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story .04 *** 忍び寄る影、崩れ去る日常
scene .9 招かれざる
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「なんの薬だ?」
ロルフは渡された小瓶を軽く振る。淡い青色の小瓶の中には、赤褐色の液が入っているのだろうか。茶色のような、濁った紫のような、そんな色の液体がパチパチと弾ける様に輝いている。あまり見ない色のフェティシュだ。
「陣消しじゃよ」
陣消し――使わなくなった魔法陣に振りかけて使うフェティシュだ。短い時間で効果が切れ消滅する詠唱陣とは異なり、フェティシュを用いて手で描かれた魔法陣は永続的に使用することができる。それだけを聞くと一見便利なようだが、放置された魔法陣が暴走し悪影響が起きる、はたまた悪用される、などという事故や事件が稀に起きるので、不要となった陣はこの陣消しのフェティシュによって消滅させる必要がある。
だがしかし、そんな物を何に使うのか、ロルフの抱いたその疑問はすぐに解けることとなった。
店の扉を見据えるゴルトが、テーブルの上から高級なフェティシュと呪物のみを取り胸元へ差し込み、
「ふん……招かれざる者たちが辺りをうろついているみたいじゃの」
そう呟いた次の瞬間だった。
内側に開くはずの店の扉が、近くの壁を巻き添えにしながら外側へと飛んで行ったかと思うと、向かいに建つ店の壁にぶつかり大破した。
「なっ……!!」
突然の、しかも普通では起こり得ない出来事を目の当たりにして唖然とするロルフに、ゴルトは落ち着き払った様子で言う。
「皆を連れて実験室横の部屋の陣から屋敷へお飛び。その後するべきことは分かるね」
ロルフが差し出された小さな鍵を受け取ると、ゴルトは僅かに口角を上げた。
皆を連れてと言われても他の連中はどこにいるんだ? いつもならそんなことを思うところだが、今のロルフにはそんな疑問を抱いている余裕はなかった。あるのは、すでに遠い昔の出来事として忘れ去ろうとしていたマンティコアとの戦闘、あの時と同等の緊張感のみだ。
ジリ……ジリ……という、ガラス片を踏みにじるような音が、少しずつロルフ達に近づいて来る。そして、薄れてきた粉塵の中から、扉を破壊した犯人の姿が徐々に現れた。
「リージア!?」
「よっ、昨日ぶりだねぇ、おにーさん」
パンパンと手を叩きながら笑うその人物は、紛れもなく昨日まで共に過ごしていたリージアだった。
見知った顔の登場に一歩前へ出ようとするロルフであったが、なぜかそれをゴルトが手で制した。いつもの薄笑いはどこへ行ったのか、その表情は真剣な面持ちだ。
「扉の開け方すら忘れてしまったか? リージア」
「あっは! 私のこと覚えてるんだねぇ」
悠然と嫌味を言うゴルトに、リージアは手を広げ楽しそうにそう答える。
だが、その笑いが心からでのものではない事はその瞳が物語っていた。
ゴルトを睨みつけるリージアの瞳は、見られていないロルフさえも思わず息をのむ程の鋭さだ。その姿に覚えた、わずかな違和感の原因を探しながら、ロルフは平静を装いゴルトに声をかける。
「知り合いなのか?」
「そなたの気にするところでは有らぬ。ただの古い友人じゃよ」
ゴルトはそう言うが、少なくともリージアはゴルトに友好的な感情を持ってはいないだろう。
と、突然リージアが首をガクンと垂らし、ブツブツと何かを呟き始めた。
「あぁ……やっと、やっとだ……」
そして、顔を上げたリージアは、まるで今から親の仇を打てるかのような表情で笑っていた。
そんなリージアの動きに合わせて、胸元にある何かが光を反射する。
「それは……!」
首から胸の間に向けて通されている服飾の紐と一緒に、ペンダントがかけられていた。それは、遠目では細かくは分からないが、ロルフのつけているロケットペンダントのデザインとよく似ている。
「はは! やっぱ気づいた? 私もこれを見て確信したんだよね、何せこのペンダントは世界に三つしか存在しないんだから」
リージアは、ロルフの物に比べて多くの傷がつき年季が入ったペンダントを優しく握ると、軽く目を瞑る。
「お兄さんとすれ違った時、本当にびっくりしたよ。神様っているんだなって思ってさ」
自分に言い聞かせるような、細く小さい声でそう言うと、リージアは広げた掌に乗ったペンダントを見つめた。
「だからきっと、こうなる事は決まってたんだ」
ぎゅっとペンダントを握り、顔を上げたリージアの瞳は、迷いなくゴルトを捉えている。
「だからお前を殺す」
「ちょっと待て! 何のためにそんな……」
「何のため? あぁそうだ。これは関係ない事なんだけどさ……」
殺すという単語に思わず声を上げたロルフに、リージアは、ゴルトから視線を外すことなくポケットから出した小型の連絡用水晶を見せる様に軽く振った。
「そう言えば私、お兄さんに恨みがある人から雇われててね。人のことより自分の事心配した方がいいと思うなぁ。……そいつ私よりずっとヤバい奴だし」
その言葉を言い終えるか否か、リージアの背後からは何人もの……いや、何十体ものロボットが姿を現した。
「あ、そうそう、助かったよ! ご丁寧に案内までしてもらっちゃって!」
ロボットの隙間から、何やら暴れる獣人らしき姿が見える。
「シャル!」
少しずつ前に出てくた数体のロボットには、それぞれ一人ずつ仲間が捉えられていた。全員が後ろ手にロボットに拘束され、布を噛まされている。
「ん゛~~~! ん゛~ん゛~~~~!」
足をばたつかせながら、涙目で必死に何かを訴えかけようとするシャルロッテを、モモが心配そうに見つめている。危害を加えられている様子はなさそうだが、この状況では逃げるどころではないだろう。
降伏する他ないか、ロルフがそう思った時だった。
ロルフは渡された小瓶を軽く振る。淡い青色の小瓶の中には、赤褐色の液が入っているのだろうか。茶色のような、濁った紫のような、そんな色の液体がパチパチと弾ける様に輝いている。あまり見ない色のフェティシュだ。
「陣消しじゃよ」
陣消し――使わなくなった魔法陣に振りかけて使うフェティシュだ。短い時間で効果が切れ消滅する詠唱陣とは異なり、フェティシュを用いて手で描かれた魔法陣は永続的に使用することができる。それだけを聞くと一見便利なようだが、放置された魔法陣が暴走し悪影響が起きる、はたまた悪用される、などという事故や事件が稀に起きるので、不要となった陣はこの陣消しのフェティシュによって消滅させる必要がある。
だがしかし、そんな物を何に使うのか、ロルフの抱いたその疑問はすぐに解けることとなった。
店の扉を見据えるゴルトが、テーブルの上から高級なフェティシュと呪物のみを取り胸元へ差し込み、
「ふん……招かれざる者たちが辺りをうろついているみたいじゃの」
そう呟いた次の瞬間だった。
内側に開くはずの店の扉が、近くの壁を巻き添えにしながら外側へと飛んで行ったかと思うと、向かいに建つ店の壁にぶつかり大破した。
「なっ……!!」
突然の、しかも普通では起こり得ない出来事を目の当たりにして唖然とするロルフに、ゴルトは落ち着き払った様子で言う。
「皆を連れて実験室横の部屋の陣から屋敷へお飛び。その後するべきことは分かるね」
ロルフが差し出された小さな鍵を受け取ると、ゴルトは僅かに口角を上げた。
皆を連れてと言われても他の連中はどこにいるんだ? いつもならそんなことを思うところだが、今のロルフにはそんな疑問を抱いている余裕はなかった。あるのは、すでに遠い昔の出来事として忘れ去ろうとしていたマンティコアとの戦闘、あの時と同等の緊張感のみだ。
