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第十七章 伯爵軍対帝国軍
4 おかしいですわ!
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アリツェが伯爵への報告を終えるや、巡回に出るためにドミニクがペスを伴い天幕を出ようとした。
「ではドミニク、気を付けて」
アリツェはドミニクの背に向けて声をかけた。
導師部隊の夜襲は防いだ。今夜の更なる襲撃は、さすがにないだろう。だが、何があるかわからないのが戦場だ。ペスが一緒とはいえ、ドミニクは霊素を持っていない。十分に警戒をしてほしいとアリツェは祈る。
「ペスもいるし、問題はないよ。アリツェもゆっくりと体を休めておいてくれ」
ドミニクはちらりと振り返ると、「心配しないで」と言いながら片手をあげた。
「仮眠を取って、万全の態勢を整えておきますわ。……こういったときに『ショートスリーパー』があってよかったと、つくづく思いますわ」
三時間から四時間眠れれば、翌日の活動にまったく影響がない。まさに見張り役にはうってつけの能力だった。
「たしかにねー。仮眠程度で連日問題なく動けるっていうのは、正直うらやましいよ」
七時間程度は寝ないとなかなか本調子が出ない、とドミニクは言っていた。今後、ドミニクに疲れが出るようなら、ある程度はアリツェが肩代わりをすべきかもしれない。
「うふふ、悠太様に感謝ですわ」
非常に便利な技能才能を取ったと、アリツェは悠太の先見の明に、改めて感心をした。
ドミニクとペスが哨戒に出た後、伯爵と少し打ち合わせをし、アリツェは与えられた自分の天幕へと戻った。
『さてと、ルゥ。約束どおり好物の餌を、伯爵様に調達しておいていただきましたわ』
伯爵から預かってきた布製の小袋を開け、ハト麦を取り出す。小皿にとりわけ、机の上に置いた。
『感激だっポ!』
ルゥは嬉しそうにのどを鳴らし、アリツェの肩から机の上に降りると、ハト麦をついばみ始めた。
『ふふふ、明日もまた頑張ってもらうんですもの。しっかりと英気を養ってほしいのですわ』
アリツェは椅子に座り、ルゥの頭をやさしく撫でる。
『ご主人、大好きだっポ』
ルゥはいったん食べるのを止め、頭をアリツェに擦り付けた。
『うふふ、ありがとうございますわ』
ルゥの親愛の情を感じ、アリツェは頬が緩んだ。
仮眠を終え、アリツェはベッドから体を起こした。
「さて、疲れもだいぶ取れましたわ」
一つ大きく伸びをし、身体のコリをほぐす。腕をぐるぐると回せば、眠気も次第に飛んでいく。
周囲はすっかり闇に閉ざされている。そろそろ深夜に差し掛かろうかという時間帯のはずだ。
「少々、外の空気が吸いたいですわね……」
軽く残った眠気を完全に吹き飛ばすために、冷たく澄んだ外気にあたりたいとアリツェは思った。アリツェは机に置いたランタンを手に取り、火の精霊術で明かりをともした。
『ご主人! ご主人!』
とその時、念話でペスから連絡が入った。
『ペスですの? どうかなさいましたか?』
ペスの慌てた声に、アリツェは嫌な胸騒ぎを覚えた。まさか敵襲だろうか。
『霊素反応が接近中だワンッ! 至急応援を求むワンッ!』
どうやら当たりだった。導師部隊の夜襲がありそうだ。
とはいえ、先ほど一方的に撃退したばかりのはず。懲りずに同じ日にまた襲撃とは、なかなか大胆だとアリツェは思った。油断していると踏んでの二次奇襲だろうか。
『わかりましたわ! 指揮官に注意を促したうえで、急行いたしますわ!』
素早く着替えを済ませ天幕の外に出ると、近くを歩く夜番の兵士に話をつけ、アリツェは指揮官と面会をした。導師部隊再接近の気配があると伝えるや、指揮官ははじかれたように飛び上がり、すぐさま各所に警戒の伝令を送った。
アリツェは軍が厳戒態勢に入った様子を確認すると、ペスの元へと急ぎ駆けた。
