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第十八章 帝都決戦
3 街門攻略戦ですわ
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ラディムたち伯爵領軍と王国軍が合流した翌日、両軍は指揮系統をラディムの元に統一し、新たに反皇帝軍を編成した。
反皇帝軍はすぐさま軍議を開き、ミュニホフの包囲を決定、二日後から街門の攻略に入る計画を立案する。
この中でカギとなる戦力は、やはり精霊使い組だった。ラディムは動けないので、アリツェとクリスティーナの二人が主戦力となる。上空からはアリツェ、地上からはクリスティーナの精霊術で戦場を掌握し、ヤゲル王国の弓兵隊の援護も得つつ、街門に向けて正規兵による突撃を敢行する手はずとなった。
街門攻略戦当日、アリツェはドミニク、クリスティーナとともに、アリツェの天幕の傍で戦場へ出る準備を進めていた。
「クリスティーナ、手はずどおり地上はお任せいたしますわ。わたくしは空から強襲いたします」
夏真っ盛りとはいえ、上空は風が強く肌寒い。アリツェは霊素を込めた薄手の外套を身につけ、風への備えをする。この外套は強烈な日差しを遮る効果もあり、疲労の軽減にもつながる優れものだった。
街門攻略戦のアリツェの役目は、空中戦のみの予定だ。なので、槍は手に持たず、背にくくりつけたままにしている。使わないのに持っていくのは少々邪魔であったが、万が一、墜落した時に得物が何もないのはまずいとドミニクに指摘され、きちんと身につけた。
最後にペスを入れた背嚢を背負えば、準備は万端だ。もちろん、指にはドミニクからの誕生日プレゼントであるモルダバイトの指輪をつけているし、背嚢内にはクリスティーナから贈られたジンジャーブレッドを忍ばせている。
「地上は確かに任されたわ! あなたも気を付けてね、アリツェ」
地上戦を担当するクリスティーナは、アリツェとは違い軽装だった。極薄の白の半そでローブのみを身につけ、消耗品を放り込んだ肩掛けのバッグを下げている。いつものように赤髪を後頭部で結わえ、バレッタで止めている。そのバレッタからわずかに霊素を感じるが、おそらくはクリスティーナお手製のマジックアイテムなのだろう。
「空中戦はだいぶ慣れましたわ。わたくしの華麗なる舞を、帝国の皆さまにご覧いただきましょう!」
アリツェはニヤリと笑った。今日は対籠城戦の初戦。ここで反皇帝軍側の優勢をはっきりと示せれば、翌日以降の戦いも、精神的に有利に進められるはずだ。できるだけ派手に暴れてやろうとアリツェは考えた。
「私も早く飛行術に慣れて、アリツェの真似をしてみたいものね」
クリスティーナは飛行術の準備を進めるアリツェを羨まし気に見遣る。
「うふふ、戦争が終わりましたら、練習にお付き合いいたしますわ」
教えたがりの性が沸き起こる。それに、空を飛べる仲間が増えるのも、純粋にうれしい。
「それは楽しみね。よーし、頑張らないとっ!」
鼻息荒く、クリスティーナは叫んだ。
「では、参りましょう!」
準備を終えたアリツェたちは、それぞれの持ち場へと向かった。
アリツェは帝国軍の攻撃が届かない上空でホバリングをしながら、敵陣に穴がないかをすばやく確認する。穴が見つかれば、すぐさま前進飛行に移行して移動し、大規模精霊術を放った。
アリツェはこの繰り返しを行うよう、フェルディナントに指示されていた。作戦に忠実に、的確に敵の弱点へと『かまいたち』を放ち続ける。
「くそっ! なんだあの女、こうも空を自由に飛び回って奇襲をかけられると、対処のしようがないぞ!」
地上では指揮官らしきものの怒声が飛ぶ。帝国軍の街門守備隊は、対処不能な位置からの一方的な攻撃で、なすすべもなく混乱の渦に引きずり込まれていた。
「ザハリアーシュ様、これ以上は無理です! もう街門は維持できません。いったん宮殿の前まで引きましょう!」
甲高い声が響き渡った。導師部隊の子供の声のようだ。指揮官であるザハリアーシュへ、撤退すべきと進言している。
(ザハリアーシュがこの場にいるようですわね。……ここはひとつ、威嚇をいたしましょうか?)