ジリ……ジリ……という、ガラス片を踏みにじるような音が、少しずつロルフ達に近づいて来る。そして、薄れてきた粉塵の中から、扉を破壊した犯人の姿が徐々に現れた。
「リージア!?」
「よっ、昨日ぶりだねぇ、おにーさん」
パンパンと手を叩きながら笑うその人物は、紛れもなく昨日まで共に過ごしていたリージアだった。
見知った顔の登場に一歩前へ出ようとするロルフであったが、なぜかそれをゴルトが手で制した。いつもの薄笑いはどこへ行ったのか、その表情は真剣な面持ちだ。
「扉の開け方すら忘れてしまったか? リージア」
「あっは! 私のこと覚えてるんだねぇ」
悠然と嫌味を言うゴルトに、リージアは手を広げ楽しそうにそう答える。
だが、その笑いが心からでのものではない事はその瞳が物語っていた。
ゴルトを睨みつけるリージアの瞳は、見られていないロルフさえも思わず息をのむ程の鋭さだ。その姿に覚えた、わずかな違和感の原因を探しながら、ロルフは平静を装いゴルトに声をかける。
「知り合いなのか?」
「そなたの気にするところでは有らぬ。ただの古い友人じゃよ」
ゴルトはそう言うが、少なくともリージアはゴルトに友好的な感情を持ってはいないだろう。
と、突然リージアが首をガクンと垂らし、ブツブツと何かを呟き始めた。
「あぁ……やっと、やっとだ……」
そして、顔を上げたリージアは、まるで今から親の仇を打てるかのような表情で笑っていた。
そんなリージアの動きに合わせて、胸元にある何かが光を反射する。
「それは……!」
首から胸の間に向けて通されている服飾の紐と一緒に、ペンダントがかけられていた。それは、遠目では細かくは分からないが、ロルフのつけているロケットペンダントのデザインとよく似ている。
「はは! やっぱ気づいた? 私もこれを見て確信したんだよね、何せこのペンダントは世界に三つしか存在しないんだから」
リージアは、ロルフの物に比べて多くの傷がつき年季が入ったペンダントを優しく握ると、軽く目を瞑る。
「お兄さんとすれ違った時、本当にびっくりしたよ。神様っているんだなって思ってさ」
自分に言い聞かせるような、細く小さい声でそう言うと、リージアは広げた掌に乗ったペンダントを見つめた。
「だからきっと、こうなる事は決まってたんだ」
ぎゅっとペンダントを握り、顔を上げたリージアの瞳は、迷いなくゴルトを捉えている。
「だからお前を殺す」
「ちょっと待て! 何のためにそんな……」
「何のため? あぁそうだ。これは関係ない事なんだけどさ……」
殺すという単語に思わず声を上げたロルフに、リージアは、ゴルトから視線を外すことなくポケットから出した小型の連絡用水晶を見せる様に軽く振った。
「そう言えば私、お兄さんに恨みがある人から雇われててね。人のことより自分の事心配した方がいいと思うなぁ。……そいつ私よりずっとヤバい奴だし」
その言葉を言い終えるか否か、リージアの背後からは何人もの……いや、何十体ものロボットが姿を現した。
「あ、そうそう、助かったよ! ご丁寧に案内までしてもらっちゃって!」
ロボットの隙間から、何やら暴れる獣人らしき姿が見える。
「シャル!」
少しずつ前に出てくた数体のロボットには、それぞれ一人ずつ仲間が捉えられていた。全員が後ろ手にロボットに拘束され、布を噛まされている。
「ん゛~~~! ん゛~ん゛~~~~!」
足をばたつかせながら、涙目で必死に何かを訴えかけようとするシャルロッテを、モモが心配そうに見つめている。危害を加えられている様子はなさそうだが、この状況では逃げるどころではないだろう。
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