244 / 272
第二十二章 マリエと名乗る少女とともに
1-1 本物のマリエ様ですか?~前編~
しおりを挟む
マリエは淑女の礼を解き、戸惑いを隠せない様子のラディムを見つめた。
「本物のマリエか、ですか? うーん……そうだとも言えますし、違うとも言えますね」
口元に手を当てながら、マリエは微笑を浮かべ、こくりと小首をかしげている。
「結局、どっちなのよ!」
はっきりとしない答えに、クリスティーナがいら立ちを隠さずに怒鳴り声を上げた。
マリエは笑みを崩さず、顔を真っ赤に染めるクリスティーナへと一瞥を加える。
「色々と、複雑な事情があるんです。……あぁ、やっぱり話しにくいなぁ。ちょっと、言葉遣いを戻させてもらうよ」
マリエは口元にあてていた手を離すと、今度は後頭部に持っていき、軽く掻いた。
「端的に言えば、君たちの知っているマリエの転生体だね、今の私は」
とんでもない言葉を、マリエはさも大したこともないような態で、さらりと口にする。
「はぁ!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。どういう意味だ?」
クリスティーナは素っ頓狂な声を上げ、一方でラディムはますます混乱したのか、頭を抱えている。
「どういう意味って、そのままの意味さ。そこのアリツェちゃんに殺された私は、とある事情で、こうして新たな命として生まれ変わった。かつてのマリエの脳内にあった記憶や人格を、すべて含んだままね」
突然マリエに指を刺されて、アリツェはびくっと身体を震わせ、目をむいた。
幼女マリエの言葉を素直に信じるのであれば、彼女はどうやら、かつてのマリエそのものではない。だが、記憶と人格はすべて受け継いでいる。なるほど、確かにマリエの転生体だといえる。
だが、まだまだ疑問は尽きない。
「先ほどまで、まるでわたくしたちを知らないかのような態度を、取っていらっしゃった理由は?」
アリツェ自身は認めたくなかったが、悲しいかな、八年前にマリエと一戦を交えた時と今とで、アリツェの容貌はそれほど変わっていない。相変わらずのちんちくりんだ。
ラディムも双子だけあり、身長はともかく、顔の作りの変化はアリツェと似たり寄ったりだ。はっきりと、童顔だといえる。
幼女マリエにかつてのマリエの記憶があるのであれば、少なくともラディムとアリツェの顔はわかるはずだ。
「それこそ、簡単な話だよ。さっきの頭痛の瞬間に、君たちの知っているあのマリエとしての記憶を、すべて取り戻した」
マリエの言葉に、アリツェは「あぁ……」と納得した。なぜなら、アリツェ自身もかつて経験した痛みだったからだ。
十二歳の誕生日、横見悠太の人格と記憶がよみがえったあの日、アリツェは強烈な頭の痛みに襲われたのだから。
「……ただ、もう一つ別な記憶も一緒に、だけどね」
ぽつりと続けられたマリエの言葉に、アリツェはハッと息をのんだ。
別な記憶――。いったい何を意味するのか。
「ラディムでん――陛下は……。あぁ、どうにも言い慣れないので、陛下でなく殿下呼びで勘弁してほしいな。殿下ならおそらく、気になっていたんじゃない? かつてのマリエが、もしかしたら、君たちの世界からの転生者じゃないかって」
アリツェはどきりとした。思わず、さっと胸の前に片手を置く。
「……そのとおりだ」
ラディムはピクリと片眉を上げた。
マリエの指摘は正しい。アリツェも以前、ラディムから聞かされていた。マリエが三人目の転生者である可能性があると。だが後になって、クリスティーナがその三人目の転生者と判明し、この件はうやむやになっていたのだが……。
「そのあたりの事情をご存じということは、やはりあなたも転生者?」
実際の転生者であるアリツェ、ラディム、クリスティーナ以外に、この世界で転生の事実を知っている者はドミニクくらいだ。それ以外の人間の口から、違う世界からの転生などという話が、出てくるはずもない。
だが、このマリエの話しぶり……。どう考えても、マリエがアリツェたちと同じ現実世界からの転生者だとしか思えなかった。
