わたくし悪役令嬢になりますわ! ですので、お兄様は皇帝になってくださいませ!

ふみきり

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第二十二章 マリエと名乗る少女とともに

1-2 本物のマリエ様ですか?~後編~

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「間違いない。あれは、さすがに僕も困ったよ」

 ラディムの問いに、マリエは苦々しく顔を歪めている。

「当時のマリエとは結局、ヴァーツラフとしてではなく、記憶喪失の謎めいた女性としてしか、かかわれなかった。正直言って、痛恨だったねぇ」

 視線をラディムから外したマリエは、そのまま窓際へと歩いて移動し、窓枠に手をかけた。

「わざわざ自ら転生をしたっていうのに、その目的を果たせなかったよ」

 マリエは自虐的に笑うと、壁にもたれかかる。窓ガラスにふぅっと息を吹きかけて、指で何やら文字を書き始めた。

 遠目からは、何の意味もなしていない記号のように見える。単に、陰鬱な気分をごまかそうとして、無意識に指を動かしているだけなのだろうと察した。

「目的、ですか? 何か理由がおありになったんですの?」

 マリエの真っ白な小さい指の動きを注視しながら、アリツェは問いかける。

 管理者ヴァーツラフが転生をした理由――。アリツェは、これといって思い浮かばなかった。

 先ほどのマリエからの説明では、元々自らが転生するつもりはなかったらしい。のっぴきならぬ理由ができたと推測できるが、はたして何なのだろうか。

「色々と複雑な事情があるって、さっき言ったよね」

 マリエは視線を窓の外からはずし、身体をアリツェたちへ向け直した。

「実は、アリツェちゃんとラディム殿下の二人に、大きくかかわる話なんだ」

 マリエは苦笑いを浮かべる。

「わたくしたちの、ですか?」

 アリツェは小首をかしげた。

 つまり、アリツェたち自身に関わる話で、ゲーム管理者のヴァーツラフが自ら出向いてまで、何かを成さねばならない事情ができたと。

 現状で考えられるものとしては、悠太と優里菜の人格の転生先が、逆になっていたのではないかという疑い……。

 元々は、男の子のラディムに横見悠太が、女の子のアリツェに片倉優里菜が転生するはずだったが、何らかの手違い――おそらくは、父カレル・プリンツが母ユリナ・ギーゼブレヒトへ施した《祈願》の技能才能の発現のせい――で、ラディムに片倉優里菜の、アリツェに横見悠太の人格が乗り移る結果となった可能性……。

 アリツェがラディムと出会って以来、もしかしたらと心に抱いていた疑問だ。

「まぁ、その点はあとで話すよ」

 マリエは意味深な言葉を発しながらも、核心に触れようとはしなかった。

 自らに関わると言われ、アリツェは大いに気になった。だが、マリエ自身はあとで話すと言っている。食い下がったところで、今は何も語らないだろう。

 ヴァーツラフはかつて、自らが語りたくない話題については、悠太がいくら問い詰めようとも、すべてのらりくらりとはぐらかしていた。転生体であるこのマリエも、きっと同じ行動をとるだろうとは、容易に予測が立つ。

 アリツェは頭を切り替えて、話を先へと進めた。

「今までのお話をまとめますと、今のあなたは、わたくしたちが知るあのマリエさんの記憶と、世界の管理者ヴァーツラフさんの記憶を持っていると」

「その問いに対しては、イエスだね」

 マリエは少しうれしそうに、「理解が早くて、助かるねぇ」などととうそぶく。

「人格は、どちらが主なのですか? それと、記憶を取り戻す前の、ついさっきまでわたくしたちと一戦交えていた、あの幼女マリエの人格は?」

 かつてのアリツェたちのように、目の前のマリエは、かつてのマリエの人格と管理者ヴァーツラフの人格との、二重人格状態になっているのだろうか。それとも、今のアリツェたちのように、二つの人格が融合し、一つにまじりあっているのだろうか。

 また、その身に、幼女マリエの人格は残っているのだろうか。

 ここまでのマリエの反応を見ると、ヴァーツラフとしての人格が表に出ているように、アリツェには感じられた。だが実際のところは、本人に聞いてみなければわからない。幼女マリエの人格についても、不明だ。

「幼女マリエは……。可哀そうだけれど、消えちゃったかなぁ」

 マリエはわずかに顔を上げ、くりっとした瞳を天井に向けた。

「あの娘、無意識だとは思うけれども、僕たちの人格から知識の断片を取り出せていたようだね。言葉遣いだけは、やたらと大人びているように感じたでしょ?」

 アリツェはこくりと首肯する。

「けれども、精神面は年齢相応。残酷だけれども、ヴァーツラフとかつてのマリエの二つの人格は、六歳の幼女のそれと比較すれば、圧倒的大容量ともいえるからねぇ。あっという間に飲み込まれたよ。今ではもう、完全に取り込まれちゃっている」

 天井を見つめたまま、マリエはゆっくりと目を閉じ、ふうっと大きく息をついた。

「では、今はヴァーツラフさんとかつてのマリエさんの二つの人格が、共存していらっしゃる状態ですの?」

「共存でもないかな。すぐに混じりあって、融合したよ。今の君たちみたいに」

 マリエは閉じていた目を開いた。そのままアリツェの問いに答えつつ、視線を下げていく。

「随分と早いな。転生に問題がなかったクリスティーナでも、人格の融合までにはそれなりに時間がかかっていたはずだが」

 ラディムはうろんな目つきでマリエを見つめている。

「それに、こう言っては何ですが、今のマリエさんの話しぶりや態度を見ておりますと、ヴァーツラフさんの人格がそのまま表れているように感じるのですが……。とても、かつてのマリエさんの人格が、融合しているようには見え――」

「心外だなぁ。ヴァーツラフとマリエは、趣味嗜好もがっちりと合っていたし、とってもスムーズに融合できたんだよ? 確かに口調や態度は、君たちから見ればヴァーツラフを強く思わせるかもしれない。けれど、マリエだってネコをかぶっていただけで、実はヴァーツラフとそう大差がなかったりするんだよね」

 アリツェが疑問をさしはさむと、マリエは言葉を遮って、すかさず否定をした。

「本当か? あのマリエは、とても礼儀正しい娘だったぞ?」

 ラディムは不満げな声を漏らす。かつてのマリエをよく知るラディムにとって、目の前のマリエの言葉はとても信じられないのだろう。

 マリエは「はぁーっ」と大きく嘆息をした。

「殿下、何を言っているんだい。初めてマリエと会ったときの様子、覚えていないのかなぁ?」

 マリエの言葉に、ラディムはむっとした表情を浮かべた。

 だが、すぐさま気持ちを切り替えたのだろう、マリエに言われた当時の状況を思い出そうと、小首を何度もかしげている。

「……言われてみれば、私が帝国の皇子と判明する前のマリエは、随分とぶっきらぼうな喋り方をしていたような」

 どうやらマリエの指摘のとおりだったらしい。ラディムはしぶしぶといった感じでうなずいた。

「それが、本来のマリエの姿だったのさ。……彼女と融合している僕が言うのもなんだけれど、君に気に入られようと必死に、言葉遣いを直したんだぞ?」

 マリエは悪戯っぽくラディムに笑いかける。

「そ、そうか……」

 ラディムは困ったように頭を掻いた。どう反応すればよいかが、わからないのだろう。

「ちなみに、なんだけれど――」

 マリエは一旦言葉を区切り、ゴクリと生唾を飲み込んだ。

「僕は今でも、ラディム殿下のことが好きですからね」

 部屋がしんと静まり返った。

 マリエはただ黙りこくって、ラディムの目をじいっと見つめている。

 すでに人を小馬鹿にした様子はなく、どうやら今の言葉が本気なのだと、アリツェにもわかった。

「……すまない。今の私は、エリシュカしか」

 ラディムはわずかに身をよじり、後ずさりをすると、ためらいがちに頭を振った。

 ラディムとマリエとの間に、なんとも言えない緊張感が漂っている。

 アリツェは眼前の状況を、ハラハラとしながら見守った。

 二人の関係性を考えれば、横からアリツェが口出しをするような問題でもない。今はただ、話の流れに身を任せるのみだ。

 重苦しい時間が流れる――。

 いつまでこの間が続くのだろうかと、アリツェは不安に思い始めた。

「……わかってますって。年齢的にも、今の僕じゃ、もう殿下と釣り合わなくなっちゃっているしね」

 マリエは沈黙を破り、一転して微笑を浮かべた。そのまま、「はいっ、この話はこれで終わり!」と口にし、両手をパンパンと叩く。

 アリツェはほっと胸をなでおろし、肩の力を抜いた。いつの間にか、背中にびっしょりと汗をかいていた。肌に張り付く布が、うっとうしい。

「さて、と。話を元に戻そうかな」

 マリエの言葉を合図に、アリツェは両手で軽く顔を叩いて、凝り固まっていた気持ちを切り替えた。今はもっと、確認すべき問題がたくさんある。

 ラディムやクリスティーナも、表情をきゅっと引き締め直していた。

「ボクの今回の再転生は特殊というか、君たちが転生した時とはちょっと違う点もあるんだ」

 特殊な転生――。アリツェたちとヴァーツラフとは何が違うのか、すぐさま考えを巡らせる。

 このテストプレイのルール上、一度キャラクターが死んだらゲームオーバーになり、強制的に現実世界へと戻されるはずだ。かつてのマリエがアリツェの手によって殺された時点で、ヴァーツラフの人格は現実世界に戻されていなければおかしい。

 だが、その現実世界に戻されるべきヴァーツラフの記憶と人格は、今、こうしてかつてのマリエの記憶や人格とともに、目の前の幼い少女へと受け継がれている。

 どう考えても、アリツェたちの転生とは条件が違う。特殊だ。

 アリツェはマリエの言葉に納得し、首肯した。

「これも、以前話したことがあるよね。ボクがこの世界に直接介入できるのは、三回のみだって」

 マリエは右手を前に突き出し、指を折って三を示す。

「そのように説明を受けましたわ。確か、二回目の介入としてわたくしたちを転生させると」

 アリツェは横見悠太としての過去の記憶を探り、ヴァーツラフから聞かされた世界介入に関する情報を思い出した。

「今回の再転生は、最後に残った三回目の介入として行ったんだ。再びヴァーツラフの人格と記憶を、ゲーム内に出現させるために。……まぁ、かつてのマリエに転生したヴァーツラフの人格が、記憶喪失になりさえしなければ、三回目の介入は不要だったんだけれどなぁ」

 マリエは三を示すために立てていた指を折り曲げて、そのままぎゅっと拳を固めた。少し悔し気に顔を歪めている。

「どうしても、ヴァーツラフの記憶と人格を、この世界に降臨させなければならなくてね。で、ラディム殿下たちとも面識のあるマリエの記憶と器も、このまま捨て置くのは惜しい、活用しない手はないだろうと思って、三回目の介入の一環として彼女のクローンを作ってみたってわけさ。再転生先として、うってつけだからね」

 上げていた右手を下ろし、マリエは肩をすくめる。

「わざわざ貴重な介入回数を消費してまで、再転生をなさったと。……何かあったのですか?」

 ゲーム管理者として、わずかに三回しかできない世界への直接介入を、二回目の世界介入からそれほど間隔もあいていないタイミングで、あえて消費している。

 となれば、この世界にかなり深刻な問題が発生していると考えるのが、自然だろう。

 嫌な予感が頭をもたげ、アリツェは寒気を催した。思わず、身震いをする。

 あまり考えたくはない。考えたくはないが、もしかして、この世界の崩壊に関わる、致命的ななにかがあったのだろうかと邪推する。

 ここ最近の霊素だまりと魔獣の大量発生を鑑みれば、決してあり得ない推論でもない、とアリツェは思う。

「……さっきも言ったように、君たち二人。アリツェちゃんとラディム殿下の誕生が、そもそもの原因さ」

 アリツェとラディムの顔へ、マリエは交互に視線を送った。

 今のマリエの口ぶりからすると、ヴァーツラフの転生の理由は、世界崩壊に関するものではない?

 脳裏に浮かんだのは、先ほども考えを巡らせていた一件。アリツェとラディムとの間におこったと思われる、転生人格の入れ違いの疑いに関してだ。

 アリツェたち双子の誕生と、ヴァーツラフの転生理由と、いったいどのようにつながっていくのだろうか。

「詳しく、お聞かせ願いますか?」

 理由についてはあとで話すとマリエは言っていたが、ここまでの話の流れから、今聞いておかないといけないとアリツェは思った。ここではぐらかされたとしても、ラディムと一緒に食い下がるのみ。

 アリツェはマリエに先を促した――。
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