもハルにはある〝約束〟があった。
友との絆、好きなことへ注ぐ情熱、甘酸っぱい恋。青春の全てが詰まった高校3年間が、今、始まる。
※他サイトでも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる