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story .05 *** 秘められし魔術村と死神一族
scene .20 残念な使用人
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「どっか行っちゃったりしないよね!」
「そ、そうよ! わたしたちが屋敷に行っちゃったらヴィオレッタがリオートロークのとこに行ってる間ランテは一人になるってことでしょ! 信用……ならないわ」
ロロの最後の言葉にランテは身体をこわばらせると、唇を噛み締めた。最後の言葉は少しトーンが落ちていたものの、いや、だからこそだろうか、本音であることがよく伝わったのだ。屋敷に連れて行こうとしている理由も逃走のためなのでは? そんな疑念すらも乗せて。
しんと静まり返ったその場に、ヴィオレッタのふぅ、という吐息の漏れる音がした。
「彼女は逃げないわ、ワタシが保証する」
ヴィオレッタはランテを擁護するように後ろに立つと、その肩に手を乗せる。そして、ヒトに対してあまりしたことのないような穏やかな表情をして見せた。
心の読めるヴィオレッタがそう言うのだから間違いないのだろう。ヴィオレッタの性格を考えて、ランテと裏で手を握っているとも思えない。
「わかった。エルラの屋敷に行くとしよう」
ロルフはよく思索した上でそう告げた。
ロロとシャルロッテは驚いた顔で何かを言いたげに口を開けたが、ロルフがそう言うのならば、としぶしぶと了承する。今までの様子から、ランテが生来の悪人とは思えないのも理由だ。
「じゃぁ、いこっか」
ヴィオレッタを小屋に残し、一行は、気まずそうにしながらエルラの手を引いて歩きだすランテの後に続いた。
時折出会うヒツジ族の者達は皆、他の種族が珍しいのか足を止めこちらを凝視し、近くの者と声を潜めて会話をする。そんな状況に耐え兼ねたロロが口を開く。
「な、何よ。なんだか嫌な感じだわ」
「これでも人通りの少ない道を選んだんだけど……変化を恐れる人達だから、ヒツジ族以外に厳しくてさ」
そう言うと、ランテははぁ、と息を漏らす。
「悪気はないんだよ、許してやって」
本音と嘘が半々で存在するようなその言葉からは、自分も同じ思いをしてきた、そんな気持ちが伝わってくる。こんな環境下で何年も生きてきたというのだろうか。
そんな中、しばらく歩き続けたどり着いたのは、初めに抜けた裏口ではなく表門だった。家の者が帰宅したのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、侵入するように入ってきた手前少しばかし緊張感を覚える。
「わぁ……」
ロルフでも仰ぎ見なければ上まで見えぬ程大きな門を見上げながら、シャルロッテが声を漏らした。
その隙間から見える広々とした庭園は、家人がいないにもかかわらずとても美しく、手入れが行き届いているのが良くわかる。ランテが初めに言っていた通り使用人たちはいるのだろう。
「エルラ」
ランテは門の前でただぼんやりと佇むエルラの腕を持ちあげると、門扉の中央についた星形の装飾に触れさせた。
すると、エルラの触れた箇所が淡く明りを灯し、そこから門の至る所につけられた星の装飾に向かって光が走っていく。一つ、また一つと光り輝く星の装飾は、夕刻で薄暗くなってきた周囲をキラキラと明るく照らし出していった。まるで眼前に星空を作り出されているような不思議な感覚だ。
「きれい……」
誰もが思わずそう呟いてしまいそうな光景に見とれていると、いつの間にか扉についた全ての星に光が灯され、それと共に扉が内側に開き始めた。
と、一切の重さを感じさせぬほど静かに軽やかに動く門扉の向こう側から、モノクルをつけた若い執事服の男性が、執事らしからぬ動きでバタバタと大きく手を振りながらこちらへ走ってくる。叫んでいる言葉は恐らくランテの名前だろうか。
「はあ、はあ……いやぁ、ごぶずぁっどぅあぁっ」
唖然とする一行の前に辿り着いた彼は、ランテの握りしめられた拳によって一瞬のうちに地面にひれ伏していた。
赤く染まる頬に手を当てながら、どうして? と言いたげな顔でランテを見つめている。
「うちじゃない!」
「ふぇ?」
そう叫ぶランテは怒り心頭と言った様子で男性を睨みつけると、言いたいことが解らないと言った様子の彼にもう一度拳を振りかざす。
「――っ!」
だが、今回は拳が男性に届くことはなかった。驚いた様子でこちらを見てくるランテに向けて、ロルフは首を振った。
先程はあまりにも突然だったため止められなかったが、何か理由があるにしても友好的にしようとしている相手をいきなり殴るものではないだろう。
大きく息を吸って感情を抑え込んだか、ロルフは力の弱まったランテの腕を開放する。
「殴って、ごめん」
ランテはそう言って倒れたままの男性に手を差し伸べた。
「いやぁ、ランテ様の拳はいつ食らっても刺激的でいいですね。お嬢様はこんなことしないので」
そう言いながら爽やかな笑顔を振りまくと、男性はランテの手を取ろうとする。が、ランテがその手をサッと引いたので男性の手は空を切った。
ハンサムな見た目とは裏腹に、この男性は少しばかり性格に難があるらしい。これはそう、残念なイケメンというやつだ。その場にいる誰もがそう思った瞬間、
「きっしょ」
ランテが謗言を口にした。まるでゴミでも見るかのような目つきで男性を蔑んでいる。
それでもなお爽やかに笑い続ける男性は、頭を掻いてあはは、と笑うとスッと立ち上がりズボンについた土埃をはたき落とした。そして「あれ?」そう言って門を見上げる。
一番上まで上げた視線をゆっくりと下ろすと、神妙な面持ちでランテを見つめた。
「そ、そうよ! わたしたちが屋敷に行っちゃったらヴィオレッタがリオートロークのとこに行ってる間ランテは一人になるってことでしょ! 信用……ならないわ」
ロロの最後の言葉にランテは身体をこわばらせると、唇を噛み締めた。最後の言葉は少しトーンが落ちていたものの、いや、だからこそだろうか、本音であることがよく伝わったのだ。屋敷に連れて行こうとしている理由も逃走のためなのでは? そんな疑念すらも乗せて。
しんと静まり返ったその場に、ヴィオレッタのふぅ、という吐息の漏れる音がした。
「彼女は逃げないわ、ワタシが保証する」
ヴィオレッタはランテを擁護するように後ろに立つと、その肩に手を乗せる。そして、ヒトに対してあまりしたことのないような穏やかな表情をして見せた。
心の読めるヴィオレッタがそう言うのだから間違いないのだろう。ヴィオレッタの性格を考えて、ランテと裏で手を握っているとも思えない。
「わかった。エルラの屋敷に行くとしよう」
ロルフはよく思索した上でそう告げた。
ロロとシャルロッテは驚いた顔で何かを言いたげに口を開けたが、ロルフがそう言うのならば、としぶしぶと了承する。今までの様子から、ランテが生来の悪人とは思えないのも理由だ。
「じゃぁ、いこっか」
ヴィオレッタを小屋に残し、一行は、気まずそうにしながらエルラの手を引いて歩きだすランテの後に続いた。
時折出会うヒツジ族の者達は皆、他の種族が珍しいのか足を止めこちらを凝視し、近くの者と声を潜めて会話をする。そんな状況に耐え兼ねたロロが口を開く。
「な、何よ。なんだか嫌な感じだわ」
「これでも人通りの少ない道を選んだんだけど……変化を恐れる人達だから、ヒツジ族以外に厳しくてさ」
そう言うと、ランテははぁ、と息を漏らす。
「悪気はないんだよ、許してやって」
本音と嘘が半々で存在するようなその言葉からは、自分も同じ思いをしてきた、そんな気持ちが伝わってくる。こんな環境下で何年も生きてきたというのだろうか。
そんな中、しばらく歩き続けたどり着いたのは、初めに抜けた裏口ではなく表門だった。家の者が帰宅したのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、侵入するように入ってきた手前少しばかし緊張感を覚える。
「わぁ……」
ロルフでも仰ぎ見なければ上まで見えぬ程大きな門を見上げながら、シャルロッテが声を漏らした。
その隙間から見える広々とした庭園は、家人がいないにもかかわらずとても美しく、手入れが行き届いているのが良くわかる。ランテが初めに言っていた通り使用人たちはいるのだろう。
「エルラ」
ランテは門の前でただぼんやりと佇むエルラの腕を持ちあげると、門扉の中央についた星形の装飾に触れさせた。
すると、エルラの触れた箇所が淡く明りを灯し、そこから門の至る所につけられた星の装飾に向かって光が走っていく。一つ、また一つと光り輝く星の装飾は、夕刻で薄暗くなってきた周囲をキラキラと明るく照らし出していった。まるで眼前に星空を作り出されているような不思議な感覚だ。
「きれい……」
誰もが思わずそう呟いてしまいそうな光景に見とれていると、いつの間にか扉についた全ての星に光が灯され、それと共に扉が内側に開き始めた。
と、一切の重さを感じさせぬほど静かに軽やかに動く門扉の向こう側から、モノクルをつけた若い執事服の男性が、執事らしからぬ動きでバタバタと大きく手を振りながらこちらへ走ってくる。叫んでいる言葉は恐らくランテの名前だろうか。
「はあ、はあ……いやぁ、ごぶずぁっどぅあぁっ」
唖然とする一行の前に辿り着いた彼は、ランテの握りしめられた拳によって一瞬のうちに地面にひれ伏していた。
赤く染まる頬に手を当てながら、どうして? と言いたげな顔でランテを見つめている。
「うちじゃない!」
「ふぇ?」
そう叫ぶランテは怒り心頭と言った様子で男性を睨みつけると、言いたいことが解らないと言った様子の彼にもう一度拳を振りかざす。
「――っ!」
だが、今回は拳が男性に届くことはなかった。驚いた様子でこちらを見てくるランテに向けて、ロルフは首を振った。
先程はあまりにも突然だったため止められなかったが、何か理由があるにしても友好的にしようとしている相手をいきなり殴るものではないだろう。
大きく息を吸って感情を抑え込んだか、ロルフは力の弱まったランテの腕を開放する。
「殴って、ごめん」
ランテはそう言って倒れたままの男性に手を差し伸べた。
「いやぁ、ランテ様の拳はいつ食らっても刺激的でいいですね。お嬢様はこんなことしないので」
そう言いながら爽やかな笑顔を振りまくと、男性はランテの手を取ろうとする。が、ランテがその手をサッと引いたので男性の手は空を切った。
ハンサムな見た目とは裏腹に、この男性は少しばかり性格に難があるらしい。これはそう、残念なイケメンというやつだ。その場にいる誰もがそう思った瞬間、
「きっしょ」
ランテが謗言を口にした。まるでゴミでも見るかのような目つきで男性を蔑んでいる。
それでもなお爽やかに笑い続ける男性は、頭を掻いてあはは、と笑うとスッと立ち上がりズボンについた土埃をはたき落とした。そして「あれ?」そう言って門を見上げる。
一番上まで上げた視線をゆっくりと下ろすと、神妙な面持ちでランテを見つめた。
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