上 下
138 / 272
第十二章 悪役令嬢爆誕

9 なかなか手ごわいですわね

しおりを挟む
(というと、王国の有力貴族たちの心変わりを促して、そいつらからドミニクを説得させるって感じか?)

「ええ、その方が早い気がしてきましたわ。それに、直接ドミニクにわたくしの醜態をさらさずに済みますから、わたくしとしても精神的に助かりますわ」

 悠太の言葉にアリツェはうなずいた。

 内からがダメなら外からだ。ドミニクに影響力を持つ国王や周辺の高位貴族の考えを変えて、彼らからドミニクにクリスティーナと婚約を結ぶよう働きかけさせればいい。

(まぁ、その手段も交えるのは賛成だ。けれども、クリスティーナへの嫌がらせはやめちゃいけない。やはり君自身が悪役だと、ドミニクに強く印象付ける必要はあるよ)

 悠太は両面作戦で行かなければだめだと言った。

「まぁ、そうなんでしょうが……」

 アリツェは不満げに口をとがらせた。

(ドミニクの性格を考えれば、アリツェに対する不信感を抱いていなければ、たとえ周囲から何を言われようともきっと突っぱねる。だから、アリツェは何としても、ドミニクの不興を買うように努めなくちゃいけないんだ)

「はぁ……、役目とはいえ、気が重いですわね」

 悠太の言葉はもっともだったので、アリツェは否定ができなかった。できれば早く、こんな役割は終わらせたい。

(これまでのような半端な手はやめよう。今後はドミニクにアリツェの悪事がしっかりと見えるように、意識した方がいいかもしれないな。より、立派な悪役を演じ切るんだ!)

「仕方がありませんわね……。それにしたって、立派な悪役って何ですの……」

 先が思いやられ、アリツェは大きくため息をついた。






 数日後、今度は屋敷の二階の階段の傍でアリツェは身を隠していた。

(クリスティーナがきたぞ。ちょうど使い魔を連れていない、チャンスだ)

 悠太の言葉で顔を上げると、クリスティーナが階段へ向かって歩いてくるのが見えた。

(本当にやらなければいけませんの? わたくし、ちょっと……)

 今回悠太に指示された手段は、少々手荒なものだった。今まで以上にアリツェの忌避感を呼び起こす。

(悪役令嬢といえばこれなんだよ! と言っても、実際は誤解か、自作自演、はたまた、周囲の取り巻きが勝手にやったっていうパターンが多いんだけどな)

 悠太が元の自分の世界で読みふけっていた物語に出てくる悪役令嬢には、たいていこの手の話が含まれているらしい。階段からの突き落としが……。

(はぁ、そうなんですの。……でも、仕方がありませんわ。悠太様を信じます)

 なんとも乱暴な手段だとアリツェは躊躇する。だが、今は悠太の言うとおりにやらなければいけない。悪役令嬢をまっとうするのが使命だ。

 クリスティーナが階段を降りようと一歩足を踏み出した瞬間、アリツェは背後に回り、ドンっと背を押した。

「え? きゃ!? いやあああっ」

 クリスティーナは悲鳴を上げ、階段を転げ落ちた。

(よしよし、うまくいったぞ)

(はぁ、なんでこんなことを……)

 悠太は声を弾ませるが、アリツェは気が重かった。むやみに人を傷つける行為をした自分に、嫌悪感がこみあげる。

「あっ!」

 転げ落ちるクリスティーナが階段の踊り場まで達しようかとした瞬間、クリスティーナは大きな声を上げ、不意に空中に浮きあがった。

(なんだ!?)

(あっ、あれは精霊術!? どうやら使い魔がどこかに潜んでいたようですわ!)

 クリスティーナの周囲にはぼんやりと白い空気の層が見えた。強い霊素を感じたので、どうやら風の精霊術で体を浮かせたようだとわかる。

(チッ! 運のいい奴だ)

 悠太は悔しそうに舌打ちをした。

(とにかくこの場を離れましょう! 悪事が発覚するのは構いませんが、精霊術で反撃されて大けがを負うだなんて、嫌ですわよ!)

 相手の傍には使い魔がいて、しかも霊素を纏った臨戦態勢だ。このままこちらに攻撃を仕掛けられては、分が悪かった。

(言えてるな。退散退散!)

 悠太の言葉にアリツェはうなずき、そのまま自室に逃げ帰った。

「この感触……、またあのちんちくりんね! しつこいなぁ! そんなに私に、婚約者を取られるのが嫌なのかしらね!」

 背後からクリスティーナの怒号が飛んできたが、アリツェは無視してひたすら走った。

(何とでもおっしゃってくださいな。これはわたくしの役目、わたくしの心とは関係がありませんわ!)

 あくまで悪役令嬢としての役割からやったこと。自身の意思とは関係がない。アリツェはそう自分に言い聞かせることで、精神のバランスを保とうとした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています

水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。 森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。 公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。 ◇画像はGirly Drop様からお借りしました ◆エール送ってくれた方ありがとうございます!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【グラニクルオンライン】〜女神に召喚されたプレイヤーがガチクズばかりなので高レベの私が無双します〜

てんてんどんどん
ファンタジー
国王「勇者よ!よくこの国を救ってくれた!お礼にこれを!!」 国王は綺麗な腕輪【所有者を奴隷にできる腕輪】を差し出した! 主人公(あかん、これダメな方の異世界転移だわ) 私、橘楓(たちばな かえで)はいつも通りVRMMOゲーム【グラニクルオンライン】にログインしたはずだった……のだが。 何故か、私は間違って召喚されゲーム【グラニクルオンライン】の300年後の世界へ、プレイしていた男キャラ「猫まっしぐら」として異世界転移してしまった。 ゲームの世界は「自称女神」が召喚したガチクズプレイヤー達が高レベルでTUeeeしながら元NPC相手にやりたい放題。 ハーレム・奴隷・拷問・赤ちゃんプレイって……何故こうも基地外プレイヤーばかりが揃うのか。 おかげでこの世界のプレイヤーの評価が単なるド変態なんですけど!? ドラゴン幼女と変態エルフを引き連れて、はじまる世直し旅。 高レベルで無双します。 ※※アルファポリス内で漫画も投稿しています。   宜しければそちらもご覧いただけると嬉しいです※※ ※恋愛に発展するのは後半です。 ※中身は女性で、ヒーローも女性と認識していますが男性キャラでプレイしています。アイテムで女に戻ることもできます。それでも中身が女でも外見が男だとBLに感じる方はご注意してください。 ※ダーク要素もあり、サブキャラに犠牲者もでます。 ※小説家になろう カクヨム でも連載しています

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...