黒狼さんと白猫ちゃん

翔李のあ

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story .05 *** 秘められし魔術村と死神一族

scene .26 初めましての動物

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「お恵みを……」

 と、目を細め音のした方を注視するロルフの前にガサゴソ音を立てながら現れたのは、攻撃をせずにアイテムをねだってくるモンスター――ドーソジンであった。

「なんだ……」

 本来であれば捧げたアイテムに応じて多くの見返りを授けてくれるレアモンスターであるため喜ぶところなのだが、今のロルフにとっては不要な存在だ。むしろ身を軽くするため最低限の物しか持っていないこのタイミングになぜと思うし、緊張感を高められたことに憤りすら覚えている。まぁ、そんな状況で一人の今、出てきたのが強いモンスターではないのは、ありがたい。
 とは考えつつも、報復が怖いモンスターではあるため出会ってしまったからには邪険にすることができないロルフは、自身の心音を落ち着かせしゃがみ込むと、ポケットの中をまさぐり出てきた小銭をドーソジンの前にお供えした。

「はぁ……」

 魔術に関する本や道具を買い漁って尽きかけていた小遣いが、これで本当にゼロになってしまった。

「よきかな……」

 和やかな顔で消えゆくドーソジンを恨めしい顔で見送ると、ロルフは立ち上がる。
 すると、お供えのお陰か、はたまたその逆か、どこからか男性が呼びかける声が聞こえた。何度かの呼びかけの後、声がピタッと止まる。

「まずい」

 モンスターに気を取られている間に警察が動物を見つけてしまったのかもしれない。ロルフは焦る気持ちを抑え、あまり物音を立てないように声が聞こえてきた方向へと急いだ。
 茂みをいくつか越えた頃、ぼんやりと小さな明りが灯っているのが見えてきた。どうやら警察の背面に付けたようだ。
 ロルフは木陰から様子を窺いながら少しずつ近づいていく。

「怖がらなくていい。ほら、餌もある」
「みっ……」

 警察が大柄過ぎて動物の姿はこちらから確認することはできないが言葉の内容から察するに、どうやら手を使って捕獲はせず、餌でケージへ動物をおびき寄せる作戦らしい。
 ――あんな大柄な獣人でも動物の持つ病原菌は恐い、ってことか。ま、好都合だけど。ロルフはそう思いながら色持ち能力とは別になぜか使える、能力向上の力を自身にかける。
 そして、警察がしゃがみ込もうとした瞬間、

「よし、今だっ」

 自身にかかる重力を出来るだけそぎ取り姿勢を低くしたロルフは、そのまま背後に生える木の幹を思い切り蹴り飛ばした。
 地面に置かれたケージが多少邪魔だが、手を伸ばせば対象の動物を掬い取ることは出来るだろう。地面にいるであろう小型の動物を捕える動きをイメージしながら、しゃがむ大男の横を超え、対象であろう白い塊に向けて手を伸ばす。

「軽っ……!」

 思っていたよりも大分軽い“それ”を勢いのまま投げ飛ばさないようにそっと胸元に抱き寄せると、前転するように正面の木を軽く蹴り重力を元に戻し足をつける。そして、近くの木に身を隠した。
 警察の方をちらりと覗いてみたが、ただ立ち尽くしているようで追ってくる様子はない。とりあえずは成功だ。

「ふぅ」

 我ながら上出来だったのではないだろうか。そんなことを思いながら、ロルフは胸元でもぞもぞと動くそれに視線を落とす。
 以前ゴルトが魔術の対象にした子犬とは違ってかなり小さい。泥にまみれて汚れてはいるが、色は全身が白でみゃうみゃう言っている。
 そんな姿がなんだか可愛らしく思えたロルフは、その動物の口元の汚れを拭おうと指を伸ばした。

「ごめんな、なんて言ってるかわからな――つっ!」

 小さくて油断していたが、どうやら牙があるらしい。餌を食べようとしていたところを無理やり連れてきた為かもしれないが、この動物は顔の近くに来たものを口に入れてしまう習性があるのかもしれない。
 ロルフは、自身の人差し指からぷくりと盛り上がる紅い雫が雨水によって地面に流されていく様子を見つめた。

「……まずいかな」

 触るくらい問題ないと騒ぎ立てる者達に向けて皮肉交じりにゴルトが言っていたが、噛まれるのには問題があるかもしれない。そう思ったロルフは家路を急いだ。
 屋敷に着くと、ロルフは明かりのついている部屋を避け自分の部屋の窓の前へと向かう。

「よし、大丈夫そうだな」

 部屋の様子が、自分の出てきた時と変わらないことを確認すると、ロルフはそっと窓を開いた。
 問題なのはこの泥だらけの靴と動物と……いや、動物を抱いていたせいで結局は全身泥だらけである。

「ん……」

 綺麗好きなロルフにとってこの姿で自室に入るのは何とも不快だが、玄関から入ってしまうと確実にゴルトに見つかってしまうためそれは避けたい。

「はぁ……」

 しばらく考えた後い、本日二度目の深い溜息をつくと、ロルフは合羽をくるりと回しフード部分に動物を入れた。
 この動物を捕まえることができるように、他の運を全て手放してしまったのかもしれない。

「み……っ」

 小さく鳴く動物を落とさないように注意しながら窓枠を超える。床には一応数枚のタオルを敷いて出掛けたものの、泥だらけな上にずぶ濡れなのであまり意味をなしていなさそうだ。
 ロルフは近くに積んで置いた残りのタオルで、自身と動物の水滴を拭きとった。いずれにしても風呂にはいかないと風邪を引くだろう。

「静かにしててくれよ?」
「んみゃ?」

 言葉が分からないであろう動物にそう声をかけると、ロルフはタオルを拾い上げ風呂場へと早足で向かった。
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