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第二十二章 マリエと名乗る少女とともに

4 わたくし精霊使いとして半端者ですの?

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 精霊使いとしては、決して極められない……。

 にわかには納得しかねるマリエの言葉を聞いて、アリツェは口元を歪めた。

「詳しく、お聞かせ願いますか……」

 動揺を隠せない。アリツェの声は震えた。

「もちろんさ」

 一方で、マリエはこれといった表情も浮かべず、淡々と説明を始めた。

「さっき、殿下とアリツェちゃんについて、性別以外はまったく同一の遺伝情報をもっているって、話したよね?」

 アリツェとラディムはうなずいた。

「だからわたくしとお兄様は、性別を除けば、技能才能やステータスの上限値も含め、すべて同じになっているんですよね?」

 理解している情報が間違っていないか、アリツェは口に出してマリエに確認をする。

 微笑を浮かべるマリエの様子に、どうやら認識に誤りはないと判断した。

「ちょっと待ってくれ。アリツェとは身長や顔の作りが微妙に違うけれど、これはどうなんだ?」

 とそこに、ラディムが一つの疑問をさしはさむ。

 言われてみれば、ステータス上のスペックは同じはずなのに、身体の作りなどにいくつかの差異がある。どういうことだろうと、アリツェはマリエの目を注視した。

 マリエは腕を組んで考え込んでいる。ときおり、「うーん」とうなる声が漏れ聞こえた。

 アリツェはただ、無言で成り行きを見守る。

 しばらくすると、マリエは質問の答えが浮かんだのだろうか、組んでいた腕を解いた。

「おそらくは、性別の差異からくる違いってところじゃないかな? 例えば、性ホルモンによって、とか。細かい理由については、ごめん。僕にも、はっきりとは……」

 肩をすくめながら、マリエは口ごもる。

 マリエの言うように、性ホルモンによる影響からの差異であるならば、もしかしたら、ホルモンの影響がまだない幼いころのアリツェとラディムは、その姿が今以上に瓜二つだったのかもしれない。

 初めてアリツェがラディムと顔を合わせたのは十二歳。もうすでに、性ホルモンの影響が出始めていた時期だろう。当時、一卵性の双子だと気付けなかったのは、そのあたりが原因なのかもしれないと、アリツェは理解した。

「さて、遺伝関係については、今言ったような事情だね」

 マリエは言葉を切り、紅茶をひとくち口に含んだ。

 再び小部屋の中はしんと静まり返る。紅茶を飲み込むマリエの喉の音だけが、周囲に響きわたった。

「ところが、ね……」

 マリエはティーカップをソーサーに戻しながら、声を低くしてささやく。

「遺伝とは別のところで、殿下たちの双子化が、殿下たち自身に悪影響を及ぼしているみたいなんだ」

「別のところ、ですか? 正直な話、まったく想像がつきませんが……」

 口を歪めるマリエの様子を、アリツェは両手をぎゅうっと掴みながら見つめた。不安が頭をもたげはじめる。なんだか、手足がざわつく。

 息苦しさを感じて、アリツェは大きく息を吐きだした。ほんのわずかだが、気分が晴れる。

「もしかして、その『別のところ』が、アリツェやラディムが精霊使いを極められないっていう話と、関係してくるのかしら?」

「そう、そのとおりさ。さすがはクリスティーナ」

 クリスティーナが述べた推論を、マリエは手を叩きながら称賛した。

「簡単に言うよ。殿下とアリツェちゃんの精霊使いとしての才能は、双子化した瞬間に二つに分裂した」

 マリエは早口で一気にまくしたてる。

「え?」

 アリツェは一瞬、何を言われたのかがわからず、小首をかしげた。だが、次第に、あまり面白くない話をされたのだとわかってくる。

 精霊使いの才能の、分裂――。

「VRMMO《精霊たちの憂鬱》での、悠太君のプレイヤーキャラクターであったカレル・プリンツ。元々は、このキャラクターが持っていた精霊使いとしての才能のほとんどが、悠太君の転生体にそっくりと引き継がれるはずだったんだ。……使い魔を四匹使役し、精霊術の四属性同時展開も可能な、この世界最高の精霊使いとして、ね」

 マリエはちらりとクリスティーナに視線を遣り、「今のクリスティーナよりももっと大量の霊素を持った、唯一無二の精霊使いが、誕生するはずだったんだけどなぁ」と口にした。

 マリエのぼやきを聞いて、アリツェはラディムと見つめ合った。

 ラディムもアリツェと同様に戸惑っているのだろう。右手でクシャっと髪の毛を掻き毟っている。

「ところが! 双子化の影響で、四匹の使い魔のうちのミアとラースが殿下に、ルゥとペスがアリツェちゃんに、それぞれ振り分けられる結果となった」

 アリツェやラディムのような人格や記憶だけを移して生まれ変わった転生者とは違い、ペスたち使い魔はVRMMO《精霊たちの憂鬱》から直接、その身体ごと『転移』をしてきている。アリツェたちが双子に分裂したからといって、使い魔たちまで分裂できるはずもない。アリツェとラディム、それぞれに二体ずつ割り振られたのは、理解ができる。

 だが――

「その分、追加の使い魔を使役できるようになるのでは?」

 使い魔の使役枠は、精霊使いの熟練度レベルによるが、最大で五つ。レベルを地道に上げていけば、いずれは三体目、四体目の使い魔を新たに持てるはずだ。

「そこがねぇ、違うんだよ」

 マリエは人差し指を立てて左右に振り、否定した。

「残念ながら、カレルが扱っていた使い魔の使役権が二つに分裂した時に、併せて精霊使いの熟練度レベルの上限まで、半分に分割されてしまった」

 アリツェは椅子から転げ落ちそうになった。

「だから、二人はどんなに頑張っても、精霊使いとしての熟練度レベルは五十までしか上がらない。クリスティーナが百まで上げられるのとは違って、ね」

 マリエは大きく嘆息し、頭を振った。

「そんな……」

 アリツェは弱々しい声でつぶやく。

 とても受け入れられる話ではなかった。今のアリツェの精霊使いとしての熟練度レベルは、ちょうど五十だ。マリエの話のとおりであれば、カンストしていることになる。

 だが、よくよく考えてみれば、思い当たる節は確かにあった。熟練度レベルが五十に達してからすでに数年が経っているのに、一向にレベルの上がる気配がなかったからだ。

 いくら妊娠出産で大規模精霊術を使う機会が減っていたとはいえ、ここまでレベルが上がらないのはおかしい。精霊使いの第一人者であった『横見悠太』の記憶を通してみても、この成長の遅さは異常だと思えた。

「で、使い魔を三匹持てるようになるのは、熟練度レベルが五十一からだよね。なので、二人はこのまま一生、使い魔は増やせない」

 マリエの言葉は、精霊使いの第一人者を目指すアリツェとしては、死刑宣告にも近かった。

 精霊使いたちは持てる使い魔の数だけ、精霊術の複数属性同時展開が可能になる。使い魔を最大で二匹しか持てないというのであれば、精霊術の同時展開も二種類までだ。これではとても、第一人者とは言えない。

 クリスティーナとマリエは、現時点ですでに三匹目の使い魔を使役している。今後、どれだけ努力をしても使い魔を二匹までしか持てないアリツェたちは、クリスティーナやマリエの下位互換にか成り得ない。

