143 / 272
第十三章 グリューン帰還
4 グリューンよ、わたくしは帰ってきましたわ!
しおりを挟む
辺境伯領を出て、アリツェたち一行はプリンツ子爵領の領都グリューンへと馬車で向かった。
「はぁ……、なぜアリツェも一緒なんですか?」
クリスティーナから不満げな声が漏れた。
アリツェは頭を抱えたかった。よりにもよってこの長い旅路を、クリスティーナと同じ馬車に同乗する羽目になるとは。周囲の言い分では、同い年の女の子同士、仲良くおしゃべりでもして旅を楽しんでもらおうという配慮らしいのだが……。余計なお世話だった。
「オーッホッホッホ! この件はもともとわたくしに与えられた問題ですわ。クリスティーナ様があとから横入りなさったんですのよ」
アリツェはもう、クリスティーナに対しては雑に対応しようと決めていた。悪役令嬢モードに切り替え、扇子で口元を隠しながら高笑いをあげる。
「まぁっ! この聖女たる私に対して、何たる言い草かしら。これだからちんちくりんは……」
クリスティーナは目をむき、グイっと顔をアリツェに寄せてきた。鬱陶しいことこの上ない。
「何とでもおっしゃってくださいませ。……これから向かうプリンツ子爵家は、わたくしの実家でもありますの。ですから、わたくしが全責任を負うのは当然でございましょう?」
アリツェは近づくクリスティーナの顔を手で押し返し、顔をしかめた。
「ふぅん……、あんた、子爵の養女でもあったんだ」
アリツェの言葉を聞くや、クリスティーナは表情を一変させた。いきなり神妙な顔をされたので、アリツェは少々面食らう。
「不本意ながら、そのとおりですわ」
「ま、あの子爵のうわさはいろいろ聞いているわ。あんたも大変だったのね」
そう口にしながら、クリスティーナはアリツェの頭をやさしく撫でた。
「な、何ですの急に……。何か企んでいらっしゃるのですか?」
突然の態度豹変に、何か含むものでもあるのではないかとアリツェは警戒し、後ずさった。
「いえ、別に……。たまには聖女らしい言葉でもかけようかなって」
クリスティーナはにこりと笑った。……普段からこんな殊勝な態度でいれば、良い友達になれそうなものなのにと、ふとアリツェは思った。
「とにかく、警告しておきますわ。マルティン子爵は娘を平気で殺そうとした男です。決して油断はなさらないでくださいまし」
態度には態度で返すのが礼儀、アリツェはクリスティーナへの態度を幾分正した。だが、ただの気まぐれだとも思えたので、用心だけは怠らない。
「肝に銘じておくわ……」
クリスティーナはゴクリとつばを飲み込み、素直にうなずいた。
かつてのドミニクとの追跡におびえながらの逃避行とはうってかわり、快適な高速馬車での移動だった。辺境伯邸を出て二週間ばかりで、特段の問題も起きずにグリューンの街に入った。
「随分としみったれた街ね」
クリスティーナのグリューンを見ての第一声だった。
「嘘……、これがグリューンですの?」
アリツェは見慣れたはずのグリューンの中央通りを目にし、絶句した。かつては通りの両側に所狭しと並んでいた、異国情緒あふれる様々な露店。それが、今ではすっかり数を減らしていた。通りを歩く人の姿もまばらで、かつての賑わいからは想像できないほどの寂れっぷりだった。
(こいつはひどいな。活気がまったくなくなっているじゃないか……)
悠太も呆然とつぶやいた。
「ヤゲル王国との交易が途絶えて、一気に辺境の田舎街に没落したって感じですわ」
グリューンの街はヤゲル王国と国境を接していたために、辺境とは思えない賑わいを見せていた。精霊教の禁教化でヤゲルの商人の往来が止まってしまえば、このような結果になるのも当然ではあった。
「元は違ったのかしら?」
今の寂寥感漂うグリューンしか知らないクリスティーナは、元の賑わいを全く想像できないのだろう。しきりに首をかしげている。
「ええ、ヤゲル王国の商人の往来も多く、様々な国の物品が所狭しと並べられ、皆うきうきと買い物を楽しむとても活気のある街でしたの。それが、こんな……」
アリツェは再びぐるりと周囲を見回した。街の人の表情も、疲れ切っているかのように暗かった。
「はぁ……、なぜアリツェも一緒なんですか?」
クリスティーナから不満げな声が漏れた。
アリツェは頭を抱えたかった。よりにもよってこの長い旅路を、クリスティーナと同じ馬車に同乗する羽目になるとは。周囲の言い分では、同い年の女の子同士、仲良くおしゃべりでもして旅を楽しんでもらおうという配慮らしいのだが……。余計なお世話だった。
「オーッホッホッホ! この件はもともとわたくしに与えられた問題ですわ。クリスティーナ様があとから横入りなさったんですのよ」
アリツェはもう、クリスティーナに対しては雑に対応しようと決めていた。悪役令嬢モードに切り替え、扇子で口元を隠しながら高笑いをあげる。
「まぁっ! この聖女たる私に対して、何たる言い草かしら。これだからちんちくりんは……」
