黒狼さんと白猫ちゃん

翔李のあ

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story .02 *** 旅の始まりと時の狭間

scene .19 サーカス観覧チケット

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「いやさ、皆よくあんなの見えてて普通にしてられるよね~私がおかしいんかな?」
「なっていく過程を見ていたからかしら? まぁ、よく考えてみたら変ね」

 各々ブュッフェ方式で選んできた昼食を口に運びながら、何気ない会話が進んでいく。
 この世界図書館旅行でリージアにからかわれ続けている気がするロルフは、小さくため息をついてシャルロッテの方を見た。今回は彼女もからかいの対象のはずなのだが、他の人の倍程はあるであろう料理を嬉しそうに頬張っている。……幸せそうで何よりだ。

「あ!」

 と、突然リージアが何かを思い出したかのように声を上げた。
 テーブルの上でくつろいでいたニュンフェ達が驚いたのか、慌ててモモの元に駆け寄っていく。その様子を見てリージアは笑いながら「ごめんごめん、びっくりさせちゃったね」と謝ると、全員の顔を見ながら尋ねた。

「そう言えば、皆は明日シトラディオ・パラドに行くんだっけ?」
「そうなのよ! ずるいわよね、うらやましいわ」

 シトラディオ・パラドに誰よりも行きたいロロが食い気味にそう答える。
 このことについて、昨日から何度もしつこく掛け合ってくるロロを、ロルフはその度に説得していた。どうにか今は納得してくれている様だが、帰るまでの間にまた交渉でも持ち掛けてくるのではないかと実は内心ひやひやしていたりする。
 そんなロルフの苦労を知ってか知らずか、リージアは際どい質問を投げかけた。

「あれ? ロロ達は行かないの?」
「だってロルフがダメだって言うのよ。お子様はお家に帰れって」
「ロロ、そんな言い方したらだめだよ。元々世界図書館までって約束でしょ?」

 普段意見など滅多にしない兄の言葉に、ロロは頬をぷぅっと膨らませる。それを見たロルフは、開きかけた口を閉じた。
 クロンは普段頼りなさそうに見えるが、いざという時はしっかり兄としてロロに意見をしてくれる。子供の扱いが苦手なロルフにとって、とても頼りになる存在だ。

「ふぅん、そっか……まぁいいや。そのシトラディオ・パラドだけど、明日から有名なサーカス団が来るんだよね」
「スエーニョ・デ・エストレーラ、でしたっけ?」

 シャルロッテの頬についた汚れをナプキンでふき取りながらモモが答えると、リージアの目がキラリと光った。

「お! そうそう! よく知ってるね! 見に行く予定なんて言うのは……」
「ふぁいふぁい! みふぁい!」
「行儀が悪いぞシャルロッテ」

 静かに食事をしていたと思いきや、会話は聞いていたらしい。口に食べ物が入ったまま元気よく返事をしたシャルロッテを軽く注意し、ロルフが答える。

「もしタイミングが合えば、ですかね」
「もーしかして当日チケット狙ってたりする?」

 ロルフの言葉に、うんうん、と大袈裟に頷きながらリージアは質問する。
 その質問に対してロロの気持ちを揺らがせない答えを探すため、一瞬言葉に詰まったのが良くなかった。自信ありげにその間の意味を履き違えたリージアは、

「おっと! その顔は図星だねぇ?」

 と言いながら、ちっちっちと人差し指を立て横に振った。どうしてこうも自分の周りの年上の女性は、自分の都合の良いように物事を解釈したがるのだろうか……そう思いながら、ロルフが否定するべく口を開いた時だった。
 リージアが突然立ち上がり、自らも団員であるかの様な演技がかったポーズで売り文句を言いだした。

「甘い……甘いよお兄さん! スエーニョ・デ・エストレーラの人気はそんじょそこらの劇団の人気とは比べ物にならないよ! 大陸中……いや、世界中からお客が集まると言っても過言じゃない! なぜなら……」

 何事かと他の乗客達もこちらに視線を向けだすが、そんなことはお構いなしに、リージアは水をひと口飲むと、

「錆びついた村も、忘れ去られた村も、スエーニョ・デ・エストレーラが来団すれば最盛期に舞い戻る! とさえ言われてるんだからね!」

 と言い放った。そんなリージアを、ロロとシャルロッテはキラキラした瞳で見つめている。
 が、ロルフは頭を抱えたくなった。他の乗客達の視線が非常に痛い。

「……で、リージアさんは何が言いたいんです? そのスエーニョ……サーカス団の話がしたい訳じゃないですよね」
「――ロルフは冷めてるねぇ……そんなすごいサーカス団な訳で、連日チケットも即売り切れ! 当日券なんて買える訳ないんだけど……」

 注目を集めることに満足したのか、ロルフの冷め具合に我を取り戻したのか、リージアは椅子に座ると、何やらポケットをまさぐり始めた。そして、「じゃん!」と言いながらトランプ程の大きさの紙を数枚取り出した。

「もし時間に余裕があるなら行かないかなぁと思ってさ」

 リージアのことを見つめていたシャルロッテとロロ、そしてリージアの正面に座っているモモの瞳が輝く。そんな三人とは相反して、ロルフは頭を抱えた。

「いやぁ本当は仕事仲間と行こうと計画してたわけだけど、ちょっち仕事が入っちゃってね。これがまた外せない大事な仕事って訳。――ってロルフはなんだか嬉しくなさそうだね」
「あーいえ……でも、出会って間もない俺達が貰ってしまっていいんですか? 入手するのに相当苦労してそうですけど……」

 人込みや騒がしい場所があまり好きではないロルフとしては、正直なところサーカスは見られなくてよいと思っていた。そして何より、目の前にチケットまで出されたロロが、このまま大人しく家に帰ってくれる気がしない。

「いいよいいよ、チケットの枚数とお兄さんたちの人数はぴったり! これも何かの縁だと思ってね」
「そう……ですよね」

 渋々ながらもロルフがチケットを受け取ったのを確認すると、リージアは言う。

「ま、また会った時にでも感想聞かせてよ」
「……わかりました」
「ちなみにだけどさ」

 こうなってしまってはサーカスを見に行くほかないだろう。どちらにしてもシトラディオ・パラドに滞在しなくてはならないだろうし……そう思いながら半ば諦め気味にチケットをしまうと、ロルフはモモに向けて嬉しそうに話すシャルロッテをちらりと見た。何よりこの笑顔に弱いのだ。

「五枚あるんだよね、チケット。だからロロ達も連れてってやれば?」
「はい?」
「さすがリージアね! それがいいわ! そう来なくっちゃ!」

 ロルフの返答は、ロロのバン! という机を叩く音にかき消された。
 珍しく話を聞いておらず、何を問われたのかわかっていないロルフであったが、ロロのこの反応を見れば一目瞭然というものだ。

「それは、」
「親御さんが心配するって話でしょ?」

 それ以外にも理由はなくはないのだが、一番の理由とすればその通りである。

「アルテトは知り合いが多くてね、今夜寄らないといけないし。伝えとくよ」

 リージアはそう言うと、任せておいてとばかりに自分の胸元をこぶしでとんと叩いた。
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