 マリエから告げられた事実は、決して甘受できるものではなかった。

「では、わたくしとお兄様は、一生涯、精霊使いとしては半端者のままなんですの?」

 アリツェは声を震わせながら、俯いてテーブルを凝視する。このままでは、人生の目標の一つ――精霊使いの第一人者になるという夢が、完全に潰えてしまう。

「可哀想だけれど、答えはイエスだ」

 冷たく言い放たれたマリエの言葉に胸をえぐられ、アリツェはそのままテーブルへと突っ伏した。

 胸にぽっかりと穴が開いたような感覚……。アリツェは零れ落ちそうな涙を、なんとか必死に抑え込んだ。

 だが、今は落ち込んでいる時ではない。話を聞かなければ。

「で、ここからが問題の核心だ」

 マリエは身を乗り出し、低い声でつぶやいた。

「殿下たちの双子化と、僕がこの世界に出張ってきた理由との関係……」

 もったいぶったように、マリエはゆっくりとしゃべる。

「いよいよ、すべての疑問が解消するのね……」

 クリスティーナの喉がゴクリと鳴った。

「この世界は消滅の危機に瀕している。防ぐためには、大地がため込んだ余剰地核エネルギーを消費しなければいけない。ここまではいいかな?」

 確認するかのように、マリエはアリツェたちに視線を巡らせる。

「えぇ。そこで、わたくしたち転生者が、精霊術の才能を使って、その余剰地核エネルギーを消費って……あっ!」

 アリツェは自らが知る情報を口にした。だが、その最中、重要な点に気が付いた。

「そう、気付いてもらえたかな? 悠太君の転生体がね、僕が事前に想定していた、本来消費して然るべき量の余剰地核エネルギーを消費させられるだけの精霊術の才能を、双子化の結果失ってしまった。つまり、世界の崩壊を防ぐのが難しくなってしまったってわけさ」

 マリエは顔を歪め、悔しそうな口調でまくし立てた。

「もしかして、ここ最近世界中で頻発している霊素だまりの出現って……」

「ご推察のとおりさ。余剰地核エネルギーの消費量が、地下での蓄積量に追いついていない。どんどん地表へとあふれてきている状態だ」

 クリスティーナのつぶやきに、マリエはそのとおりだと首肯する。

「そこで、僕の出番ってわけ」

 マリエは人差し指を立て、ぐいっと前に突き出した。

「ということは、管理者ヴァーツラフがマリエとして転生をし、私たちの代わりに大規模精霊術で余剰地核エネルギーを消費させるはずだった、といいたいのか?」

 ラディムは小首をかしげながら、自らの推論を口にする。

「そのとおりさ、殿下。でも、運悪くヴァーツラフの人格がマリエの中で記憶喪失になり、目的が達成できなくなった」

 マリエは突き立てていた人差し指を、力無くだらんと折り曲げた。

「なるほど。そこで、最後に残った三回目のシステムへの介入で、今こうして新たなマリエさんとして再転生なされた、というわけですか」

 ようやく、すべての謎が一本の線でつながった。

「そのとおりさ。ボクとしても、なるべく自分からは動きたくなかった。けれどもねぇ。何もせずに座視していては、せっかくの僕の箱庭が壊れてしまう」

 マリエは突き出していた手を引っ込め、大きく息をついた。

「せっかくここまで育てた世界だ。ただ壊れゆくのを見ているだけなんて、なんだか悔しいじゃないか」

 一転して、マリエはニッと笑う。

「わたくしたちの精霊使いとしての才能が、半端なものになっているとは、にわかには信じられません。ですが、こうして貴重な三回目のシステムへの介入をしてまで、ヴァーツラフさんがこの世界にやってきている以上、今の話はすべて信じるしかないのでしょうね」