「ピンポーン、大当たり。察しがよくて嬉しいよ」
マリエは手をパンっと叩き、嬉しそうに微笑んだ。
「でも、ちょっとおかしくない? ヴァーツラフは私の転生で終わりだって、言っていたわよ?」
納得がいかないとばかりに、クリスティーナが横から口を挟む。
クリスティーナは転生処置がされる直前、このゲーム世界の管理者たるヴァーツラフから、自分が最後の転生者であると聞かされたとアリツェたちに語っていた。そう考えれば、幼女マリエのこの話は、確かにおかしい。
「クリスティーナが聞いた話、別に間違ってなんかいないさ。『本来の』転生対象者は、クリスティーナ――ミリア・パーラヴァが最後で、間違いない」
マリエはニヤリと口角を上げた。
この幼女、可愛い顔をしてはいるのだが、なぜだかいちいち採る態度が癇に障る……。
アリツェは戸惑った。この感覚、以前どこかで感じたような気がしてならない。
「……おい、この話し方にこの態度。なんだか妙な既視感があるんだが」
「あら奇遇ね。私もよ」
「……わたくしもですわ」
アリツェたちの意見は一致した。
「ばれちゃったかな? ご推察のとおり、マリエの中に転生していたのは、世界の管理者、ヴァーツラフ君でしたー」
マリエ――ヴァーツラフはバッと両手を広げ、胸を逸らす。
四人目の転生者はいない。ヴァーツラフの頭の中では、確かにそのとおりなのだろう。ただし、『本来の』転生対象者――もっと言えば、このゲームのテストプレイヤーになる資格を持った者に限っては、と条件が付くが。
つまりは、ゲーム管理者たるヴァーツラフはテストプレイヤーでもなんでもないので、自らの転生は『本来の』転生対象者の数には入らない例外扱いだと、そのように判断していたに違いない。アリツェたちとヴァーツラフとの間の、至極単純な認識の差に過ぎない話なのだと、アリツェは理解した。
かつてのマリエの記憶と人格のすべてが受け継がれたという目の前の幼女は、当然ではあるが転生したヴァーツラフの人格も一緒に継承している。今こうして表に現れている人格は、話しぶりからしてかつてのマリエのものではなく、ヴァーツラフのものだと想像がつく。
「何で世界の管理者が、役割を放棄してゲーム内に遊びに来ているんだ。本来の目的は、どうしたんだ?」
ヴァーツラフは言っていた。ゲームの外から、この世界に生きるNPCたちのAIが、どのように自律進化をしていくのかを、じっくりと観察したいと。
だが、今の状況はどうだ。ゲームキャラクターの中に転生をしてしまっては、ゲーム外からの観察などできないではないか。
「これもまた、色々と複雑な事情があってねぇ。僕だって最初から、ゲーム内に自ら入り込むつもりなんて、さらさらなかったよ」
マリエ――ヴァーツラフは頭を振り、大きく嘆息した。
ということは、今この瞬間に、目の前の幼女の中に転生している状況は、ヴァーツラフにとっても想定外の事態なのだろうか。
「……そもそも、私には信じがたいのだ。かつてマリエに転生していた人格が、ヴァーツラフだったという話自体が、な」
ラディムはあからさまにうさん臭そうに、目の前のマリエ――ヴァーツラフをじろじろと見つめている。
「なぜだい?」
ラディムの態度など気にも留めず、マリエ――ヴァーツラフはニタッとした笑みを顔に張り付けた。
マリエ――ヴァーツラフのこの振る舞い様では、ラディムが不審がるのも無理はない。わざわざ反感を買いそうな態度など採らなければいいのにと、アリツェはため息をつきながら目の前の推移を見守る。
「以前マリエは言っていたぞ。自分の中にある別人格は、女性だって」
ラディムはどうだと言わんばかりに、びしっと鋭く幼女を指さした。
「むぅ、失礼だなー。僕は、れっきとした女の子だよ。君たちの前で見せたアバターは、僕の個人的趣味で、あえて少年の姿にしていたけれど、ね」
またまたマリエ――ヴァーツラフはとんでもない事実を口にすると、そのままゲラゲラと声を上げて笑い出した。
