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第十六章 王国軍対帝国軍

2 導師部隊への対処、どういたしましょう

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 雪などにも見舞われず、道中特段の問題なく前線の王国軍陣地へと戻ってきた。行き同様に約二週間の旅路となった。

 さすがに帝国軍が目前に迫ってきているせいだろう、陣地の様子は大分あわただしくなっている。この場所だけは、新年のお祝いとは無縁に感じられた。

 アリツェ一行は忙しく走り回る伝令兵の間を縫って、司令部が設けられた天幕へと向かった。フェルディナントへの帰還報告をしなければならない。

「ただいま戻りましたわ、叔父様!」

「おお、アリツェ! ラディムもご苦労様。疲れたろう、少し休んでいなさい」

 アリツェは天幕に入るや、フェルディナントと挨拶を交わした。

「その前に、状況だけでもお聞かせいただけませんか? 何も聞かないままでは、落ち着いて休んでもいられませんもの」

 帝国軍の様子がわからないままでは、気になってゆっくりと休めない。寝入っている最中に戦端が開かれても困る。

「それはそうだね」

 フェルディナントは「ハハハッ」と笑い、近況を語りだした。

「とりあえず、こちらの陣地は変わっていないかな。多少あわただしくはなっているけれどもね。帝国側は斥候の報告どおり、各村々を訪問しつつの行軍で、進みはそれほど速くはない。皇帝は何よりも、全体の士気を上げる点に注力しているみたいだね」

「お兄様の処刑が成らなかった以上は、皇帝が直接各地方の村を訪問することで、落ちかけている士気を上げていると、そういうお話ですわね」

 フェルディナントは首肯した。

「まぁ、進軍速度が遅いのはわかっていた。だからこそ、先だっての婚約の儀開催を陛下が許可されたのだしね。ちょうど君たちが戻ってきたのとほぼ同じタイミングで、帝国軍は国境の森の反対側に集結しつつあると報告を受けている。そろそろこちらに対して、何らかの行動を起こしてくるかもしれない」

 アリツェたちの帰還のタイミングは、間違っていなかったようだ。もう少し遅くグリューンを出ていたら、開戦に間に合わなかったかもしれない。

「対策は大丈夫ですの?」

 参謀教育を受けられなかったフェルディナント自身はともかく、副官や参謀には王国軍の優秀な人材がそろっている。手抜かりはないだろうと思うが、アリツェは念のため確認した。

「通常の対策は取ってある。ただ、問題は……」

 フェルディナントは言葉を濁した。

「ザハリアーシュの導師部隊だな?」

 脇からラディムが口をはさんだ。

 アリツェも実際に相対した経験があるからわかる。マジックアイテムを駆使してかく乱をされたら、正規軍ではなかなか対処しきれないかもしれない。

「そうなんだよね。魔術を使われると、こちらとしては対抗手段がない。精霊教徒の精霊術を頼りにしたくとも、霊素持ちは皆子供ばかり。とても戦場には出せないよ」

 霊素持ちでなければ、相手の霊素を感知できない。導師部隊が何らかのマジックアイテムで隠密行動をとってくれば、霊素持が哨戒して見つけ出すか、何らかの霊素を感知するマジックアイテムで看破しない限り、接近に気づけない恐れがある。これでは一方的に襲撃を食らい、被害が増すばかりだ。

 かといって、今精霊教が保護している霊素持ちは皆十三歳の子供だ。戦闘訓練も積んでいない子供を戦場に連れて行くわけにもいかないので、王国軍側としては打つ手がない状況なのだろう。

「わたくしとお兄様が特別なだけで、あとの子たちはまだ、戦場を経験するのにはあまりにも幼いですものね」

「ザハリアーシュの奴、そんな子供を動員して軍に仕立て上げるなんて、なんて愚かな真似をするんだ……」

 ラディムはギリッと唇をかみしめた。

「お兄様……」

 顔を歪めて悔しがるラディムに、アリツェは声をかけられなかった。

「私はいまだに信じきれない。あの優しかったザハリアーシュがこんな……」

 ラディムは頭を振り、つぶやく。

「しかたないさ。あいつはとんだ狸野郎だった。あそこまで演技がうまいと、どうしようもないさ。それが、幼いころからの付き合いともなれば、なおさらね」

 ドミニクがラディムの肩に手を置き、「気に病むな」と諭した。

「すまないな、ドミニク……」

 ラディムはドミニクの気づかいに感謝の弁を述べ、顔を上げた。

「というわけで、しっかり休息を取ったら、悪いがアリツェには導師部隊対策をお願いしたい。ラディムは総指揮官に戻ってもらうので、身動きがとりにくくなってしまうから、アリツェにばかり負担が言って申し訳ないが」

 すまなそうな表情でフェルディナントがアリツェに頼み込んできた。

「かまいませんわ。そのつもりで従軍いたしておりますもの」

 アリツェとしては覚悟はできていた。この役目はアリツェにしかこなせない。アリツェの落ちた評判を回復する良い機会にもなるので、頑張る甲斐もある。

「アリツェ、私のミアとラースも、私の霊素を纏わせて同行させる。うまく使ってやってくれ」

 アリツェにすべてを押し付ける形になり、ラディムは無念そうな表情を浮かべていた。

 だが、ラディムにはラディムの役割がある。アリツェは気にはしていなかった。逆に、ラディムの代わりをアリツェがやれと言われても、こなせないのだから。

「まぁ! ありがとうございますわ、お兄様」

 アリツェは素直に感謝を示した。

「元はアリツェの中の悠太の使い魔だ、うまく意図を汲んで動いてくれるだろう」

 ラディムの言うとおり、ミアもラースもVRMMO『精霊たちの憂鬱』時代のカレル・プリンツ――悠太の使い魔だった。アリツェの言うこともよく聞いてくれるはずだ。心強い応援を得られ、アリツェも喜びを隠せない。

「ところで、伯爵側の状況はどうなっているんです?」

 アリツェとラディムが使い魔について確認しあっている横で、ドミニクがフェルディナントに尋ねた。

「あちらにも帝国軍が迫っているらしいが、どうやら主力部隊ではないらしい」

 伝書鳩での報告で、ムシュカ伯爵側から伝えられたらしい。

「では、当初の予想どおり、我々の方面に主力を傾けてきたと?」

 士気の向上を気にしている皇帝ベルナルドの意向を考慮に入れれば、何よりも逆賊の第一皇子を討つといった大義名分を掲げられる対王国戦線に主力を傾けてくるのは、ある程度は想定済みだった。

「そのとおりだね。なので、油断せず頑張ろう。まだザハリアーシュ率いる導師部隊の同行は確認されていないが、警戒だけは怠らないようにね。ヤゲルの先遣隊も到着してはいるけれど、最大戦力の聖女様と近衛弓兵隊の到着がまだだ。こちらも戦える陣容は整っているけれど、まだまだ準備万端というわけでもないんだ」

「わかりましたわ。お勤めはきっちりと果させていただきますわ!」

 フェルディナントの言葉に、アリツェはこぶしを握り締めながら、力強く応えた。
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