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story .04 *** 忍び寄る影、崩れ去る日常
scene .1 家路
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「うぅ……お腹が空いてもう歩けないよぉ……」
アルテトを後にした一行は、モクポルトへ戻るべく今までにも何度か通った道を歩いていた。
ドタバタと村を出てきたため、朝食を取るのをすっかり忘れてしまったのだが、それに気づいたのはシャルロッテがこの言葉を口にするようになったからである。
お腹を押さえてうな垂れるシャルロッテに、モモが「モクポルトについたらご飯だよ!」と元気づけているが、その距離を知っている彼女にそんな言葉はちっとも効果がないようだ。
と、そこで前を歩くロロがクルッと後ろを向いた。
「もう、だらしがないわね。これ、あげる。一つしかないけど」
差し出された少女の小さな手の平にちょこんと乗っていたのは、先日二人が取り合いをしていたお菓子だった。
「え! いいの!」
そう言いながらシャルロッテがお菓子を取ろうすると、ロロはさっと手を引く。
「ただし!」
「はい!」
「もう疲れただのお腹空いただの言わないこと! こっちまで疲れちゃうのよ」
「はーい! わかった!」
シャルロッテは受け取ったお菓子を口に入れ、満足そうにモグモグ口を動かしている。
毎度のことながら、どちらが年上なのか本当にわからなくなりそうだ。
「お腹が空いたと言えばさ、あのマンティコアはどうしたんだい? まさか猛獣達の餌にしちゃったとか?」
なぜか成り行きでロルフ達についてきているリージアがヴィオレッタに問う。
今回の件での功労の見返りに、長めの休みがもらえたらしい。
「嫌だわリージア。彼女はモンスターとは言え生きているのよ。そんなひどい事しないわ」
「さっすがヴィオレッタ様。一流は言う事が違うねぇ」
まぁね、とでも言いたげに、ヴィオレッタはふふんと得意気に笑う。
「アルテトの近くに枯れた森があったじゃない? そこに、ここまで来るのに乗ってきたヴェロべスティを繋いでいたのだけど、あそこが彼女の住処だったみたいでね」
ヴィオレッタは一呼吸おき言葉を続ける。
「でもあんなところにいたら日々の糧すら得られず力尽きてしまう。だからと言って、遠く元居た場所に戻ろうにも体力が持たない。そこで、スエーニョ・デ・エストレーラに連れ帰る事にしたのよ」
「えっ、今もヴェロベスティとマンティコアはあの森にいるんですか?」
思わず問いかけたクロンに、ヴィオレッタは優しく微笑む。
「あぁん心配よねぇ、クロン。でもそこのところは大丈夫。ちゃんとワタシの部下が回収しに来るから」
語尾にハートマークを付けながら小走りで近づいて来るヴィオレッタに、クロンは安堵と困惑の入り混じった不思議な表情をした。
「そう言えば。住処に侵入してきた輩を追い返そうと思った所を、そこにいる野蛮な男に引っぱたかれたって言ってたわね」
横目でロルフを見るヴィオレッタは、小さく肩をすくめ呆れたように首を振る。
「前々から思っていたけれどアナタ、女性に対する礼儀が全くなっていないのではないかしら?」
「はぁ?」
不意に向けられた敵意に、思わず不満そうな声が口を突いて出る。ロルフは慌てて口元を手で押さえるが遅かったようだ。
「そう言う所よ、そう言うトコロ! まぁいいわ、で、何なの? さっきから向けてくるその厭らしい視線は」
「いや、その……」
タイミングを計っていただけなのだが、そんな風に思われていたとは。
心外だ、そう思いつつもロルフは素直にポーチから小さな布袋を取りだし、ヴィオレッタに手渡した。
「これを渡そうと思ってな」
「なによ、これ」
煙巻陣……知っている人物でも、術がかかってから最初に認知されるまでそれが誰であるか気づきにくくする陣だ。ヴィオレッタに渡した布袋の中には、熱や衝撃に強い魔紙にその陣を書いたものが入れてある。
正体がバレて騒ぎになられても困るからと思ったのだが、当人はそれこそ志向という人物だ。素直にいう訳にも……
「あ! 私知ってます! 昔狩りなどをしていた時代にお守りとして持っていたものですよね。腰や首などに括り付けておくといいそうですよ」
「ふぅん……」
モモの説明に、ヴィオレッタは布袋をじっとりと眺める。
「まぁ悪い気はしないわね。いいわ、持っていてあげる」
ロルフとしては陣をそのまま渡すのは気が引けたため袋に入れただけだったのだが、それが功を奏したらしい。モモのお陰で昔ながらのお守りという事になってくれたようだ。
無事受け取ってもらえてホッとしたのも束の間、ロルフにロロの視線が突き刺さる。
「何よ、結局男ってそうなんだわ! ボンキュッボンなら誰でもいいって訳ね!」
絵に描いたような不機嫌顔でロロが文句を言う。
「待て、何の話だ? どうしたんだ急に」
「しらばっくれたって無駄! いくら鈍感でもこんな分かりやすいの気づくってもんだわ!」
数秒の間があった後、ロルフは激しい後悔の念に駆られた。
そんな気はさらさらなかった訳だが、確かにヴィオレッタだけに“お守りを”渡すと言うのはそう受け取られても仕方のないことかもしれない。
「わ、分かった! あとでロロにも作ってやろうな」
「いいなぁ! 私も~!」
「おっじゃぁお姉さんも便乗しちゃおうかな?」
本意ではない盛り上がりに、ロルフは頭を抱える。魔法陣と言うのは一つ書くのにも大変な労力がかかるのだ。
