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story .04 *** 忍び寄る影、崩れ去る日常
scene .23 グインミッテ貿易港
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「もうすぐ着くんだぬ!」
ロルフがクロンの決意を確認してから、一晩の野営を経た翌日。もう夜も更けてきた頃に、ウェネの声が響いた。
辺り一面の暗がりの奥から、キラキラとした明かりが見えてくる。あれがグインミッテ貿易港だろう。
「うぅん……もうすぐってあとどれくらい?」
ウェネの声に目を覚ましたのか、眠そうな眼をこすりながらシャルロッテがそう言う。
「あ、寝てたんだぬ。ごめん、まだ一時間くらいはかかると思うんだぬ」
そういうウェネの声は先程よりも小さな声だ。まぁ、御者台からこちら側はあまり見えないので仕方のないことだろう。
「周りには何もないのね。おかげで港が綺麗に見えるけど」
ロロが辺りを見渡しながら、そう言う。
「この辺りはグインミッテ農工業地域って言って、周りはほとんど田んぼや畑なんだぬ! 規則正しい生活を送ってる人達が多いから、この時間でも真っ暗だぬ」
「ふぅん、なるほどね」
ウェネの言う通り、辺り一面田畑の広がるこの地域一帯はグインミッテ農工業地域と呼ばれている。ちなみに、グインミッテ貿易港の倍以上の広さを誇っているものの、シトラディオ・パラド以上に貧しいとされる地域である。
グインミッテ貿易港近くの地域だと言うのになぜそんなに貧しいのか。その理由は簡単だ。金持ちたちが港から出ずに贅沢な生活を送るために、世界中の貧困層と呼ばれる人々を集め住まわせている地域であるためである。彼等は相場より低い賃金でもよく働くため、出費を抑えつつ質の良いものを作り出すのに都合がよかったのだろう。田畑の管理から部分的に工業品の製造を任されており、グインミッテ貿易港で生活する者達のお抱えの田畑と言っても過言ではない。
「そう言えばウェネはグインミッテに着いたらどうするのかしら?」
ヴィオレッタの質問に、ウェネは「うーん」と少し考えた後、
「とりあえず今日は休んで、明日の朝にでも出ることにしようかぬ」
そう答えた。
*****
****
***
翌朝、素泊まりだというのに目が飛び出るほどの金額のホテルを後にした一行は、白水の大陸へ渡るべく船乗り場まで来ていた。チケットの発行ゲートがやたら混みあっていたため列にはロルフとシャルロッテのみで並んだのだが……
「そうです……よね。すみません」
待ち受けていたのは、リェフから譲り受けた手形が最近利用を停止されたという残念な現実であった。
現在は手形を持ち合わせていなくとも申請式で誰でも大陸を行き来できるそうだが、科学帝国の許可が必要かつかなりの期間を要するとのことだった。さすが帝国の管理下となっただけある。
「はっ、まぁそう気を落とすなよ。――そんなことよりあんた、オオカミ族だよな」
その場を立ち去ろうと後ろを向きかけたロルフの腕を、受付の男は自分の手の甲でトントンと軽くたたきながらそう言った。
ロルフは少し嫌な予感がしながらも、冷静を装って振り返る。
「そうですが、何でしょう?」
「あー、帝国からの指示で一応全員に聞いてるんだが探し人でな。白髪のネコ族の女を連れたあんたみたいな黒髪のオオカミ族の……」
「ねぇ、ロルフ。まだー?」
と、男がそこまで口にしたところで、近くをうろうろとしていたシャルロッテがロルフに声をかけた。
まずい、と思うか否か、男が二人の顔を交互に指さしながら戸惑っている隙にロルフは、
「あー……すいません、急ぎ別の方法がないか探すのでこの辺で失礼します。おいシャル、行くぞ」
「ふぇ? ほえっ」
「あ、おい、兄ちゃん!」
そう言ってシャルロッテの腕を掴むと、足早に人混みへと紛れ込んだ。
「んっ、んね、ロルフっ、痛いっ」