アリツェは周囲を見回し、導師部隊の位置を確認した。ちょうど街門に張り付く形で布陣をしている。反皇帝軍の味方部隊と導師部隊とは距離が離れているので、光の精霊術での目つぶしを食らわせても、味方を巻き込む心配はなさそうだった。
アリツェはペスに光属性の精霊具現化を施した。霊素残量的に少々厳しいが、そろそろ撤収を考えていたので、ここで使い切っても問題はない。味方の優勢はもう確実なものになっていた。
ペスは背嚢から顔を出し、目つぶしを放つために霊素を練り始める。
「チッ! 精霊術にしてやられるなんて、大司教に何と申し開きをすれば……」
眼下ではザハリアーシュらしきものの罵声が響いている。
アリツェは声の方角からザハリアーシュの姿を認めると、素早くペスへと指示を送った。ペスはすぐさま、練った霊素をザハリアーシュに向けて放つ。導師部隊の周囲は、一気にまばゆいばかりの白い光に包まれた。
あちらこちらから悲鳴と怒号が飛び、街門周辺は混とんとしている。
目つぶしの光が消えるころには、街門前の陣形は完全に崩れていた。導師部隊の姿もない。街門を通り、街中に引っ込んだようだ。
「導師部隊は引いていきましたか。今日の目標の街門制圧もすぐに成りそうですし、いったん叔父様のところへ戻りましょう」
地上ではクリスティーナが暴れまわっていた。街門守備隊はもはや、戦意を完全に喪失しているように見える。勝負はあったと判断し、アリツェは陣地のフェルディナントの元へ報告に戻った。
陣地の総司令本部へ戻ると、フェルディナントが嬉しくて嬉しくてたまらないといった面持ちで、アリツェを迎え入れた。
「ご苦労様、アリツェ。飛行戦術にますます磨きがかかってきたね」
フェルディナントはそう口にすると、アリツェにカップを手渡した。
アリツェは受け取って中身を見ると、熱い紅茶がなみなみとそそがれていた。どうやら、アリツェの身体が上空での戦いで体が冷え切っているのに、フェルディナントは気づいてくれたようだ。
気遣いに感謝し、アリツェは紅茶を口に含んだ。
体内から温められて、ようやくほっと一息つく。空いたカップをフェルディナントに返して、アリツェは報告を始めた。
「うふふ、わたくしにかかれば造作もないですわ。特に、上空からの『目潰し』は、相手を無力化させるのに大分都合がいいですわね」
最後に放った導師部隊への目つぶしを脳裏に浮かべる。アリツェは自身の成果に、上機嫌に目を細めた。
「ここからは民間人を巻き込みかねないからね。非殺傷で相手の足を止められるアリツェの精霊術は、だいぶ助かるよ」
「ここでむやみに犠牲を増やせば、お兄様の今後の統治にも影響が出ますし、わたくしもきちんと考えておりますわ」
今日は街門の確保が目的だったので、相手は正規兵だった。だが、明日以降、帝都内での戦闘となればそうはいかない。むやみやたらに大規模な破壊的精霊術を用いれば、民間人に犠牲者が出かねなかった。今後の精霊術は、『目潰し』を主軸にすべきだろう。
「帝国統治のためには、何よりもまず、帝都の住民の信頼を得ないといけないからね。皇帝側の宣伝工作でラディムの印象が悪くなっているから、ここからは今まで以上に慎重に進まないとまずい」
現段階で、帝国国民の支持はいまだ皇帝側にある。注意して作戦を進めていかなければ、たとえ勝利を収めたとしても、その後の統治が困難だ。
「本格的な帝都攻防戦ですわね。一般市民の犠牲が出ないことを、祈るばかりですわ……」
細心の注意を払ったとしても、どうしても不慮の事故が起こるのが戦場だ。
アリツェは不安が胸を打ち、少し気分が悪くなった。
「こちらとしても、兵士にはその点厳命しているけれど、戦闘行為中は何が起こるかわからないからね。こればかりは、やってみないとわからないな」
フェルディナントは渋面を浮かべた。
「ある程度の負傷でしたら、わたくしの光の精霊術で癒せます。ですが、致命傷はどうしようもないですわ。それに、あまりにもたくさんの負傷者が出れば、わたくしだけでは対処不能ですわ」