アリツェ――横見悠太がヴァーツラフと初めて対面した時、ゲーム管理者としては似つかわしくない幼い少年の姿に、わずかに違和感を抱いた。だがそれも、こちらの警戒心を解こうと、大人の男性がわざと少年の姿を取っただけなのだろうと思っていたのだが……。
まさか、男性ですらないとは思いもよらなかった。ヴァーツラフの一人称が、『僕』だったせいもあるが。
「……でしたら、そのヴァーツラフという名も?」
『ヴァーツラフ』は男性名だ。女性であると主張するヴァーツラフの言葉が真実であるならば、真の名前が別にあるはずだと推測できる。
「うん、偽名だねぇ。本名はまぁ、知っても意味がないだろうし、あえては語らないよ。……僕が地球人じゃないとは、以前に話したことがあったよね」
アリツェはうなずいた。
当時は単なる戯言と思って聞き流したが、ヴァーツラフが自ら、宇宙人であると口にしていたのは間違いがない。……真実かどうかはわからないが、今は確かめる術もなし、信じるしかないだろう。
確かに、宇宙人の名前を知ったところで、今現在のアリツェたちにとっては、ヴァーツラフの言葉どおり大した意味はなさそうだ。
「だからね、この世界では、僕のことは見た目どおりの『マリエ』呼びにしてもらえると、嬉しいかなぁ。こんな幼女の成りをしているのに、男性名で呼びかけられるのはさすがに不自然だからねぇ。別に、『ヴァーツラフ』の女性形の『ヴァーツラヴァ』呼びでもいいけれど、『マリエ』のほうが呼びやすいでしょ?」
マリエ――ヴァーツラフの提案に、アリツェはラディムとうなずきあった。
単純に音数を考えれば、『マリエ』のほうが呼びかけやすいのは間違いがない。以後も、目の前の幼女を『マリエ』と呼ぼうと決めた。
「じゃあ、次の質問をさせてもらおうかな」
ラディムは一つ咳ばらいをし、マリエの顔をじっと見つめる。
「かつて、ヴァーツラフとしての記憶を失っていたというのは、本当か? 当時のマリエが、そのように語っていたが」
ラディムの問いに、マリエはわずかに顔を曇らせた。
しかし、すぐに元のニタニタ顔に戻り、口を開いた――。
「本物のマリエか、ですか? うーん……そうだとも言えますし、違うとも言えますね」
口元に手を当てながら、マリエは微笑を浮かべ、こくりと小首をかしげている。
「結局、どっちなのよ!」
はっきりとしない答えに、クリスティーナがいら立ちを隠さずに怒鳴り声を上げた。
マリエは笑みを崩さず、顔を真っ赤に染めるクリスティーナへと一瞥を加える。
「色々と、複雑な事情があるんです。……あぁ、やっぱり話しにくいなぁ。ちょっと、言葉遣いを戻させてもらうよ」
マリエは口元にあてていた手を離すと、今度は後頭部に持っていき、軽く掻いた。
「端的に言えば、君たちの知っているマリエの転生体だね、今の私は」
とんでもない言葉を、マリエはさも大したこともないような態で、さらりと口にする。
「はぁ!?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。どういう意味だ?」
クリスティーナは素っ頓狂な声を上げ、一方でラディムはますます混乱したのか、頭を抱えている。
「どういう意味って、そのままの意味さ。そこのアリツェちゃんに殺された私は、とある事情で、こうして新たな命として生まれ変わった。かつてのマリエの脳内にあった記憶や人格を、すべて含んだままね」
突然マリエに指を刺されて、アリツェはびくっと身体を震わせ、目をむいた。
幼女マリエの言葉を素直に信じるのであれば、彼女はどうやら、かつてのマリエそのものではない。だが、記憶と人格はすべて受け継いでいる。なるほど、確かにマリエの転生体だといえる。
だが、まだまだ疑問は尽きない。
「先ほどまで、まるでわたくしたちを知らないかのような態度を、取っていらっしゃった理由は?」
アリツェ自身は認めたくなかったが、悲しいかな、八年前にマリエと一戦を交えた時と今とで、アリツェの容貌はそれほど変わっていない。相変わらずのちんちくりんだ。