「あ、悪い……ほら」
少し歩いたところで痛がるシャルロッテの腕を離すと、ロルフはそう言いながら手を差し出す。シャルロッテは「んもう、最初からそうしてくれたらよかったのにっ」そう言いつつ差し出された手を握った。
そのまましばらく歩き人混みを抜けたところで、他の四人が退屈そうに待っている姿を見つけると、二人は小走りで近づく。
「悪い、待たせたな」
「ほんとにね。……それで? どうだったの?」
長らく待たされたことにイラついているのか、ヴィオレッタが嫌味気味にそう聞く。
そんなに待っているのが嫌なのならどこか店にでも入っていれば良かったのに、そう思いながらも、ロルフは首を振った。
「ダメだった。最近使えなくなったらしい」
「はぁ? 何よそれ、ここまで無駄足だったって訳なの?」
キッと横目でロルフを見るヴィオレッタは、腕を組んで指をパタパタと動かしている。
腹が立つのは分かるがそれを自分に向けられても困る、ロルフがそう思っていると、ロロがヴィオレッタに向けて文句を口にした。
「得意気に誰かさんが入手したって自慢してたのは何だったのかしら!」
「ふぅん? そういう事言うなら知らないわよ? 帰りの馬車に席はないと思いなさい?」
「うむぅっ……」
ドヤ顔でそう言うヴィオレッタに、ロロは口を噤む。
「まぁまぁ、二人共……」
「安心しろ、ロロ。そんな権限こいつは持ってないからな」
ロルフの言葉に表情をピクリとさせそっぽを向いたヴィオレッタに向かって、ロロはいーっと言うように舌を出す。
なぜか全ての費用を自分が負担しているのだからそれ位言わせてもらわねば、そう思いながらロルフも少し恨めしそうにヴィオレッタの背中を見た。ヴィオレッタの方が金を持っているだろうに。
そんな中、一人ソワソワとしながらモモが「あ、あの」と人混みを指さしながら口を開いた。
「なんだかお二人の来た方向が騒がしい気がするんですけど……何かあったんでしょうか?」
モモのその言葉に、ロルフは先程受付の男からされた探し人についての問いかけを思い出す。
ロルフがクロンの決意を確認してから、一晩の野営を経た翌日。もう夜も更けてきた頃に、ウェネの声が響いた。
辺り一面の暗がりの奥から、キラキラとした明かりが見えてくる。あれがグインミッテ貿易港だろう。
「うぅん……もうすぐってあとどれくらい?」
ウェネの声に目を覚ましたのか、眠そうな眼をこすりながらシャルロッテがそう言う。
「あ、寝てたんだぬ。ごめん、まだ一時間くらいはかかると思うんだぬ」
そういうウェネの声は先程よりも小さな声だ。まぁ、御者台からこちら側はあまり見えないので仕方のないことだろう。
「周りには何もないのね。おかげで港が綺麗に見えるけど」
ロロが辺りを見渡しながら、そう言う。
「この辺りはグインミッテ農工業地域って言って、周りはほとんど田んぼや畑なんだぬ! 規則正しい生活を送ってる人達が多いから、この時間でも真っ暗だぬ」
「ふぅん、なるほどね」
ウェネの言う通り、辺り一面田畑の広がるこの地域一帯はグインミッテ農工業地域と呼ばれている。ちなみに、グインミッテ貿易港の倍以上の広さを誇っているものの、シトラディオ・パラド以上に貧しいとされる地域である。
グインミッテ貿易港近くの地域だと言うのになぜそんなに貧しいのか。その理由は簡単だ。金持ちたちが港から出ずに贅沢な生活を送るために、世界中の貧困層と呼ばれる人々を集め住まわせている地域であるためである。彼等は相場より低い賃金でもよく働くため、出費を抑えつつ質の良いものを作り出すのに都合がよかったのだろう。田畑の管理から部分的に工業品の製造を任されており、グインミッテ貿易港で生活する者達のお抱えの田畑と言っても過言ではない。
「そう言えばウェネはグインミッテに着いたらどうするのかしら?」
ヴィオレッタの質問に、ウェネは「うーん」と少し考えた後、
「とりあえず今日は休んで、明日の朝にでも出ることにしようかぬ」