伯爵領軍の陣からわずかに西側に外れたところに広がる森の中に、ドミニクとペスはいた。先ほど夕食時に導師部隊と接触した場所からほど近い。ほぼ同じ場所からの襲撃とは、何か裏の意図でもあるのだろうかとアリツェは訝しんだ。
「ドミニク!」
暗闇の中、わずかに光るドミニクのカンテラを認め、アリツェは声を張った。
「アリツェ、来てくれたのか!」
ドミニクもアリツェが駆け寄るのに気付き、笑顔を浮かべた。
「ペスに呼ばれましたの。どうやら霊素反応が接近中との話ですが。確かに、何やら……」
森に近づいたところで、アリツェにも霊素らしき力の存在を知覚した。
『ご主人、西から強く感じるワンッ』
ペスは森の奥を顔で示した。
「ペスが言うには、西からという話ですが。……うん、確かに感じますわ。ですが……」
アリツェは小首をかしげた。何かがおかしかった。気を落ち着けて、もう少し詳しく反応を探ろうと意識を集中した。
「どうしたんだい?」
霊素の知覚できないドミニクは、状況がつかめないらしく戸惑った様子だ。
「妙なんですわ。先ほど遭遇した時よりも弱々しいというか。数も少ない気が」
前回かまいたちで追い払った時よりも、感じる霊素が微弱で、かつ、数も半分以下だった。本格的な襲撃ではないのだろうか。
「先ほどの襲撃でのけが人を除外したりして、人数を絞ってきたかな?」
ドミニクは顎に手を置き、考え込んだ。
「どうでしょうか。うーん、何やら違和感を覚えますわ」
負傷者を除いて人数を絞るのはまだわかるが、個々の霊素反応まで小さくなっているのは、一体全体どういった訳だろうか。
アリツェの精霊術に委縮して、本来の霊素を発揮できていないのか。それとも、先ほどの襲撃から時間がそれほど経っていないので、霊素が回復しきれていないのか。
「まぁ、とにかく排除をするしかないだろう?」
考えたところでやることは同じだろうと、ドミニクは言い切る。
「そう、ですわね」
一抹の不安を胸に抱きつつも、アリツェは同意した。
「絶対、おかしいですわ!」
アリツェは目の前の帝国兵を見遣り、叫んだ。
「確かに。あれは導師部隊じゃないぞ、正規兵だ」
ドミニクの言うとおり、眼前の部隊に子供らしき者は見当たらない。どう考えてみても、導師部隊ではなかった。
「でも霊素を感じますわ。ということは」
一般正規兵であれば霊素を持つ者はいないはず。考えられるのは、導師たちが作ったマジックアイテムの所持だ。マジックアイテムを使って、何やら仕掛けるつもりなのだろうか。
「発動に霊素を使わないタイプのマジックアイテムってところかな?」
ドミニクも同じ結論に至ったようだ。
「ですわね。ただ、どんなマジックアイテムなのかがわかりませんわ。単なる爆薬であれば、霊素なしの人間が使う分には、それほど脅威ではありませんわ。ですが……」
マジックアイテムは霊素持ちが使ってこそ、本来の性能を発揮する。正規兵たちが爆薬を使ったところで、効果はたかが知れていた。だが――。
「未知のマジックアイテムだと、まずいね」
ドミニクの言葉に、アリツェは首肯した。
得体のしれない効果を持つマジックアイテムであれば、実際に使われてみないと対処方法がわからない。万が一、致命的な結果をもたらすようなものであったら最悪だ。マリエの使っていた拘束玉のように。
「下手に先制攻撃をされるよりも、逆にこちらから奇襲を仕掛けて、マジックアイテムを使わせる隙を与えない方がよいでしょうか」
アリツェはドミニクに視線を向け、意見を求めた。
「そうだね。カウンター系のマジックアイテムの可能性も、無きにしも非ずだけれど、そこまで気にしていたらきりがないか」
ドミニクはうなずき、腰に下げた剣の柄に手を置いた。
今、帝国兵たちが伯爵領軍へ奇襲を仕掛けようとしている。したがって、仕掛ける側の帝国軍が、相手の攻撃を受ける前提のカウンター系のマジックアイテムを主戦力とする意味は、極めて薄いとアリツェも思った。
「まぁ、お兄様のいない今の帝国で、そこまで高度なマジックアイテムを作れるとは思えませんわ。おそらく携帯しているのは、劣化爆薬でしょう」
