黒狼さんと白猫ちゃん

翔李のあ

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story .05 *** 秘められし魔術村と死神一族

scene .21 屋敷の中へ

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「ランテ様……ついに発現し」
「してないから」

 そう言ってランテは後ろに立つエルラの手を引いた。ゆっくりと前に歩くその姿を確認した男性は口元に手を当て目を見開く。

「お嬢……様!」

 久しぶりの主の帰還に、男性は目を潤ませ喜ぶ。だが、すぐにその様子がおかしいことに気が付いた。
 視点の定まらぬ虚ろな瞳、ゆらゆら揺れ動く身体、そして首に付けられた首輪……それが洗脳具であることは魔術に精通したこの国の、しかも屋敷に仕えることの出来る程の知識を持った者であれば一目瞭然だ。

「そう言うプレ」
「そんな訳ないでしょ! いい加減にして!」

 ランテはこの状況下にあってもヘラヘラとする男性の胸倉を掴む。
 首輪を外すための鍵となるコインキーは瓦礫の中。頼りになるのはこの家の者だけなのだ。そんな藁にも縋る気持ちでやって来たというのに、屋敷の使用人のトップである彼がこんな様子では頭に血が上るのも理解できる。
 だがその態度には理由があったらしい。男性はフッと表情を変えたかと思うと、

「まぁまぁ、落ち着いてください。この程度の魔術具であればここでは無力も等しいですから」

 そう言ってランテの手を優しく自分の胸倉から手放させた。

「ほ、ほんと!」
「ええ、もちろんですよ」

 ニコリと笑う彼の表情からは先程までのおどけた雰囲気は一切感じられない。むしろ、今のこの数秒だけを目撃したとすれば彼が優秀な執事であるという事を誰も疑わないだろう。
 彼はその雰囲気を崩さぬまま、ロルフ達の方へと身体を向け直す。

「そちらの皆様はランテ様のお客人ですね。申し遅れました、私お嬢様――エルラ様の住まうお屋敷に仕えさせて頂いておりますルウィと申します。どうぞお見知りおきを」

 そう言ってルウィは美しく礼をした。その動きには一切の無駄はなく、彼の本来の姿――いや、どちらが本来の彼であるのかは誰も知る所ではないが――を見事に隠しきっている。
 先程までのランテとのやり取りは何だったのだろうか、ルウィのあまりの変わりようにまるで幻でも見せられていたかのような気分で一行もつられて頭を下げる。

「本日はもう遅い。よろしければ今晩はお屋敷に泊られてはいかがでしょう。ランテ様のお住まいではこの人数は多少手狭かと思われますし」

 そう言って再びニコリと笑うルウィに、ランテは思い出したといった様子でルウィに立てた人差し指を向けた。

「あ、そう! それをお願いしておかなくちゃね。泊めるのもそうなんだけど、夕食もお願いしようと思ってて。エルラの救出は彼等の協力あってだから、さ」

 最後の言葉を少し口ごもらせながらそう言うと、ランテは「それじゃうちはまだやることがあるから」そう言ってヴィオレッタの残る小屋へとそそくさと小走りで戻っていった。

「それでは皆様は中へお入りください」

 ぼぅっと立ち尽くし続けるエルラの手を取ると、ルウィは一行に屋敷へ入るよう促す。
 そして全員が屋敷へ入ったことを確認すると、近くのメイドを呼び付け何やら会話し、一向に挨拶をしてエルラを連れてどこかへと消えて行った。恐らく洗脳具を外しに行ったのだろう。

「お夕食までは少々時間がございますためこちらのお部屋でお待ちください。室内の物はご自由にお使いいただいて問題ございません。それでは失礼いたします」

 ルウィに指示されたメイドはロルフ達を客間へと案内すると、部屋の外へと消えて行った。
 屋敷こそ丁寧に手入れされている様子だが、どこからも物音ひとつしない。ランテの言った通り使用人以外はいないという事か。それにしても……

「それにしても機械みたいな使用人ばかりだわ」

 ロルフの思った事をロロが先に口にした。
 シャルロッテとクロンも同じことを思っていたのだろう、「私も思った!」シャルロッテのその声にクロンも肯定するように苦笑する。
 この部屋に案内されるまでにすれ違った数人の使用人は、いずれも表情一つ変えず美しすぎる礼をして見せた。そしてここまで案内してくれたメイドとは少し会話をしたが、その話し方はまるで感情がないのかと思えるほどに抑揚がなかったのだ。

「ま、いいわ! そんなことよりも探索よ探索! こんなお城みたいな所絶対に何か面白いものがあるに決まってるんだから!」
「わー! 私も行くー!」

 ロロは目を輝かせてそう言うと、シャルロッテを連れて部屋を飛び出した。正確に言うと、ドアが重いためゆっくりと出て行ったのだが、まぁ、そんなことはどうでもよい。
 二人が部屋を出てすぐに、ここまで案内してくれたメイドに一瞬引き留められていたので恐らく何か注意でも受けたのだとは思うが、戻って来なかったという事は探索する許可は下りたと捉えて問題ないだろう。

「なんか、すみません」

 二人になったことで沈黙が少し気まずくなったのか、ドアが閉まって数分もしないうちにクロンがロルフの顔色を窺うようにそう言った。

「いや、シャルも大概だからな。ロロの方がしっかりしてるくらいだしむしろ助かるよ」

 それに、ゴルトが居なくなった時と同様、シャルロッテがモモのことで大分落ち込み動かなくなると思っていたロルフからすると、少しでも気を逸らすことができているのはありがたい。
 だが、クロンはロルフが気を使ったと思ったのか、「そんなっ」そう言いながら両手を胸の前で振る。

「早く僕もロルフさんみたいに大人になれたらな……なんて、なんだかロロみたいな事言っちゃいました」

 そう言っていつもの様に頬を掻きながらクロンはあはは、と笑う。
 その後も他愛ない会話をしながら、二人は時間を過ごすのであった。
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