ラディムも双子だけあり、身長はともかく、顔の作りの変化はアリツェと似たり寄ったりだ。はっきりと、童顔だといえる。
幼女マリエにかつてのマリエの記憶があるのであれば、少なくともラディムとアリツェの顔はわかるはずだ。
「それこそ、簡単な話だよ。さっきの頭痛の瞬間に、君たちの知っているあのマリエとしての記憶を、すべて取り戻した」
マリエの言葉に、アリツェは「あぁ……」と納得した。なぜなら、アリツェ自身もかつて経験した痛みだったからだ。
十二歳の誕生日、横見悠太の人格と記憶がよみがえったあの日、アリツェは強烈な頭の痛みに襲われたのだから。
「……ただ、もう一つ別な記憶も一緒に、だけどね」
ぽつりと続けられたマリエの言葉に、アリツェはハッと息をのんだ。
別な記憶――。いったい何を意味するのか。
「ラディムでん――陛下は……。あぁ、どうにも言い慣れないので、陛下でなく殿下呼びで勘弁してほしいな。殿下ならおそらく、気になっていたんじゃない? かつてのマリエが、もしかしたら、君たちの世界からの転生者じゃないかって」
アリツェはどきりとした。思わず、さっと胸の前に片手を置く。
「……そのとおりだ」
ラディムはピクリと片眉を上げた。
マリエの指摘は正しい。アリツェも以前、ラディムから聞かされていた。マリエが三人目の転生者である可能性があると。だが後になって、クリスティーナがその三人目の転生者と判明し、この件はうやむやになっていたのだが……。
「そのあたりの事情をご存じということは、やはりあなたも転生者?」
実際の転生者であるアリツェ、ラディム、クリスティーナ以外に、この世界で転生の事実を知っている者はドミニクくらいだ。それ以外の人間の口から、違う世界からの転生などという話が、出てくるはずもない。
だが、このマリエの話しぶり……。どう考えても、マリエがアリツェたちと同じ現実世界からの転生者だとしか思えなかった。
「ピンポーン、大当たり。察しがよくて嬉しいよ」
マリエは手をパンっと叩き、嬉しそうに微笑んだ。
「でも、ちょっとおかしくない? ヴァーツラフは私の転生で終わりだって、言っていたわよ?」
納得がいかないとばかりに、クリスティーナが横から口を挟む。
クリスティーナは転生処置がされる直前、このゲーム世界の管理者たるヴァーツラフから、自分が最後の転生者であると聞かされたとアリツェたちに語っていた。そう考えれば、幼女マリエのこの話は、確かにおかしい。
「クリスティーナが聞いた話、別に間違ってなんかいないさ。『本来の』転生対象者は、クリスティーナ――ミリア・パーラヴァが最後で、間違いない」
マリエはニヤリと口角を上げた。
この幼女、可愛い顔をしてはいるのだが、なぜだかいちいち採る態度が癇に障る……。
アリツェは戸惑った。この感覚、以前どこかで感じたような気がしてならない。
「……おい、この話し方にこの態度。なんだか妙な既視感があるんだが」
「あら奇遇ね。私もよ」
「……わたくしもですわ」
アリツェたちの意見は一致した。
「ばれちゃったかな? ご推察のとおり、マリエの中に転生していたのは、世界の管理者、ヴァーツラフ君でしたー」
マリエ――ヴァーツラフはバッと両手を広げ、胸を逸らす。
四人目の転生者はいない。ヴァーツラフの頭の中では、確かにそのとおりなのだろう。ただし、『本来の』転生対象者――もっと言えば、このゲームのテストプレイヤーになる資格を持った者に限っては、と条件が付くが。
つまりは、ゲーム管理者たるヴァーツラフはテストプレイヤーでもなんでもないので、自らの転生は『本来の』転生対象者の数には入らない例外扱いだと、そのように判断していたに違いない。アリツェたちとヴァーツラフとの間の、至極単純な認識の差に過ぎない話なのだと、アリツェは理解した。
かつてのマリエの記憶と人格のすべてが受け継がれたという目の前の幼女は、当然ではあるが転生したヴァーツラフの人格も一緒に継承している。今こうして表に現れている人格は、話しぶりからしてかつてのマリエのものではなく、ヴァーツラフのものだと想像がつく。