クリスティーナは目をむき、グイっと顔をアリツェに寄せてきた。鬱陶しいことこの上ない。
「何とでもおっしゃってくださいませ。……これから向かうプリンツ子爵家は、わたくしの実家でもありますの。ですから、わたくしが全責任を負うのは当然でございましょう?」
アリツェは近づくクリスティーナの顔を手で押し返し、顔をしかめた。
「ふぅん……、あんた、子爵の養女でもあったんだ」
アリツェの言葉を聞くや、クリスティーナは表情を一変させた。いきなり神妙な顔をされたので、アリツェは少々面食らう。
「不本意ながら、そのとおりですわ」
「ま、あの子爵のうわさはいろいろ聞いているわ。あんたも大変だったのね」
そう口にしながら、クリスティーナはアリツェの頭をやさしく撫でた。
「な、何ですの急に……。何か企んでいらっしゃるのですか?」
突然の態度豹変に、何か含むものでもあるのではないかとアリツェは警戒し、後ずさった。
「いえ、別に……。たまには聖女らしい言葉でもかけようかなって」
クリスティーナはにこりと笑った。……普段からこんな殊勝な態度でいれば、良い友達になれそうなものなのにと、ふとアリツェは思った。
「とにかく、警告しておきますわ。マルティン子爵は娘を平気で殺そうとした男です。決して油断はなさらないでくださいまし」
態度には態度で返すのが礼儀、アリツェはクリスティーナへの態度を幾分正した。だが、ただの気まぐれだとも思えたので、用心だけは怠らない。
「肝に銘じておくわ……」
クリスティーナはゴクリとつばを飲み込み、素直にうなずいた。
かつてのドミニクとの追跡におびえながらの逃避行とはうってかわり、快適な高速馬車での移動だった。辺境伯邸を出て二週間ばかりで、特段の問題も起きずにグリューンの街に入った。
「随分としみったれた街ね」
クリスティーナのグリューンを見ての第一声だった。
「嘘……、これがグリューンですの?」
アリツェは見慣れたはずのグリューンの中央通りを目にし、絶句した。かつては通りの両側に所狭しと並んでいた、異国情緒あふれる様々な露店。それが、今ではすっかり数を減らしていた。通りを歩く人の姿もまばらで、かつての賑わいからは想像できないほどの寂れっぷりだった。
(こいつはひどいな。活気がまったくなくなっているじゃないか……)
悠太も呆然とつぶやいた。
「ヤゲル王国との交易が途絶えて、一気に辺境の田舎街に没落したって感じですわ」
グリューンの街はヤゲル王国と国境を接していたために、辺境とは思えない賑わいを見せていた。精霊教の禁教化でヤゲルの商人の往来が止まってしまえば、このような結果になるのも当然ではあった。
「元は違ったのかしら?」
今の寂寥感漂うグリューンしか知らないクリスティーナは、元の賑わいを全く想像できないのだろう。しきりに首をかしげている。
「ええ、ヤゲル王国の商人の往来も多く、様々な国の物品が所狭しと並べられ、皆うきうきと買い物を楽しむとても活気のある街でしたの。それが、こんな……」
アリツェは再びぐるりと周囲を見回した。街の人の表情も、疲れ切っているかのように暗かった。
0
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説
《完結》転生令嬢の甘い?異世界スローライフ ~神の遣いのもふもふを添えて~
芽生 (メイ)
ファンタジー
ガタガタと揺れる馬車の中、天海ハルは目を覚ます。
案ずるメイドに頭の中の記憶を頼りに会話を続けるハルだが
思うのはただ一つ
「これが異世界転生ならば詰んでいるのでは?」
そう、ハルが転生したエレノア・コールマンは既に断罪後だったのだ。
エレノアが向かう先は正道院、膨大な魔力があるにもかかわらず
攻撃魔法は封じられたエレノアが使えるのは生活魔法のみ。
そんなエレノアだが、正道院に来てあることに気付く。
自給自足で野菜やハーブ、畑を耕し、限られた人々と接する
これは異世界におけるスローライフが出来る?
希望を抱き始めたエレノアに突然現れたのはふわふわもふもふの狐。
だが、メイドが言うにはこれは神の使い、聖女の証?
もふもふと共に過ごすエレノアのお菓子作りと異世界スローライフ!
※場所が正道院で女性中心のお話です
※小説家になろう! カクヨムにも掲載中
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
もういらないと言われたので隣国で聖女やります。
ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。
しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。
しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる