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第十五章 再会
5 エマ様達との再会ですわ
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クリスティーナとアレシュの婚約の儀の二日後、グリューンの街に数百人の集団がやってきた。精霊教禁教化でヤゲル王国のクラークの街に避難していた、精霊教関係者たちだった。
アリツェは領主として、グリューンの街の入口で出迎えた。
「あぁ、アリツェ……。立派になりましたね」
アリツェの姿を見て、ひとりの初老の男が一歩前に進んだ。孤児院の院長、トマーシュだ。クラークでの暮らしぶりは悪くはなかったようで、特にくたびれた印象は感じなかった。
「院長先生、わたくしがんばりましたわ!」
一年半ぶりに懐かしい顔を見て、アリツェは胸が熱くなった。感極まり、声をついつい張り上げる。
「えぇ、えぇ、あなたの活躍はクラークの街でも聞き及んでいました。困難に耐え、こうして今は、王子殿下の婚約者にまで」
トマーシュは破顔しながらアリツェの傍に寄ると、やさしく頭をなでた。
「アリツェ、あんた随分とまぁ、どえらい人をフィアンセにしたね。わたしゃびっくりしたよ。それにしたって、まさか伝道師のドミニクが王子様とは……」
エマもアリツェの傍までやってきた。つい今しがた、アリツェの現状について聞き及んだばかりなのだろう。エマは少し困惑した表情を浮かべていた。
「エマ様、ドミニクの件については、最初から仕組まれていたようですわ。大司教様もなかなかの策士でいらっしゃいましたの」
「ま、権力者なんてそんなもんさ」
アリツェの言葉に、エマは「あっはっはっ」と豪快に笑い飛ばした。
変わらないエマの様子に、アリツェも頬が緩む。とその時――。
「あっ……」
一転して、エマは労わり気な表情を浮かべ、かつてのように優しくアリツェを抱きしめた。
「本当に、あんたはよく頑張ったよ。まだ十三歳だってのに……」
抱きとめたまま、エマはアリツェの背をポンポンと叩く。
「ありがとうございますわ、エマ様……」
アリツェはじんわりと、目に熱いものがこみあげるのを感じた。
人さらいに追われていたあの日、エマに助けられなかったなら、今のアリツェはない。命の恩人とも言うべき人物とこうして無事再会を果たせた僥倖を、アリツェはしっかりと噛みしめていた。
「皆さま落ち着いたら、子爵邸で帰還のお祝いをしたいと思いますの。司祭様や孤児院のお友達も、皆さんご招待いたしますので、ぜひお越しくださいませ」
少々名残惜しいが、アリツェはエマから離れると、ぐるりと周囲を見回した。隅っこの一団から歓声が上がったが、どうやら孤児院の子供たちのようだ。
精霊教の禁教化に関してはアリツェ自身には責任はないし、むしろアリツェも被害者の側ではあった。だが、身内である養父のしでかした罪の償いは、しっかりとしなければならない。アリツェは今、領主でもあるのだから。グリューンへの再定住が円滑に進むよう、しっかりと配慮をしなければならなかった。
こうして子供たちの嬉々とした声を耳にして、アリツェは少しだけ、救われたような気がした。
「そいつはうれしいねぇ。あの子たちもみな、喜ぶだろうよ。アリツェに懐いていたし」
エマはニッコリと笑みを浮かべた。
「わたくしも皆と思い出を語らえるのを、楽しみにしておりますわ」
久しぶりに子供たちと触れ合えるかと思うと、アリツェも心が弾む。孤児院時代は年少者の教育係を務めていたので、あの当時の子供たちがどれほど成長しているか、考えるだけでわくわくする。
「落ち着いたら子爵邸に連絡を入れるので、よろしくね」
トマーシュはアリツェに告げるや、振り返り、座って待つ者たちに身振りで立ち上がるよう指示を送った。竣工したての精霊教会へと移動するつもりなのだろう。
「おい、アリツェ。そろそろ私も」
とその時、横からラディムが慌てた様子でアリツェの服の袖を引っ張った。
「あら、いけませんわ。わたくしったら懐かしさでつい」
再会の喜びでラディムの存在をすっかり失念していた。アリツェはトマーシュを呼び止め、ラディムの紹介を始めた。
「エマ様、院長先生。こちら、わたくしの双子の兄で、バイアー帝国第一皇子のラディム・ギーゼブレヒトですわ」
「え!?」
アリツェがラディムを紹介するや、エマとトマーシュから驚愕の声が上がった。
「これは驚きました。まさかアリツェに双子の兄がいるとは……。しかも、帝国の皇子様だなんて……」
トマーシュは目を丸くし、眼前のラディムを見つめてつぶやいた。どうやらアリツェがドミニクと婚約し、子爵としてグリューンにやってきたところまでは承知していたようだが、双子の兄が存在し、しかも敵国の帝国の皇子だとまでは、さすがに聞いてはいなかったようだ。
「私はラディム・ギーゼブレヒト。あなた方のお話は、アリツェからよく聞いている。妹が大変世話になった。感謝する」
二人の戸惑い様を気にも留めず、ラディムは感謝の弁を述べ、頭を下げた。
「いえ、私たちもアリツェから元気をもらっていたし、そんな、気になさらないでください」
トマーシュはラディムの身分を知り、どう対応していいのかわからないのだろう、あたふたと両手を振った。
「これからも世話になると思う。よろしく頼む」
「えぇ、もちろんです」
だが、さすがに年の功、トマーシュはどうにか気を落ち着かせ、うなずいた。
アリツェは領主として、グリューンの街の入口で出迎えた。
「あぁ、アリツェ……。立派になりましたね」
アリツェの姿を見て、ひとりの初老の男が一歩前に進んだ。孤児院の院長、トマーシュだ。クラークでの暮らしぶりは悪くはなかったようで、特にくたびれた印象は感じなかった。
「院長先生、わたくしがんばりましたわ!」
一年半ぶりに懐かしい顔を見て、アリツェは胸が熱くなった。感極まり、声をついつい張り上げる。
「えぇ、えぇ、あなたの活躍はクラークの街でも聞き及んでいました。困難に耐え、こうして今は、王子殿下の婚約者にまで」
トマーシュは破顔しながらアリツェの傍に寄ると、やさしく頭をなでた。
「アリツェ、あんた随分とまぁ、どえらい人をフィアンセにしたね。わたしゃびっくりしたよ。それにしたって、まさか伝道師のドミニクが王子様とは……」
エマもアリツェの傍までやってきた。つい今しがた、アリツェの現状について聞き及んだばかりなのだろう。エマは少し困惑した表情を浮かべていた。
「エマ様、ドミニクの件については、最初から仕組まれていたようですわ。大司教様もなかなかの策士でいらっしゃいましたの」
「ま、権力者なんてそんなもんさ」
アリツェの言葉に、エマは「あっはっはっ」と豪快に笑い飛ばした。
変わらないエマの様子に、アリツェも頬が緩む。とその時――。
「あっ……」
一転して、エマは労わり気な表情を浮かべ、かつてのように優しくアリツェを抱きしめた。
「本当に、あんたはよく頑張ったよ。まだ十三歳だってのに……」
抱きとめたまま、エマはアリツェの背をポンポンと叩く。
「ありがとうございますわ、エマ様……」
アリツェはじんわりと、目に熱いものがこみあげるのを感じた。
人さらいに追われていたあの日、エマに助けられなかったなら、今のアリツェはない。命の恩人とも言うべき人物とこうして無事再会を果たせた僥倖を、アリツェはしっかりと噛みしめていた。
「皆さま落ち着いたら、子爵邸で帰還のお祝いをしたいと思いますの。司祭様や孤児院のお友達も、皆さんご招待いたしますので、ぜひお越しくださいませ」
少々名残惜しいが、アリツェはエマから離れると、ぐるりと周囲を見回した。隅っこの一団から歓声が上がったが、どうやら孤児院の子供たちのようだ。
精霊教の禁教化に関してはアリツェ自身には責任はないし、むしろアリツェも被害者の側ではあった。だが、身内である養父のしでかした罪の償いは、しっかりとしなければならない。アリツェは今、領主でもあるのだから。グリューンへの再定住が円滑に進むよう、しっかりと配慮をしなければならなかった。
こうして子供たちの嬉々とした声を耳にして、アリツェは少しだけ、救われたような気がした。
「そいつはうれしいねぇ。あの子たちもみな、喜ぶだろうよ。アリツェに懐いていたし」
エマはニッコリと笑みを浮かべた。
「わたくしも皆と思い出を語らえるのを、楽しみにしておりますわ」
久しぶりに子供たちと触れ合えるかと思うと、アリツェも心が弾む。孤児院時代は年少者の教育係を務めていたので、あの当時の子供たちがどれほど成長しているか、考えるだけでわくわくする。
「落ち着いたら子爵邸に連絡を入れるので、よろしくね」
トマーシュはアリツェに告げるや、振り返り、座って待つ者たちに身振りで立ち上がるよう指示を送った。竣工したての精霊教会へと移動するつもりなのだろう。
「おい、アリツェ。そろそろ私も」
とその時、横からラディムが慌てた様子でアリツェの服の袖を引っ張った。
「あら、いけませんわ。わたくしったら懐かしさでつい」
再会の喜びでラディムの存在をすっかり失念していた。アリツェはトマーシュを呼び止め、ラディムの紹介を始めた。
「エマ様、院長先生。こちら、わたくしの双子の兄で、バイアー帝国第一皇子のラディム・ギーゼブレヒトですわ」
「え!?」
アリツェがラディムを紹介するや、エマとトマーシュから驚愕の声が上がった。
「これは驚きました。まさかアリツェに双子の兄がいるとは……。しかも、帝国の皇子様だなんて……」
トマーシュは目を丸くし、眼前のラディムを見つめてつぶやいた。どうやらアリツェがドミニクと婚約し、子爵としてグリューンにやってきたところまでは承知していたようだが、双子の兄が存在し、しかも敵国の帝国の皇子だとまでは、さすがに聞いてはいなかったようだ。
「私はラディム・ギーゼブレヒト。あなた方のお話は、アリツェからよく聞いている。妹が大変世話になった。感謝する」
二人の戸惑い様を気にも留めず、ラディムは感謝の弁を述べ、頭を下げた。
「いえ、私たちもアリツェから元気をもらっていたし、そんな、気になさらないでください」
トマーシュはラディムの身分を知り、どう対応していいのかわからないのだろう、あたふたと両手を振った。
「これからも世話になると思う。よろしく頼む」
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だが、さすがに年の功、トマーシュはどうにか気を落ち着かせ、うなずいた。
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