136 / 149
story .05 *** 秘められし魔術村と死神一族
scene .27 ロルフと猫
しおりを挟む
「お前、猫って言うんだな」
浴室で身体の汚れを洗い流し十分に温まったロルフは、自室で今日連れてきた動物について調べていた。
壁にもたれるようにしてベッドに腰かける自分の膝の上で、丸くなってお腹の辺りを静かに上下させている所を見るに、動物は眠ってしまったのだろう。
この本に書かれている情報があっていれば種族は恐らく猫。色は全身白で瞳は黄色、鼻先や耳の内側、肉球などは薄い桃色だ。大きさからして恐らくまだ生後ひと月からふた月程だと考えられる。
「ふぅん……」
ロルフは文献のページをめくる。
風呂から上がった後、与えた蒸し芋を面白いように食べていたので相当お腹が減っていたようだ。ただ、肉食動物だからかその前に与えようとした葉野菜は食べなかった。
ちなみに、噛まれた傷はほとんど痛みもなく血もすぐに止まったため、とりあえずはこのまま様子を見る事にした。もし何か異変があればゴルトに診せれば……いや、どこで噛まれたのか詰問されそうだ。まぁ、幸い傷は浅く小さいため大丈夫だと信じることにしよう。
「ふぁ……」
一通り猫について書かれているページを読み終えると、ロルフは大きな伸びをして本をベッド脇の棚へ置く。今日はもう遅い――というより既に外が明るくなってきているため早く眠った方が良いだろう。生活についてゴルトはとやかく言う方ではないため、起きるのが遅くなった理由は本を読んでいた、とでも言えば全く問題ない。
ロルフは猫を掬い上げるようにそっと持ち上げると、自分の横に移動させ布団をかぶせる。そして、その小さな身体を撫でると、「おやすみ」そう呟いて眠りについた。
*****
****
***
――四日後。
普段よりも早く目が覚めたロルフは、眠ったままの猫を自室のベッドに置いたまま食卓へとやって来ていた。
「今日は早いのぅ」
「うん。おはよう、ゴルト」
どうやら猫の事はバレていないらしい。まぁ、怪我や病気でない限り普段からロルフに興味を持つことが珍しいため当たり前と言えば当たり前である。そのせい、とも、お陰、とも言えるが、今日がロルフの十の誕生日だという事も忘れているらしい。
ロルフにとっては魔術を使えるようになる人生においても一大イベントの日なのだが。
「何じゃ?」
朝食を口に運びながらロルフが向けた視線に気づいたのか、ゴルトはテーブルに広げられた書物から目を離すと普段と何も変わらぬ様子でロルフを見た。育てと言えど親の反応がこれでは少し虚しい。
「ううん、何でもないよ」
だが、悲しいかな、こうなる事は九割八分の確立で想像できていたので傷つきはしなかった。
ロルフは視線をゴルトから朝食へ向け直すと、黙々と食事を続けた。
「そうじゃ」
数分の沈黙の後、ゴルトは何かを思い出したかのようにロルフの方を見た。
「この後少し出掛けぬか?」
もしかして、今日が誕生日だから? と一瞬期待したロルフだったが、ゴルトの少し、は必ずと言ってもいい程丸一日かかることを知っている。そんなに長い時間拘束されてしまっては今日、初魔術を終えることができないかもしれない。
そう思ったロルフは、少し考える素振りを見せた後、
「んー……今日はちょっとやりたいことがあるんだ。また今度でもいい?」
そう言ってはにかんだ。
ゴルトはと言うと、断られたことに驚いたのかしばしの間目を瞬かせロルフの事を見つめていたが、「ふぬ、なら仕方あらぬな」そう少し残念そうに呟くように言って再び書物に視線を落とした。
「……ごちそうさま」
「食器は桶へ入れてお行き」
「うん」
食事を終えたロルフは、いつもと同じやり取りをした後自室へと戻る。
あまりゆっくりしていると猫が起きて部屋をまためちゃくちゃにするかもしれない。そんな気持ちが少しばかりロルフの歩を急がせる。
一昨日の話だが、ほんの数分目を離した隙に部屋にあるほぼ全ての本が床に散らばっていたのだ。その上猫と言うのは身軽らしく、本を片付けている間にもベッドから本棚に、本棚から窓枠に、そして最終的には本棚の上に飛び乗ったりしていた。と、そこまではいいものの、降りられなくなったのか早く助けてくれと言わんばかりにみゃーみゃー鳴いていたのもよく覚えている。
「まだ……寝て、る」
ロルフは扉をそっと開きながら、ベッドに丸まったままの白い物体を確認して安堵した。
今日はこの猫を魔術に使用する為、できるだけ体力を温存させておかなくてはならないのだ。そのまま静かに扉を閉じると、眠る猫の横にそっと腰を下ろした。
そして、ロルフは優しく猫を撫でる。ふわふわでつやつやの何とも言えない柔らかさに、思わず頬が緩む。
「ほんと柔らかいな」
その言葉に答えるように、眠っていると思っていた猫は短く「んにゃ」と鳴きごろんと体の向きを変えた。
動物と言うのは滅多にお腹を見せることはない、と本に書かれていたが、この猫はお腹を丸だしの体勢で眠り続けている。出会って数日と経っていないにもかかわらず、すっかり心を許している様子だ。
「お前……そんなんじゃ悪い奴に捕まっちゃうぞ」
猫のお腹をさすりながらそう言うロルフは、自分がしようとしていることを思い出す。
――それは、俺のこと、かもしれない。心をざわつかせるそんな思いに、ロルフはふと手を止めて猫を見つめた。