そんなこととは知らぬシャルロッテ達の期待と、ロロとリージアからの理不尽な茶化しに、平坦なはずのモクポルトまでの道のりはロルフにとってひどく疲れるものとなったのであった。
アルテトを後にした一行は、モクポルトへ戻るべく今までにも何度か通った道を歩いていた。
ドタバタと村を出てきたため、朝食を取るのをすっかり忘れてしまったのだが、それに気づいたのはシャルロッテがこの言葉を口にするようになったからである。
お腹を押さえてうな垂れるシャルロッテに、モモが「モクポルトについたらご飯だよ!」と元気づけているが、その距離を知っている彼女にそんな言葉はちっとも効果がないようだ。
と、そこで前を歩くロロがクルッと後ろを向いた。
「もう、だらしがないわね。これ、あげる。一つしかないけど」
差し出された少女の小さな手の平にちょこんと乗っていたのは、先日二人が取り合いをしていたお菓子だった。
「え! いいの!」
そう言いながらシャルロッテがお菓子を取ろうすると、ロロはさっと手を引く。
「ただし!」
「はい!」
「もう疲れただのお腹空いただの言わないこと! こっちまで疲れちゃうのよ」
「はーい! わかった!」
シャルロッテは受け取ったお菓子を口に入れ、満足そうにモグモグ口を動かしている。
毎度のことながら、どちらが年上なのか本当にわからなくなりそうだ。
「お腹が空いたと言えばさ、あのマンティコアはどうしたんだい? まさか猛獣達の餌にしちゃったとか?」
なぜか成り行きでロルフ達についてきているリージアがヴィオレッタに問う。
今回の件での功労の見返りに、長めの休みがもらえたらしい。
「嫌だわリージア。彼女はモンスターとは言え生きているのよ。そんなひどい事しないわ」
「さっすがヴィオレッタ様。一流は言う事が違うねぇ」
まぁね、とでも言いたげに、ヴィオレッタはふふんと得意気に笑う。
「アルテトの近くに枯れた森があったじゃない? そこに、ここまで来るのに乗ってきたヴェロべスティを繋いでいたのだけど、あそこが彼女の住処だったみたいでね」
ヴィオレッタは一呼吸おき言葉を続ける。
「でもあんなところにいたら日々の糧すら得られず力尽きてしまう。だからと言って、遠く元居た場所に戻ろうにも体力が持たない。そこで、スエーニョ・デ・エストレーラに連れ帰る事にしたのよ」
「えっ、今もヴェロベスティとマンティコアはあの森にいるんですか?」
思わず問いかけたクロンに、ヴィオレッタは優しく微笑む。
「あぁん心配よねぇ、クロン。でもそこのところは大丈夫。ちゃんとワタシの部下が回収しに来るから」
語尾にハートマークを付けながら小走りで近づいて来るヴィオレッタに、クロンは安堵と困惑の入り混じった不思議な表情をした。
「そう言えば。住処に侵入してきた輩を追い返そうと思った所を、そこにいる野蛮な男に引っぱたかれたって言ってたわね」
横目でロルフを見るヴィオレッタは、小さく肩をすくめ呆れたように首を振る。
「前々から思っていたけれどアナタ、女性に対する礼儀が全くなっていないのではないかしら?」
「はぁ?」
不意に向けられた敵意に、思わず不満そうな声が口を突いて出る。ロルフは慌てて口元を手で押さえるが遅かったようだ。
「そう言う所よ、そう言うトコロ! まぁいいわ、で、何なの? さっきから向けてくるその厭らしい視線は」
「いや、その……」
タイミングを計っていただけなのだが、そんな風に思われていたとは。
心外だ、そう思いつつもロルフは素直にポーチから小さな布袋を取りだし、ヴィオレッタに手渡した。
「これを渡そうと思ってな」
「なによ、これ」
煙巻陣……知っている人物でも、術がかかってから最初に認知されるまでそれが誰であるか気づきにくくする陣だ。ヴィオレッタに渡した布袋の中には、熱や衝撃に強い魔紙にその陣を書いたものが入れてある。
正体がバレて騒ぎになられても困るからと思ったのだが、当人はそれこそ志向という人物だ。素直にいう訳にも……
「あ! 私知ってます! 昔狩りなどをしていた時代にお守りとして持っていたものですよね。腰や首などに括り付けておくといいそうですよ」
「ふぅん……」
モモの説明に、ヴィオレッタは布袋をじっとりと眺める。
「まぁ悪い気はしないわね。いいわ、持っていてあげる」
ロルフとしては陣をそのまま渡すのは気が引けたため袋に入れただけだったのだが、それが功を奏したらしい。モモのお陰で昔ながらのお守りという事になってくれたようだ。
無事受け取ってもらえてホッとしたのも束の間、ロルフにロロの視線が突き刺さる。
「何よ、結局男ってそうなんだわ! ボンキュッボンなら誰でもいいって訳ね!」
絵に描いたような不機嫌顔でロロが文句を言う。
「待て、何の話だ? どうしたんだ急に」
「しらばっくれたって無駄! いくら鈍感でもこんな分かりやすいの気づくってもんだわ!」
数秒の間があった後、ロルフは激しい後悔の念に駆られた。
そんな気はさらさらなかった訳だが、確かにヴィオレッタだけに“お守りを”渡すと言うのはそう受け取られても仕方のないことかもしれない。
「わ、分かった! あとでロロにも作ってやろうな」
「いいなぁ! 私も~!」
「おっじゃぁお姉さんも便乗しちゃおうかな?」
本意ではない盛り上がりに、ロルフは頭を抱える。魔法陣と言うのは一つ書くのにも大変な労力がかかるのだ。
そんなこととは知らぬシャルロッテ達の期待と、ロロとリージアからの理不尽な茶化しに、平坦なはずのモクポルトまでの道のりはロルフにとってひどく疲れるものとなったのであった。
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