「何で世界の管理者が、役割を放棄してゲーム内に遊びに来ているんだ。本来の目的は、どうしたんだ?」
ヴァーツラフは言っていた。ゲームの外から、この世界に生きるNPCたちのAIが、どのように自律進化をしていくのかを、じっくりと観察したいと。
だが、今の状況はどうだ。ゲームキャラクターの中に転生をしてしまっては、ゲーム外からの観察などできないではないか。
「これもまた、色々と複雑な事情があってねぇ。僕だって最初から、ゲーム内に自ら入り込むつもりなんて、さらさらなかったよ」
マリエ――ヴァーツラフは頭を振り、大きく嘆息した。
ということは、今この瞬間に、目の前の幼女の中に転生している状況は、ヴァーツラフにとっても想定外の事態なのだろうか。
「……そもそも、私には信じがたいのだ。かつてマリエに転生していた人格が、ヴァーツラフだったという話自体が、な」
ラディムはあからさまにうさん臭そうに、目の前のマリエ――ヴァーツラフをじろじろと見つめている。
「なぜだい?」
ラディムの態度など気にも留めず、マリエ――ヴァーツラフはニタッとした笑みを顔に張り付けた。
マリエ――ヴァーツラフのこの振る舞い様では、ラディムが不審がるのも無理はない。わざわざ反感を買いそうな態度など採らなければいいのにと、アリツェはため息をつきながら目の前の推移を見守る。
「以前マリエは言っていたぞ。自分の中にある別人格は、女性だって」
ラディムはどうだと言わんばかりに、びしっと鋭く幼女を指さした。
「むぅ、失礼だなー。僕は、れっきとした女の子だよ。君たちの前で見せたアバターは、僕の個人的趣味で、あえて少年の姿にしていたけれど、ね」
またまたマリエ――ヴァーツラフはとんでもない事実を口にすると、そのままゲラゲラと声を上げて笑い出した。
アリツェ――横見悠太がヴァーツラフと初めて対面した時、ゲーム管理者としては似つかわしくない幼い少年の姿に、わずかに違和感を抱いた。だがそれも、こちらの警戒心を解こうと、大人の男性がわざと少年の姿を取っただけなのだろうと思っていたのだが……。
まさか、男性ですらないとは思いもよらなかった。ヴァーツラフの一人称が、『僕』だったせいもあるが。
「……でしたら、そのヴァーツラフという名も?」
『ヴァーツラフ』は男性名だ。女性であると主張するヴァーツラフの言葉が真実であるならば、真の名前が別にあるはずだと推測できる。
「うん、偽名だねぇ。本名はまぁ、知っても意味がないだろうし、あえては語らないよ。……僕が地球人じゃないとは、以前に話したことがあったよね」
アリツェはうなずいた。
当時は単なる戯言と思って聞き流したが、ヴァーツラフが自ら、宇宙人であると口にしていたのは間違いがない。……真実かどうかはわからないが、今は確かめる術もなし、信じるしかないだろう。
確かに、宇宙人の名前を知ったところで、今現在のアリツェたちにとっては、ヴァーツラフの言葉どおり大した意味はなさそうだ。
「だからね、この世界では、僕のことは見た目どおりの『マリエ』呼びにしてもらえると、嬉しいかなぁ。こんな幼女の成りをしているのに、男性名で呼びかけられるのはさすがに不自然だからねぇ。別に、『ヴァーツラフ』の女性形の『ヴァーツラヴァ』呼びでもいいけれど、『マリエ』のほうが呼びやすいでしょ?」
マリエ――ヴァーツラフの提案に、アリツェはラディムとうなずきあった。
単純に音数を考えれば、『マリエ』のほうが呼びかけやすいのは間違いがない。以後も、目の前の幼女を『マリエ』と呼ぼうと決めた。
「じゃあ、次の質問をさせてもらおうかな」
ラディムは一つ咳ばらいをし、マリエの顔をじっと見つめる。
「かつて、ヴァーツラフとしての記憶を失っていたというのは、本当か? 当時のマリエが、そのように語っていたが」
ラディムの問いに、マリエはわずかに顔を曇らせた。
しかし、すぐに元のニタニタ顔に戻り、口を開いた――。
0
お気に入りに追加
293
あなたにおすすめの小説