浴室で身体の汚れを洗い流し十分に温まったロルフは、自室で今日連れてきた動物について調べていた。
壁にもたれるようにしてベッドに腰かける自分の膝の上で、丸くなってお腹の辺りを静かに上下させている所を見るに、動物は眠ってしまったのだろう。
この本に書かれている情報があっていれば種族は恐らく猫。色は全身白で瞳は黄色、鼻先や耳の内側、肉球などは薄い桃色だ。大きさからして恐らくまだ生後ひと月からふた月程だと考えられる。
「ふぅん……」
ロルフは文献のページをめくる。
風呂から上がった後、与えた蒸し芋を面白いように食べていたので相当お腹が減っていたようだ。ただ、肉食動物だからかその前に与えようとした葉野菜は食べなかった。
ちなみに、噛まれた傷はほとんど痛みもなく血もすぐに止まったため、とりあえずはこのまま様子を見る事にした。もし何か異変があればゴルトに診せれば……いや、どこで噛まれたのか詰問されそうだ。まぁ、幸い傷は浅く小さいため大丈夫だと信じることにしよう。
「ふぁ……」
一通り猫について書かれているページを読み終えると、ロルフは大きな伸びをして本をベッド脇の棚へ置く。今日はもう遅い――というより既に外が明るくなってきているため早く眠った方が良いだろう。生活についてゴルトはとやかく言う方ではないため、起きるのが遅くなった理由は本を読んでいた、とでも言えば全く問題ない。
ロルフは猫を掬い上げるようにそっと持ち上げると、自分の横に移動させ布団をかぶせる。そして、その小さな身体を撫でると、「おやすみ」そう呟いて眠りについた。
*****
****
***
――四日後。
普段よりも早く目が覚めたロルフは、眠ったままの猫を自室のベッドに置いたまま食卓へとやって来ていた。
「今日は早いのぅ」
「うん。おはよう、ゴルト」
どうやら猫の事はバレていないらしい。まぁ、怪我や病気でない限り普段からロルフに興味を持つことが珍しいため当たり前と言えば当たり前である。そのせい、とも、お陰、とも言えるが、今日がロルフの十の誕生日だという事も忘れているらしい。
ロルフにとっては魔術を使えるようになる人生においても一大イベントの日なのだが。
「何じゃ?」
朝食を口に運びながらロルフが向けた視線に気づいたのか、ゴルトはテーブルに広げられた書物から目を離すと普段と何も変わらぬ様子でロルフを見た。育てと言えど親の反応がこれでは少し虚しい。
「ううん、何でもないよ」
だが、悲しいかな、こうなる事は九割八分の確立で想像できていたので傷つきはしなかった。
ロルフは視線をゴルトから朝食へ向け直すと、黙々と食事を続けた。
「そうじゃ」
数分の沈黙の後、ゴルトは何かを思い出したかのようにロルフの方を見た。
「この後少し出掛けぬか?」
もしかして、今日が誕生日だから? と一瞬期待したロルフだったが、ゴルトの少し、は必ずと言ってもいい程丸一日かかることを知っている。そんなに長い時間拘束されてしまっては今日、初魔術を終えることができないかもしれない。
そう思ったロルフは、少し考える素振りを見せた後、
「んー……今日はちょっとやりたいことがあるんだ。また今度でもいい?」
そう言ってはにかんだ。
ゴルトはと言うと、断られたことに驚いたのかしばしの間目を瞬かせロルフの事を見つめていたが、「ふぬ、なら仕方あらぬな」そう少し残念そうに呟くように言って再び書物に視線を落とした。
「……ごちそうさま」
「食器は桶へ入れてお行き」
「うん」
食事を終えたロルフは、いつもと同じやり取りをした後自室へと戻る。
あまりゆっくりしていると猫が起きて部屋をまためちゃくちゃにするかもしれない。そんな気持ちが少しばかりロルフの歩を急がせる。
一昨日の話だが、ほんの数分目を離した隙に部屋にあるほぼ全ての本が床に散らばっていたのだ。その上猫と言うのは身軽らしく、本を片付けている間にもベッドから本棚に、本棚から窓枠に、そして最終的には本棚の上に飛び乗ったりしていた。と、そこまではいいものの、降りられなくなったのか早く助けてくれと言わんばかりにみゃーみゃー鳴いていたのもよく覚えている。
「まだ……寝て、る」
ロルフは扉をそっと開きながら、ベッドに丸まったままの白い物体を確認して安堵した。
今日はこの猫を魔術に使用する為、できるだけ体力を温存させておかなくてはならないのだ。そのまま静かに扉を閉じると、眠る猫の横にそっと腰を下ろした。
そして、ロルフは優しく猫を撫でる。ふわふわでつやつやの何とも言えない柔らかさに、思わず頬が緩む。
「ほんと柔らかいな」
その言葉に答えるように、眠っていると思っていた猫は短く「んにゃ」と鳴きごろんと体の向きを変えた。
動物と言うのは滅多にお腹を見せることはない、と本に書かれていたが、この猫はお腹を丸だしの体勢で眠り続けている。出会って数日と経っていないにもかかわらず、すっかり心を許している様子だ。
「お前……そんなんじゃ悪い奴に捕まっちゃうぞ」
猫のお腹をさすりながらそう言うロルフは、自分がしようとしていることを思い出す。
――それは、俺のこと、かもしれない。心をざわつかせるそんな思いに、ロルフはふと手を止めて猫を見つめた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
13
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる