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第十三章 グリューン帰還

5 わたくしの贖罪ですわ

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「そう……。ということは、プリンツ子爵も相当参っているってわけね。これなら領の財政は危機的状況になっているでしょう? 話をつけるのは簡単なのではないかしら」

 領都がこれでは、それ以外の街や村の状況は推して知るべしだろう。もともと農業よりは交易が主で栄えた領地でもあるので、領の財政はひっ迫の一途をたどっているに違いなかった。

「ならいいのですけれど、お養父様は熱心な世界再生教徒でしたから、果たして精霊教を受け入れるでしょうか」

「私の精霊術を見れば、誰だろうとひれ伏すわ! まぁ、あんたは黙って横で見ていなさい。私ひとりでケリをつけてやるわ」

 クリスティーナはこぶしを握り締めて、鼻息荒くアリツェに宣言した。傍に侍っている三匹の使い魔の子猫達も一斉に鳴き声をあげた。どうやら、聖女様のやる気は満々らしい。

「はぁ……」

 ため息をつきつつ、とんでもない失敗をやらかさないだろうかと、不安な気持ちがアリツェの心をよぎる。

 変に意気込んでいる時に限って、周りが見えずに致命的なやらかしを冒しかねない。十分に注意をしようと、アリツェは胸に刻んだ。

(随分と自信家だよなぁ、この聖女様。まぁ、今回はクリスティーナに花を持たせるのも目的だ。せいぜい頑張ってもらおうや)

 悠太の言うとおり、不本意ながらもクリスティーナには頑張ってもらわなければいけない。せっかくの機会だ、万事うまく事態を進めたかった。






 グリューンの街に着いて宿をとると、アリツェはペスとルゥを伴い、街のはずれの西の森まで足を運んだ。

「グリューンを去って約一年。とうとう戻ってきましたわ」

 アリツェの目の前には、大きな湖が広がっている。周囲は深い森に囲まれており、わずかに吹く風によってあおられる木々のざわめき以外には、静寂だけが支配をしていた。お昼を少し過ぎた時間だったが、うっそうとしており日差しがあまり差し込んでこない。薄暗く、もの寂しげな雰囲気が漂っていた。

(この地にまた、足を踏み入れようとはね……。ラディムも連れてきてやりたかったな)

「えぇ……、この、マリエ様の眠る地に……」

 ここはグリューンの街に上水を送り込む取水口がある湖。かつてアリツェがマリエと戦い、命を奪った場所だった。

「ペス、ルゥ、お願いしますわ」

 アリツェは傍らに控えている使い魔たちに声をかけた。

『承知したワンッ』

『お任せくださいっポ』

 二匹は念話で元気よく返事を返すと、ペスは地の精霊術で地面を掘り返し、ルゥは掘り返された土の中の粘土質の部分を使って、風の精霊術で形を整え、壺を作り出した。

(本当に持っていくのか? マリエの遺骨)

 悠太が少し戸惑いを含んだ声で尋ねた。

「えぇ、丁重に弔うことが、わたくしがマリエ様とお兄様にできる、精いっぱいの罪滅ぼしですわ」

 たとえ精霊術でも、死者は蘇らせられない。どのような形であれ、再びラディムにマリエの姿を見せてやるのが、今アリツェのできる最大限の懺悔であった。

 アリツェはペスの掘った穴の中で燃え広がる炎を、茫然と見つめた。

『ご主人、終わったワンッ』

『この素焼きの壺に、骨は収めたっポ』

 ルゥが壺をアリツェの傍に運んできた。中には白い骨が詰められている。マリエのものだ。

「ありがとうございますわ、ペス、ルゥ」

 アリツェは二匹の頭をなで、労をねぎらった。

 アリツェは立ち上がると、肩掛けのバッグから布を取り出し、壺の口を覆って、最後に紐で縛り布を壺に固定した。

「……さて、次はお養父様との対面ですわね」

 明日はいよいよマルティンとの会談に臨む。はたして素直に会ってくれるだろうか……。

 頬を撫でる晩秋の寒風に、アリツェはゾッと身を震わせた。
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