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story .04 *** 忍び寄る影、崩れ去る日常
scene .20 乗船手形
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「ねー! パパー! お客さーん!」
店に入ると、ライザは扉が閉じるよりも先に店の奥の方へ向かってそう呼びかけた。
「客? んなもん呼んで……てぇ、おい。今度はえれぇべっぴんさんを連れてきたじゃねぇか!」
「あら、そんなこと言っても何も出なくてよ」
ライザの呼びかけにキッチンの方から出てきたリェフは、ヴィオレッタの顔を見るや否や目を丸くしてそう言った。そして言われたヴィオレッタもまんざらでない様子でそれに答えている。
しかしまぁ、何百回、何千回と言われていそうな言葉に、よく毎度同じように喜べるものだ。二人から少し遅れて店に入ったロルフは、半ば呆れながら扉を閉めた。でもまぁ、ある意味見習うべきところでもあるのかもしれないが。
「かの有名なヴィオレッタ様だよ? 当たり前……んじゃなくて! ロルフ達が海を渡りたいんだって」
「海だぁ? 何だってそんな……んなことより」
「昔おじいが使ってた手形とかない?」
いつもの如く長話を始めようとするリェフであったが、それを察したライザが会話の主導権を奪い取るようにして本題に切り込んだ。
そして、ヴィオレッタからリェフを引き剥がすようにぐいぐいと背中を押すと、倉庫の方へと追いやっていく。
「んあぁ? お、おい……ってまぁ、あるかもしれねぇけどな……」
リェフは振り返りながら名残惜しそうな表情をしたが、諦めたように倉庫へと向かって行った。
そんな一連の様子を眺めつつ、ロルフは近くの椅子に腰かける。そして、この場はライザに任せておけば問題ないだろう、そんなことを思って間もなくだった。
今倉庫へと入っていったかと思ったリェフが、数分も経たないうちに一枚の板切れを手に部屋へと戻ってきた。そして真っ直ぐとロルフの前へ歩いてくると、板切れに書かれた文字を見せつけた。
「乗船手形――グインミッテ貿易港?」
その板切れにはそう刻まれていた。
――グインミッテ貿易港。その港へ行けば見つからない物はないと言われている、大陸……いや、世界最大の貿易港だ。
ロルフ達の住むこの緑の大陸だけでなく、世界中の物資が集められ、それがまた世界中へと分配されていく、世界の物流の中心と言えるだろう。
そんな港の船の乗船手形をなぜ一介の魔道具屋が持っているのだろうか。
「すげぇだろ。――っつってな。なんだって、一昔前は物売りが申請すりゃ誰でも貰えたって話だ。当時はどいつも夢を売り買いしてるっつって目輝かせて交渉しあってたっけな。そんとき俺はガキだったが、あの興奮は忘れられねぇ……今じゃお高くとまった連中の巣窟になっちまったみてぇだどな!」
ロルフが抱いた疑問に答えるかのように、ガハハと笑いながらリェフがそう言った。
そんなリェフの横から覗き込むようにして手形を見たヴィオレッタが疑問を口にする。
「それで? その貿易港からは白水の大陸への船は出ているのかしら?」
リェフは楽しそうにヴィオレッタの方へ視線をやると、「お、いい質問だぜべっぴんさん」そう言って机に手をついた。
「白水の大陸はもちろん、この緑の大陸にある全ての港にだって繋がってるぜ。それどころか山吹の大陸にも、昔は灰の――科学大陸にも直接船が出てたらしい」
「……ふぅん、そう」
リェフの回答に一瞬ピクリとしたヴィオレッタだったが、手形から視線を外すと追加の質問を投げかけた。
「今は直接の船はないのよね?」
得意気に答えたにもかかわらず素っ気ない反応だったのが寂しかったのか、リェフは一瞬口を斜めに歪ませると、ヴィオレッタの質問に「まぁ、そういうこったな」そう答えた。
そしてリェフは気を取り直すようにロルフの方に向き直り、手形で、手形を持っていない方の手を叩きながら言った。
「爺さんから店を受け継いだ時こいつも貰ったんだがな、今はこんな景気だしな。使うこともなくただ置いてあるだけになってたんだ。良かったら持ってけよ」
そしてひょいっと手形をロルフに投げ渡すと、「今でも使えるんかわからねぇけどな!」そう付け足してニカっと笑った。
「でも大切なものなんじゃ? 本当にいいんですか?」
「おぅ、使わないくらいなら誰かにくれてやった方がいいだろ?」
優しく笑いかけてくるリェフに、ロルフがコンメル・フェルシュタットでの出来事を話すべきか悩んでいると、
「おお、待った待った。詳しくは聞かねぇよ。困ったときゃ互様な。こんな世になっても海を渡りたいなんて、ロマン溢れるじゃねぇか。……無事済んだら聞かせてくれな、面白ぇ話をよ」