今の帝国の導師部隊に、未知の高度なマジックアイテムの作成能力はないだろう。作れるのであれば、もっと早くに、より効果的な場面で使っていたはずだ。であるならば、まず間違いなくただの爆薬だ。しかも、霊素持ちでなくても使える劣化タイプの。
「闇夜での奇襲に使う分には、十分だろうしね」
「そうですわね。……ただし、わたくしたちがいなければの話ですが!」
アリツェがいなければ、劣化爆薬であっても効果は高いだろう。だが、魔術に対抗できるアリツェであれば、その限りではない。
「さて、さっさと片付けようか」
ドミニクは剣を鞘から抜き去り、臨戦態勢を取った。
「正規兵であれば、遠慮はいりませんわ!」
アリツェも素早く霊素を練り、ペスに纏わせ風属性の精霊具現化を施した。
『ペス、『かまいたち』で一気に戦意をそぎますわ! 命に別条がない程度の強烈な術をお願いいたしますわ!』
念話でペスに指示を送り、背負った槍を下ろすと、手に構えた。
『合点承知だワンッ!』
ペスは纏わせた霊素を濃縮し、かまいたちを形成していった。
「ふぅ、さすがだねアリツェ」
ドミニクは剣を鞘に戻しながら、大きく息をついた。
「相手が霊素持ちでなければ、まったく問題になりませんわ」
地面には無数の切り落とされた枝が転がっている。すっかり禿げた哀れな木々が、寒々しさを感じさせる。
アリツェはその様子を見遣り、得意げに胸を張った。
夜襲を仕掛けようとしていた帝国兵たちは、早々に撤収している。さすがに導師部隊とは違い、きちんと訓練を受けた正規兵だ。不利を悟ればすかさず撤退の指示が出され、その手際もよかった。
だが、それでもあちこちの地面には血だまりができており、ある程度のダメージは与えたはずだ。導師部隊に放った『かまいたち』よりは、高威力だったからだ。
「じゃ、伯爵への報告は頼むね。ボクは引き続き哨戒にあたるよ」
ドミニクはペスを伴い、再び周囲の警戒に入った。同日に二度襲撃があった以上、三回目がないとも言い切れない。ドミニクは緊張した面持ちを維持しつつ、ペスとともに歩き去った。
「任されましたわ!」
アリツェはドミニクの背に向けて、声高に叫んだ。
アリツェはそのままの足で、報告のために伯爵の天幕へと赴いた。
深夜ではあったが、アリツェが事前に軍の指揮官に夜襲の警告を発したおかげか、伯爵も起き出していた。
「では、今回はザハリアーシュたち自身は、出張っていなかったと?」
副官に叩き起こされたのだろうか、伯爵は少し眠気の残っているような表情を浮かべていた。
「ええ、正規兵にマジックアイテムを渡しての襲撃でしたわ」
アリツェは状況を手早く伯爵に説明する。導師部隊の姿は一切見られなかったこと、正規兵たちは霊素なしでも扱える劣化爆薬を持っていたこと、撤収判断が素早かったことを。
「導師部隊は全員が子供だからな。さすがに夜間の行動は無理だったか」
アリツェの報告に、伯爵は大きくうなずいた。
「夕食時に一度襲撃を行っているから、興奮して仮眠もとれなかったのだろう。眠気で深夜行動に移るのは、難しかろうて」
導師たちが本格的な精霊術を見たのは、あの時が初めてのはずだ。その後、まともな精神状態でいられるとも思えない。仮眠など、取りようもなかったに違いなかった。
「ですわね。わたくしは技能才能のおかげで、夜にも強いので問題はございません。しかし、そうでない普通の十三歳の子供が、こんな深夜に動き回るのは酷ですわ」
深夜の行動をするには、あまりに導師たちは幼すぎた。今こうしてアリツェが何の問題もなく動き回っているのも、あくまでショートスリーパーの技能才能のおかげだった。
「何度も助かる。アリツェ殿はこのまま体を休め、また明日の任務をお願いしたい。本当に申し訳ない、こき使ってばかりで」
伯爵は申し訳なさげに頭を垂れようとするが、アリツェはあわてて手を振り、頭をあげさせた。
「うふふ、精霊術行使はわたくしの人生の目的でもありますの。先ほども申し上げましたが、気に病まないでくださいませ」
