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story .05 *** 秘められし魔術村と死神一族
scene .35 ×××
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『早く……助け、て……』
彼が駆けて行ってからどれくらい経ったのだろう。数秒、数分、数時間、もう永遠の様にも感じる。
必死になって掴んでいるこの木の根ももう少しで……
『弱気になっちゃだめだ。きっと、きっと兄ちゃんが……』
『来ないだろうなぁ』
誰かの声がした気がして顔を上げるが、見える範囲には誰もいなかった。しかしここは崖。という事は前方に人が見えない今、声などするはずなどなかった。
助けに来てくれないかもしれない、僅かに心に芽生えた負の感情から、聞こえるはずのない声が聞こえてしまったのかもしれない。
少年はそんな幻聴に負けじと握る手に再度力を込めた。
だが、手から滲む血が、汗と混じって少しずつこちらに垂れてくる。――もうダメかもしれない、そう思った時だった。
『助けてほしいだろう?』
さっき聞こえたのと同じ声質で、そう問いかけられる。
まるで耳元で囁かれるような、脳内に直接声をかけられているような、そんな距離で。
『――! だ、誰だよっ』
虚勢を張ったつもりだろうが、疲れからかその声は絞り出されたように小さく弱々しい。
そんな少年の耳元で、“声”は冷たく言い放った。
『――お前は捨てられたんだ』
『そ、そんなはず……』
そんなはずない、そう言い返そうとして少年は助けを呼ぶと言ってこの場を離れた兄の顔を思い出す。
――あれ、こんな表情だっただろうか。いや、もっと辛そうな焦ったような……疲れか、焦りか、ぼんやりとしか思い出せない兄の顔を必死に探す少年のすぐ横で『クックク……』という耳障りな笑い声が聞こえる。
『考えてもみろ、あの兄はお前を助ける術を持っていた。にもかかわらず助けを呼ぶといってこの場を去った』
そんなはずはない、兄ちゃんはちゃんと助けてくれる。そうは思いながらも、記憶の中の最後に見た兄の表情が、最後に聞いた声が、少しずつ薄れ――歪んでいく。
『お前の兄が持つ力が何か知りたいか?』
考えるな、考えるな、僕を貶めようとしているのはこいつだ。聞くな聞くな聞くな……!
『その力は――』
*****
****
***
広く暗い部屋の中、黒いマントを羽織った男が首を垂れた状態で椅子に腰かけている。
小さく上下させていた肩の動きが止まったかと思うと、男は急に右目を押さえた。
「っく…………なんで、こんな……」
痛みからか、椅子の上でうずくまるように体を小さくさせたかと思うと、
「チッ……」
暫くして静かな部屋に男の舌打ちが鳴り響いた。
眼球を抉り出してしまいそうな程強く抑えていたのか、右目付近の皮膚からは薄く血が滲み出ている。
「胸糞わりぃ……」
男はそう言って、項垂れる様に天窓に目を向けた。右目の結膜部は黒く変色し、瞳孔が赤く、鈍く光っている。
つい今まで見ていた夢の、最後の台詞が脳にこびりついて離れない。
「……クソが」
そう言って男は立ち上がると、窓の外を見る。
見事なまでにくすんだ地上の景色。それと対比するかのように、美しい月が雲の隙間から顔をのぞかせた。
あの日と同じ、満月が。
「チッ……終わらせてやる、何もかも」
男は自らに言い聞かせるようにそう呟くと、鬱憤を晴らすかのように近くに置いてあった観葉植物を思い切り蹴り飛ばし、月明りの届かない部屋の奥へと消えて行った。
秘められし魔術国家と死神一族 end ***
彼が駆けて行ってからどれくらい経ったのだろう。数秒、数分、数時間、もう永遠の様にも感じる。
必死になって掴んでいるこの木の根ももう少しで……
『弱気になっちゃだめだ。きっと、きっと兄ちゃんが……』
『来ないだろうなぁ』
誰かの声がした気がして顔を上げるが、見える範囲には誰もいなかった。しかしここは崖。という事は前方に人が見えない今、声などするはずなどなかった。
助けに来てくれないかもしれない、僅かに心に芽生えた負の感情から、聞こえるはずのない声が聞こえてしまったのかもしれない。
少年はそんな幻聴に負けじと握る手に再度力を込めた。
だが、手から滲む血が、汗と混じって少しずつこちらに垂れてくる。――もうダメかもしれない、そう思った時だった。
『助けてほしいだろう?』
さっき聞こえたのと同じ声質で、そう問いかけられる。
まるで耳元で囁かれるような、脳内に直接声をかけられているような、そんな距離で。
『――! だ、誰だよっ』
虚勢を張ったつもりだろうが、疲れからかその声は絞り出されたように小さく弱々しい。
そんな少年の耳元で、“声”は冷たく言い放った。
『――お前は捨てられたんだ』
『そ、そんなはず……』
そんなはずない、そう言い返そうとして少年は助けを呼ぶと言ってこの場を離れた兄の顔を思い出す。
――あれ、こんな表情だっただろうか。いや、もっと辛そうな焦ったような……疲れか、焦りか、ぼんやりとしか思い出せない兄の顔を必死に探す少年のすぐ横で『クックク……』という耳障りな笑い声が聞こえる。
『考えてもみろ、あの兄はお前を助ける術を持っていた。にもかかわらず助けを呼ぶといってこの場を去った』
そんなはずはない、兄ちゃんはちゃんと助けてくれる。そうは思いながらも、記憶の中の最後に見た兄の表情が、最後に聞いた声が、少しずつ薄れ――歪んでいく。
『お前の兄が持つ力が何か知りたいか?』
考えるな、考えるな、僕を貶めようとしているのはこいつだ。聞くな聞くな聞くな……!
『その力は――』
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広く暗い部屋の中、黒いマントを羽織った男が首を垂れた状態で椅子に腰かけている。
小さく上下させていた肩の動きが止まったかと思うと、男は急に右目を押さえた。
「っく…………なんで、こんな……」
痛みからか、椅子の上でうずくまるように体を小さくさせたかと思うと、
「チッ……」
暫くして静かな部屋に男の舌打ちが鳴り響いた。
眼球を抉り出してしまいそうな程強く抑えていたのか、右目付近の皮膚からは薄く血が滲み出ている。
「胸糞わりぃ……」
男はそう言って、項垂れる様に天窓に目を向けた。右目の結膜部は黒く変色し、瞳孔が赤く、鈍く光っている。
つい今まで見ていた夢の、最後の台詞が脳にこびりついて離れない。
「……クソが」
そう言って男は立ち上がると、窓の外を見る。
見事なまでにくすんだ地上の景色。それと対比するかのように、美しい月が雲の隙間から顔をのぞかせた。
あの日と同じ、満月が。
「チッ……終わらせてやる、何もかも」
男は自らに言い聞かせるようにそう呟くと、鬱憤を晴らすかのように近くに置いてあった観葉植物を思い切り蹴り飛ばし、月明りの届かない部屋の奥へと消えて行った。
秘められし魔術国家と死神一族 end ***
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