味方部隊の進軍補助をしつつ、負傷者の回復まで行うのは、なかなかに骨が折れそうだった。それに、致命傷を負った者には、もはや精霊術での回復は見込めない。精霊術とて万能ではなかった。
「その点は、聖女様が光の精霊術を得意とされているようなので、明日は聖女様には後方の衛生部隊に入ってもらう予定だ」
アリツェの不安を吹き飛ばそうと、フェルディナントは「心配ご無用だよ」と口にした。
「今日の地上戦では、大分クリスティーナが活躍していたと伺っておりますが、大丈夫ですの? クリスティーナが後方に回ると前線に支障が出るのでは?」
フェルディナントの元に戻る際に、アリツェはクリスティーナの獅子奮迅の働きぶりを目撃している。クリスティーナの精霊術のおかげで、反皇帝軍側は負傷者をほぼゼロに抑えられたらしい。
それほどの働きを見せたクリスティーナを後方部隊に引っ込めるのは、悪手ではないかとアリツェは危惧した。負傷者救護のために後方に引くのはいい。だが、クリスティーナが前線からいなくなり、負傷者が増えるのでは本末転倒ではないだろうか。
「……明日は、ラディムが出る」
フェルディナントは苦笑いを浮かべた。
「え!? 大丈夫なんですの、お兄様を前線に出して」
意表を衝かれ、アリツェは思わず大声を放った。
ラディムは今、反皇帝軍の総大将になっている。前線に立つべき立場ではないはずだ。
「あいつきっての頼みなんだ。ザハリアーシュだけは自らの手で仕留めたいと」
フェルディナントは困ったように頭を掻きむしった。
「それで、今ここにお兄様がいらっしゃらないのですね」
総司令部の天幕にいるべきラディムの姿がまったく見えず、アリツェは不思議に思っていた。だが、どうやら明日の出陣の準備のために、席を外しているようだ。
「では、明日は空から、お兄様を援護いたしましょう」
ラディムに何かがあっては、反皇帝軍は一気に瓦解しかねない。絶対に護らねばならないと、アリツェはしかと胸に刻み込んだ。
反皇帝軍はすぐさま軍議を開き、ミュニホフの包囲を決定、二日後から街門の攻略に入る計画を立案する。
この中でカギとなる戦力は、やはり精霊使い組だった。ラディムは動けないので、アリツェとクリスティーナの二人が主戦力となる。上空からはアリツェ、地上からはクリスティーナの精霊術で戦場を掌握し、ヤゲル王国の弓兵隊の援護も得つつ、街門に向けて正規兵による突撃を敢行する手はずとなった。
街門攻略戦当日、アリツェはドミニク、クリスティーナとともに、アリツェの天幕の傍で戦場へ出る準備を進めていた。
「クリスティーナ、手はずどおり地上はお任せいたしますわ。わたくしは空から強襲いたします」
夏真っ盛りとはいえ、上空は風が強く肌寒い。アリツェは霊素を込めた薄手の外套を身につけ、風への備えをする。この外套は強烈な日差しを遮る効果もあり、疲労の軽減にもつながる優れものだった。
街門攻略戦のアリツェの役目は、空中戦のみの予定だ。なので、槍は手に持たず、背にくくりつけたままにしている。使わないのに持っていくのは少々邪魔であったが、万が一、墜落した時に得物が何もないのはまずいとドミニクに指摘され、きちんと身につけた。
最後にペスを入れた背嚢を背負えば、準備は万端だ。もちろん、指にはドミニクからの誕生日プレゼントであるモルダバイトの指輪をつけているし、背嚢内にはクリスティーナから贈られたジンジャーブレッドを忍ばせている。
「地上は確かに任されたわ! あなたも気を付けてね、アリツェ」
地上戦を担当するクリスティーナは、アリツェとは違い軽装だった。極薄の白の半そでローブのみを身につけ、消耗品を放り込んだ肩掛けのバッグを下げている。いつものように赤髪を後頭部で結わえ、バレッタで止めている。そのバレッタからわずかに霊素を感じるが、おそらくはクリスティーナお手製のマジックアイテムなのだろう。
「空中戦はだいぶ慣れましたわ。わたくしの華麗なる舞を、帝国の皆さまにご覧いただきましょう!」
アリツェはニヤリと笑った。今日は対籠城戦の初戦。ここで反皇帝軍側の優勢をはっきりと示せれば、翌日以降の戦いも、精神的に有利に進められるはずだ。できるだけ派手に暴れてやろうとアリツェは考えた。
「私も早く飛行術に慣れて、アリツェの真似をしてみたいものね」
クリスティーナは飛行術の準備を進めるアリツェを羨まし気に見遣る。
「うふふ、戦争が終わりましたら、練習にお付き合いいたしますわ」
教えたがりの性が沸き起こる。それに、空を飛べる仲間が増えるのも、純粋にうれしい。
「それは楽しみね。よーし、頑張らないとっ!」
鼻息荒く、クリスティーナは叫んだ。
「では、参りましょう!」
準備を終えたアリツェたちは、それぞれの持ち場へと向かった。
アリツェは帝国軍の攻撃が届かない上空でホバリングをしながら、敵陣に穴がないかをすばやく確認する。穴が見つかれば、すぐさま前進飛行に移行して移動し、大規模精霊術を放った。
アリツェはこの繰り返しを行うよう、フェルディナントに指示されていた。作戦に忠実に、的確に敵の弱点へと『かまいたち』を放ち続ける。
「くそっ! なんだあの女、こうも空を自由に飛び回って奇襲をかけられると、対処のしようがないぞ!」
地上では指揮官らしきものの怒声が飛ぶ。帝国軍の街門守備隊は、対処不能な位置からの一方的な攻撃で、なすすべもなく混乱の渦に引きずり込まれていた。
「ザハリアーシュ様、これ以上は無理です! もう街門は維持できません。いったん宮殿の前まで引きましょう!」
甲高い声が響き渡った。導師部隊の子供の声のようだ。指揮官であるザハリアーシュへ、撤退すべきと進言している。
(ザハリアーシュがこの場にいるようですわね。……ここはひとつ、威嚇をいたしましょうか?)
アリツェは周囲を見回し、導師部隊の位置を確認した。ちょうど街門に張り付く形で布陣をしている。反皇帝軍の味方部隊と導師部隊とは距離が離れているので、光の精霊術での目つぶしを食らわせても、味方を巻き込む心配はなさそうだった。
アリツェはペスに光属性の精霊具現化を施した。霊素残量的に少々厳しいが、そろそろ撤収を考えていたので、ここで使い切っても問題はない。味方の優勢はもう確実なものになっていた。
ペスは背嚢から顔を出し、目つぶしを放つために霊素を練り始める。
「チッ! 精霊術にしてやられるなんて、大司教に何と申し開きをすれば……」
眼下ではザハリアーシュらしきものの罵声が響いている。
アリツェは声の方角からザハリアーシュの姿を認めると、素早くペスへと指示を送った。ペスはすぐさま、練った霊素をザハリアーシュに向けて放つ。導師部隊の周囲は、一気にまばゆいばかりの白い光に包まれた。
あちらこちらから悲鳴と怒号が飛び、街門周辺は混とんとしている。
目つぶしの光が消えるころには、街門前の陣形は完全に崩れていた。導師部隊の姿もない。街門を通り、街中に引っ込んだようだ。
「導師部隊は引いていきましたか。今日の目標の街門制圧もすぐに成りそうですし、いったん叔父様のところへ戻りましょう」
地上ではクリスティーナが暴れまわっていた。街門守備隊はもはや、戦意を完全に喪失しているように見える。勝負はあったと判断し、アリツェは陣地のフェルディナントの元へ報告に戻った。
陣地の総司令本部へ戻ると、フェルディナントが嬉しくて嬉しくてたまらないといった面持ちで、アリツェを迎え入れた。
「ご苦労様、アリツェ。飛行戦術にますます磨きがかかってきたね」
フェルディナントはそう口にすると、アリツェにカップを手渡した。
アリツェは受け取って中身を見ると、熱い紅茶がなみなみとそそがれていた。どうやら、アリツェの身体が上空での戦いで体が冷え切っているのに、フェルディナントは気づいてくれたようだ。
気遣いに感謝し、アリツェは紅茶を口に含んだ。
体内から温められて、ようやくほっと一息つく。空いたカップをフェルディナントに返して、アリツェは報告を始めた。
「うふふ、わたくしにかかれば造作もないですわ。特に、上空からの『目潰し』は、相手を無力化させるのに大分都合がいいですわね」
最後に放った導師部隊への目つぶしを脳裏に浮かべる。アリツェは自身の成果に、上機嫌に目を細めた。
「ここからは民間人を巻き込みかねないからね。非殺傷で相手の足を止められるアリツェの精霊術は、だいぶ助かるよ」
「ここでむやみに犠牲を増やせば、お兄様の今後の統治にも影響が出ますし、わたくしもきちんと考えておりますわ」
今日は街門の確保が目的だったので、相手は正規兵だった。だが、明日以降、帝都内での戦闘となればそうはいかない。むやみやたらに大規模な破壊的精霊術を用いれば、民間人に犠牲者が出かねなかった。今後の精霊術は、『目潰し』を主軸にすべきだろう。
「帝国統治のためには、何よりもまず、帝都の住民の信頼を得ないといけないからね。皇帝側の宣伝工作でラディムの印象が悪くなっているから、ここからは今まで以上に慎重に進まないとまずい」
現段階で、帝国国民の支持はいまだ皇帝側にある。注意して作戦を進めていかなければ、たとえ勝利を収めたとしても、その後の統治が困難だ。
「本格的な帝都攻防戦ですわね。一般市民の犠牲が出ないことを、祈るばかりですわ……」
細心の注意を払ったとしても、どうしても不慮の事故が起こるのが戦場だ。
アリツェは不安が胸を打ち、少し気分が悪くなった。
「こちらとしても、兵士にはその点厳命しているけれど、戦闘行為中は何が起こるかわからないからね。こればかりは、やってみないとわからないな」
フェルディナントは渋面を浮かべた。
「ある程度の負傷でしたら、わたくしの光の精霊術で癒せます。ですが、致命傷はどうしようもないですわ。それに、あまりにもたくさんの負傷者が出れば、わたくしだけでは対処不能ですわ」
味方部隊の進軍補助をしつつ、負傷者の回復まで行うのは、なかなかに骨が折れそうだった。それに、致命傷を負った者には、もはや精霊術での回復は見込めない。精霊術とて万能ではなかった。
「その点は、聖女様が光の精霊術を得意とされているようなので、明日は聖女様には後方の衛生部隊に入ってもらう予定だ」
アリツェの不安を吹き飛ばそうと、フェルディナントは「心配ご無用だよ」と口にした。
「今日の地上戦では、大分クリスティーナが活躍していたと伺っておりますが、大丈夫ですの? クリスティーナが後方に回ると前線に支障が出るのでは?」
フェルディナントの元に戻る際に、アリツェはクリスティーナの獅子奮迅の働きぶりを目撃している。クリスティーナの精霊術のおかげで、反皇帝軍側は負傷者をほぼゼロに抑えられたらしい。
それほどの働きを見せたクリスティーナを後方部隊に引っ込めるのは、悪手ではないかとアリツェは危惧した。負傷者救護のために後方に引くのはいい。だが、クリスティーナが前線からいなくなり、負傷者が増えるのでは本末転倒ではないだろうか。
「……明日は、ラディムが出る」
フェルディナントは苦笑いを浮かべた。
「え!? 大丈夫なんですの、お兄様を前線に出して」
意表を衝かれ、アリツェは思わず大声を放った。
ラディムは今、反皇帝軍の総大将になっている。前線に立つべき立場ではないはずだ。
「あいつきっての頼みなんだ。ザハリアーシュだけは自らの手で仕留めたいと」
フェルディナントは困ったように頭を掻きむしった。
「それで、今ここにお兄様がいらっしゃらないのですね」
総司令部の天幕にいるべきラディムの姿がまったく見えず、アリツェは不思議に思っていた。だが、どうやら明日の出陣の準備のために、席を外しているようだ。
「では、明日は空から、お兄様を援護いたしましょう」
ラディムに何かがあっては、反皇帝軍は一気に瓦解しかねない。絶対に護らねばならないと、アリツェはしかと胸に刻み込んだ。
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