そう答えた。
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翌朝、素泊まりだというのに目が飛び出るほどの金額のホテルを後にした一行は、白水の大陸へ渡るべく船乗り場まで来ていた。チケットの発行ゲートがやたら混みあっていたため列にはロルフとシャルロッテのみで並んだのだが……
「そうです……よね。すみません」
待ち受けていたのは、リェフから譲り受けた手形が最近利用を停止されたという残念な現実であった。
現在は手形を持ち合わせていなくとも申請式で誰でも大陸を行き来できるそうだが、科学帝国の許可が必要かつかなりの期間を要するとのことだった。さすが帝国の管理下となっただけある。
「はっ、まぁそう気を落とすなよ。――そんなことよりあんた、オオカミ族だよな」
その場を立ち去ろうと後ろを向きかけたロルフの腕を、受付の男は自分の手の甲でトントンと軽くたたきながらそう言った。
ロルフは少し嫌な予感がしながらも、冷静を装って振り返る。
「そうですが、何でしょう?」
「あー、帝国からの指示で一応全員に聞いてるんだが探し人でな。白髪のネコ族の女を連れたあんたみたいな黒髪のオオカミ族の……」
「ねぇ、ロルフ。まだー?」
と、男がそこまで口にしたところで、近くをうろうろとしていたシャルロッテがロルフに声をかけた。
まずい、と思うか否か、男が二人の顔を交互に指さしながら戸惑っている隙にロルフは、
「あー……すいません、急ぎ別の方法がないか探すのでこの辺で失礼します。おいシャル、行くぞ」
「ふぇ? ほえっ」
「あ、おい、兄ちゃん!」
そう言ってシャルロッテの腕を掴むと、足早に人混みへと紛れ込んだ。
「んっ、んね、ロルフっ、痛いっ」
「あ、悪い……ほら」
少し歩いたところで痛がるシャルロッテの腕を離すと、ロルフはそう言いながら手を差し出す。シャルロッテは「んもう、最初からそうしてくれたらよかったのにっ」そう言いつつ差し出された手を握った。
そのまましばらく歩き人混みを抜けたところで、他の四人が退屈そうに待っている姿を見つけると、二人は小走りで近づく。
「悪い、待たせたな」
「ほんとにね。……それで? どうだったの?」
長らく待たされたことにイラついているのか、ヴィオレッタが嫌味気味にそう聞く。
そんなに待っているのが嫌なのならどこか店にでも入っていれば良かったのに、そう思いながらも、ロルフは首を振った。
「ダメだった。最近使えなくなったらしい」
「はぁ? 何よそれ、ここまで無駄足だったって訳なの?」
キッと横目でロルフを見るヴィオレッタは、腕を組んで指をパタパタと動かしている。
腹が立つのは分かるがそれを自分に向けられても困る、ロルフがそう思っていると、ロロがヴィオレッタに向けて文句を口にした。
「得意気に誰かさんが入手したって自慢してたのは何だったのかしら!」
「ふぅん? そういう事言うなら知らないわよ? 帰りの馬車に席はないと思いなさい?」
「うむぅっ……」
ドヤ顔でそう言うヴィオレッタに、ロロは口を噤む。
「まぁまぁ、二人共……」
「安心しろ、ロロ。そんな権限こいつは持ってないからな」
ロルフの言葉に表情をピクリとさせそっぽを向いたヴィオレッタに向かって、ロロはいーっと言うように舌を出す。
なぜか全ての費用を自分が負担しているのだからそれ位言わせてもらわねば、そう思いながらロルフも少し恨めしそうにヴィオレッタの背中を見た。ヴィオレッタの方が金を持っているだろうに。
そんな中、一人ソワソワとしながらモモが「あ、あの」と人混みを指さしながら口を開いた。
「なんだかお二人の来た方向が騒がしい気がするんですけど……何かあったんでしょうか?」
モモのその言葉に、ロルフは先程受付の男からされた探し人についての問いかけを思い出す。
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