 アリツェはそう口にし、苦笑した。そのまま、ニコニコと相好を崩すマリエをじっと見つめる。

 今はとても、マリエのようには笑えない。

「とにかく、僕たちの目的は一緒だ。皆で世界の崩壊を防ごうじゃないか」

 秘密を暴露し、共有できたのが嬉しいのだろうか、マリエはご機嫌だった。

「わかりましたわ……」

 一方で、アリツェは複雑な気持ちを抱く。

 自らの正確なルーツは知れた。だが、もしかしたら知らなかったままのほうがよかったのかもしれない。

 半人前の精霊使い――。

 受け入れがたい事実から、アリツェは目を背けたい気持ちでいっぱいだった。

 だが、時間は無情にも過ぎていく。アリツェたちに、立ち止まっている暇などない。

 気持ちを、切り替えなければ――。

「もちろん、そのために障害になりそうな大司教一派への対処も、手伝わせてもらうよ」

 マリエは立ち上がると、右手を前に差し出した。

 アリツェたちもマリエの意図を察すると、椅子から立ち上がった。お互いの手を握り締め、がっちりと誓いの握手を交わした。






 リトア族領の拠点の村を発ってから三日、アリツェたちはヴェチェレク公爵領とエスト辺境伯領との境界付近までやってきていた。

 アリツェたちは一旦、それぞれの屋敷へ戻って状況を報告することにした。アリツェはグリューン、クリスティーナは王都プラガ、ラディムとマリエは帝都ミュニホフへ。

 だが、その後すぐに全員がミュニホフに集まる手筈となった。マリエが大司教一派の潜伏しそうな場所に、心当たりがあると言ったからだ。

 今度の目的地は、再びエウロペ山脈。マリエの言では、大司教はそこで何やら、得体のしれない儀式を行うつもりでいたらしい。であれば、大司教がその地に逃げ込む可能性は、かなり高い。

 何の儀式かはわからない。だが、もしその儀式が成功してしまったら、ますます世界情勢が悪化する可能性がある。

 それに、たとえ大司教が逃げ込んでいなかったとしても、何らかの手掛かりがあるかもしれない。他に捜索のあてもない以上は、マリエの言葉に乗る以外なかった。

「ねぇ、殿下。……って、マズいマズい! ねぇ、陛下」

 アリツェの後方を歩くマリエから、無邪気な声が発せられる。

 またかと思いつつも、アリツェはちらりと後ろを覗き見た。

「……何だ?」

 マリエと横並びで歩くラディムから、少しぶっきらぼうな言葉が返る。

 これから帝国へ向かうにあたり、マリエはラディムから『陛下』呼びをするようきつく言われていた。

 いまだに言い慣れないのだろう、マリエはたびたび『殿下』と言いかけては、慌てて訂正をする。

 こんなやり取りがここ数日、しょっちゅう繰り返された。なので、さすがにラディムも相手をするのが疲れたようだ。言葉がだいぶおざなりになっていた。

「エリシュカ様って、あのエリシュカ?」

 マリエはラディムの妻の名を口にすると、上目遣いにラディムの顔を覗き込む。

「あぁ、そうだ。お前の知っている、あのエリシュカだ」

「そっか……。まったく、あの天然侍女、油断も隙もあったものじゃないなぁ」

 マリエは突然声色を低くし、ぼそりとつぶやいた。

「ん? なにか言ったか?」

 ラディムは小首をかしげ、マリエの黒髪に手を置く。

「いえいえー、何にも言ってませんよー」

 マリエは素知らぬ顔で、横を向いた。

「だいぶ年上だったし、すっかり油断していたよ。僕のいない間に、泥棒ネコめ」

 マリエのつぶやきがぼそぼそっと漏れる。

「なんだか、物騒な言葉が聞こえた気がするが……」

 ラディムは眉尻をぴくぴくと震わせていた。妻の悪口だろうと察したのか、顔をしかめる。

「やだなぁ、陛下の気のせいだよ」

 わざとラディムに聞かせたであろうに、マリエは悪びれもなくケラケラと笑っている。

「さて、ミュニホフに着いたらどうしてくれようか……」

 口角を上げるマリエの顔は、まるでどこぞの魔女のようだった。






「ねぇ、アリツェ」

 横を歩くクリスティーナから声がかかった。

「あれ、大丈夫かしらね」

 クリスティーナは後ろのマリエを指さしながら、苦笑を浮かべる。

「さぁ、わたくしに聞かれましても……」

 正直なところ、アリツェにもわからない。それに、アリツェが口を出すべき話でもない、と思う。

 アリツェはただ、ミュニホフで一波乱が起こらないことを、精霊王に祈るだけだった――。
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