アリツェが好きでやっている部分もある。本意ではない行動を、無理やりにとらされているわけではなかった。なので、伯爵に恐縮されても困る気持ちもあった。
伯爵の感じている負い目を吹き飛ばすかのように、アリツェはにこりと笑みを返した。
「ではドミニク、気を付けて」
アリツェはドミニクの背に向けて声をかけた。
導師部隊の夜襲は防いだ。今夜の更なる襲撃は、さすがにないだろう。だが、何があるかわからないのが戦場だ。ペスが一緒とはいえ、ドミニクは霊素を持っていない。十分に警戒をしてほしいとアリツェは祈る。
「ペスもいるし、問題はないよ。アリツェもゆっくりと体を休めておいてくれ」
ドミニクはちらりと振り返ると、「心配しないで」と言いながら片手をあげた。
「仮眠を取って、万全の態勢を整えておきますわ。……こういったときに『ショートスリーパー』があってよかったと、つくづく思いますわ」
三時間から四時間眠れれば、翌日の活動にまったく影響がない。まさに見張り役にはうってつけの能力だった。
「たしかにねー。仮眠程度で連日問題なく動けるっていうのは、正直うらやましいよ」
七時間程度は寝ないとなかなか本調子が出ない、とドミニクは言っていた。今後、ドミニクに疲れが出るようなら、ある程度はアリツェが肩代わりをすべきかもしれない。
「うふふ、悠太様に感謝ですわ」
非常に便利な技能才能を取ったと、アリツェは悠太の先見の明に、改めて感心をした。
ドミニクとペスが哨戒に出た後、伯爵と少し打ち合わせをし、アリツェは与えられた自分の天幕へと戻った。
『さてと、ルゥ。約束どおり好物の餌を、伯爵様に調達しておいていただきましたわ』
伯爵から預かってきた布製の小袋を開け、ハト麦を取り出す。小皿にとりわけ、机の上に置いた。
『感激だっポ!』
ルゥは嬉しそうにのどを鳴らし、アリツェの肩から机の上に降りると、ハト麦をついばみ始めた。
『ふふふ、明日もまた頑張ってもらうんですもの。しっかりと英気を養ってほしいのですわ』
アリツェは椅子に座り、ルゥの頭をやさしく撫でる。
『ご主人、大好きだっポ』
ルゥはいったん食べるのを止め、頭をアリツェに擦り付けた。
『うふふ、ありがとうございますわ』
ルゥの親愛の情を感じ、アリツェは頬が緩んだ。
仮眠を終え、アリツェはベッドから体を起こした。
「さて、疲れもだいぶ取れましたわ」
一つ大きく伸びをし、身体のコリをほぐす。腕をぐるぐると回せば、眠気も次第に飛んでいく。
周囲はすっかり闇に閉ざされている。そろそろ深夜に差し掛かろうかという時間帯のはずだ。
「少々、外の空気が吸いたいですわね……」
軽く残った眠気を完全に吹き飛ばすために、冷たく澄んだ外気にあたりたいとアリツェは思った。アリツェは机に置いたランタンを手に取り、火の精霊術で明かりをともした。
『ご主人! ご主人!』
とその時、念話でペスから連絡が入った。
『ペスですの? どうかなさいましたか?』
ペスの慌てた声に、アリツェは嫌な胸騒ぎを覚えた。まさか敵襲だろうか。
『霊素反応が接近中だワンッ! 至急応援を求むワンッ!』
どうやら当たりだった。導師部隊の夜襲がありそうだ。
とはいえ、先ほど一方的に撃退したばかりのはず。懲りずに同じ日にまた襲撃とは、なかなか大胆だとアリツェは思った。油断していると踏んでの二次奇襲だろうか。
『わかりましたわ! 指揮官に注意を促したうえで、急行いたしますわ!』
素早く着替えを済ませ天幕の外に出ると、近くを歩く夜番の兵士に話をつけ、アリツェは指揮官と面会をした。導師部隊再接近の気配があると伝えるや、指揮官ははじかれたように飛び上がり、すぐさま各所に警戒の伝令を送った。
アリツェは軍が厳戒態勢に入った様子を確認すると、ペスの元へと急ぎ駆けた。
伯爵領軍の陣からわずかに西側に外れたところに広がる森の中に、ドミニクとペスはいた。先ほど夕食時に導師部隊と接触した場所からほど近い。ほぼ同じ場所からの襲撃とは、何か裏の意図でもあるのだろうかとアリツェは訝しんだ。
「ドミニク!」
暗闇の中、わずかに光るドミニクのカンテラを認め、アリツェは声を張った。
「アリツェ、来てくれたのか!」
ドミニクもアリツェが駆け寄るのに気付き、笑顔を浮かべた。
「ペスに呼ばれましたの。どうやら霊素反応が接近中との話ですが。確かに、何やら……」
森に近づいたところで、アリツェにも霊素らしき力の存在を知覚した。
『ご主人、西から強く感じるワンッ』
ペスは森の奥を顔で示した。
「ペスが言うには、西からという話ですが。……うん、確かに感じますわ。ですが……」
アリツェは小首をかしげた。何かがおかしかった。気を落ち着けて、もう少し詳しく反応を探ろうと意識を集中した。
「どうしたんだい?」
霊素の知覚できないドミニクは、状況がつかめないらしく戸惑った様子だ。
「妙なんですわ。先ほど遭遇した時よりも弱々しいというか。数も少ない気が」
前回かまいたちで追い払った時よりも、感じる霊素が微弱で、かつ、数も半分以下だった。本格的な襲撃ではないのだろうか。
「先ほどの襲撃でのけが人を除外したりして、人数を絞ってきたかな?」
ドミニクは顎に手を置き、考え込んだ。
「どうでしょうか。うーん、何やら違和感を覚えますわ」
負傷者を除いて人数を絞るのはまだわかるが、個々の霊素反応まで小さくなっているのは、一体全体どういった訳だろうか。
アリツェの精霊術に委縮して、本来の霊素を発揮できていないのか。それとも、先ほどの襲撃から時間がそれほど経っていないので、霊素が回復しきれていないのか。
「まぁ、とにかく排除をするしかないだろう?」
考えたところでやることは同じだろうと、ドミニクは言い切る。
「そう、ですわね」
一抹の不安を胸に抱きつつも、アリツェは同意した。
「絶対、おかしいですわ!」
アリツェは目の前の帝国兵を見遣り、叫んだ。
「確かに。あれは導師部隊じゃないぞ、正規兵だ」
ドミニクの言うとおり、眼前の部隊に子供らしき者は見当たらない。どう考えてみても、導師部隊ではなかった。
「でも霊素を感じますわ。ということは」
一般正規兵であれば霊素を持つ者はいないはず。考えられるのは、導師たちが作ったマジックアイテムの所持だ。マジックアイテムを使って、何やら仕掛けるつもりなのだろうか。
「発動に霊素を使わないタイプのマジックアイテムってところかな?」
ドミニクも同じ結論に至ったようだ。
「ですわね。ただ、どんなマジックアイテムなのかがわかりませんわ。単なる爆薬であれば、霊素なしの人間が使う分には、それほど脅威ではありませんわ。ですが……」
マジックアイテムは霊素持ちが使ってこそ、本来の性能を発揮する。正規兵たちが爆薬を使ったところで、効果はたかが知れていた。だが――。
「未知のマジックアイテムだと、まずいね」
ドミニクの言葉に、アリツェは首肯した。
得体のしれない効果を持つマジックアイテムであれば、実際に使われてみないと対処方法がわからない。万が一、致命的な結果をもたらすようなものであったら最悪だ。マリエの使っていた拘束玉のように。
「下手に先制攻撃をされるよりも、逆にこちらから奇襲を仕掛けて、マジックアイテムを使わせる隙を与えない方がよいでしょうか」
アリツェはドミニクに視線を向け、意見を求めた。
「そうだね。カウンター系のマジックアイテムの可能性も、無きにしも非ずだけれど、そこまで気にしていたらきりがないか」
ドミニクはうなずき、腰に下げた剣の柄に手を置いた。
今、帝国兵たちが伯爵領軍へ奇襲を仕掛けようとしている。したがって、仕掛ける側の帝国軍が、相手の攻撃を受ける前提のカウンター系のマジックアイテムを主戦力とする意味は、極めて薄いとアリツェも思った。
「まぁ、お兄様のいない今の帝国で、そこまで高度なマジックアイテムを作れるとは思えませんわ。おそらく携帯しているのは、劣化爆薬でしょう」
今の帝国の導師部隊に、未知の高度なマジックアイテムの作成能力はないだろう。作れるのであれば、もっと早くに、より効果的な場面で使っていたはずだ。であるならば、まず間違いなくただの爆薬だ。しかも、霊素持ちでなくても使える劣化タイプの。
「闇夜での奇襲に使う分には、十分だろうしね」
「そうですわね。……ただし、わたくしたちがいなければの話ですが!」
アリツェがいなければ、劣化爆薬であっても効果は高いだろう。だが、魔術に対抗できるアリツェであれば、その限りではない。
「さて、さっさと片付けようか」
ドミニクは剣を鞘から抜き去り、臨戦態勢を取った。
「正規兵であれば、遠慮はいりませんわ!」
アリツェも素早く霊素を練り、ペスに纏わせ風属性の精霊具現化を施した。
『ペス、『かまいたち』で一気に戦意をそぎますわ! 命に別条がない程度の強烈な術をお願いいたしますわ!』
念話でペスに指示を送り、背負った槍を下ろすと、手に構えた。
『合点承知だワンッ!』
ペスは纏わせた霊素を濃縮し、かまいたちを形成していった。
「ふぅ、さすがだねアリツェ」
ドミニクは剣を鞘に戻しながら、大きく息をついた。
「相手が霊素持ちでなければ、まったく問題になりませんわ」
地面には無数の切り落とされた枝が転がっている。すっかり禿げた哀れな木々が、寒々しさを感じさせる。
アリツェはその様子を見遣り、得意げに胸を張った。
夜襲を仕掛けようとしていた帝国兵たちは、早々に撤収している。さすがに導師部隊とは違い、きちんと訓練を受けた正規兵だ。不利を悟ればすかさず撤退の指示が出され、その手際もよかった。
だが、それでもあちこちの地面には血だまりができており、ある程度のダメージは与えたはずだ。導師部隊に放った『かまいたち』よりは、高威力だったからだ。
「じゃ、伯爵への報告は頼むね。ボクは引き続き哨戒にあたるよ」
ドミニクはペスを伴い、再び周囲の警戒に入った。同日に二度襲撃があった以上、三回目がないとも言い切れない。ドミニクは緊張した面持ちを維持しつつ、ペスとともに歩き去った。
「任されましたわ!」
アリツェはドミニクの背に向けて、声高に叫んだ。
アリツェはそのままの足で、報告のために伯爵の天幕へと赴いた。
深夜ではあったが、アリツェが事前に軍の指揮官に夜襲の警告を発したおかげか、伯爵も起き出していた。
「では、今回はザハリアーシュたち自身は、出張っていなかったと?」
副官に叩き起こされたのだろうか、伯爵は少し眠気の残っているような表情を浮かべていた。
「ええ、正規兵にマジックアイテムを渡しての襲撃でしたわ」
アリツェは状況を手早く伯爵に説明する。導師部隊の姿は一切見られなかったこと、正規兵たちは霊素なしでも扱える劣化爆薬を持っていたこと、撤収判断が素早かったことを。
「導師部隊は全員が子供だからな。さすがに夜間の行動は無理だったか」
アリツェの報告に、伯爵は大きくうなずいた。
「夕食時に一度襲撃を行っているから、興奮して仮眠もとれなかったのだろう。眠気で深夜行動に移るのは、難しかろうて」
導師たちが本格的な精霊術を見たのは、あの時が初めてのはずだ。その後、まともな精神状態でいられるとも思えない。仮眠など、取りようもなかったに違いなかった。
「ですわね。わたくしは技能才能のおかげで、夜にも強いので問題はございません。しかし、そうでない普通の十三歳の子供が、こんな深夜に動き回るのは酷ですわ」
深夜の行動をするには、あまりに導師たちは幼すぎた。今こうしてアリツェが何の問題もなく動き回っているのも、あくまでショートスリーパーの技能才能のおかげだった。
「何度も助かる。アリツェ殿はこのまま体を休め、また明日の任務をお願いしたい。本当に申し訳ない、こき使ってばかりで」
伯爵は申し訳なさげに頭を垂れようとするが、アリツェはあわてて手を振り、頭をあげさせた。
「うふふ、精霊術行使はわたくしの人生の目的でもありますの。先ほども申し上げましたが、気に病まないでくださいませ」
アリツェが好きでやっている部分もある。本意ではない行動を、無理やりにとらされているわけではなかった。なので、伯爵に恐縮されても困る気持ちもあった。
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