リェフがそう言ってロルフの両肩を挟みこむようにドンっと叩いた。
店に入ると、ライザは扉が閉じるよりも先に店の奥の方へ向かってそう呼びかけた。
「客? んなもん呼んで……てぇ、おい。今度はえれぇべっぴんさんを連れてきたじゃねぇか!」
「あら、そんなこと言っても何も出なくてよ」
ライザの呼びかけにキッチンの方から出てきたリェフは、ヴィオレッタの顔を見るや否や目を丸くしてそう言った。そして言われたヴィオレッタもまんざらでない様子でそれに答えている。
しかしまぁ、何百回、何千回と言われていそうな言葉に、よく毎度同じように喜べるものだ。二人から少し遅れて店に入ったロルフは、半ば呆れながら扉を閉めた。でもまぁ、ある意味見習うべきところでもあるのかもしれないが。
「かの有名なヴィオレッタ様だよ? 当たり前……んじゃなくて! ロルフ達が海を渡りたいんだって」
「海だぁ? 何だってそんな……んなことより」
「昔おじいが使ってた手形とかない?」
いつもの如く長話を始めようとするリェフであったが、それを察したライザが会話の主導権を奪い取るようにして本題に切り込んだ。
そして、ヴィオレッタからリェフを引き剥がすようにぐいぐいと背中を押すと、倉庫の方へと追いやっていく。
「んあぁ? お、おい……ってまぁ、あるかもしれねぇけどな……」
リェフは振り返りながら名残惜しそうな表情をしたが、諦めたように倉庫へと向かって行った。
そんな一連の様子を眺めつつ、ロルフは近くの椅子に腰かける。そして、この場はライザに任せておけば問題ないだろう、そんなことを思って間もなくだった。
今倉庫へと入っていったかと思ったリェフが、数分も経たないうちに一枚の板切れを手に部屋へと戻ってきた。そして真っ直ぐとロルフの前へ歩いてくると、板切れに書かれた文字を見せつけた。
「乗船手形――グインミッテ貿易港?」
その板切れにはそう刻まれていた。
――グインミッテ貿易港。その港へ行けば見つからない物はないと言われている、大陸……いや、世界最大の貿易港だ。
ロルフ達の住むこの緑の大陸だけでなく、世界中の物資が集められ、それがまた世界中へと分配されていく、世界の物流の中心と言えるだろう。
そんな港の船の乗船手形をなぜ一介の魔道具屋が持っているのだろうか。
「すげぇだろ。――っつってな。なんだって、一昔前は物売りが申請すりゃ誰でも貰えたって話だ。当時はどいつも夢を売り買いしてるっつって目輝かせて交渉しあってたっけな。そんとき俺はガキだったが、あの興奮は忘れられねぇ……今じゃお高くとまった連中の巣窟になっちまったみてぇだどな!」
ロルフが抱いた疑問に答えるかのように、ガハハと笑いながらリェフがそう言った。
そんなリェフの横から覗き込むようにして手形を見たヴィオレッタが疑問を口にする。
「それで? その貿易港からは白水の大陸への船は出ているのかしら?」
リェフは楽しそうにヴィオレッタの方へ視線をやると、「お、いい質問だぜべっぴんさん」そう言って机に手をついた。
「白水の大陸はもちろん、この緑の大陸にある全ての港にだって繋がってるぜ。それどころか山吹の大陸にも、昔は灰の――科学大陸にも直接船が出てたらしい」
「……ふぅん、そう」
リェフの回答に一瞬ピクリとしたヴィオレッタだったが、手形から視線を外すと追加の質問を投げかけた。
「今は直接の船はないのよね?」
得意気に答えたにもかかわらず素っ気ない反応だったのが寂しかったのか、リェフは一瞬口を斜めに歪ませると、ヴィオレッタの質問に「まぁ、そういうこったな」そう答えた。
そしてリェフは気を取り直すようにロルフの方に向き直り、手形で、手形を持っていない方の手を叩きながら言った。
「爺さんから店を受け継いだ時こいつも貰ったんだがな、今はこんな景気だしな。使うこともなくただ置いてあるだけになってたんだ。良かったら持ってけよ」
そしてひょいっと手形をロルフに投げ渡すと、「今でも使えるんかわからねぇけどな!」そう付け足してニカっと笑った。
「でも大切なものなんじゃ? 本当にいいんですか?」
「おぅ、使わないくらいなら誰かにくれてやった方がいいだろ?」
優しく笑いかけてくるリェフに、ロルフがコンメル・フェルシュタットでの出来事を話すべきか悩んでいると、
「おお、待った待った。詳しくは聞かねぇよ。困ったときゃ互様な。こんな世になっても海を渡りたいなんて、ロマン溢れるじゃねぇか。……無事済んだら聞かせてくれな、面白ぇ話をよ」
リェフがそう言ってロルフの両肩を挟みこむようにドンっと叩いた。
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