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第十七章 伯爵軍対帝国軍
6 何か妙案はございませんか?
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伯爵領を出立してから約一週間が経ち、アリツェとドミニクは王国軍陣地へと戻ってきた。国境地帯の森は行きと同様に精霊術で上空を迂回し、アリツェたちは帝国軍に気取られないよう、細心の注意を払った。
戻った王国軍の陣地は、だいぶ混とんとした状況に陥っていた。状況はあまりよくないように感じられる。
アリツェは着いた足で司令部の天幕へと向かった。
「お兄様! 今戻りましたわ!」
天幕に入るや、アリツェは声を張り上げた。
フェルディナントとラディムはすぐさまアリツェへ向き直ると、途端に表情を緩ませた。
「アリツェ、良かった! 無事に戻れたか!」
ラディムはアリツェの元へ駆け寄ると、手を取ってぎゅっと握りしめた。随分と心配をしてくれていたようだ。
「状況はどうなっていますの?」
ラディムを安心させるように、アリツェはにこりと微笑みながら尋ねた。
「その点については、叔父上が説明してくれる」
ラディムは振り返り、後ろに立つフェルディナントを示す。
「アリツェ、ご苦労だったね」
フェルディナントもアリツェの傍まで歩み寄ると、優し気な視線を寄こした。
「状況は、正直よくないね。ザハリアーシュたちの奇襲で、前線を張る第一軍が浮足立っている」
フェルディナントは現状を口にすると、一転して表情を曇らせる。
ここ一週間、毎日のように導師部隊の襲撃を受けており、第一線の部隊の混乱は相当なものになっているようだ。以前の大勝が効いているおかげか、いまだ前線を破られるような事態にまでは陥っていないが、このままでは突破されるのも時間の問題だとフェルディナントは嘆く。
今はラディムの使い魔のミアが、前線に張り付いて警戒をしている。だが、やはり精霊使いであるラディムが傍にいなければ、使い魔もその実力を発揮しきれない。
もう一匹の使い魔のラースは、ラディムの警護のために司令部から離れられない。ミア一匹で広範囲のカバーが必要となるため、どうしても警戒の穴が出てきた。今はその穴を的確に導師部隊に突かれている形だと、フェルディナントは苦虫をかみつぶしたような表情で語った。
「もしかして、姿をくらませた状態で、側面や背後から爆薬を投げつけられているのでしょうか?」
奇襲と聞いて、アリツェは導師部隊が伯爵領軍に対して行っていた行動を、脳裏に思い浮かべた。
導師部隊は、伯爵領軍の張る陣形の中でも特に薄いと思われる側面や背後を、光属性を練りこんだ外套を着込んで姿をくらましながら近づき、爆薬などのマジックアイテムを駆使しながら襲いかかっていた。
「あぁ、そのとおりだよ。もしかして、伯爵も同じ目に?」
素早く状況を読み取ったアリツェに、フェルディナントは少し驚いたように目を見開いた。
「はい。……それでしたら、一度わたくしも対処しておりますし、お任せいただければどうにかいたしますわ」
アリツェは己の自信を示すように、ぐいっと胸を張った。
「長旅で疲れているところを悪いね。頼むよ」
「うふふ、精霊術のすさまじさ、再びザハリアーシュたちの胸に刻み込んで見せますわ!」
頭を垂れるフェルディナントに、アリツェは強気に答える。
「アリツェが戻って、本当に心強いね」
ホッと安堵しているフェルディナントを見て、アリツェは大いに満足した。
劣勢の状況で気が滅入っているであろうフェルディナントを、少しでも励ませられれば……。あえて自信たっぷりに応じたアリツェの意図は、どうやら奏功したようだ。
「それとお兄様、伯爵領軍の件についてなのですが……」
アリツェはラディムに視線を向けた。
今、伯爵領軍には精霊使いが皆無だ。霊素持ちもいない。なので、ラディムが伯爵領軍に転属をして、ザハリアーシュに備えるのが上策だ。そうアリツェはラディムに訴えた。また、その際にエリシュカの同行を伯爵が望んでいるとも付け加える。
アリツェの提案を受け、ラディムは腕を組み、考え込んだ。
「叔父上、どう思う?」
しばらく思案したのち、ラディムは隣に立つフェルディナントに意見を求めた。フェルディナントも考えを巡らせているのか、うんうんとうなっている。
「タイミングとしては、今しかないかもしれないかな?」
最終的にはアリツェの意見に同調するように、フェルディナントは首を縦に振った。
フェルディナントやラディムとの話を終えて、アリツェはドミニクとともに司令部の天幕を離れた。周囲の状況を掴むために、かつての巡回コースをゆっくりと歩く。
以前はアリツェやドミニクだけで回っていた巡回コースも、今は多数の哨戒の兵が行き来していた。いつ導師部隊に奇襲されるかがわからないため、どの兵も一様に緊張した様子だった。
「さて、アリツェ。どうするんだい? 前回は完全にこちらの奇襲がはまったから、容易に撃退できたよ。けれども、今回は相手も警戒しているんじゃないかな?」
ドミニクはアリツェに視線を遣り、懸念を口にする。
「わたくしが王国軍側に戻っているとは、まだ知られていないと思いますわ。再度の奇襲、成功させて見せますわ!」
アリツェは手を握り締めながら、力強く答えた。
王国軍陣地へ戻る際に、帝国軍には見つからないよう迂回をしている。まだアリツェの帰還は悟られていないはずだ。
「とはいっても、ラディムが伯爵領軍側に転属する件も、当然帝国軍は知らないはずだよ。帝国側は、王国軍にまだラディムがいる前提で動いているはずだ。ザハリアーシュもラディムの精霊術を警戒して、何らかの対策を取ってそうな気がするんだよね」
「なるほど、そういわれてみればそうですわね」
今までラディムは立場上の問題もあり、対魔術要員として見なされてはいなかった。そのため、帝国側がラディムの精霊術に対抗する術を準備しているだろう可能性を、アリツェはすっかり失念していた。ラディム自身が精霊使いの立場として戦場に出張ってくる可能性を、帝国側は当然に考慮しているだろう。
「少し、慎重に事を運ぼうよ」
「わかりましたわ。少々性急に過ぎたようです。ドミニクも何か案がありましたら、お願いいたしますわ」
アリツェはドミニクの思慮深さに感心した。確かに、もう少し用心深い対応が必要なのかもしれない。
「『かまいたち』、『目つぶし』、『豪雨』は、一度使っているから警戒されていると考えたほうがいいね」
考え込み、首をひねりながら、ドミニクはブツブツとつぶやく。
「となりますと……、わたくしも爆薬を作って対抗するのはいかがでしょうか?」
霊素の扱いではアリツェに一日の長がある。同じ爆薬を作るにしても、悠太の記憶のあるアリツェのほうが、よほど高性能なものを作れるだろう。
「数をそんなにすぐに用意できるのかい? それに、マジックアイテムは霊素持ちが使ったほうが効果が大きいんだろう? 霊素持ちの人数はあちらさんが勝っているし、不利だと思うよ」
ドミニクは頭を横に振った。
「なかなか難しいですわね」
妙案が浮かばず、アリツェはため息をついた。
「お兄様経由で、マリエ様が使っていた拘束玉の作り方は承知しているのですが……。やはりここでも、霊素持ちで動けるのがわたくしだけという点がネックですわね」
「うん、アリツェ一人では、相手の数に押されてしまう。拘束玉で全員を拘束しきる前に、抵抗されるのは必至だね」
拘束玉については、自らも食らってその効果の有用性は十分にわかっている。だが、使える人間が霊素持ちだけという制限が問題だった。アリツェ一人で導師部隊数十人を一度に拘束しきるのは、どう考えても現実的ではない。
「お兄様はもういらっしゃらないので、使い魔を借り受けるわけにもいきませんわ」
「交代で見張りをする以上、ルゥとペスは別々に行動せざるを得ない。なかなか厳しいね」
精霊使いがアリツェ一人のみなので、取れる戦略に幅を持たせられない。このままでは、いくら考えても良い着想が浮かびそうになかった。
「叔父様には大見えを切りましたが、少々困りましたわね」
アリツェは力なく頭を振った。
威勢のいい言葉を吐いたはいいが、このままでは大した成果を上げられそうもない。フェルディナントを失望させてしまうかもしれなかった。
「単属性しか使えない状況じゃ、選択肢があまりないなぁ」
同時使用可能な属性が一つでは、飛行術と併用しての攻撃といった手段は取れない。妙案もなし、アリツェとドミニクは顔を見合わせ、互いにため息をこぼした。
(アリツェ、風属性で空気を操って、音波攻撃がいいんじゃないか?)
とその時、横から悠太が割って入ってきた。
(悠太様! 久しぶりでございますわ。最近まったく表に出ていらっしゃらないので、心配しておりましたわ)
アリツェは久々の悠太の登場に、ホッと胸をなでおろした。ここ最近は、いくら呼び掛けても返事のない時が多く、何か問題でも発生しているのかと気をもんでいたからだ。
(……いろいろ思うところがあるんだ。それよりも、今考えるべきは対魔術だろう?)
悠太はわずかに言葉を濁したものの、すぐに本題に入る。
(そうでしたわ! 音波攻撃といいますと、具体的には?)
言葉を聞いただけではアリツェはピンとこなかった。悠太の詳しい説明が必要だ。
(相手を大音圧にさらして行動不能にする。やりすぎると聴覚に異常をきたすと思うので、やるなら数秒ってところかな? 短時間で広範囲に影響を及ぼせるから、今回の場合はわりと有効だと思うぞ)
悠太は要点をざっと述べる。アリツェも解説を聞くや、持っている悠太の記憶ともあいまって、何となくだがイメージがつかめてきた。
(では、悠太様の案を試してみますわ)
納得がいったアリツェは礼を述べると、悠太からは「頑張るんだな」と返ってきた。そして、悠太の意識は再び落ちていった。
「ドミニク、悠太様から助言をいただきましたわ」
アリツェは少し声を弾ませながら、ドミニクに悠太から授かった作戦の概要を説明した。
「ボクには細かい理屈はわからないけれど、話を聞く限りでは有効そうだね。アリツェ、いきなりで使いこなせそう?」
ドミニクはこくこくとうなずくと、最後に大丈夫かと問いかける。
「悠太様が過去に使った経験がございまして、その時の記憶が残っているので問題はなさそうですわ」
アリツェは首肯した。
悠太の知識を生かせるので、特段不安はなかった。それほど難しい精霊術というわけでもなさそうなので、本番での失敗を危惧する必要もなさそうだ。
「じゃ、その手で行こうか」
ドミニクはアリツェの手を取り、再び巡回コースを歩き出した。
アリツェも手を引かれるがまま、足を踏み出す。方針が決まり、アリツェはのしかかっていた肩の荷が降りた気分だった。
戻った王国軍の陣地は、だいぶ混とんとした状況に陥っていた。状況はあまりよくないように感じられる。
アリツェは着いた足で司令部の天幕へと向かった。
「お兄様! 今戻りましたわ!」
天幕に入るや、アリツェは声を張り上げた。
フェルディナントとラディムはすぐさまアリツェへ向き直ると、途端に表情を緩ませた。
「アリツェ、良かった! 無事に戻れたか!」
ラディムはアリツェの元へ駆け寄ると、手を取ってぎゅっと握りしめた。随分と心配をしてくれていたようだ。
「状況はどうなっていますの?」
ラディムを安心させるように、アリツェはにこりと微笑みながら尋ねた。
「その点については、叔父上が説明してくれる」
ラディムは振り返り、後ろに立つフェルディナントを示す。
「アリツェ、ご苦労だったね」
フェルディナントもアリツェの傍まで歩み寄ると、優し気な視線を寄こした。
「状況は、正直よくないね。ザハリアーシュたちの奇襲で、前線を張る第一軍が浮足立っている」
フェルディナントは現状を口にすると、一転して表情を曇らせる。
ここ一週間、毎日のように導師部隊の襲撃を受けており、第一線の部隊の混乱は相当なものになっているようだ。以前の大勝が効いているおかげか、いまだ前線を破られるような事態にまでは陥っていないが、このままでは突破されるのも時間の問題だとフェルディナントは嘆く。
今はラディムの使い魔のミアが、前線に張り付いて警戒をしている。だが、やはり精霊使いであるラディムが傍にいなければ、使い魔もその実力を発揮しきれない。
もう一匹の使い魔のラースは、ラディムの警護のために司令部から離れられない。ミア一匹で広範囲のカバーが必要となるため、どうしても警戒の穴が出てきた。今はその穴を的確に導師部隊に突かれている形だと、フェルディナントは苦虫をかみつぶしたような表情で語った。
「もしかして、姿をくらませた状態で、側面や背後から爆薬を投げつけられているのでしょうか?」
奇襲と聞いて、アリツェは導師部隊が伯爵領軍に対して行っていた行動を、脳裏に思い浮かべた。
導師部隊は、伯爵領軍の張る陣形の中でも特に薄いと思われる側面や背後を、光属性を練りこんだ外套を着込んで姿をくらましながら近づき、爆薬などのマジックアイテムを駆使しながら襲いかかっていた。
「あぁ、そのとおりだよ。もしかして、伯爵も同じ目に?」
素早く状況を読み取ったアリツェに、フェルディナントは少し驚いたように目を見開いた。
「はい。……それでしたら、一度わたくしも対処しておりますし、お任せいただければどうにかいたしますわ」
アリツェは己の自信を示すように、ぐいっと胸を張った。
「長旅で疲れているところを悪いね。頼むよ」
「うふふ、精霊術のすさまじさ、再びザハリアーシュたちの胸に刻み込んで見せますわ!」
頭を垂れるフェルディナントに、アリツェは強気に答える。
「アリツェが戻って、本当に心強いね」
ホッと安堵しているフェルディナントを見て、アリツェは大いに満足した。
劣勢の状況で気が滅入っているであろうフェルディナントを、少しでも励ませられれば……。あえて自信たっぷりに応じたアリツェの意図は、どうやら奏功したようだ。
「それとお兄様、伯爵領軍の件についてなのですが……」
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今、伯爵領軍には精霊使いが皆無だ。霊素持ちもいない。なので、ラディムが伯爵領軍に転属をして、ザハリアーシュに備えるのが上策だ。そうアリツェはラディムに訴えた。また、その際にエリシュカの同行を伯爵が望んでいるとも付け加える。
アリツェの提案を受け、ラディムは腕を組み、考え込んだ。
「叔父上、どう思う?」
しばらく思案したのち、ラディムは隣に立つフェルディナントに意見を求めた。フェルディナントも考えを巡らせているのか、うんうんとうなっている。
「タイミングとしては、今しかないかもしれないかな?」
最終的にはアリツェの意見に同調するように、フェルディナントは首を縦に振った。
フェルディナントやラディムとの話を終えて、アリツェはドミニクとともに司令部の天幕を離れた。周囲の状況を掴むために、かつての巡回コースをゆっくりと歩く。
以前はアリツェやドミニクだけで回っていた巡回コースも、今は多数の哨戒の兵が行き来していた。いつ導師部隊に奇襲されるかがわからないため、どの兵も一様に緊張した様子だった。
「さて、アリツェ。どうするんだい? 前回は完全にこちらの奇襲がはまったから、容易に撃退できたよ。けれども、今回は相手も警戒しているんじゃないかな?」
ドミニクはアリツェに視線を遣り、懸念を口にする。
「わたくしが王国軍側に戻っているとは、まだ知られていないと思いますわ。再度の奇襲、成功させて見せますわ!」
アリツェは手を握り締めながら、力強く答えた。
王国軍陣地へ戻る際に、帝国軍には見つからないよう迂回をしている。まだアリツェの帰還は悟られていないはずだ。
「とはいっても、ラディムが伯爵領軍側に転属する件も、当然帝国軍は知らないはずだよ。帝国側は、王国軍にまだラディムがいる前提で動いているはずだ。ザハリアーシュもラディムの精霊術を警戒して、何らかの対策を取ってそうな気がするんだよね」
「なるほど、そういわれてみればそうですわね」
今までラディムは立場上の問題もあり、対魔術要員として見なされてはいなかった。そのため、帝国側がラディムの精霊術に対抗する術を準備しているだろう可能性を、アリツェはすっかり失念していた。ラディム自身が精霊使いの立場として戦場に出張ってくる可能性を、帝国側は当然に考慮しているだろう。
「少し、慎重に事を運ぼうよ」
「わかりましたわ。少々性急に過ぎたようです。ドミニクも何か案がありましたら、お願いいたしますわ」
アリツェはドミニクの思慮深さに感心した。確かに、もう少し用心深い対応が必要なのかもしれない。
「『かまいたち』、『目つぶし』、『豪雨』は、一度使っているから警戒されていると考えたほうがいいね」
考え込み、首をひねりながら、ドミニクはブツブツとつぶやく。
「となりますと……、わたくしも爆薬を作って対抗するのはいかがでしょうか?」
霊素の扱いではアリツェに一日の長がある。同じ爆薬を作るにしても、悠太の記憶のあるアリツェのほうが、よほど高性能なものを作れるだろう。
「数をそんなにすぐに用意できるのかい? それに、マジックアイテムは霊素持ちが使ったほうが効果が大きいんだろう? 霊素持ちの人数はあちらさんが勝っているし、不利だと思うよ」
ドミニクは頭を横に振った。
「なかなか難しいですわね」
妙案が浮かばず、アリツェはため息をついた。
「お兄様経由で、マリエ様が使っていた拘束玉の作り方は承知しているのですが……。やはりここでも、霊素持ちで動けるのがわたくしだけという点がネックですわね」
「うん、アリツェ一人では、相手の数に押されてしまう。拘束玉で全員を拘束しきる前に、抵抗されるのは必至だね」
拘束玉については、自らも食らってその効果の有用性は十分にわかっている。だが、使える人間が霊素持ちだけという制限が問題だった。アリツェ一人で導師部隊数十人を一度に拘束しきるのは、どう考えても現実的ではない。
「お兄様はもういらっしゃらないので、使い魔を借り受けるわけにもいきませんわ」
「交代で見張りをする以上、ルゥとペスは別々に行動せざるを得ない。なかなか厳しいね」
精霊使いがアリツェ一人のみなので、取れる戦略に幅を持たせられない。このままでは、いくら考えても良い着想が浮かびそうになかった。
「叔父様には大見えを切りましたが、少々困りましたわね」
アリツェは力なく頭を振った。
威勢のいい言葉を吐いたはいいが、このままでは大した成果を上げられそうもない。フェルディナントを失望させてしまうかもしれなかった。
「単属性しか使えない状況じゃ、選択肢があまりないなぁ」
同時使用可能な属性が一つでは、飛行術と併用しての攻撃といった手段は取れない。妙案もなし、アリツェとドミニクは顔を見合わせ、互いにため息をこぼした。
(アリツェ、風属性で空気を操って、音波攻撃がいいんじゃないか?)
とその時、横から悠太が割って入ってきた。
(悠太様! 久しぶりでございますわ。最近まったく表に出ていらっしゃらないので、心配しておりましたわ)
アリツェは久々の悠太の登場に、ホッと胸をなでおろした。ここ最近は、いくら呼び掛けても返事のない時が多く、何か問題でも発生しているのかと気をもんでいたからだ。
(……いろいろ思うところがあるんだ。それよりも、今考えるべきは対魔術だろう?)
悠太はわずかに言葉を濁したものの、すぐに本題に入る。
(そうでしたわ! 音波攻撃といいますと、具体的には?)
言葉を聞いただけではアリツェはピンとこなかった。悠太の詳しい説明が必要だ。
(相手を大音圧にさらして行動不能にする。やりすぎると聴覚に異常をきたすと思うので、やるなら数秒ってところかな? 短時間で広範囲に影響を及ぼせるから、今回の場合はわりと有効だと思うぞ)
悠太は要点をざっと述べる。アリツェも解説を聞くや、持っている悠太の記憶ともあいまって、何となくだがイメージがつかめてきた。
(では、悠太様の案を試してみますわ)
納得がいったアリツェは礼を述べると、悠太からは「頑張るんだな」と返ってきた。そして、悠太の意識は再び落ちていった。
「ドミニク、悠太様から助言をいただきましたわ」
アリツェは少し声を弾ませながら、ドミニクに悠太から授かった作戦の概要を説明した。
「ボクには細かい理屈はわからないけれど、話を聞く限りでは有効そうだね。アリツェ、いきなりで使いこなせそう?」
ドミニクはこくこくとうなずくと、最後に大丈夫かと問いかける。
「悠太様が過去に使った経験がございまして、その時の記憶が残っているので問題はなさそうですわ」
アリツェは首肯した。
悠太の知識を生かせるので、特段不安はなかった。それほど難しい精霊術というわけでもなさそうなので、本番での失敗を危惧する必要もなさそうだ。
「じゃ、その手で行こうか」
ドミニクはアリツェの手を取り、再び巡回コースを歩き出した。
アリツェも手を引かれるがまま、足を踏み出す。方針が決まり、アリツェはのしかかっていた肩の荷が降りた気分だった。
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