石しか生成出来ないと追放されましたが、それでOKです!
うどん五段
ファンタジー
夏祭り中に異世界召喚に巻き込まれた、ただの一般人の桜木ユリ。
皆がそれぞれ素晴らしいスキルを持っている中、桜木の持つスキルは【石を出す程度の力】しかなく、余りにも貧相なそれは皆に笑われて城から金だけ受け取り追い出される。
この国ではもう直ぐ戦争が始まるらしい……。
召喚された3人は戦うスキルを持っていて、桜木だけが【石を出す程度の能力】……。
確かに貧相だけれど――と思っていたが、意外と強いスキルだったようで!?
「こうなったらこの国を抜け出して平和な国で就職よ!」
気合いを入れ直した桜木は、商業ギルド相手に提案し、国を出て違う場所で新生活を送る事になるのだが、辿り着いた国にて、とある家族と出会う事となる――。
★暫く書き溜めが結構あるので、一日三回更新していきます! 応援よろしくお願いします!
★カクヨム・小説家になろう・アルファポリスで連載中です。
中国でコピーされていたので自衛です。
「天安門事件」

婚約破棄された国から追放された聖女は隣国で幸せを掴みます。
なつめ猫
ファンタジー
王太子殿下の卒業パーティで婚約破棄を告げられた公爵令嬢アマーリエは、王太子より国から出ていけと脅されてしまう。
王妃としての教育を受けてきたアマーリエは、女神により転生させられた日本人であり世界で唯一の精霊魔法と聖女の力を持つ稀有な存在であったが、国に愛想を尽かし他国へと出ていってしまうのだった。

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?
浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。
「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」
ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

【完結】人々に魔女と呼ばれていた私が実は聖女でした。聖女様治療して下さい?誰がんな事すっかバーカ!
隣のカキ
ファンタジー
私は魔法が使える。そのせいで故郷の村では魔女と迫害され、悲しい思いをたくさんした。でも、村を出てからは聖女となり活躍しています。私の唯一の味方であったお母さん。またすぐに会いに行きますからね。あと村人、テメぇらはブッ叩く。
※三章からバトル多めです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!
ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません?
せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」
不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。
実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。
あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね?
なのに周りの反応は正反対!
なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。
勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中

〈完結〉毒を飲めと言われたので飲みました。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。
国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。
悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる