黒狼さんと白猫ちゃん

翔李のあ

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story .03 *** 貧窮化した村と世界的猛獣使い

scene .4 サーカス開幕

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 時は夕方。
 昼過ぎの騒動の後、モモの無事を確認した一行は、ライザの案内で村人たちの露店やサーカスの出している土産物屋を見て回った。そして現在、公演を観るべく入場列に並んでいる。

「ロルフが乗り気なんて珍しいこともあるものね。お土産もたくさん買ってくれちゃうし」

 身動きを一切取れない程に混みあった入場列で、満足げな笑顔を見せながら上を向くようにしてロロが言う。
 普段ませた態度を取っているロロが子供らしいはしゃぎっぷりを見せていたおかげで、ついロルフは財布の紐を緩めてしまったのだ。そのせいで、なぜか全員に色々なお土産を買わされる羽目になったのだが、冷静になった今、ロルフは何とも名状しがたい気分になっていた。

「それにしても、どうして今日の公演を観ることにしたんですか?」

 第一幕を見るべく集まった人々で、サーカステントの周りの人だかりはより一層密度を増していた。誰もが最も混み合いそうだと予想できる公演なのだが、この公演を観覧すると言い出したのはロルフだったりする。

「人がいっぱいいるとこ嫌いなのにね」

 クロンの質問に、シャルロッテが同調する。
 ロルフは一瞬返答に困った後、

「皆も早く観たかっただろ?」

 そうは言ったものの、別に公演を早く見たかった訳ではない。実は別の目的があった。と言うより、その目的のためにできるだけ早くサーカステントに入りたかったのだ。
 そんなことを考えながらロルフが列の前方に視線を向ける。本当はすぐにでもこの場から立ち去りたいくらいだ。

「入場開始しまぁす!」

 その言葉と共に、派手な服を着た立て耳のウサギ族の案内係が入り口のカーテンを開いた。そして慣れた手つきで列に並んだ客たちを中へ誘導していく。

「危ないものは持ち込みできませ~ん。カバンをお持ちの方は中を見せてくださいね。チケットはその後頂戴しまぁす」

 ロルフ達もゆっくりと動き出した列に身を任せ、前に進む。
 テントは二重構造になっているようで、荷物検査の後一枚目のカーテンをくぐると、二枚目のカーテンとの間にチケット回収係がこれまたにこやかに立っており、手際よくチケットを回収していた。

「い、いよいよなのね……!」

 通された席につくと、ロロが緊張した面持ちで背筋を伸ばしながらそう言う。他の面々も周りの客たちもこれから始まる公演に期待を寄せている様だ。
 ロルフ達が通されたのはステージの丁度正面辺り、少し後ろの位置だった。

「あ、この人!」

 チケットと交換するように入り口で手渡されたビラを眺めていたモモが、描かれた人物を指さす。その声に辺りを観察していたロルフもビラに視線を移した。
 今時珍しい手刷りのビラだ。あまり興味がなかったため大して気にも留めていなかったが、モクポルトにいるときから至る所に張られていた気もする。その中心に描かれているのは先程モモのポーチを取り返したヴィオレッタであった。

「もーじゅーつかい?」
「普通だと危険なモンスターを飼いならして芸をさせたりする人のことですね」
「さっき私のポーチを取り返してくれた時もモンスターと一緒だったでしょ?」
「なるほどー!」

 シャルロッテとクロン、モモが、ビラ裏面のキャスト一覧を見ながらそんな会話をしている。
 ――猛獣使い、か。何やら考えるようにビラを凝視しだしたロルフの横顔を、ロロが少し睨むかのように見つめていた。

「分かったわ! ロルフもヴィオレッタ様のこと好きになっちゃったのね? さっきもずぅぅうっと見ていたし!」
「俺が?」
「それ以外誰だっていうのよ」

 ロロは少し不満そうな表情になると、ふんっという様にビラに視線を落とした。ころころと機嫌の変わるところはまさに子供と言ったところだろうか。
 だが観察力はさすがなところで、実はその通りだった。と言うと語弊があるが、ロルフがテント内に入りたい理由はそれだった。
 このヴィオレッタという女性、服装や化粧の色味こそ違うが、ココット・アルクスに襲撃を仕掛けていた女性にそっくりだったのだ。
 土産物屋を見て回っている際、ロルフはさりげなく外側から内部へ入れないかと観察していたのだが、どうもテントの外側からはキャスト達のいる控室には入れない構造となっているようだった。それに加え、警備員らしき姿も複数見受けられたため、客として中に入ってみることにしたのだ。ヴィオレッタに接触できるとは限らないが、いつ現れるやもしれない外で待ちぼうけているよりはよいという判断だった。
 と、テント内の明りが一斉に消えた。そして、観客達が静まり返るのを見計らったかのようにステージ中央に立ったピエロ姿の男性にライトが向けられる。

「お集りの皆さま! 本日は遠いところ足をお運びいただきありがとうございます! 滑稽で愉快、そして壮大で迫力溢れるショーをどうぞ存分にお楽しみくださいませ!」
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