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第十六章 王国軍対帝国軍
8 わたくしの手料理を皆様に振舞いますわ
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「あの、お嬢様? これはいったい……」
調理人は驚愕の表情を浮かべている。
「あらいやですわ。人参ですわよ」
この調理人は何を言っているのだろうかと、アリツェは首をひねりながら答えた。
「これが、人参……?」
調理人は、アリツェが生み出した原形をとどめていない赤い何かをつまみあげながら、茫然とつぶやいた。
「さあっ、次の具材は何かしら! どんどん切りますわよ!」
アリツェは気分が高揚してきた。今ならどんな野菜でも見事にさばいて見せると意気込む。
「あ、はい……」
隣で調理人が力なく返事をするが、アリツェは単に調理人が疲れているだけなのだろうと誤解した。
「うふふ、なんだか気分が乗ってきましたわ! これは、ものすごいごちそうができる予感がいたしますわ!」
アリツェは鼻息荒く、次々と元は野菜であったはずの、何やら得体のしれないものを作りだしていった。
「こ、こいつはとんでもない事態になった……」
調理人はなぜだかうずくまり、頭を抱えていた。
興が乗ったアリツェは調理人の制止の声にも耳を貸さず、司令部の面々の夕食のスープを作っていく。いつも世話になっているので、せめてもの心づくしの意味合いもあった。
出来上がったスープをひとくち口に含み、出来栄えに満足したアリツェは、器に次々とスープを注ぎ、他の調理人が作った副菜などと一緒に司令部の天幕まで運び込んだ。
そして今、司令部の天幕の中で地獄の宴が始まろうとしていた――。
「どうしてですの!?」
アリツェは目の前の惨状をにわかには信じられず、思わず叫び声をあげた。
「はは、まぁ、この料理ではなぁ……」
まさに死屍累々、テーブルに突っ伏し倒れる司令部の面々を見て、ラディムは苦笑した。
「おかしいですわ! こんなにおいしいじゃないですか!」
アリツェは自分のスープ皿からスプーンでスープをひと掬いし、口に運んだ。別におかしなところはない。普通においしいとアリツェは思う。
「ひどいってレベルじゃ……」
ラディムはため息をついた。
「ど、ドミニク! わたくしの手料理は何でもおいしく食べられるとおっしゃったではないですか!」
アリツェは椅子から立ち上がり、スプーンを口にくわえたまま動かなくなっているドミニクに視線を向け、声を張り上げた。
「あわあわあわ……」
意味不明なつぶやきを残し、ドミニクはそのまま椅子から転げ落ちた。
慌ててアリツェとラディムはドミニクの元に駆けつける。
「ダメだこれは。泡を噴いて倒れている」
ドミニクの様子を見て、ラディムはゆっくりと頭を振った。
「そんな……、こんなにおいしいのに、なぜですの……」
アリツェは現実を受け入れられなかった。きちんと味見をし、大丈夫だと判断して提供したのにこのありさまだ。いったいアリツェの味付けの、何がいけなかったのか。
「『健啖』持ちの味見を信じちゃいけないってことだな。結局、無事なのは『健啖』があるアリツェと私のみだぞ」
アリツェが料理を提供した二十人のうち、立っているのは作ったアリツェ本人とラディムだけだった。「これぞ飯テロ!」と呼ぶにふさわしい威力だ。――まさに言葉どおりに、ご飯で人を害する行為として――。
「あぁ、なんということでしょう……」
アリツェはがくりとうなだれた。意図せず司令部を壊滅させてしまった。今は落ち着いている時期だからよかったものの、下手したら利敵行為になるところだった。
「アリツェ、正直に言おう」
ラディムはポンッとアリツェの肩を叩いた。
「君は今後一切、料理はするな」
「はい……」
冷たく言い放たれたラディムの言葉に、アリツェは素直にうなずいた。アリツェとしても、自らの料理で味方を戦闘不能にするつもりはない。
アリツェはふと、以前王都のレストランでドミニクに手料理が食べたいと告げられた際に、今の実力では人死にが出かねないと躊躇したことを思い出した。あの時冗談交じりに脳裏に浮かべた考えが、まさかほぼ現実のものになるとは、アリツェは思いもよらなかった。
人をも殺しうるアリツェのスープ。一見した限りは普通のスープに見え、臭いも特におかしなところはなかった。まさに凶悪な兵器だった。ただ、アリツェは料理を禁止されたため、この恐ろしい兵器が日の目を見る事態は、もう二度とないだろう……。
「器用さの訓練は、裁縫や編み物だけにするんだな」
料理での修練は危険極まりないと、今回の一件でアリツェは自覚した。ラディムの言うとおり、裁縫や編み物で手先を動かす練習をしたほうがよさそうだった。
「皆さま、申し訳ございません……」
アリツェはラディムと協力し、気を失っている司令部の面々の介抱を始めた。
調理人は驚愕の表情を浮かべている。
「あらいやですわ。人参ですわよ」
この調理人は何を言っているのだろうかと、アリツェは首をひねりながら答えた。
「これが、人参……?」
調理人は、アリツェが生み出した原形をとどめていない赤い何かをつまみあげながら、茫然とつぶやいた。
「さあっ、次の具材は何かしら! どんどん切りますわよ!」
アリツェは気分が高揚してきた。今ならどんな野菜でも見事にさばいて見せると意気込む。
「あ、はい……」
隣で調理人が力なく返事をするが、アリツェは単に調理人が疲れているだけなのだろうと誤解した。
「うふふ、なんだか気分が乗ってきましたわ! これは、ものすごいごちそうができる予感がいたしますわ!」
アリツェは鼻息荒く、次々と元は野菜であったはずの、何やら得体のしれないものを作りだしていった。
「こ、こいつはとんでもない事態になった……」
調理人はなぜだかうずくまり、頭を抱えていた。
興が乗ったアリツェは調理人の制止の声にも耳を貸さず、司令部の面々の夕食のスープを作っていく。いつも世話になっているので、せめてもの心づくしの意味合いもあった。
出来上がったスープをひとくち口に含み、出来栄えに満足したアリツェは、器に次々とスープを注ぎ、他の調理人が作った副菜などと一緒に司令部の天幕まで運び込んだ。
そして今、司令部の天幕の中で地獄の宴が始まろうとしていた――。
「どうしてですの!?」
アリツェは目の前の惨状をにわかには信じられず、思わず叫び声をあげた。
「はは、まぁ、この料理ではなぁ……」
まさに死屍累々、テーブルに突っ伏し倒れる司令部の面々を見て、ラディムは苦笑した。
「おかしいですわ! こんなにおいしいじゃないですか!」
アリツェは自分のスープ皿からスプーンでスープをひと掬いし、口に運んだ。別におかしなところはない。普通においしいとアリツェは思う。
「ひどいってレベルじゃ……」
ラディムはため息をついた。
「ど、ドミニク! わたくしの手料理は何でもおいしく食べられるとおっしゃったではないですか!」
アリツェは椅子から立ち上がり、スプーンを口にくわえたまま動かなくなっているドミニクに視線を向け、声を張り上げた。
「あわあわあわ……」
意味不明なつぶやきを残し、ドミニクはそのまま椅子から転げ落ちた。
慌ててアリツェとラディムはドミニクの元に駆けつける。
「ダメだこれは。泡を噴いて倒れている」
ドミニクの様子を見て、ラディムはゆっくりと頭を振った。
「そんな……、こんなにおいしいのに、なぜですの……」
アリツェは現実を受け入れられなかった。きちんと味見をし、大丈夫だと判断して提供したのにこのありさまだ。いったいアリツェの味付けの、何がいけなかったのか。
「『健啖』持ちの味見を信じちゃいけないってことだな。結局、無事なのは『健啖』があるアリツェと私のみだぞ」
アリツェが料理を提供した二十人のうち、立っているのは作ったアリツェ本人とラディムだけだった。「これぞ飯テロ!」と呼ぶにふさわしい威力だ。――まさに言葉どおりに、ご飯で人を害する行為として――。
「あぁ、なんということでしょう……」
アリツェはがくりとうなだれた。意図せず司令部を壊滅させてしまった。今は落ち着いている時期だからよかったものの、下手したら利敵行為になるところだった。
「アリツェ、正直に言おう」
ラディムはポンッとアリツェの肩を叩いた。
「君は今後一切、料理はするな」
「はい……」
冷たく言い放たれたラディムの言葉に、アリツェは素直にうなずいた。アリツェとしても、自らの料理で味方を戦闘不能にするつもりはない。
アリツェはふと、以前王都のレストランでドミニクに手料理が食べたいと告げられた際に、今の実力では人死にが出かねないと躊躇したことを思い出した。あの時冗談交じりに脳裏に浮かべた考えが、まさかほぼ現実のものになるとは、アリツェは思いもよらなかった。
人をも殺しうるアリツェのスープ。一見した限りは普通のスープに見え、臭いも特におかしなところはなかった。まさに凶悪な兵器だった。ただ、アリツェは料理を禁止されたため、この恐ろしい兵器が日の目を見る事態は、もう二度とないだろう……。
「器用さの訓練は、裁縫や編み物だけにするんだな」
料理での修練は危険極まりないと、今回の一件でアリツェは自覚した。ラディムの言うとおり、裁縫や編み物で手先を動かす練習をしたほうがよさそうだった。
「皆さま、申し訳ございません……」
アリツェはラディムと協力し、気を失っている司令部の面々の介抱を始めた。
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